14:ナタリアさん
長い金髪に、切れ長の緑の目。耳は細長く尖っており、スラっとした体型の、いかにも弓を使うエルフといった見た目をしているこの人は、「ナタリア」と名乗りました。
大きなリュックを背負っており、一見すると行商人のようにも見えますが、狩人のようなRPをしている人だそうです。ゲーム的に言うと、基礎材料を集めたり簡単に加工したりして生産勢にアイテムを卸売りしているそうです。一応βプレイヤーとの事でしたが、特に攻略を目指していたりするガチ勢ではなくマイペースにプレーをしていたとの事です。
現に今も、元βプレイヤー達の多くが南の王都開放のために動いている中、何か新要素がないか、未開の地の開拓に来ていたとの事でした。
「本当にごめんなさい、他のプレイヤーはこっち側にはいないと思っていたから…」
「大した怪我もしていませんから、そう何度も謝られなくても大丈夫ですよ。我謝さんは……その、流石に間違えやすいと思いますし」
初心者装備である私は別として、見た目が完全にスケルトンの我謝さんはどこからどう見てもモンスターです。私も我謝さんが喋らなければプレイヤーだと気づけませんでしたし、薄暗い森の中、遠くから見かけた場合、攻撃してしまっても仕方がない事なのかもしれません。
ちなみに話題の中心になっている我謝さんは何をしているかというと、かなりご立腹の様子で、一通り騒いだ後に運営に要望を出していました。
「だ・か・ら~なんど言わせんねん!流石に頭の上にネームぐらいだせるようにしろよおらぁっ!!」
何かやり取りしているのが聞こえてきますね。たぶんああやって叫んでいるうちに【人語】を習得したのでしょう。
「あーははは、まあ、うん…」
どこからどう見てもモンスターと同じ見た目をしている我謝さんが、人間らしい動きをしている姿にはちょっと違和感がありますが、私達はそれから目をそらします。
「…私はこれから町に向かおうと思っていたのですが、他の人も間違えると思いますか?」
チュートリアルに従おうかと思っていたのですが、ナタリアさんの反応を見る限り、やはり何かしら偽装を施した方がいいかもしれません。
「えーっと、ユリエルちゃん、だっけ?プレイヤーの方は大丈夫だと思うけど、住人の方はねー…結構作りこまれているから、その角は隠した方がいいかもしれないわ。ギルドカードは、まだ持っていないのよね?」
ナタリアさんが言うには、ギルドカードを提示すれば「何だブレイカーか」みたいな反応になるそうで、ギルドカードを手に入れるまではナタリアさんも一部の住人に「なんで町中にエルフがいるんだ?」みたいな反応をされたとの事です。亜人ですらそのような反応なので、魔族寄りの見た目をしている私は難しいのではとの事です。まあ人類と魔王が戦っているという設定がありますからね、こんないかにもモンスター寄りの角を付けた人間がやってきたら警戒もするでしょう。
ちなみにギルドカードの発行は亜人達の村……はぐれの里では手に入れられないとの事です。初期クエストを達成すれば紹介状が貰え、アルバボッシュに行って発行する事になるそうです。
「持っていないですね」
そのギルドカードを手に入れるために町に行こうとしていますので、本末転倒ですね。
「うーん、忍び込むのは…ちょっと難しいと思うから、やっぱり厳しいと思うわ。ごめんなさい、力になれなくて…」
「いえ、貴重な情報をありがとうございます。対策を練らなければいけないという事が分かっただけでも十分です」
「そう言ってくれると助かるわ。あ、そうだ、ユリエルちゃん達がこの辺りにいるって事は、セーフティーエリアがあるのよね?ポータルの開放だけしておきたいのだけど、良ければ場所を教えてもらってもいいかしら?流石にここから町にリスポーンされるのはちょっと、ねぇ」
ナタリアさんが言うには、アルバボッシュまでは道沿いに歩いて2~3時間くらいかかるそうで、その距離をリスポーンさせられると流石にという事でした。そろそろお昼の準備もしないといけないとのことで、一度落ちる予定だという事です。
「それならこの道を少し進んだ後、左に細い道が分かれているので、そちらに進めば2階建ての塔のような建物が見えてくるはずです」
「ん、ありがとーはぁー…これでやっと休めるわ。ほんと、最初の移動が面倒なのよね」
そのうち馬などの騎乗動物も実装予定なのですが、それまでフィールドの移動は徒歩頼みです。一応テントなどの簡易セーフティーエリアを作り出すアイテムもあるようなのですが、スタート1日目だとまだ生産されていないようで、ログアウトするのに少し気を遣うとの事でした。
町と町の間はだいたい歩いて3~4時間前後で、これにはモンスターとの戦闘時間も含まれます。HCP社としては1日2日まるまる移動させたかったようなのですが、それには流石に反対が多く、3~4時間前後という距離に落ち着いたそうです。それでも毎回戦闘を繰り返しながら歩き続けるのは辛いという声があり、各セーフティーエリアにはポータルという、移動手段が設置される事になったそうです。ゲームバランス的には、最初に行くのは苦労するけど、一度行った事のある場所へは楽に移動できるという仕様になった訳ですね。
「お疲れ様です。あ、ナタリアさんは初期素材の加工もしているといいましたよね?」
「ん?そうよ。薬草を煎じたり、お肉をブロックにしたりとか、簡単な素材系のアイテムの加工ね」
「でしたら毛皮の加工もできませんか?角を隠すのもそうですが、我謝さんがマントか何かが欲しいと言っていましたので」
私達はオーバーリアクションで「もうええわ!」と叩きつけるような動作をしている我謝さんを一度見た後、視線を戻します。
「あらあら、フフ…そうね。フランしだいかしら?って言いたいのだけど、始めたばかりで持ってないわよね。本職じゃないから製造は受けつけていないのだけど、彼を攻撃したお詫びもしたいし、スキルの熟練度も上げたいし、簡単な物でいいのなら、お昼ご飯を食べた後ならいいわよ」
「ありがとうございます。手数料に関しては素材から引いてくださって結構ですので」
「律儀ねーまあいいわ、そうしてくれると私も助かるから」
私が頭を下げると、ナタリアさんはフフフと不思議な笑みを浮かべます。私が何だろうと首を傾げていると、「折角だから」ということで、ナタリアさんからフレンド申請が来たので受けておきました。
「ん、それじゃあ待っているわ。私が繋いでいる時に言ってくれれば何時でもいいから…そうね、剥ぎ取りをしておいてくれると助かるのだけど、物をそのままでもいいわ。そのあたりはユリエルちゃん達に任せるわ」
「わかりました、その、小分けでも良いですか?」
普通のゲームならドロップアイテムを重ねられるのですが、ブレイクヒーローズだと何匹も同時に運べません。大量受注しか受けつけてくれないとなると、なかなか大変な事になってしまいます。
「流石に角ウサギを10匹持ち運べとか言わないわ」
笑いながら、運べなかったら何度か小分けにしてもいいからとの事です。
「それじゃあ、二人が獲物を獲ってくるまでにお昼すましておかないとね。さくっとポータル開放したら、一度落ちるわ」
「案内しましょうか?」
迷う道でもないですが、横道に逸れるところは初見だとちょっとわかりづらいかもしれません。
「ユリエルちゃん達の場合引き返す事になるのでしょう?それはちょっと、色々と申し訳ないわ。子供じゃないから大丈夫よ」
軽く笑いながら、ナタリアさんはパタパタと手を振ります。
「うるさーして悪い。どや、そっちも話し終わったんか?」
そのタイミングで、我謝さんが会話に入ってきました。運営と大声でやりあって落ち着いたのか、心持ちすっきりした顔をしていますね。
「ええ、彼女が貴方のためにマントを作りたいっていう話してて、獲物を取ってきてもらう事になったわ。いやー若いっていいわね~」
からかうように笑うナタリアさんですが、何かもの凄い勘違いをしていませんか?
「何か勘違いしていませんか?」
「ちゅ、ちゃうわボケ!こいつとはさっき会ったばっかりやちゅーねん!!」
私と我謝さんがほぼ同時に否定すると、ナタリアさんは真顔の私と顔を真っ赤にして否定する我謝さんを見比べながら、困ったように笑います。
「ご、ごめんなさい、スタート時点で一緒にいるから私てっきり。女だらけの職場にいるからかそういう話題に飢えていて。私、勘違いしやすいってよく言われてて、本当にごめんなさい」
何故そのような勘違いをしたのかはわかりませんが、またしてもナタリアさんに何度も謝り倒される事になりました。
※誤字報告ありがとうございます(10/15)訂正しました。