140:戦闘後のドタバタ
空に逃げようとしたワイバーンを魔法で落とした後は早かったですね、地上で藻掻くワイバーンBが倒され、続いて落ちて来たワイバーンAも倒されて、それでモモさん達の戦闘は終了です。
それから剥ぎ取りが始まったのですが、被害が想定より多かったようで、モモさん達の間でこれからどうしようという話し合いが始まりました。
まあそういう話は私と関係ないですし、ワイバーンの強さもだいたい分かりましたからね、長居していると見つかりそうなので私はその場を離れようとしたのですが……。
「あ…!」
ダンさんが私達の方を見て、いきなり声を上げました。
「どうしました?」
レミカさんが不審そうに声をかけると、ダンさんは「あそこに」と言いながら手をあげたのですが、どうも確信が無いようで、手を上げたり下げたりしています。
「いえ、あの辺りで何か動いたと……見間違い?…だと…思います?…すんません」
ダンさんは自分の曖昧な情報で皆に迷惑をかけてはいけないと思ったのか、言葉をあやふやに濁すのですが、その様子にモモさんが呆れたように息を吐きました。
「別に見間違いでも誰も貴方を責めないと何時も言っているでしょう、何故ならワタクシ達は、仲間なのですから!」
モモさんが胸を張りながらドヤ顔で言うと、周囲のPTメンバーから「おー」っと声が上がるのですが、本当に感心しているというより若干茶化しているような軽い雰囲気がありますね。
小さな子供が良い事を言ったとか、お手伝いが出来たみたいなノリといいますか、そんな空気にモモさんは気付いていないようなのですが、レミカさんは笑いを堪えるような顔で横を向いていました。
「…そういう事です。新手の魔物だったら大変ですし、どの辺りですか?」
そういう感じでそろそろ私の存在がバレそうだったので、この場を離れようとそろりそろりと後ずさったのですが……ワイバーン戦を観戦するためにかなり近づいていた事もあり、どうやら見つかってしまったようですね、レミカさんが素早く私達に向けて礫のような物を投げました。
(避けてください!)
牡丹は普通に回避しようとしたのですが、飛んできた礫に魔力を感じた私は大きく避ける事を指示します。
(…ぷぃ!)
隠密行動をしたいという私の意志を汲んだ牡丹が静かにたたらを踏むようなサイドステップで投擲を回避をする、礫は私達がもと居た辺りでバンと弾けて炎があがりました。
「黒色のスライムと…水着?」
その炎の明かりでぼんやりと私達の事が見えたのでしょう、モモさんが首を傾げているのですが……他のメンバーは新手の敵かと騒然となり、めいめい勝手に動いていますね。
弓使いの人が矢をつがえ、ダンさんが大楯を持ち迫って来ていますし、残りのメンバーも手に武器を持ち私達を取り囲むように走り出します。
「黒色…?あ…ま、待ってください!攻撃を中止してください!」
これは本気で逃げないといけませんね、そう私が身構えた所で、レミカさんがハッとしたような顔で叫びます。
「どうしたの?撃っちゃまずい?」
今にも攻撃に移ろうとしていた人達から声が飛ぶのですが、レミカさんはどこか気まずそうな顔をしていました。
「まずいといいますか……プレイヤーの方、ですよね?」
「え?」
「うっそだろ、って…」
黒いスライムの目撃情報には「誰かのテイムモンスター」だとか「スライムのプレイヤー」だとかいう色々な推測がされていたのですが、レミカさんはどうやらそういう情報にもちゃんと目を通している人のようですね。
先制で攻撃してしまった手前どこか気まずそうにレミカさんが皆にそう説明すると、あちこちから驚きの声があがり、たぶん【鑑定】や【看破】が飛んできたのでしょう、牡丹が「ぷ!」と不快そうに身をよじりました。
「いやー?こっちには『イビルスライム』としか出てこないぞ、新手のユニークモンスターじゃないのか?」
「倒しちまおうぜ」というPTメンバーの方達はどうやら私の姿は見えていないようで、鑑定結果も『イビルスライム』と表示されているようですね。「何故浮いている白スクがイビルスライムの頭の上にくっついているんだ?」みたいな顔はしているのですが、変だとは思っていながらも新種のモンスターでそういう姿なのだろうと思っているようで、私の方には【鑑定】や【看破】は飛んできませんでした。
ここまで騒ぎになっているのだから姿を現すべきなのかもしれませんが、『小人化』してからずっと気配を殺すようにしていましたし逃げ回っていましたからね、それに覗き見していた後に「実は」と姿を現すのが少し気まずいという思いもありました。
「………」
まあそんな事を言っていられない状況ですし、ずっとダンさんが私の事をジーっと見ながら指をさそうとしたり引っ込めたりしながら「皆が見えていないようなので指摘しづらい」という顔をしていますし、これ以上隠れている意味は本当に無いのかもしれません。
グレースさんの時はばっちりと目が合ったのですが、ダンさんは本当に私の姿が見えているのでしょう?見えているのかただ水着の事を指摘したいのかわからなかったので様子を窺っていると……ダンさんと目が合い、顔を真っ赤にして横を向かれてしまいます。
これはもう確実に見えていますね。ここまでハッキリと見られているのなら今更逃げても意味がないでしょうし、むしろこれ以上隠れていると余計にややこしい事になりそうなので、私は諦めて皆さんに姿が見えるように設定を弄る事にしました。
「お騒がせして申し訳ありません、隠れていた手前なかなか姿を現し辛くて…」
私が姿を現すと、今回もスライムが本体と思われていたのか小人が乗っている事に驚かれ、周囲がザワリと揺れました。
「え、そっち?つーか本当にプレイヤーだったんだ…ってレミカお前、さっきおもいっきり攻撃してなかったか?いや、当たっていないからセーフなのか?」
「本当にうちのレミカが申し訳……あら、貴女はもしかしてユリエルさん?」
モモさんが私の事に気づいて声をあげます。
「はい、色々あってこんな姿になっていますが…」
私はガチャの結果こんな姿になってしまっている事や、覗き見していた事を正直に話すと「ガチャにはこういう物がありますのねー」という、呆れやら同情やらよくわからない顔をされました。
「はぁーそれにしても何て人騒がせな……今回のビックリ以外にも貴女が海嘯蝕洞を発見したせいでこちらの人材が取られて苦労してますのよ、討伐が間に合わずワイバーンがこんな所まで出没するようになっていますし、そもそも…」
「モモさん、話がズレてますよ」
続きそうなモモさんの愚痴に対してレミカさんが嗜めるように間に入ると、モモさんは「ただの愚痴ですわ」と、冗談だという事を示す様に手を振りました。
まあ王都攻略勢からすると私のやっている事はただの妨害ですからね、責められるのも仕方がない事でしょう。それに塒襲撃のクエストを受ける人が少なくなったせいでワイバーンが北上してきているようで、色々と影響が出ているようですね。
「すみません…」
「ぷぃ…」
私と牡丹が頭を下げると、モモさんが今度は本気で慌てたようにワタワタと手を振ります。
「ちょ、ま、待ちなさい、そうしおらしく謝られたらまるでワタクシが苛めているみたいじゃないの、もう、冗談ですわ」
「え、モモさん苛めてなかったんですか?」
「…ぅっす」
「いやー今のはモモさんが悪いんじゃない?」
「貴方達……怒りますわよ?」
おもいっきり味方から同士討ちを受けてているモモさんは怒っているという事を示す様に握りこぶしを作るのですが……とにかく覗き見していた事や姿を隠していた事に対してはお咎めなしという事で、私もレミカさんに攻撃されたのは仕方がなかったという話でまとまりました。
「こほん…それでワタクシ達はこれから撤収ですが、ユリエルさんはどういたしますの?」
流石に被害が多かったのでと言うモモさんの言葉に、私は少し考え込みます。
「そうですね…」
正直に言うとこの辺りの地形が見たかったというのと、出来ればワイバーンの強さがわかったらいいなくらいでやって来ていましたので、もうほとんど目標は達成できているのですよね。
「一応湖辺りまでは行ってみようかと思っています」
もう目と鼻の先ですからね、折角ここまで来た訳ですし、当初の予定通り湖まで行ってみましょう。
「あら、そうですか…それじゃあついでに『グリーンベリー』を摘むのはどうです?ワイバーンがこの辺りに出没するようになってから納品数が落ちていると聞きますし、今なら高く買い取ってくれますわよ」
モモさんが言うにはこの辺りに来る人はだいたいワイバーンの塒狙いの人達で、荷物が増えるのを嫌がりベリーは回収しないようですね。帰りは帰りで採取している余裕が無かったり、採りやすい場所の『グリーンベリー』は摘みきってリポップ待ちだという事で、納品が滞っているようでした。
因みにこの『グリーンベリー』というのは王都攻略のイベントに使われる納品アイテムの内の一つで、ワイバーンの好むベリーで撒き餌の材料に使われる物ですね。なんでも食べすぎたワイバーンの皮膚は緑色になるそうで、緑色が濃ければ濃いほど強い個体なのではと言われているそうです。
「そうですね、そうしてみます」
ベリーくらいなら今の私でも採取できるでしょうし、折角ここまできたのですから回収して帰るのも悪くないかもしれません。
「それじゃあ特別にワタクシ達が見つけた群生地帯をお教えいたしますわ」
無償で情報を教えようとするモモさんに対してレミカさん達は呆れたような顔をしていたのですが、止はしないようですね。
彼らも根が良いというか、そういうお人好しなモモさんについてきているグループという事なのでしょう。
「今はワイバーンも増えていますからくれぐれも気を付けてくださいまし、ワタクシが教えてた採取場に行って無様に死んだなんて言われると寝覚めが悪いですからね」
「気をつけます」
ウミル砦に戻るモモさん達にお礼を言ってから、私達は改めて湖を目指して移動を開始しました。
※クセになってんだ、音殺して動くの。




