138:ウミル砦の様子と最前線
私は体が小さい事を利用して船の細かな艤装や隙間での作業を手伝っていたのですが、途中から着ている水着に違和感を覚えた辺りで、周囲が騒がしい事に気がつきました。
どうやら私の着ている白いスクール水着が胸の圧力に負けて破け始めているようで、胸の谷間や【腰翼】の為に開けている背中側が裂け、重さに負けて肩紐も伸び始めているようですね。
「ぼくの…僕の計算が!?おっぱいがこれほど負荷のある物だったなんて!?」
「いえ、これはこのゲームが特殊なのだと」
元の素材の強度を考えると破れる事が不自然なのですが、やはりスキルがなければリアル品の耐久度はこの程度の物なのでしょう。
まあそういう縛りでもなければリアルショップの物を使って好きな物が作れてしまいますからね、防具については加護の効果が強めに設定されているのかもしれません。
とはいえ破れ始めたものの粘度の高い材質のおかげである一定以上は裂け目が広がらないようですし、今さら晒や褌姿になるというのも何ですからね、大事な所は見えていないのでこのまま作業を進める事にしました。
そんな姿で作業をしていると周囲の視線が集まってしまったような気がするのですが、その頃には辺りが暗くなってきたので、自然と視線は防げました。
中にはシレっと灯りを用意しようとした人もいるのですが、船を求めるプレイヤーもわざわざ夜間の海に出ようと思わないようで受注がひと段落し、フィッチさん達は量より質を求めたいと屋根のある作業場に移るようですね。
「では私はそろそろ行きますね」
時給にするとそれほど返せたとは思わないのですが、丁度きりも良いところでしたので、私はフィッチさん達と別れて別の事をする事にしました。
「ああ、船の事で相談があればまた呼んでくれたまえ、我らは快く力をかそう!」
「ふふ服の修理がしたくなったら言ってね!新しい衣装も作るから、その…」
「よし、最後に胴上げだ!!そーれ…おっぱい!おっぱい!」
「え?」
何故かよくわからない流れで胴上げされる事となり、投げ上げられる時に押された背中側が大きく破け、制作者の人が「ギャー僕の自信作がぁー!!」と叫び声をあげていたのですが……もしかして破ける事を狙って胴上げをしたのでしょうか?いえ、意味不明に海に飛び込んだり仲間内でテンションが上がり胴上げが始まったりしていますので、ただ胴上げがしたかっただけのようですね。
本当によくわからない人達と別れ、私は……夜になり黒色の牡丹も見えづらくなっていますし、当初行こうとしていたウミル砦に行ってみる事にしました。
「【秘紋】【隠陰】付与」
念のため牡丹には隠密系のスキルを付与しておいたのですが、そういえばこの【秘紋】スキルも訂正が入る事になったのですよね。
どうやらスキル修正の第二弾は個人持ちのスキルが多いようで、私のスキルでは【秘紋】と【高揚】が引っかかっていました。
具体的に言うと【秘紋】にはゲーム内で10時間のクールタイムが設定され、【高揚】のオートスペル使用時にコストが支払われるようになりました。
修正は残念なのですが内容としては順当で、クールタイムがなければ牡丹に好きなスキルを無制限に使わせる事が出来てしまいスキルにポイントを振る意味がなくなってしまいますし、【高揚】のコスト0にいたってはむしろバグだったのではと疑ってしまいますからね。
一応スキルレベルが上がれば条件は緩和されていくようなのですが、運営からは『これからも要望や意見を取り入れて修正していく予定です』との事なので、この先どう修正されて行くかはわかりません。
他の人のスキルも合わせると結構色々と細かく修正されているようなのですが、なかなか【魅了】関連のスキルが修正されないのは少し不思議ですね。痛覚設定の件もあの後音沙汰がないですし、運営の修正スケジュールはよくわかりません。
その辺りのわからない事は横に置いておき、現実的な問題の話ですね。【秘紋】のクールタイムについては気を付けて運用しましょうという話ではあるのですが、オートスペルにコストがかかるようになったのが少し問題です。
私の場合勝手に【ルドラの火】が使われてMP消費が始まるという事なので、枯渇して動けなくなるという事も考えられますので、そうならないような立ち回りがこれから求められるのですが……そんな事は本当に可能なのでしょうか?
結構色々な所で意図せず発動してしまっていますし、その時の事を思い出して頬に手を当ててしまうのですが……頑張るしかないですね。
「…行きましょうか」
「ぷぃ」
どこかキリッとした顔の牡丹と共に闇夜に紛れて私達は移動し、ウェスト港のポータルから王都攻略の最前線、ウミル砦に移動しました。
王都攻略イベントを控えたウミル砦にはプレイヤー達が押し寄せているだけではなく、クエストが進んだ事で反攻作戦に臨む騎士団がこちらに駐屯してきているようですね。
人口密度の増した活気ある砦内には篝火が焚かれ、王家を示すセントラルライドの旗があちこちではためいています。
クエストの受注が出来る騎士団の詰め所の周辺には臨時のアイテム受け渡しのスペースが作られ、アイテムを生産する場所も開設されているようですね。
運び込まれる大量のアイテムを使い、数多くのプレイヤーの手でワイバーン討伐の為のアイテム制作が行われていました。
『小人化』している状態では無理が出来ませんし、手軽で安全と言う意味ではそういうアイテムの搬入クエストや生産クエストを受けるべきなのですが、今回は戦場の下見という事でこのまま南方に抜けてしまいましょう。
篝火が立てられているとはいえゲーム内の時間帯は夜、【隠陰】の入った黒色の牡丹と、もとから小人化の影響で人に見えなくなっている私の姿は周囲からは認識しづらくなっています。
まあ実際は牡丹はうっすらと模様が光って見えますし、私の着ている水着もそのまま見えるのですが、日中より発見率は下がっている筈です。
スニーキングミッション感覚で私達は障害物を利用して移動し、人々の死角となる場所を渡り歩いて南門を目指します。
門を抜ける時だけは少し大変で、足元をチョロチョロと動く私達に気づいた人によってちょっとした騒ぎが起きたのですが、砦内に入る時と違い出て行く分には持ち場の問題か、衛兵達はそれほど遠くまでは追ってこないようで、私達は出入りする人混みに紛れて南に抜ける事ができました。
こちら側はスライムイベントの時に少しだけ来た事があるのですが、本格的に南下するのは初めてですね。
徘徊しているモンスターはホークにボアに武装ゴブリンで、王都周辺にはグリフォンや小型のワイバーンが徘徊しているようです。
グリフォンやワイバーンはともかく、残りのモンスターの強さはそれ程ではなく、ここまで来る事が出来るプレイヤーなら問題なく倒せる強さらしいのですが、この辺りの敵は基本的に連携して襲ってくるので、戦況を把握して動ける事、1対複数の戦い方が出来る事が肝になってくるようですね。
地形としてはウミル砦付近を抜けると比較的平地の草原が続いており、東は縦に伸びる山脈に塞がれ、西側は海が広がっているとい縦に長い場所の真ん中に王都があり、その王都の東にある大きな湖から北西に向かって伸びた川によってこの辺りは北側と南側に分けられていました。
ワイバーンの襲撃を受けるのは主に南側で、空から執拗に攻撃を仕掛けてくる大量のワイバーンの数を減らすためには『塒の襲撃』というクエストをプレイヤー全員で規定回数こなす必要があり、何とかして塒のある王都南の山まで行く必要があったのですが……勿論単純に草原部分を通ろうとすれば大量のワイバーン達の攻撃を受けてしまいます。
ワイバーン達に気付かれないように塒に向かうには東の山脈沿いの森の中を移動する必要があり、その大回りルートはなかなか大変だと聞いたのですが、途中の湖までは比較的安全のようですね。
私としては出来れば塒まで行きたかったのですが、今は本格的な戦闘が出来ませんし、移動速度も牡丹頼りのジャンプ移動ですからね、今日のところは一旦途中の湖辺りの様子を見に行くだけにしておきましょう。
そういう訳でモンスターの気配があれば隠れて迂回し、他の人が戦う姿を遠目に見ながら南下を続け……もう少しで湖に到着するという所で、丁度ワイバーンと大規模な戦闘をしているプレイヤー達と出くわしたので、私達は茂みに潜んでその動きをじっくりと観察する事にしました。




