136:生還と小人の衣装
目を開ければ見えてくる白亜の建物と人の喧騒、無事に海嘯蝕洞から脱出できたのだとわかると、なんだか少しほっとしてしまいますね。
牡丹も気が抜けたのか「ぷぃ~…」と息を吐きながら溶けかけていますし、今回は色々と無理をさせてしまいましたからね、「ありがとうございます」という想いを込めて撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細めてプルプルと揺れました。
(さて)
出発地点に近いからという理由でウェスト港を転送先に選んだのですが、この町のポータルは中央広場のモニュメントですからね、他のプレイヤーや町の住人からするといきなり黒いスライムがやって来たようなものなので早く隠れた方がいいのかもしれませんが……どうやら徐々に黒いスライムが居るという事はプレイヤーの間で認知されつつあるようで、いきなり大騒ぎする人はいないようですね。
ただ「あの」とか「動画に映っていた」とかいう声がチラホラ聞こえてくるのはどういう事でしょう?
少し考えたのですが、そういう話をしている人達は大工道具を持っていたり木材を運んでいたりするので、もしかしたらワールドアナウンスを聞いて島に行こうとしている人達なのかもしれませんね。
海嘯蝕洞について一番最初にネットにあげられた情報はあのウィルチェさんの動画ですし、端のほうに映っていた牡丹の事を見たという人なのかもしれません。
そういう訳でプレイヤーの反応はなかなか好意的なものが多いのですが、モンスターがギルドカードをつけずに町中に居る事に変わりはないですからね、町の住人が衛兵を呼びに行く前に離れる事にしましょう。
「ふぁーっぶなかった…もう足ガクガク…」
そんな事を考えていると、少し遅れてウィルチェさんが転送されてきました。どうやらウィルチェさんも転送先をウェスト港に選んだようなのですが、実はそこそこ有名人のようで、私が話しかける前に他のプレイヤー達に囲まれていました。
「おーウィルチェ、配信見たぞーってなんだよあの動画、海嘯なんちゃらって何だよ!?」
「くそ、良いアイテムはあったか?新情報は!?モンスターはどんなのが居た?」
「あーまってまって、流石にちょっと疲れたから…」
詰め寄られるウィルチェさんの周囲がワチャワチャし始めたので、その隙に私と牡丹は人混みから離れる事にしたのですが……その前にPTチャットでグレースさんから連絡が入りました。
『す、すみま…私アルバボッシュに戻っちゃったんですけど、皆さんどこにいますか!?』
『こちらはウェスト港ですね』
『右に同じー』
『まっ…す、すぐ、行きます』
どうやらグレースさんはアルバボッシュの方に飛んでいたようで、ワタワタと何かしているような音が聞こえて来たかと思うと、ウェスト港に移動してきました。
「お、お待たせしました」
グレースさんは息を切らしながら合流してきてくれたのですが、合流して改めて何かするという事はないのですよね。
個人行動していた時のアイテムは個人でいいでしょうし、PTで行動するようになってからはモンスターの群れを突破するので手一杯でしたからね、アイテムを拾っている余裕がなかったので清算するようなアイテムは拾っていません。
あ、いつの間にか私と牡丹のレベルが上がっていたのですが、これは清算とは関係ないですからね、じゃあこれからこのPTでどこかにという状態でもないですし、時間的にはお昼ご飯のために解散が無難な流れのような気がします。
『と思うのですが、どうしますか?』
私はフィッチさん達にアイテムを返したらそろそろお昼にしようかと伝えると、流石に2人ともこれから何かするという元気はないようですね。
グレースさんは私に合わせてお昼ご飯にするようで、ウィルチェさんは知り合いとちょっと話したら夕方くらいまでは繋がないとの事でしたので、一旦このPTは解散する事になりました。
『あ、そだ、せっかくだし』
ここまで来たら何かの縁という事でウィルチェさんからフレンド登録が飛んできたので、私は了承しておきました。
『可愛い僕に会いたくなったら何時でもよんでね』
『はい、その時は是非』
『うわ~呼ぶ気なさそー…もう、そんな事言っていると僕の方から行くよ!』
ウィルチェさんは軽口を叩いていたのですが、周囲からの質問攻めが多くなってくると、そちらの対応に回ったようですね。
海嘯蝕洞での事を大袈裟に周囲に言いふらすのはどうかと思いますが、まあとにかく、私はグレースさんと共にフィッチさん達にアイテムを返しにと思ったのですが……こちらはこちらでワールドアナウンスの影響でプレイヤー達が船を求めて押しかけ囲まれていましたので、特に急ぎ返さないといけない物でもありませんでしたので、後でもう一度来る事にしました。
グレースさんとはそこで分かれてログアウトする事になったのですが、『小人化』のタイマーはまだまだ残っていますからね、王都攻略が開始されるまでに解除しないといけないので出来るだけ繋いでおきたいのですよね。
そういう訳でお昼を食べてから再度ログインし、ゲーム内からのんびりと情報収集をしたのですが……どうやら海嘯蝕洞の発見で島の方に人が流れているようで、王都攻略の方が少しだけ停滞しているようですね。
この調子だと王都攻略が発生するのが明日か明後日くらいになりそうだと言われており、時間的な余裕がかなり出来ましたので、それだけでも島に行ったかいがあるというものです。
私は一通り他のプレイヤーの動向を確認した後、空腹度を回復するために食べかけの栄養食を食べ、「頑張ったよ?」という風に甘えて来る牡丹にも、その、MPを渡しておきます。
だんだんと気持ち良いところを学習され、声を押さえるのが難しくなっているのですが……だらしない顔をする私を見て、牡丹は満足げな顔をしていました。
繋いで早々少し疲れてしまったのですが、とにかく改めてフィッチさん達にアイテムを返そうとしたところで……まふかさんから連絡が入りました。
PT経由でない連絡が来た事に少し驚いたのですが、島から出ると『海嘯蝕洞からの脱出』のクエストがクリア扱いとなるようで、それに伴いフレンドとも連絡が出来るようになっていたようですね。
『何でアンタはまた面白そうな事をやってんのよ!全然連絡がつかないし、どういう事!?』
『どういう事とは…どういう事ですか?』
どうやらまふかさんは徹夜明けのままずっと配信を続けているので気が立っているようなのですが、いきなり怒られるのは何とも釈然としません。
イライラしたまふかさんの声を聞きながらどういう状況になっているのかと配信を見に行ってみたのですが……オーガビーストとロックゴーレムは何とか倒せたものの、ゴールドホーンラビットは出現と同時に向かうも他の人に倒され、グリフォンとイビルローパーは未遭遇、他に何かいないかとあちこち徘徊する動画というグダグダな内容でした。
前半はそこそこ良い動きをしているのですが、流石に途中から集中力が切れたようで動きがおかしいですし、その動きをフォローする人もいないという凄い動画ですね。
それでもそれなりの再生数を稼いでいるのは流石大手といいますか、動画を視聴している人の大半はそんなまふかさんの失敗を楽しんでいるようなコメントが多数あり、まあそういう系の動画であるといえばそういう動画なのですが、本人的には「格好良く倒す」ところが撮りたいようですね。
『ほんっとうに最悪、見つけたっていうから行ってみたら倒されるし、見つからないし、皆馬鹿にしてくるし…このままだと視聴回数が伸びないじゃない!!』
どう考えてもそれを私に言うのはただの八つ当たりなのですが、頑張ってボスラッシュをしている裏で新MAPを見つけた事に対して何か言いたいだけのようですね。
『で、どういう所だったの?撮れ高はありそう?』
一通り騒ぐと少し落ち着いたようで、涙声混じりでグスグスと鼻をすすっているのですが、海嘯蝕洞は配信をしながら行くにはちょっと厳しい所なのですよね。
『触手が居ました』
なので私は単刀直入に、島の状況を伝えます。
『………』
するとまふかさんは黙り込みました、というより通話が切れました。
何だったんだろうと思ったのですが、ずっと動きながら徹夜で配信して不安定になっているようですし、殆ど愚痴みたいな内容でしたからね、意外と誰かと話してみたかっただけなのかもしれません。
配信者は配信者で大変なんですねと思っていると、その後も蜘蛛のエルゼさん、狩人のナタリアさん、あと桜花ちゃんから連絡がきて、「どうやって行くの?」とか「島はどうだった」という事を聞かれたので、行き方やどういう所だったのか教えておきました。
皆さん何かしらやっているようで今すぐ合流して向かおうという話にはならなかったのですが、「新マップ発見おめでとう」という祝福と、簡単にお互いの近況を話したりして通話を終えました。
それからウェスト港近くの林で筏づくりをしているフィッチさん達にアイテムを返しに行ったのですが、お昼休憩を挟むと周りにいる人も一段落していますね。
「おお、無事に帰還したようだな!我々も第2陣を送ったのだが、そちらとはまだ連絡がとれないのだが、島の様子はどうだったのだ?」
この頃になるとフィッチさん達の大工チームだけではなく、他の生産系のプレイヤーも船づくりをしているようで、あちこちから木を切る音が響き渡っていました。
「岩場の中をくり抜いた立体的な迷路のようなダンジョンでした。ギミックでタコの足が出てくるのですが、掴まると今のレベル帯だとほぼ即死かと…あとは到着すると脱出クエストが始まるのですが、リスポーン地点が固定されるのと連絡が出来なくなるので行くのならしっかりと準備をした方が良いですね」
モンスターのレベルは高いので倒せるのならレベル上げに丁度良さそうな事や、色々な新規のアイテムがある事を伝えると、フィッチさんは「ふむふむ」と大袈裟にうなずいています。
「それと、すみません、渡されたアイテムを幾つか駄目にしてしまいました」
テント等のキャンプ用品はそのまま持ち帰ったのですが、バナナボートと浮き輪はデバフ液を防ぐために使ってしまいましたからね、残ったアイテムを返し、消費したアイテムの代金は払おうと思ったのですが……フィッチさんは大袈裟な身振り手振りで断ってきました。
「それには及ばんよ、なんたって今は造船特需で我々はウハウハだからな、これで借金生活ともおさらばさ!君達の勇気と献身には本当に感謝している」
太っ腹な所をみせたいだけなのかもしれませんが、どうやら儲かっているというのは本当のようで、生産スキルの無いプレイヤーの船づくりの手伝いや制作でかなりの暴利を貪っているようですね。
まあ儲かっていて本人達がいらないと言っているのならいいのかと思っていると……横から男性プレイヤーに話しかけられました。
「あ、あの……その、ついでっていう訳じゃないんだけど、よければ、これ……着てくれたらな~って、他意はないよ!?生地は良いの使っているし、気に入らなければ捨ててくれても……」
名乗られた事がないので名前はわからないのですが、確かフィッチさんの知り合いで、船のロープや帆なんかを作っていた人ですね。
彼が顔を真っ赤にしながらしどろもどろに話すには、裸に近い恰好の私がどうしても目の毒だとの事で、服を作ってみたので着てくれないかとの事でした。
「ど、どうかな?」
「ありがとうございます、ですが…」
このサイズの服は市販されていませんからね、服を作ってくれた事には感謝しかないのですが、若干鼻の下を伸ばしながら差し出された服と言うのが白いスクール水着という制作者の性癖が詰まった物凄くマニアックな物で、私は何とも言えない気持ちになりつい目を細めてしまいました。
※まふかさんの交友関係は広いのですが、性格的なものもあって愚痴とか弱みを言える友達というのはあまりいなかったりします。
ユリエルに対してはもう色々と酷いところを見せた上で特に引いたりしないし気にしていないように見えるので、ポンポン言いやすいと思っています。あと単純に自分の横に立っても見劣りしない顔というのもまふかさん的にはポイントが高いですね。




