135:スワンプラビット
ウィルチェさんの大声に反応したのは、スワンプラビットという角兎の上位種でした。
レベルは27、大きさは通常種の1.5倍、私が前に出会ったゴールドホーンラビットから考えると半分程度の大きさですね。
角のあった場所には葉が開く前の芽のような物がついており、瞳は殆ど黒に近い緑色、沼地に適応したような深緑色の体毛が泥で薄汚れて全体的に黒くなっているのですが、どうやら泥以外の液体も混ざっているようで、毒々しい色合いをしていました。
これは何かしらの属性を持っているというよりも、毒か何かの状態異常系の攻撃をしてくるモンスターかもしれませんね。
「ちょ、ちょっとま…僕のせいじゃないよね?…いやー僕が可愛すぎるから狙われているのかな?」
「ぷ!」
私の代わりに牡丹が「静かに!」と止めてくれたので、その間に私は周囲の状況を確認します。
ここは海嘯蝕洞の頂上部分で、辺りは歪に成長した奇妙な木々やコケで覆われており視界が悪く、海風で湿った砂が泥のように溜まっていて足場もかなり悪いですね。
広さは……どれくらいでしょう?一辺が数キロ程ある四角い大地の上のようなのですが、ヌルリと湿った地面は平坦で、私のいる場所や高さからでは全体を把握する事ができません。
神々や精霊がギガントモンスターを封じるために打ち下ろした岩の杭、上から物凄い力がかかり平坦になった大地と言われても納得するくらい不自然な平らさなのですが、長い年月を経たせいか、それとも縫い留められてなお活動を続けるギガントモンスターの影響なのか、私達が登って来た坂以外にもあちこちに大小さまざまな穴が開いており、島全体的に脆くなっているようでした。
モンスターも相変わらず沢山いるようで、今すぐ襲ってきそうなのは坂を登った先に居る1匹だけなのですが、周囲の茂みの奥から「BxU」「BUu」という新手の鳴き声が近づいてきていますし、急いで倒していかないと囲まれてしまいそうですね。
とはいえこちらは坂道を全力で駆け上がってきてバテているグレースさんと、ウィルチェさんは……余力がありそうなのですが、戦力と考えるのはやめておきましょう。
牡丹は何とか気合で耐えてくれているのですが、私を乗せながらずっとバナナボートを咥えて移動していますからね、スタミナが尽きかけているようで、時折「ぷひゅん」と奇妙な咳をしていました。
バナナボートはかなり軽い素材で出来てはいるのですが、30センチの牡丹が大きさ300センチ×60センチのビニール袋を運んでいるような状態ですからね、流石に色々と辛いのでしょう。
というよりサイズ感だけ考えるとよく運べますねと感心してしまうのですが、牡丹の口は収納フードと直結しているようですし、咥えている間は各種収納系のスキルが適用されているという事なのでしょうか?
その辺りは牡丹の存在が例外的すぎてよくわからないのですが、それより今は目の前の敵です。
「BuxBu!」」
まともに戦えそうなのが丸腰の私1人だけなのですが、そうも言ってられませんね。
こちらが有利な点は小人化している私の事が見えていないという事で、スワンプラビットが牡丹を狙っている事なのですが……毒々しい兎を素手で殴ると状態異常になりそうですからね、気づかれる前に不意打ちというのは諦めて、牡丹にもう少しだけ頑張ってもらいましょう。
私はダンダンと威嚇するようにストンプするスワンプラビットの動きを警戒しながら、少しでも牡丹の疲労を軽減するために降りて戦う事にしました。
ヌルリとした泥で足を取られそうな私達と違い、スワンプラビットの大きな足は湿地帯での移動に適した形をしているようですし、地形としては相手の方が有利ですね。増援の事もありますし、仕掛けるのなら早めの方がいいでしょう。
(お願いします)
私が【意思疎通】で指示を出すと、牡丹は小さく頷きました。
「ぷぃ~…」
注意を引くように斜め後ろに後退する牡丹に釣られるような動きを見せながらも、スワンプラビットは耳をピクピクと動かしながら周囲を警戒しているようですね。
どうやら私の気配みたいなものは認識しているようで、私は私でこちらに突っ込んできてもいいように、牡丹との距離を2メートル前後で固定しておきました。
こういう細かな位置調整をする時に【意思疎通】があるとかなり便利ですね。相手の動きに合わせて細かく指示を送れますし、見ていなくても意思疎通が問題なくとれるというのはかなりのアドバンテージとなります。
少しテイマーさん達の気持ちと言いますか、利便性がわかった所で……焦れたスワンプラビットが動きました。
「BUxxx!!!」
最後までどちらを狙うか悩んでいたようなのですが、ジリジリと下がる目の前の牡丹を狙う事にしたようですね。その突進力はなかなかのものだったのですが、こちらの作戦を読むほどの賢さは無かったようです。
「牡丹!」
「ぷっ!」
お願いするのはナイフの投擲、狙うのは私の頭上。
完璧なタイミングでナイフを飛ばした牡丹なのですが、投擲スキルがないからか、それとも単純にバテているせいか指示した高さより上に逸れてしまったのですが……【腰翼】でフォロー可能な範囲ですね。
「これ……でッ!!」
オーバーヘッド気味の【キック】で飛んできたナイフをおもいっきり地面に叩きつけ、私はバナナボートの端を地面に縫い付けました。
直接スワンプラビットを狙えればよかったのですが、牡丹の投擲や私の蹴りで弾いたナイフでは動くスワンプラビットに命中させられるかわかりません。
それにある程度高レベルのモンスターになると単純な遠距離攻撃だと弾かれる可能性がありますからね、悠長に二射目という訳にもいかない状況で狙うのは初手必殺です。
それに猛スピードで走るスワンプラビットを狙うより地面の上で完全に静止しているバナナボートに命中させる事の方が簡単ですからね、疲労している状態でのつまらないミスをしても嫌ですし、気分的に楽に当てられる方を選ばせてもらいました。
「Bux!?」
「ぷぃーーっ、ぷぃっ!」
その状態で牡丹が縫い留められたバナナボートの端を咥えて横に思いっきり引っ張れば……簡易なビニールの壁の出来上がりです。
スワンプラビットはいきなり出現した即席の壁に驚いたものの、その勢いを殺しきれず……バナナボートに衝突しました。
その衝撃でバナナボートが大きくたわみ、牡丹は勢いを利用するような形で飛び込んできたスワンプラビットをデバフ液まみれのバナナボートで包むと、中からは悲痛な叫びが聞こえてきます。
流石にそろそろバナナボートが破れそうなのですが、これだけデバフ液まみれで弱体化が入ると少しくらい暴れただけでは破れませんね。
「【ルドラの火】!」
そこにナイフを蹴り終わった私がデバフ液のかかっていない所に手を当てて【ルドラの火】を使えば……。
「BuxuxuUU!?」
脆くなったバナナボートは中にいるスワンプラビットごと燃え上がります。
直接手で触れるのが危なそうなら間接的に、MP節約のためにすぐに【ルドラの火】を解除するのですが、バナナボートは完全に燃え尽き、残り火のようにスワンプラビットが燃えていたのですが……何とか倒しきれたようですね。
「凄い!」
「えっぐ…うわぁ~兎さん可哀そ~う」
私の戦い方の評価がグレースさんとウィルチェさんで分かれているような気がするのですが、ツッコミを入れている暇があったら増援が到着する前に移動した方が良いですね。
「そういうのでしたら、あちらはウィルチェさんにお任せします」
なかなか襲ってこなかったので倒すのが遅れてしまいましたからね、新手が茂みから現れてしまい、その後ろからボーンフィッシュやアンギーフロッグなどの別のモンスターもやって来ているようです。
「皆、全力で逃げるよ!」
それを見てウィルチェさんが真っ先にヨタヨタと走り出したのですが、疲労が足に来ているのか速度は出ていませんね。
「私達も行きましょう、牡丹、お願いします」
「は、はい!」
「ぷ!」
私はグレースさんに声をかけながら再度牡丹に乗り、ウィルチェさんを追いかけたのですが……溢れるモンスターから逃げるように走るとどうしても島の端へ端へと追いやられていってしまいますね。
とうとう島の末端ともいえる崖が見えてきて、その向こうに広がるのは海原と、遠くに見えるのは王都方面です。
「まってまって、これって僕達ピンチ!?」
「いえ…あそこ!」
そこは頂上部に生い茂る奇妙な植物がない開けた場所で、意味深に上半身の壊された石像が鎮座していました。
近づくとピンとなにか感じるものがあり、どうやらその像に刻まれている文字や周囲に刻まれている文字に【召喚言語】が反応しているようなのですが、ゆっくりと調べている余裕はないですね。
もうこれがポータルでなければリスポーンを覚悟しなければいけない状態なのですが、私達は息を切らしながらその像のもとに駆け込みました。
『海嘯蝕洞のポータルを開放しました。通常のポータルとして使用できますが、ここは特殊ダンジョンの為リスポーン地点には設定できません』
どうやら予想通りこの像が海嘯蝕洞のポータルのようですね、私は即座にポータルの移動先を選び、後ろを振り返ります。
「2人とも、大丈夫ですか!?」
後ろから迫るのは多種多様なモンスターで、ぜーはーとついてきているグレースさんと、わたわたとポータルを操作しているウィルチェさんの2人がポータルを開放したのを確認してから……私はウェスト港を転送先に選んでポータルを起動させました。
※兎系なら【看破】で逃げない?というのもありますが、通常種の特徴だったりレベル差を受ける事にしました。細かく描写するとくどそうなので普通に【看破】出来た場合は描写しなくても良いかなと思いましたが、悩み中です。
いや入れて欲しい!スキル使っているところが見たい!っていう人が多いようでしたら描写するようにしますが、初見で相手のレベルまでわかっている場合は大体【看破】を入れていると思ってくれて大丈夫です。
※【意思疎通】を戦闘補助スキルとしか考えていないユリエルは、たぶん致命的にテイマーに向いていないと思います。




