133:立て直し
「待ッ、て…さんん…ッ」
私達はタコ足の触手に一掃されたモンスターが集まってくる前にその場を離れる事にして、まずはデバフ液まみれの私を何とかしようと、海辺に降りて海水で体を洗う事になりました。
「大丈夫です、任せてください、任せて…」
自分1人ではあれほど時間のかかる移動も、グレースさんと牡丹が居ればすぐですね。さっと手近な海辺に移動して、グレースさんはデバフでまともに動けない私の代わりにヌルヌルになった体を洗ってくれたのですが……その、色々と気まずいですね。
いつの間にか体に巻いていた布はどこかにいってしまっていますし、モンスターの体液以外にも私の汗とか涎とか、あまり人に言えない色々な液体も混じっているので出来れば自分で体を洗いたいのですが、弛緩したままだとそれもままなりません。
「ひゃ…そこ……」
そして体の隅々まで丹念に洗ってくれるグレースさんを信用していない訳ではないのですが、単純に自分の体より17倍近く大きな生き物に体を洗われるというのは少し怖いですね。
うっかり潰されたり捻られたりしないかずっとドキドキしていますし、それよりもっと困ったのが、グレースさんの柔らかく繊細な指先で全身を洗われていると、気持ちいい事でした。
「はっ…あっ、あっあ…んんッ」
たぶん好意を持ってくれているので変な事はしないと思うのですが、モンスターに滅茶苦茶にされて敏感になった体を丁寧に洗われると、ゾクゾクして声が出てしまいます。
「………」
グレースさんは大事な所には触れないよう丁寧に丁寧に洗ってくれているのですが、逆にそれが焦らされているような感じで凄くもどかしく、家族以外に体を洗われた経験のなかった私はとても恥ずかしい事のように思えて頬が熱くなります。
焦らすだけ焦らして、時折敏感な所に触れられるとビクンと体が跳ねてしまい、その度にグレースさんの指が止まるのですが、だんだんとその動きに躊躇が無くなってきているような気がします。
「下も……」
ゴクリと唾を飲み込むグレースさんはのぼせたような顔で私の足の付け根に向けて指を滑らせてくるのですが、愛撫に近いマッサージに放心しかけていた私は拒絶するのが遅れました。
「そこは…」
「ぷぃー!!」
「自分でやりますから」と言おうとした私の言葉を代弁するように牡丹がドスドスとグレースさんに体当たりをしているのですが、体当たりを受けている当の本人はその事にすら気づいていないようですね。
鈍い振動と急かすように力の入る指先がお腹の上をなぞる感触がゾクゾクして、もう何もかも任せてしまいましょうかという気分になってくると……グレースさんの鼻から、ポタポタと血が滴り落ちてきました。
「あ…」
ズズッと鼻で息を吸った時に鼻血が出ている事に気がついたのでしょう、キョトンとした間の抜けた顔で、グレースさんは動きを止めました。
「ふ、ふふ…」
鼻血を出す人なんて初めて見ましたし、真剣な顔で鼻血を垂らすグレースさんが何か可笑しくて、私はつい笑ってしまいます。
「す、すみゅません、ちょっと……ふぉっ!?」
慌てたグレースさんが鼻を押さえようとしたり手でパタパタと顔に空気を送ろうとしたりしたので、私から手を離してしまい滑り落ちてしまったのですが……水洗いと時間経過で『筋力低下』と『弱体化』はかなり弱くなっていたようで、私は【腰翼】を使い着地しました。
「ありがとうございます、もう何とか動けますので…後は自分で洗えると思います」
「え゙、ぞれば…」
グレースさんは物凄く残念そうな顔をしたのですが、落とした私の事を見ようと下を向くと鼻血が垂れてくるようで、はっとしたように、慌てて上を向きました。
先程のグレースさんの目つきは少し怖かったのですが、どうやら良い具合に血が抜けて落ち着いたようですね。
鼻を押さえながらパタパタと片手で顔に風を送るグレースさんを見上げながら、私は残ったデバフ液を海水で落としていったのですが……これはこれでベタベタしますね。
海水で全身を洗ったせいで髪の毛がジャリジャリしていますし、ちゃんとした真水のシャワーを浴びたい衝動に駆られるのですが、それもこれも無事にこの島を脱出してからですね。
「牡丹、たしか布の切れ端まだ余っていましたよね?」
晒と褌を作った時の切れ端がまだ少しだけ残っていた筈です。
「ぷ?」
「ありがとうございます」
「これ?」というように、大きさが不揃いすぎて後で捨てようと思っていた端切れを出してくれた牡丹にお礼を言いながら、体を拭き、水気を絞ってから……端切れの扱いに困りますね。
胸に巻こうとして長さが足りず、何とも言えない長さの端切れの扱いに困ったのでまずは幾つか結び合わせて、一本の長い布にする事にしました。
どの辺りから全裸だったのかはわかりませんが、やはり体に巻き付くイソギンチャクの触手を焼くために【ルドラの火】を使った辺りでしょうか?
オートスペルで発動するとコストがかからないので色々と便利なのですが、こういう誤爆で焼いてしまうみたいな事もありますし、流石に便利すぎると思うので、そのうち修正が来ると思うのですよね。
そうなるとオートスペルに頼らない立ち回りを考える必要があるのですが……そんな事を考えながら長めの布の紐を作り、胸に巻き付けて晒にしておきました。
前回より幅や長さが不揃いなので見た目は悪いですが、まあ一時的なものなので問題はないですね。
最低限の身支度をして、全裸でなくなるとホッと人心地ついた気持ちになりますね。とはいえ一度完全に弛緩してしまった気持ちを立て直す必要がありますし、グレースさんの鼻血が止まるまでゆっくりしないといけませんからね、私達は一旦休憩をとる事にしました。
どうやらこの海辺の岩場にはモンスターが湧かないようで、私はその辺りの石の上に座り、牡丹に手伝ってもらいながらスタミナ回復ポーションをチビチビと飲んでおきます。そしてグレースさんにもHP回復ポーションを勧めてみたのですが……断られました。
「ひゃいじょうぶでふ、みょったいないです」
漂着時のダメージは自分で回復させておいたとの事で、鼻血程度ならポーションを使わなくても押さえていればそのうち止まるでしょうとの事でした。
まあアイテムの数は有限ですし、鼻が詰まったようになっているだけで、急いでいる訳でもないので節約するにこした事はないですね。
こういう時に生産するスキルがあれば現地で作る事が出来るのかもしれませんが、そっち系のスキルは全然取得していないのですよね。
というより私の場合、種族的に回復系のスキルに制限がかかっているのですが、ポーションを作る事は出来るのでしょうか?少し気になったのですが、まあとにかく、休憩している間に私達は漂着してからの事を話し合いました。
それによればグレースさんはこことは違う別の砂浜に漂着したらしく、そこに筏の残骸も漂着していたようですね。
どうやら私の予想通り、牡丹もその筏にくっついていたようで、一緒に漂着していたアイテムは牡丹が回収してくれているとの事でした。
「ぷい!」
トスントスンと何時もより重めの音で飛び跳ねる牡丹は何故か得意げな顔をしているのですが、色々持ちすぎて所持枠は一杯のようですね。
正直バナナボートとかはいらないような気がするのですが……まあ他人の物ですからね、フィッチさん達に返せるのなら返すべきでしょう。
そういう訳でアイテムの確認や色々しているうちに島が揺れて、初期地点から移動するのが遅れたグレースさんは触手の塊に巻き込まれなかったとの事でした。
因みにポーションに関する話なのですが、牡丹の空腹度を回復するのにMP回復ポーションが使えないか聞いてみた所、「ぷい!」との事でした。
なんでも物凄く不味いらしく、下手をするとお腹を壊してしまうとの事ですね。
その辺りは【テイミング】の仕様に関係しているらしく、【テイミング】が主の魔力に適合させるためのスキルで、餌を与える関係性を作る事で主従関係を作っているとの事でした。
「ぷーい、ぷいぷい」
その影響で主以外の魔力はとてつもなく不味いという事なのですが、説明してくれたのが牡丹なので、【意思疎通】出来ない所は想像で埋めたので正しいのかはわかりませんが、どうやらそういう仕様のようですね。
「ほあ~…」
グレースさんは私と牡丹が話しているのを惚けたような顔で眺めていたのですが、人とモンスターが会話をしているのがとても良いとの事でした。
「妖精と動物が心を通わせているみたいで、凄く良い、です!」
「そういうものですか?」
その辺りの感性はよくわからないのですが、足をバタバタと動かしたりよくわからない動きをしたりしているグレースさんは目をキラキラさせていて鼻息が荒く、また鼻血が出ないかちょっと心配になったのですが……どうやら大丈夫のようですね。
「ボロ布の筈なのにユリエルさんが纏っていると宗教画の天使みたいで、一緒に跳ねる魔物が……ふぁぁああああ~」
はしゃぐグレースさんが休憩できているのかは謎ですし、時折ぎこちない反応をみせてはいるのですが、ここもいつまで安全かわかりませんからね、私達は少し休憩した後、PTを組んでから行動を再開する事にしました。
どうやらPT経由だとちゃんと連絡が取れるようなのですが、ウィルチェさんが触手に引きずられて行く時に送ったPT申請は通らなかったようですね。
距離が離れすぎたのか、返答までの制限時間が過ぎたのか、それともリスポーンしてしまいキャンセルされたのかわかりませんが、まあ何にしても無事だといいのですが……とか思っていると、ひょっこりウィルチェさんがやって来ました。
「やほー2人とも、無事ー?」
何か物凄く軽いノリで手を振りながら現れたのですが、どうやらウィルチェさんのリスタート地点がこの近くらしくて、私達の声がしたのでやって来たとの事です。
「もう本当にすぐそこ」との事なので、この辺りにモンスターが居ないのはリスキル防止のために湧かないようになっているのかもしれませんね。
「こちらは何とか、ウィルチェさんも無事でなによりです」
「あ、は、はい…だ、大丈夫です」
ウィルチェさんが言うにはやはり特殊クエスト進行中はリスポーンに制限がかかるようで、『特殊クエストのためリスポーン地点が固定となります』という案内が入って最初の地点に戻されるとの事でした。
「結局死んじゃったから無事っていうのも変だけど、いやー死んだらリセットされるからいいけど、あれはホント、新しい世界の扉が開きそうだったよ……あ、思い出したらちょっと」
そう言いながら前屈みになるウィルチェさんにグレースさんは眉を寄せ、牡丹がしかめっ面をしているのですが……とにかく全員無事に合流ですね。
それでは休憩も出来ましたし、ウィルチェさんとも改めてPTを組んでおき、はりきって脱出を目指す事にしましょう。
※凄くどうでもいい事ですが、デバフまみれのユリエルを掴んだグレースさんもデバフが乗りましたが、ちゃんと手を洗っています。あとグレースさんの事を17倍と言ったのは、今のユリエルが10センチで、グレースさんが168センチの為です。
※グレースさんは漂着した時の事を格好良く語っていますが、初期地点から動かなかったのは牡丹がほっとくと不味いかもしれないと思うくらいオロオロして周章狼狽して動けなかっただけです。
※リスポーン地点付近で湧かないのはリスキル対策でもありますが、そもそも現在この島に居るのがユリエル達だけで、モンスターが倒されていないので新たにリポップしないからでもあります。
それでも設定上上層ではモンスターが増え続けているのですが、下層の一部はセーフティーエリアになっているような場所がチラホラあります。ユリエル達はたまたまその場所に居ただけで、モンスターの配置にもよるのでその時々で安全な場所は変わります。




