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131:海嘯蝕洞

 ここ(海嘯蝕洞)はフィールドと言うよりダンジョンという感じなのでしょう、立体的な通路にMAPは殆ど意味をなしませんし、人が屈めば進める程度の細い通路から、10メートル以上の大穴までと千差万別の迷路のような場所を、多種多様なモンスターが(ひし)めいていました。


 空飛ぶ骨の魚ともいえるボーンフィッシュ、ゴツゴツした珊瑚を背負うサンゴトータス、どうやらスライムに追われて海に出たアンギーフロッグもこの島に引き寄せられたようですね、新参者らしく所在なさげにその辺りをウロウロしています。


 そんな風に大量のモンスターが配置されているのですが、その殆どは『小人化』した私の事は見えていないようですね。

 小さな布切れが飛んでいる、綿埃が浮いているみたいな感じで一度こちらを見るのですが、モンスターからするとそんな布切れは興味の対象外のようで、攻撃される事はありませんでした。


 ただでさえこれだけのモンスターが徘徊する中、一々岩陰に隠れていては進めるものも進めませんからね、認識されていない事がわかると堂々と突っ切るように移動する事にしたのですが……そういうところに出くわしたのが、ウィークスラグでした。


 この巨大ウミウシ……といっても今の私(身長10cm)からすれば巨大と言う話になりますが、大きさは個体によってマチマチなのですが、体高は20~30センチで全長はその倍程度(40~60cm)、黒っぽい体に青色を基調としたさまざまな原色が混ぜられたような毒々しい色合でヌメついていました。


 その名前の通りと言うべきなのかもしれませんが、前面にある大きな口から吐き出される緑色の液体はステータス低下の効果があり、所謂デバフを撒き散らす害悪モンスターという類なのですが……今の私(透明化がかかっている)からすると、一番厄介なのはこのウィークスラグには目に該当する感覚器官がなく、特殊な感覚器官で周囲の獲物を認識している事でした。


 デバフ液の命中精度が高くなりすぎるとバランスが崩壊するという判断なのか、大雑把な攻撃をするために視覚に頼らず周囲を認識するように設定されているのかもしれませんが……はい、油断して直撃しました。


 ポタポタと滴る緑色の液体が体の力を奪っていく度に動きが鈍くなり、『筋力低下』や『弱体化』といったステータス異常の効果が強まっていくようですね。

 単純に体が重くなる程度ならまだいいのですが、(たち)の悪い事にデバフ液のかかった布地から継続的に状態異常が入るようで、胸に巻いている晒や布地を巻いて褌のようにしているパンツが擦れるたびに、状態異常の深刻さが増していきます。


 何より体の動きは鈍くなるのに五感はそのままと言うズレが生じ、一度本格的にデバフ液を拭うべきなのですが……定期的に吐き出されるデバフ液に、なかなかそのタイミングがありません。


 力が入らない体は自分のものでないように鈍重になっていくのですが、肌に触れたヌトヌトした感触だけは異様にはっきりと感じる事が出来るという、その差がダイレクトに脳に届きソクゾクします。


 流れる汗ですら肌を優しく撫でてきているような感触で息が上がってくるのですが、直撃したのは『小人化』している事を良い事に堂々と探索していた結果なので、ある意味自業自得なのかもしれませんね。


「PUGYUII!!」

 そして相変わらずどこを見ているのかわからない様子でノソノソと動いていたウィークスラグだったのですが、いきなり体を縮めたかと思うと……バネか何かのように跳びかかってきました。


 丸呑み攻撃。精度の荒い飛び掛かりは脅威ではないのですが、デバフ液まみれの口の中に飲み込まれるのは遠慮したいですね。


 意思通り動かない体と自分の油断が招いたピンチに戸惑いながら、私は波に削られ湿った床の上で慎重に回避をおこないます。


 足場としては最悪なのですが、裸足で動いても痛くないのだけが救いなのかもしれませんね。


「たああぁっ!!」

 べちゃりと腹ばい気味に着地するウィークスラグの腹部に、【腰翼】を使いバランスをとった私の全体重を乗せた蹴りを叩き込みました。


「PuGYUx!?」


「っ!?」

 裸足で蹴った瞬間の柔らかい内臓のような感触と、滑りそうになるネトネトした液体が足に纏わりつく感覚がゾワゾワしたのですが……飛び散る緑色のヘドロのような液体を避けながら、私は距離をとりました。


 結構いいのが入っている筈なのですが、流石に上級クエストで来る場所のモンスターだけあって、一撃必殺という訳にはいきませんね。

 私の攻撃を受けた敵がノソノソとまだ動いているのを確認すると、もう一度踏み込み、その腹部を蹴り上げ、更に追撃の回し蹴りを頭部辺りに叩き込み撃破しておきましょう。


 そうやって何とか不意打ちをかけて来たウィークスラグは倒したのですが、別のスラグがリンクして(集まって)きていますし、どうやらデバフ液がかかった場所は人型に浮かび上がってしまっているようで、他のモンスターも私の存在に気づき近づいてきているようでした。


 私は海風で湿った床やコケに滑らないように場所を移しながら、その辺りに生えているサンゴや海中に生えているような植物、ウネウネと動くイソギンチャクなんかを盾にしながら、ウィークスラグから吐き出されるデバフ液を回避して逃げ回ります。


 降りかかるデバフ液を回避して回るのですが、このままでは埒があきませんし、殲滅していく事も考えたのですが……まずはどこかでデバフ液を落とす必要がありますし、流石にこの調子で集まってくるモンスターと戦い続ける訳にはいきませんね。

 残念ですが倒すのは諦めて逃げ出す事にしたのですが……さて、どちらに向かいましょう。


 細かな亀裂や穴を除けばルートは主に四つ、島の頂上に向かうルートと、島の奥へ続くルート、水平移動をするルート、海側に下るルートですね。

 勿論どれも途中で枝分かれし、合流し、複雑な通路になっているのですが、大雑把な方向性としてはこの四つです。

 私は寄ってくるモンスター達から距離をとりつつ、どうしましょうと考え込みかけた所で……【魔人の証明()】と【魔力視】にザワリとした反応がありました。


 感じるのはただどす黒い気配と言いますか、圧迫されるようなプレッシャーが島の中心部から伸びてくるような感覚に、訳も分からず背筋が凍りました。

 どうやら周囲のモンスターもその気配を感じとっているようで、どこか怯えたように動きを止める個体や、中には逃げ出している個体もいますね。

 状況がよくわからず私が周囲を見回していると……島の中心からドロリとした海の底が迫って来ているのが見えました。


 そう思える何かが押し寄せてきているようで、一段と冷えた磯の香りに鳥肌が止まらず、ヒタヒタと薄い膜にからめとられていくような感覚に息苦しさを覚え、私は一度大きく呼吸を整えます。


 今感じている恐怖はデジタル的な処理(ゲーム的な演出)だと認識しているのですが、軽い吐き気と不安で平衡感覚がなくなりそうなのですが……私は呼吸を整えて、その気配のもとを確かめようと、にじり寄る黒い靄のような気配が迫ってくる方向をもう一度見つめました。


 その頃になるとまるで島が生きているように断続的に揺れ、鼓動(心臓の音)のような音が辺りに響き渡っていたのですが……その振動に合わせて島の中央から押し寄せて来たのは、禍々しい形をした、3メートル近い巨大なタコの足のような触手の塊です。


 大きな触手からは枝分かれするように大小さまざまな触手が生えており、全ての触手がそれぞれの意思を持っているようにウネウネと動き、絡まり、通路を舐める様な動きでこちらに伸びてきています。

 めいめい勝手に動く触手には、プレイヤーを狙っているという統一意思は感じないのですが、逆に理解できない動きは不条理で、人には理解できない別の理で動いているような奇妙な不安感を覚えますね。


 それ(触手の塊)が居るだけで周囲の明度が一段下がったように感じる程黒く禍々しいオーラを放っていたのですが、その靄ともいえる奇妙な空気の中、何とか目を凝らしてみると、青と白を主体としたヌメヌメとした色合いの触手が黒い汚泥のような物を纏い、その中に大量の目のような器官と吸盤のような物が無数に蠢き、出たり入ったりしているのが見えました。


 集合恐怖症の人には少し耐え難いと思うのですが、人間の生理的嫌悪感を抱くようにデザインされたそれは、周囲の床や壁や天井の岩盤に触れると柔軟に形を変え、通路を埋め尽くすような勢いで迫ってきています。


 クエストにも『昏くらき海に掴まらぬよう』とあるように、一目でプレイヤーに「危険」だとわかる触手の塊なのですが、その対処が簡単ですね。つまり、逃げましょう。

 一撃入れたい衝動にも駆られるのですが、一見柔らかそうに見えるその触手の塊が通った後は荒々しい波が長年かけて削り取ったような跡が残っており、とてつもない力が働いているのが見て取れます。

 殆どステージギミックと化している触手の津波はどう考えても今のレベルで勝算がある相手ではありませんからね、さっさと逃走する事にしましょう。


「GYOOUUUxx!!?」

 まだこの島に来て日が浅かったのでしょう、逃げ遅れた不幸なアンギーフロッグがその触手にからめとられて暴れているのですが、その程度ではどうしようもないですね。

 ギチギチと締め上げられるとあっけなくその体は千切れ跳び、ホログラム(出血)を撒き散らしながら触手の波の中に消えていきました。

 現実ならスプラッタまったなしの光景で、一種綺麗ともいえる光の惨劇と悲鳴を横目で確認する頃には走り出していたのですが……残念ながら、今の私が全力疾走するよりこの触手の塊の方が早そうなのですよね。


 流石に触手の塊が迫ってきたら逃げられないという設定にされている訳ではなく、こけない限り普通の人が全力疾走すれば逃げきれる程度の速さではあるのですが……今の私は小人サイズですし、そもそもデバフ液のせいでまともに体が動きません。


 普通に【腰翼】を使い逃げただけでは掴まる未来しかなく、私は自分が小人になっている事を良い事に、触手が入り込めないような近くの裂け目の中に身を隠す事にしました。


 選り好みしている暇はありませんからね、それなりの深さがある裂け目を適当に選んで飛び込むと、その中には先客ともいえる『イソギンチャク』が蠢いていたのですが……この際文句を言っている場合ではないですね。


 『イソギンチャク』は一応モンスター扱いなのですが、名前からして普通のイソギンチャクと言いますか、ローパーのように積極的に襲ってくる事もなく、こちらもステージギミック的な何かのようでした。


 もしかしたら毒や麻痺といった状態異常をしかけてくる個体もいるのかもしれませんが、殆どの個体は触れれば引っ付き、獲物をからめとろうとする動きを見せるだけで、特にダメージを与えてくるという事もありません。


 何て言いますか、触手の塊から逃げる際に足を引っかけるためだけに設置されているのではとも思わなくもないという、どう考えても運営の嫌らしいトラップ的なモンスターなのですが……まあ背後から迫る巨大な触手の塊と、目の前の『イソギンチャク』を見比べてから、私は天敵に狙われた魚がそうするように、その細かな触手の中に身を隠す事にしました。

※海嘯蝕洞はSAN値系のステージギミックを掻い潜りながら探索するMAPです。多分このステージギミックがなければ前線組がPTを組めば普通に来る事が出来るレベルの難易度ではあると思います。


※ウィークスラグは今のユリエルの場合は丸呑み攻撃になりますが、通常の人間相手だとヒルのように吸い付いてデバフ液を注入してきたりします。どこに吸い付くかは飛び掛かってきた所次第で、別に他意はありません。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 展開が マニア向けの王道という感じで いいですね [気になる点] しかし逆に巨人化とかも しそう
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