128:完成した船
牡丹が大暴れしてしまったので、結局『小人化』について説明しないといけない事となり、スライムが本体でない事を証明するために私は皆に姿が見えるように許可を出す事になりました。
最初は暴れて機材を壊した牡丹に憤慨していた人達も、ウィルチェさんが私の胸を揉んだから殴られているのだという事を知ると「なんて奴だ」と騒然となった後、周囲の人達まで牡丹に協力してウィルチェさんをもみくちゃにしてしまい……。
「ずびばぜんでじだ…」
皆にボコボコにされたウィルチェさんからは、それはそれは深い謝罪を受ける事になりました。
壊した物を弁償をするという私に「いや、こいつに払わせますんで」との事で、ウィルチェさんはボコボコにされた挙句、多少の借金をする事になったようですね。
ではお詫びに少しでも多めに寄付をしようと思ったのですが、私が船に興味があるという事を知ると、むしろ「どうぞどうぞ!」というノリで乗せてくれる事になりました。
なんでもこういう船や蒸気機関なんていう古臭い物に興味を持ってくれる女性が少ないからという理由らしいのですが、そんな理由で良いのでしょうか?
もしかしたら姿を見せた事で『魅了』の効果が出た結果なのかもしれませんが、今時珍しい男性の矜持というものかもしれませんし、下手に固辞するとプライドを傷つけてしまうかもしれませんからね、何かしらの方法で便宜を図るという形で恩返しする事にしましょう。
そんなドタバタがあったのですが、ウィルチェさんの件が一件落着すると、スコルさんの持ってきた『鉄鉱石』を使って最後のパーツが作られるようですね。
工程としてはスキルを使いながら精練した鉄を液状になるまで赤熱化させた後、大まかな型に入れてUの字にプレス加工し、要所要所を加熱しながら叩いてパイプを作るという、UO管工法のような作り方でした。
「問題は溶接技術がないので叩くごとに精度が違う事だが、それ程の精度を求めるエンジンでもなし、強度が想定内であれば問題ないだろう」
「部品同士の溶接はどうしているのですか?」
「ああ、それは、熱した鉄を直接使って……」
何故かリーダーの……フィッチさんというらしいのですが、彼が私の横で妙に事細かく船について説明してくれていました。
「今では代替え手段も増えた海上輸送だが、船舶技術が昨今のメガフロートに引き継がれており…」とか「大航海時代のフロンティアスピリッツが星間開拓に…」とか、船に対する情熱を永遠と話してくれるのですが、合いの手を入れて話を繋いでいる私とは違い、何度も聞かされているらしきウィルチェさんはげんなりとした顔をしていました。
ただスコルさんはそんな話を楽しそうに聞いており、意外とこういう分野が好きな人なのかもしれませんね。
出社すると言っていたスコルさんがまだいる事に対してはちょっとどうかと思うのですが、完成した船を見たら落ちるとの事でした。
そろそろ外が明るくなっていますし、遅刻確定なので逆に焦っていないだけかもしれませんが、この人に関してはもう言うだけ無駄なのかもしれませんね。
「スコルさんは船好きなのですか?」
話を遮らない程度の声量で、ニコニコとフィッチさんの言葉に耳を傾けるスコルさんにそう囁くと、尻尾が大きく揺れました。
「好きよ、おっさん船舶免許持ってるくらいだから」
「ほう…特殊か?2級か?それとも1級?まさか…大型?」
失礼ながらなんとなくくたびれたおじさんというイメージのあったスコルさんがマリンスポーツ系の免許を持っている事には驚いたのですが、私より船好きのフィッチさんの方がその話題に食いつきました。
「うんにゃ、宙間船技師総合2級よ?」
「え?」
「ぶっ!?」
そうして出て来た意外な免許の名前に私とフィッチさんは驚く事になったのですが、よくわかっていないウィルチェさんが首を傾げていますね。
「え、なになに?その、ちゅーかんぎしって凄いの?」
「凄いも何も…専門的な学校に数年通った人が受けるような試験で、確か総合免許は倍率が1000倍近いって聞きますけど…」
所謂宇宙船免許という物で、総合2級ならたしか月面輸送船の副船長くらいにはなれた筈です。
「一応学外の民間からも試験は受けれるわよ?まあ合格率はお察しだけど…確か去年おっさんが受験した時は学生倍率で1300倍って言われてたかな?年々難しくなっていっているのよね~」
「技術の進歩かね~」とスコルさんはサラっと言って、ウィルチェさんも「そーなんだー大変だねー」なんてよくわからず同意しているのですが……。
「うぉぉぉおおおぉぉおおお!!!!?そそそ総合!!?え?マジか!?どうやって取ったの!?すげーーー!!!」
フィッチさんが壊れていました。かなり素が出ているのですが、特定の分野の人ならそれくらいはしゃぐような免許なのですよね。
ただちょっと冷静になって考えると、持っているというのはスコルさんの証言だけですし、本当の所はわからないのですが……スコルさんはそういう嘘はつかなさそうなのですよね。
そうなると本当に宇宙船免許を持っているという事になるのですが、エリート揃いと言われている宇宙船の船長と胡散臭い笑みを浮かべているスコルさんが結びつかず、本格的にどういう人かわからなくなってきてしまいます。
そんなフィッチさんの叫び声が終わるかどうかという頃に、パーツを作っていた人達からもドッとした歓声があがりました。
どうやら最後の部品が完成したようで、これから蒸気機関にパーツを取り付けるようですね。
「そんじゃ、完成を見ていきましょうか」
スコルさんは相変わらず胡散臭い笑みを浮かべながらトテトテと作業中の人達の所に歩いていったので、私達も追いかけるように蒸気機関に近づき、最後の工程を見守る事になりました。
「…はまらないな…計算上は大丈夫だったんだが、叩いた時か?熱した時か、今から穴を広げるっていってもな…もう一度溶かすか?」
「とりあえずくっついたらいいんじゃね?強度は足りているんだろ?」
「それはそうだが、まあ、大丈夫か」
そんな不穏な会話がなされているのですが、とにかく数人がかりで手作りの簡易クレーンでパイプを吊り上げ、サイズの合わない穴に何とか密着させると、溶けた鉄を接着剤代わりに使うという方法でくっつけるようですね。
物凄く雑な作業風景を見ていると、素人作りの船体と合わせて大丈夫なのかと心配になってくるのですが、どうやらこの船は一事が万事こんな軽いノリで作られているようでした。
「よーし、押さえたぞー」
「ぎゃー鉄が!?溶けた鉄がかかったぁーっ!?」
「衛~生~兵ーー!!!」
作業風景をじっくり見ていると、町工場の職人が緻密な計算の上で物を作っているというより、文化祭でワイワイとはしゃいでいる学生が何か大掛かりな物を作っているという印象になるのですが、まあゲーム内での話ですし、そういう軽いノリなのはいいとして、それよりふと気になった事があるのですが……。
「この船、どうやって海上に運ぶのですか?」
大昔の人達は丸太を使って大きな石を運んだと言いますが、ゲームの中にはモンスターがいますからね、そういう襲撃を排除しながらこの船を海上まで運ぶのは並大抵の事ではないでしょう。
それに船を作っているこのはぐれの里は内陸の中でも特に内陸で、むしろ現時点では海まで一番遠い場所でした。
木造の船体は60メートル、蒸気機関は10メートルの金属の塊ですからね、運ぶ手段はあるのでしょうか?
私が素朴な疑問を呟くと、周囲のお祭り騒ぎが嘘のように静まり返り、嫌な沈黙が訪れます。
まるで「何も考えていなかった」みたいな顔でお互いの顔を見合わせているのですが、そんな静寂の中スコルさんが笑い声を押し殺して転げ回っていたので、きっと途中からこの問題に気づいていたのでしょう。
とにかく周囲を沈黙に落としいれた元凶としては、何かしら言わないといけないと思ったのですが、良い言葉が出てきませんね。
「お疲れさまでした?」
たぶんこの言葉は正しくないような気がするのですが、頑張って蒸気船を作り上げた彼らにかける言葉がこれくらいしか思いつかず、私がポンと手を叩いて首を傾げてみせると……あちこちから悲鳴があがり、阿鼻叫喚の地獄絵図となりました。
※そう、誰も海上まで運ぶ方法を考えていなかったのである。
※因みにスコルさんの宙間船技師免許に関してですが、猫達の感覚でわかりやすく言うと「実は宇宙飛行士だよ」って言われたくらいの驚きです。羨ましいと思う人にはとてつもなく羨ましく、大多数の人は凄いと言うレベルです。
そして現実の宇宙飛行士の倍率は300倍ちょっとなのですが、話に出て来た1000倍とか1300倍は「総合1級」を取る場合で、これはその宇宙船のキャプテンになるような難易度です。つまり精鋭中の精鋭です。
最低限の宇宙関連業務が出来る単独「3級免許」ならそこそこ良い大学に入学するレベルの難易度でとれるのですが、3級でできる内容は殆ど雑務ですからね、世間一般に認められているのは2級からです。
そういう風に取得する免許によって難しさが変わるので一律1300倍と言うのは正しくないのですが、東大受験の倍率を話す時に、わざわざ一番入るのが簡単な学部の倍率を引っ張り出してこないのと似たような感じですね。
内訳としては「運航」「機関」「電子通信」「船舶」「宙間」の5分野があり、1~3級にわかれています。
試験内容は筆記と実技があり、全部の分野を取得すると「総合」免許となり、取得している一番小さい級に合わせた免許が貰えます。スコルさんの場合は「機関」だけ落として2級なので「総合2級」です。
正直に言うとどれかの分野を一つでも取得していればその分野の仕事が出来るので総合にする人は少ないのですが、スコルさんは総合免許に拘りましたので。




