127:謎の執念と技術力
「で、小さくなったっていう訳ね。何ていうか、相変わらずユリちーは楽しそうな事になってるわねー」
「笑い話ではないですよ」
スコルさんに事の経緯を話す事になったのですが、面白がっているやら呆れているやら、よくわからない笑みを浮かべながら肩をすくめられました。
「にしても、見えないのに声だけ聞こえるっていうのも不思議な感じだけど、本当に居るの?」
「居ますよ」
私が試しにスコルさんの首筋の毛を撫でると、擽ったそうに身をよじりました。
「あー…ユリちーの手って落ち着くわ~」
「変態ですか」
私が呆れたように手を離すと、スコルさんは「言葉通りなんだけど」と胡散臭く笑います。
「ぷぃ!」
「おっさんこの子の言っている事はよくわからないんだけど…何か貶されている気がするのだけど、気のせい?」
「変な事はするなよって言っていますね」
「へいへ~い、おっさんは馬車馬のように働きますよって言いたいけど…」
私と牡丹はスコルさんのフードの中に隠れる事で謎の黒いスライムを追う集団から逃げる事に成功したのですが、私達を探している人達はその辺りでウロウロしていますからね、見つかると厄介な事になりそうなのでこのままスコルさんに運んでもらいたかったのですが……どうやらスコルさんはこれから仕事で出社する時間だそうです。
「会社に顔を出さないといけないんで、頼まれていたアイテムを届けたら一度落ちないといけないのよね~そういう訳で、悪いけど匿えるのはちょっとの間だけよ?」
時折眠そうに欠伸をしているスコルさんなのですが、私は何となく「一度落ちないと」という言葉が引っかかって首を傾げていると、スコルさんはどこかとぼけた表情を浮かべます。
「居ないと不味いのは昼からなんだけど、午前中から顔だけは出しておかないといけないのよね、なんつーの、出社の記録だけはつけておかないといけないっていう感じ?」
「そんな適当でいいんですか?」
「いいのいいの、おっさん閑職だから」
「それは…」
冗談にしては笑えませんし、本当だったとしたら何て言えばいいのかわからないのですが、私が返答に困っていると、スコルさんは何時もの胡散臭い笑みを浮かべます。
「そういう訳で、ユリちーが養ってくれるとおっさん嬉しいんだけどなー」
「頑張って働いてください」
ふざけた事をいうスコルさんに自然とジト目になってしまうのですが、私に睨みつけられるとスコルさんは楽しそうに笑います。
どうやらまたからかわれたようですが、スコルさんならあり得ると思ってしまう冗談はやめて欲しいですね。
因みに眠そうにしているスコルさんなのですが、私の予想通り徹夜でまふかさん達とボス退治をしていたようで、ロックゴーレムに挑んでいる最中に仕事だからと抜けて来たそうです。
落ちる前に拾った鉱石を知り合いに届ける途中だったとの事で、フードの中には色々な鉱石が入っていました。
ついでなので鉱山に時々行っているというスコルさんに『魔光石』の事を聞いたのですが、弱体化したロックゴーレムから出た所を見た事がないそうです。
やはり『魔光石』は第一エリアではドロップしないようで、そうなると何か代わりの鉱石を探すかアイテムボックスガチャに挑戦しないといけないのですが……とにかくそんな話をしている内に、目的の場所に着いたようですね。
そこははぐれの里にあるので急ごしらえの木造家屋と言った感じなのですが、この村の中でも特に大きな建築物で、ボロボロの体育館と言いますか、何かの作業場や大きな倉庫といった建物でした。
中からは金槌の音や金属音が聞こえてくるのですが、音からすると結構大きな物を作っているようですね。
「ユリちーはレアな鉱石探しているみたいだし、丁度いいかもね~やっぱユリちー持ってるわ」
「どういう事ですか?」
「ん?ここで船を作っている連中が居るんだけど……」
スコルさんは何か気になる話をしようとしたのですが……。
「そして何より、可愛い僕がいる場所だよ!って、あれ?ユリエルの声が聞こえた気がするんだけど……スコやんだけ?」
いきなりウィルチェさんが数年前に流行ったアイドルのポーズを真似しながら飛び出してきたため、説明は中断しました。
そしてウィルチェさんにも私の姿は見えていないようで、不思議そうな顔で辺りをキョロキョロと見回していました。
「いやー…」
スコルさんは言葉を繋ぎながら、フードの中に居る私の方を窺います。
どうやら『小人化』した事を話していいかどうかと言う事なのでしょうけど、ちょっと気になる話もありますし、色々と説明は端折る事にして、居る事だけは伝えておきましょう。
「ここです、それより船を作っているのですか?」
「えっ…なになに透明化?何それ詳しく」
ウィルチェさんはウィルチェさんで私の『小人化』に興味をもったのか、カメラを取り出していたのですが……何か脱線しそうな空気を感じ取ったのか、スコルさんが間に割って入りました。
「まあまあ、おっさん荷物引き渡したら落ちないといけないから、そういうのは後にしてくれる?荷物はいつもの場所に置いたらいいの?」
「ちぇーまあでもそろそろ『鉄鉱石』が不足するってフィチチも嘆いていたし、急いだ方がいいかもね」
何でもフィチチさんという方が怒ると大変だそうで、とにかく私達はウィルチェさんの案内で作業場に足を踏み入れたのですが……。
「じゃーん、これが僕が今出資している船だよ!」
ピョンと片手をあげたポーズをとるウィルチェさんの先にある船は、私の予想を超えていました。
「これは、凄いですね…」
「ぷ…」
私と牡丹は目を丸くして、感嘆の言葉をあげます。
作業場の中央には所々粗が目立つものの、60メートル級の艤装のされていない木造船が寝かしつけられており、その横ではT字の柱に金属タンクと大きな車輪がついたような機械が置かれていました。
これはもしかして、蒸気機関という奴でしょうか?という事は、作られているのは蒸気船ですか?
所々パーツの工作精度の甘さを大きくすることでカバーしていたり、素人作りの粗が目だったりしていますが、ブレイクヒーローズではこんな物まで作れるのですね。
そして大きな船体や蒸気機関に目が奪われていたのですが、この作業場では20名近くのプレイヤーが何かしらの作業をしており、活気と騒音が辺りに響き渡っていました。
「ふっふ~ん、凄いでしょ」
鼻高々に笑うウィルチェさんなのですが、これは素直に誇っていいと思います。
なんでもβ時代に船を作ろうとしていた人達が正式版になってから本格的に作り始めたらしく、総勢は30名近く、一種の造船ギルドみたいな感じになっており、現代知識とゲーム内のスキルをフルに活用して記念すべき1号船を作り上げているのだそうです。
因みにウィルチェさんは出資したと言っていますが、スコルさんに言わせると「ほんのちょびっとだけね」という事になるらしいのですが、とにかくウィルチェさんは資金面を、スコルさんは素材面で手伝っているようで、スコルさんが言うには良いお得意様だそうです。
「ユリちー珍しい鉱石探しているみたいだし、渡りに船で丁度いいんじゃない?そろそろ完成するんみたいだし」
大型船を作ったからには海の上を走らせるのが目標なのですが、いきなり外洋ともいえる別のエリアに向かうのは危険だし、そもそも何かしらのペナルティーがあるのがお決まりですからね、まずは第一エリア内で浮かべようという事になったようで、その目標として選ばれたのが……あのキングスライムがいた“島”だそうです。
検証班やプレイヤーの情報交換の結果、あのイベントで出て来たスライムを倒すと第一エリア内のどこかにリスポーンする事がわかっており、その一定数が王都とウェスト港の間にある海上の島に送られ、キングスライムが生まれたのではと言う仮説が立てられているらしいですね。
つまりあの島は第一エリア内ではないかという事で、船を出しても問題ないのでは?という事になったそうです。
ここにいる人達は基本的に造船などの技術的な生産をしている人達なので、採集及び錬金術や薬学系のおびき寄せる罠を作るクエストや、弩や柵を作ったりという手工芸がメインとなる王都攻略戦に関わるクエストにはあまり興味がないようですね。
そもそも王都攻略戦はワイバーン戦がメインイベントですから、戦闘方面は全然ダメだというここの人達からするとあまり興味が無い事のようで、こちらはこちらで何かしようと、突貫で試作一号船を作り上げているとの事でした。
「島は他の場所とちょっと違う感じだし、ユリちー珍しい鉱石探しているんでしょ?同乗させてもらったら?資金不足みたいだし、お金出したら乗せてくれるんじゃない?」
「そうそう、1フランから寄付金を受け付けているよ~」
との事ですね。確かにお金は今のところかなり余っていますし、よほど法外な値段を吹っ掛けられなければ資金提供をして、新エリアに連れて行ってもらうのも悪くないですね。
今の私は戦闘が出来ないので無理は出来ませんが、様子見とか採集だけなら出来るかもしれませんし、それもいいかもしれませんと心を揺さぶられていると……作業をしているプレイヤーの中から、リーダー格と思われる痩身の男性がやって来ました。
「おおー!来たか、待ちわびたぞ!!あとはパイプ1本作ったら海に浮かべられるのだ!さあ早く我の求める至高の品を届けるのだ!」
やってきた人はダークブラウンの髪を整髪料でベタベタに固めて七三にしているというかなり古臭い髪型をしており、着ている服も白いヨレヨレのワイシャツと、これまたレトロなデザインのこげ茶のスーツという恰好ですね。
芝居がかった口ぶりをしていますし、何かしらのコンセプトがあるRP勢の人なのかもしれません。
「鉄鉱石の追加ね、フードの中に入れてあるからちょっと……」
「ぷぃ」
「うぉぉぉっ!?」
スコルさんがストラを外して鉄鉱石を取り出そうとした弾みで、私と一緒に船を眺めていた牡丹がフードの縁から転がり落ちました。
そして今は私も下半身が牡丹にくっついていますからね、一緒に転がり落ちる事になったのですが……作業場にいきなり現れたスライムに、近場の何人かが動きを止めました。
「驚かせてすみません」
「ぷ…」
「びっ、くりしたー……あ、ああ、いや、ゲフンゲフン……驚かせるな、プレイヤーか、スライムもいるんだな」
牡丹のいる辺りから私の声が聞こえたからでしょう、スライムが本体だと思われたようで、ウィルチェさんも「スライム化だったのか~」と何か変な勘違いをしていたのですが、まあ上に乗っている魂の綺麗な人にしか見えない小人が本体ですと言うのもなんなので、このままにしておきましょう。
「あ、ゴミついてるよ?もーしかたないな~僕が取ってあげるよ」
とか思っていたのですが、ウィルチェさんが牡丹の上に浮いている布切れを摘もうとして……思いっきり私の胸を掴みました。
「うん…?」
「ッ…!?」
いきなり透明で柔らかい何かを掴んだ感じになったウィルチェさんは、掴んだものを確かめるように指をグニグニと動かすのですが……。
「ぷぃぃぃいいいいいいっっっ!!!!」
そんなウィルチェさんに牡丹がキレて、大暴れする事になりました。
※ちょっとした補足ですが、ユリエルの姿が認識されていないため、現在は『魅了』の効果が出ていません。
※そしてそのうちスコルさんのあれこれについて書きたいと思いつつ、本編と比べると突拍子のない話だったり重い話だったりするのでどのタイミングで書こうかと悩み中です。




