124:アイテムガチャ
鍛冶場から出ると、意外とひんやりとした外気に私は息を吐きました。
状態異常になるレベルの気温差だと『サルースのドレス』の耐性が働くのですが、気温の変化の範囲だと耐性は働かないようですね。
もう少し室内に居たら耐性が働いたかもしれない熱さではあったのですが、そんな中で作業をするドゥリンさんには頭が下がります。
とにかく私は外の新鮮な空気を吸いながら軽く汗ばんだ胸元に風を送っていると、ストラ形態の牡丹が「ぷ?」と聞いてきました。
「はい、もういいですよ」
私の言いつけ通り大人しくしていた牡丹に許可を出すと、元気よくスライム形態になり、びよんびよんと何時もの上下運動を開始します。
何か意味があるのか、それとも癖なのかわかりませんが、最近はよくそんな動きをしていますね。
「ぷぃーっ」
「なるほど」
どうやら「伸ばしていたら伸びる気がする」との事です。よくわかりませんが、止める程でもないので牡丹の好きなようにさせておきましょう。
私は奇妙な動きを続ける牡丹とその辺りを歩きながら、ドゥリンさんが話していた内容について考えます。
修理に一番適した『魔光石』はロックゴーレムのドロップ品で、少し前まで沢山WMに並んでいたのですが、その効果が知れ渡ると生産勢がこぞって買い漁り、もう売っていないのですよね。
フィルフェ鉱山から産出される鉱石は『銅鉱石』か『鉄鉱石』で、出ても銀か金と基本的な物しかありません。
弱体化したロックゴーレムは居るのですが、私達が倒した時は何かしらの特殊な分配が行われていたらしく、弱体化したロックゴーレムから『魔光石』がドロップしたという報告はないのですよね。
私の予想ではもう少し先のエリアのアイテムが紛れ込んだというか、サプライズで配られたのではないかと予想しているのですが、とにかく入手の難しい『魔光石』での修理を諦めた場合、どういう効果が出るかわからない『魔石』での修理か、品質の低下に目を瞑って『鉄鉱石』で修理するかの2択となります。
これから王都解放戦が始まり、本格的に第一エリアのボスと戦うという時期に武器の耐久度を気にしながら戦うというのはちょっとしたハンデなのですが……本音を言うと、耐久度に関しては使い潰すつもりで魔石での修理でもいいのですよね。
最悪の場合『武器修理チケット』を使ってもいいですし、修理に関しては何とかなるのですが……。
(パワーアップ、ですか)
私の持っている魔光剣のレアリティは『R』で品質は『B』なのですが、ドゥリンさんが言うには何かしら珍しい鉱石があれば品質を上げる事が出来るとの事です。
ありあわせの装備からちゃんとした武器になった瞬間と言いますか、装備の更新の話はいつもワクワクしますね。
王都攻略はなかなか難しいと聞きますし、その前に武器の強化を狙ってみるのも良いですし、一番乗りを目指してこのまま王都攻略に乗り出してもいいと、どうするか悩みます。
ただある意味当初の予定通りですし、上げられるのなら上げておきたいと思いますし、こうなったらレア鉱石を狙ってみる事にしましょう。
つまりどういう事かと言うと……アイテムガチャです。
「ぷ?」
牡丹が不思議そうに私の顔を見て来たのですが、私はしゃがみ込んでその頭を撫でてから、適当な木陰の根元に座ってステータス画面を開きました。そして開いたのはイベントのポイントの交換画面です。
元から余ったポイントを『アイテムボックス』にする予定でしたからね、武器のパワーアップのためにも、レアリティの高い鉱石系のアイテムを狙ってみる事にしましょう。
勿論適当な素材で鍛えれば逆に攻撃力が下がってしまうのでしょうけど、ポイントは大量にありますからね、下手な鉄砲も数撃てば当たる作戦です。
因みにポイントで交換可能なボックスは、交換可能制限のある武器ガチャや防具ガチャ、消耗品ガチャに素材ガチャといった各分野ごとの物と、交換制限のない完全ランダムな『アイテムボックス』がありました。
武器を強くするのなら武器ガチャでもいいような気がするのですが、今のところ報告のある最高レアが『R』の炎の何々や、氷の何々といった物で、言ってしまうと魔光剣と似たようなレベルなのですよね。
私の場合左手は【ルドラの火】を使うので魔法剣を二本持っていても仕方がないですし、今ある魔光剣を強化する方向で考えると狙うべきはレア鉱石なのですが……鉱石ガチャで出る鉱石は周期表に載っている素材が『C』から『N』のレアリティの間でランク付けされ、レアリティごとの確率で排出されるというものなのですが、内容を見た限りでは生産に使うというより原石を収拾して楽しむとかいう雰囲気があるガチャなのですよね。
ガチャ速報となっている掲示板には全種類のコンプリートを目指している鉱石マニアの人もいるようなのですが、武器を強化したい私が『リチウム鉱石』や『アルミニウム鉱石』を手に入れても仕方がありません。私が求めているのはそういうコンプ要素のある鉱石ではなく、武器の強化に使えそうなファンタジーな鉱石なのですよね。
速報掲示板には『アイテムボックス』から『R』ランクの各種属性鉱石や『ミスリル』が出たという人や、『S R』の『火竜石』や『氷烈結晶』なんていうアイテムが出たという人がいるようですし、私が開けるべきは『アイテムボックス』の方でしょう。
そういう訳で私は『アイテムボックス』を開ける事にしたのですが、『アイテムボックス』には3種類のランクがあり、普通の『アイテムボックス』と、高レアの出やすい『高級アイテムボックス』と、もうほとんど運営のお遊びでしょうというポイントが必要な『プラチナボックス』と言う物があるようでした。
後者になる程レア度が高い物が出るようなのですが、プラチナだと必要ポイントが膨大で、私の所有ポイントでもそれほど多く開ける事が出来ないのですよね。
それでも最低でも『R』ランクのアイテムが出て、報告では『U R』が出たという報告があるというのが良いですね。
まあどれを開けるにしても賭けである事には変わりないですし、何個か『プラチナボックス』を開けて高レアを狙い、無理そうなら『高級アイテムボックス』を開けてそこそこのレアを狙うというふうに切り替えてもいいかもしれません。
その辺りはゲームなので楽しめる方を選ぶ事にして、私は早速ポイントを支払い『プラチナボックス』と交換しました。
出るまで開けるとなると歯止めが利かなく可能性もありますからね、とりあえず3つまでは交換する事にしておきます。
それなら残りのポイントで『高級アイテムボックス』が数十個開けられますからね、そこからはレアリティが下がる事を覚悟して数をこなす事にしましょう。
こうして人は沼に嵌っていくのかもしれませんが、それもまたゲームの楽しみ方なのだと思う事にして、早速開けていく事にしました。
『プラチナボックス』は文字通り白金で作られた20センチくらいのアンティークな宝石箱で、開けたらアイテムが飛び出てくる作りのようですね。
一つ目を開けてみると、ポンッと軽い音が鳴り、宝石箱は光の粒子になって消えていきました。そしてその光が飛び散った後に残ったのは……『砂の十字架』と言う手のひらくらいの大きさの、今にも脆く崩れてしまいそうな土を固めたような十字架でした。
アイテムの説明を読むと『悠久の時を止め、形を留める十字架』と言うもので、封印を解けば内包された大量の砂が解き放たれ、辺り一面を砂だらけにする効果があるようです。
使い切りの攻撃アイテムとしては使えそうなのですが、武器の強化には使えなさそうな感じですし、いきなり封印が解けて辺りが砂丘になっても困りますからね、私はそのまま牡丹収納に仕舞っておく事にしました。
「ぷ……」
飲み込む事を一瞬躊躇した牡丹なのですが、確かに衝撃が少し心配ですね。
【鞄】スキルである程度の衝撃はカバーしてくれると思うのですが、何かあった時のためにスキルを追加しておきましょう。
まあSPが余っているというのもあるのですが、今更マジックバッグを大量に持つのも何なので、【収納術】というアイテムの収納力を上げるスキルを取る事にしました。
スキルレベルが低いうちはバッグの中でアイテムがバラけないようになる効果と言いますか、自動整理機能と透明な仕切りでアイテムが整理され、効率的に収納できるようになるスキルなのですが、レベルが上がればバッグの中に入れたアイテムが縮小されるようになり、収納力が増えていくというスキルのようですね。
今は収納袋が跳ねて移動しているような状態ですからね、何かあって中身がごちゃごちゃになっても困りますし、【収納術】を取得しておくことにしました。
スキルを取得してから、私は二箱目を開封します。
出てきたのは『幻獣種の毛皮』という『SR』ランクの毛皮で、説明としては『真偽不明の幻獣の毛皮』とありますね。
1.5メートル幅の一巻きほどの大きさがある毛皮のロールで、かなり高レベルのモンスターの毛皮らしいのですが、剥ぎ取りが上手くいかず、種類も分別されていない為ランクや品質が落ちてしまった雑多な毛皮という事らしいです。
ランクが落ちたと言っても『SR』ですからね、元はかなり高ランクのモンスターの物だったらしく、その強靭さは健在で、不思議な魔力に満ち溢れている一品でした。
これは素材としてはなかなか良い当たりを引いたような気がするのですが、これも武器の改良には使えなさそうですね。今は別にお金にも困っていませんし、すぐに資金に変える必要はないので、何かに使えないか考えた後、WMに流す事にしましょう。
「ぷ、ぷぃ…」
早速【収納術】を活かして毛皮のロールを飲み込む牡丹を眺めてから、3つ目の開封です。
(これで来てくれればいいのですが)
無理なら『高級アイテムボックス』ガチャの始まりですね。
私は祈るような気持ちで3つ目の『プラチナボックス』を開けると、ポンッという軽い音と共に光が広がり、皮膚が一瞬ピリッとしました。
「っ…!?」
『サルースのドレス』が反応したような気もするのですが、完全には抵抗しきれなかったようですね。光が収まり周囲の状況を見渡せるようになると、いきなり日が翳ったような気がします。
反射的に頭上を確認すると、そこにあったのは……超巨大な『サルースのドレス』と、同じく超巨大な魔光剣ですね。
身に着けていた物がいきなり頭上から降って来るという怪奇現象に襲われた訳なのですが、町中で【腰翼】を【収納】していた事が祟り、回避できずにドレスの薄布を被りました。
運よく落ちて来た鉄塊には当たらず、被ったのもドレスの薄い部分だったので何とか破く事が出来たのですが……何か気が付けば全裸ですし、近くでアワアワしている牡丹も私の3倍くらいの大きさになっていました。というより、周囲の風景も大きくなっているような気がします。
「ぶ、ぷぃ゙~~!!?」
巨大化した牡丹の重低音に晒されながら、何か嫌な予感がしてきた私は自分の状態を確認できるように出していたステータス表示に視線をやると……そこには『小人化』という状態異常が表示されており、その表示の横に『23:59:46』というカウントダウンが表示されていました。
どうやら周囲が大きくなったのではなく、私の方が小さくなってしまったようですね。




