123:鍛冶場と修理についての話
ドゥリンさんを探して、私ははぐれの里の鍛冶エリアにやってきました。
ここは火を使う関係か、それとも辺りに響く騒音のせいか、村から少し隔離されたような場所になっており、鉄と火と油の匂いが漂っていました。
持ち運べる簡易な鍛冶セットなどを除けば一番手軽に借りられる鍛冶場はブレイカーズギルドの練習室にある共用スペースなのですが、ちゃんとした専用の炉を借りようとすれば、このはぐれの里の鍛冶エリアを借りるのが主流なようですね。
天幕を張っただけの殆ど野外のような場所だったり、設備の整った建物ごと借りられたりするようなのですが、それなりに有名らしいドゥリンさんが借りているのは後者の、建物付きの鍛冶場のようですね。
私はスコルさんに教えられた番地を確認しながら、建物を一つ一つ確かめていくのですが……この辺りは隔離された場所だからか、通る人は皆生産勢の方達ばかりで、鍛冶師に見えない私がウロウロしていると「いったい何ようだ?」みたいな視線が飛んできますね。
絡まれないのは【隠陰】のレベルが上がってきているからか、魅了が調整された結果なのかはわかりませんが、向けられる視線の量としては普通くらいですね。
つまりチラチラと視線が向けられる程度には見られており、中には顔を赤らめている人などもいるのですが……魅了がどこまで調整されているのかはわかりません。
それよりイベント終了後にも町中を闊歩するスライム、牡丹の方が目立っており、デコイの役割を全うしてくれているのですが……中には武器を取り出して人を集めようとする人もいるので、こちらも良いのか悪いのかわかりませんね。
「ぷーー……」
【鞭】スキルのおかげで柔軟性が増した牡丹はポヨポヨと跳ねていたのですが、周囲の視線には不快そうな声をあげています。
無駄に体を伸ばしたりユラユラと揺れたりして不満を訴えてきているのですが……そのまま他のプレイヤーに襲い掛かっても困りますし、これから人に会いますからね、イビルストラになっておいてもらいましょう。
「牡丹」
私が声をかけると、周囲を牽制するように睨みつけていた牡丹は私の方を見上げて不服そうな顔をするのですが、少しの間見つめていると、しぶしぶと言う様にイビルストラに変形します。
「少しの間動かないでくださいね」
ストラ……というより、今では細い触手が広がっている事もありケープに近い形状なのですが、牡丹は了解というように「ぷっ!」と前垂れ部分を上げました。
本当にわかっているのかわかりませんが、そうこうしている内にドゥリンさんのいる建物を発見しました。
きっと炉の熱気を逃がすためなのでしょう、窓やドアが開けっぱなしにされた開放的な石造りの建物の中で、ドゥリンさんは炉の前で鎚を振るい、剣を打っているようでした。
ゲームなのでスキルを使って一瞬で作られてもいいような気がするのですが、ブレイクヒーローズの生産は一連の動作をコピーし判定するといいますか、一度はその過程を自分の手で実行しないといけないのですよね。
勿論スキルによっては途中経過を飛ばしたり短縮できるようになったりするのですが……なかなか面倒そうな仕様になっていました。
わかりやすく料理で例えると、ニンジンを10本切らないといけない場合、1本切ったらその結果が判定され、残り9本にも反映されるといった感じですね。
この切った1本が品質『A』の場合は残り9本も『A』と判定され、『C』なら9本とも『C』で判定されるという事ですね。
工程がはしょられていますし、スキルで色々と時短できるのでリアルよりかは楽だとの事ですが、完全にオートに出来ない所がブレイクヒーローズの生産の面倒な所でした。
ここまで聞くとただ面倒でしかない生産作業なのですが、その代わりに基本的に産廃や失敗という事が無く、アイテムの組み合わせは無限にあり、微妙な力加減や作業手順の違いで結果が変わるかなりリアルな判定がされるようでした。
つまり同じくず鉄が出来たとしても含有成分が違ったり、そのくず鉄を使ってまた何かが作れたりと、無限の可能性があるのがブレイクヒーローズの生産ですね。
まあその辺りの事は興味が無いので詳しくは知らないのですが、私は炉の熱を受けながら汗水流して鎚を振るうドゥリンさんの作業が一段落するのを待っていると……ドゥリンさんは程なくして剣を1本作り終えました。
使い古していない真新しい道具で剣を打つドゥリンさんは満足そうな笑みを浮かべ、頷きます。
「お忙しいところをすみません、連絡した通り剣の修理についてお聞きしたい事が…」
私は出来るだけ自然に話しかけたのですが、ニヤニヤとした顔で刀身を眺めていたドゥリンさんは、ビクリと体を震わせます。
「うぉったぁっ!!なんだてめぇ、いきなり話しかけるんじゃねぇ!!!って、嬢ちゃんか、何だ?何か用か?」
人に見られているとは思っていなかったのでしょう、ドゥリンさんはワタワタと剣を取り落としかけながら首を傾げるのですが、その反応に私も首を傾げてしまいます。
「スコルさんから聞いていませんか?」
ちゃんと連絡したと言っていたのですが、話が通っていませんね。
「スコル…?誰だそりゃ?」
本気で眉をしかめるドゥリンさんの顔をまじまじと見てしまったのですが、そういえばドゥリンさんはスコルさんの事を別の名前で呼んでいましたね。
「エイジ…さん?の、事です」
確かそう呼ばれていたような気がするという名前を伝えると、ドゥリンさんは少し考え込んだ後、声を上げました。
「エイジが?………あ、あーーー!!そういやそんな事言ってたな、なんだよったく、それならそうと最初から言えってんだ!」
どうやら作業に熱中しているあまり、スコルさんからの連絡を忘れていたようですね。もしくは作業途中に話しかけられて、生返事を返していたかのどちらかのようです。
誤魔化す様に怒鳴ったドゥリンさんの顔が若干赤い気がするのは炉の熱さのせいか、魅了の影響か、それともただの照れ笑いか、とにかくこの場にスコルさんが居たら「ボケたのおやっさん?」とでも言い返す場面かもしれませんが、私まで同じようにツッコミを入れるとややこしくなるので愛想笑いで誤魔化しておきましょう。
「おう、で、何だ?剣を見て欲しいんだったか?」
「はい、作っても貰った剣なのですが、町の鍛冶屋では直せないみたいでしたので、修理する場合はどうすればいいかとお聞きしたくて」
たぶん鉱山が開放された時や、ウェスト港が解放された時のように、何かしらの条件を満たせばNPCの店でも修理できるようになるのかもしれませんが、今のところは一般の店での修理が出来ないのですよね。
私が説明しながら魔光剣を見せると、ドゥリンさんは剣を受け取りしげしげと状態を確かめます。
「どこも調子が悪くないように見えるが……というよりちゃんと使っているのか?」
「壊れかけていたので、『武器修理チケット』を使いましたので」
「ふーん…?」
鍛冶師のドゥリンさんは自分で修理できるからか不思議そうな顔をしているのですが、見てもらう場合はチケット修理をする前に持ってきた方がよかったですね。
若干チケットの事がわからないという顔をしているようにも見えるのですが、もしかしたらドゥリンさんは課金アイテムにそういう物があるという事を知らないのかもしれないのですが、その辺りの事は分かったフリをして話を進めるようですね。
「とりあえずコイツを直す方法は3つだ。1つは『魔光石』を使う方法、これが一番無難だな。『魔石』でも代用は可能だと思うし、『鉄鉱石』での修理も出来るが……その辺りはあまり勧めんな」
コンコンと魔光剣の刀身を小突きながら説明するドゥリンさんによると、修理に必要なアイテムで一番無難なのが『魔光石』だそうです。
まあ魔光剣の基本材料ですからね、問題なく修理できるそうです。続いて『魔石』なのですが、これは魔法剣などの修理に使えるようで、一応その分類に入る魔光剣も修理が可能だろうとの事です。
ただこの場合は属性が魔物寄りになるというか、どうなるかは魔石の種類によるとの事ですね。その辺りは実際にやってみないとわからないとの事で博打要素が強く、魔石による修理は最低限にした方が良いだろうとの事でした。
因みに『鉄鉱石』による修理は一応可能なものの、多用し続けると比率が鉄寄りになって、レアリティが下がってただの鋼の剣になるといいますか、品質の低下をおこすようですね。
「つー訳で『魔光石』がいいんだが、もうほとんど流通してねーし、無難に手に入れるのなら『魔石』だが、どんなもんが出来上がるかわかんねーからな」
若干無責任な事を言って笑うドゥリンさんなのですが、私は修理方法を聞いてこめかみの辺りを押さえました。
「魔石でも直せたのですか…」
「おう、つーても、本格的に直すのなら鉱石の方がおすすめだな。まあ刃こぼれ直す程度なら何でもいいかもしれないが」
その刃こぼれが直せそうな低ランクの魔石なら纏まった数が少し前まであったのですが……すべて牡丹に食べさせてしまったのですよね。
「ぷぅ~…」
牡丹が気まずそうに身じろぎするのですが、まあ渡してしまった物はしかたがないですね、切り替えていきましょう。
というより私もW Mに『魔光石』を出品していますからね、それを引き出せばいいだけで……と思ってまだ売れていないかギルドカードの残金を確かめたのですが、いつの間にか『魔光石』分のお金が入金されていますね。
どうやらメンテ補償のお金で誰かに買われてしまったようで、これで当面お金の心配をしなくていいようになったのは良い事なのですが……今はそれより修理アイテムです。
私の場合は緊急時に【ルドラの火】を使って一気に耐久度が減る可能性がありますから、修理する手段は確保しておきたいのですが……ドゥリンさんが言うには『魔光石』は少し前までWMに出回っていたのですが、もう殆ど売り切れてしまったとの事ですね。
簡単な修理のできる魔石なら色々と売りだされているのですが、今一番出回っている『スライムの魔石』は魔光剣とは相性が悪いからやめた方が良いとの事です。
「『魔光石』が無理なら、S Rとまではいわないが、最低でもRランクの鉱石が理想だな。それがあればこの剣ももうちっと改良出来るんだが、俺もある分は使っちまったからな」
レアな素材があれば品質『B』の魔光剣も『A』に上げる事が出来るだろうとの事なのですが、ドゥリンさんもポイントで交換できる素材や買い取った素材は使い切ってしまったようで、ずらりと並ぶ武具を示しながら「色々と試せるのが楽しくて」と笑っていました。
その顔はまるで新しい玩具を手に入れはしゃぐ子供のような満足顔だったのですが、修理材料がないというのに変わりはないですね。
私のポイントはかなり余っているので限度回数まで引き換えた魔石以外なら交換が出来るのですが、ラインナップは一般的に流通している物がメインで、修理や改造に使うには微妙との事ですね。
「わかりました、何かアイテムを手に入れたら、その時はお願いします」
材料がないのならなんとも出来ませんからね、私は時間をとらせてしまった事に頭を下げてから、その場を後にする事にしました。
※スライムは魔力を吸う特性があるので、魔力を纏って攻撃力に変える魔光剣とは相性が悪いです。逆に大量にスライムの魔石を叩き込めば吸魂の魔剣が完成するのですが、ドゥリンさんはまだその事を知りません。
※ドゥリンさんの言う「エスアール」と「アール」は「スーパーレア」と「レア」の事です。ドゥリンさんの発音がアルファベット読みなだけです。




