116:次善の策
私は低い地響きの音を響かせながら目の前を通過するキングスライムを見送りながら、肩の力を抜きました。
能力的には機動力を生かして追撃し、継続したダメージと足止めに回るべきなのかもしれませんが、コア?まで攻撃を届かせようとするのなら火力が足りませんし、何か作戦を練る必要があるようですね。
(とはいえ、どうしましょう?)
私は考え事をしながら断続的に襲い掛かる通常スライムを回避したり、牽制してくれる牡丹を見たりしながら軽く息を吸うと、周囲にはイオン臭とモノが焼けた臭いが漂っており、周囲には最後の電撃で麻痺状態になっている人が多数蹲っているようですね。
その倒れた人達は諦めたようにリスポーンをし始めており、全体の流れとしては一度態勢を立て直そうと考えている人が大多数と言った様子です。この状態で単独での追撃は無謀ですし、私が次の戦いに気持ちを切り替えていると、服のあちこちが焼け焦げたシグルドさんが、小さなスライムを蹴散らしながら近づいてきました。
どうやらシグルドさん1人だけのようで、桜花ちゃんと十兵衛さんはいないようですね。2人は被害の大きな右寄りに居ましたから、もしかしたら最後の電撃にやられたのかもしれません。
「どうやら君は無事だったようだね」
「はい、シグルドさんもよくご無事で……」
シグルドさんはキングスライムの近くで剣を振るっていた筈なのですが、それを考えると軽傷ですね。
どういう方法であの雷を回避したのかとても気になるのですが、この手の人は「飛んできた雷を避けただけだよ」とか言いかねませんからね、シグルドさんはゲームをしているとたまに居る、頭の中がどうなっているのか気になるタイプの人なのでしょう。
「なんとか、ね……それより君はあのスライムの中心を見たかい?」
「30センチくらいの何かがありましたね」
たぶんシグルドさんが話しかけて来たのは、コアが見間違いじゃないかの確認をしに来たのでしょう。私が同意するように頷くと、シグルドさんはニコリと笑います。
「流石に僕の剣だけじゃ届かなくて、何とか君の火力で露出するところまで押し切れないかな?」
そしてこれが本題なのでしょう、シグルドさんは自分の剣を見せながらそう尋ねてくるのですが……私は首を振ります。
「流石にあれを削り切るのは準備が色々と必要かと」
2発連続で叩き込んでも数メートルの穴を開けるだけで、しかも自動回復付きですからね。その調子で50メートル削るにはどれだけ【ルドラの火】を叩き込めばいいのかわかりません。それを何の準備もなく今から実行するのはちょっと、現実的ではないのですよね。
そもそもキングスライムはイベントボスですから、プレイヤー1人でどうこうなるというレベルに設定されていないのでしょう。
運営が想定しているのは最低でも数百人のプレイヤーが同時攻撃を行い削っていく事でしょうし、そういうチームプレイで対応するのが現実的な気がするのですが……。
「そう、それじゃあ、どうしよう…?」
腕を組み考え込むシグルドさんはどちらかと言うとソロ討伐派というか、最大でもPT単位での戦いを好むような性格のようですね。
まあ早い話が自分の手で斬りたいタイプの人なのですが、あの大きさだと1人で剣を振るだけではどうしようもありませんからね。
2人して「どうしましょう」と考え込んでいると、雷の影響か、何時もより毛がバサバサに逆立ったスコルさんがスライムを避けながらひょこひょことやって来ました。
「いやーまいったまいった、ユリちーは無事?おっさん変な事になってない?」
「…ちょっと毛が逆立っていますね」
「え、ホント?じゃあユリちーが撫で……って、冗談、冗談よ、おー怖っ」
スコルさんは何時もの胡散臭い笑みを浮かべてすり寄ってこようとしたのですが、牡丹が「ぷっ!」と威嚇するように手を上げると、茶化したような様子で離れていきました。
「ありがとうございま…んっ」
スコルさんのセクハラから守ってくれた牡丹にお礼を言っておいたのですが、その牡丹が嬉しそうに跳ねると胸が擦れて……これだとどちらにセクハラされているのかわかりませんね。
「……で、どうすんの、アレ?行っちゃいそうだけど」
スコルさんはそんな様子をニヤニヤとしながら見ていたのですが、私は軽く赤くなった頬を誤魔化すように、キングスライムの進行方向を見ました。
「そうですね……キングスライムがアルバボッシュに到着するまでどれくらいかかりそうだと思いますか?」
キングスライムは遠くから見ると小山が揺れているようにしか見えないのですが、着実にアルバボッシュに向けて進んでいるようですね。その到着時間により打てる手が変わってくるのですが……。
「そうねぇ…山脈越えもあるし、プレイヤー側の妨害もあるからハッキリした事はわからないけど、おっさんの計算と読みだと、6時間足らずといった感じじゃない?ゲーム内時間だとだいたい24時間後ね」
つまり現実時間で言うと、18時上陸、24時アルバボッシュ到着というスケジュールと言う事なのでしょう。
ゲーム内では丁度24時間で、確かにそれはイベントとしてきりがいいのかもしれませんね。
1度防衛に失敗したらそれでイベント終了というのはクソゲーがすぎますからね、何度かチャレンジする時間を設けてくれているのでしょう。そしてそれだけ時間があるのなら……何とかなりそうですね。
【ルドラの火】と、牡丹と、数での連打。私が牡丹の前垂れの帯を引っ張りながら【意思疎通】で作戦の確認をとっていると、キングスライムの攻撃を生き延びた知り合いが、私達の姿を見つけて続々と集まってきました。
「っ…ユ、ユリエルさん!大丈夫ですか!?怪我してませんか!?」
「…無事だったみーたいだ、ね」
最初に駆け寄って来たのがグレースさんとティータさんで、グレースさんは私があちこち軽い擦り傷があるとわかると「ヒーッ!!」と大袈裟に驚いて、回復魔法を唱えてくれました。
ティータさんはどちらのテンションで話しかけるか悩んでいたようなのですが、最終的には照れたような迷いのある半笑いを浮かべていました。
「いやー前衛は軒並みやられたと思ったけど、ユリエルちゃん達も無事で何より」
「そうねぇ、よかったわー回復アイテムいるぅ?麻痺治しもあるわよ~?今なら出血大サービスしちゃうわぁ」
次にやって来たのはナタリアさんとヨーコさんで、2人は戦闘中ずっと後方からの攻撃に始終していたとの事で、最後の電撃攻撃も無事に回避する事ができたようですね。なんでも、後衛から見ていた電撃攻撃の射程はそれなりにあったものの、放射線状に伸びていく都合上、離れれば離れる程命中率が落ちていったそうです。
傍を通れば軽度の麻痺にかかる事もあるそうなのですが、今はオーガビーストのおかげで麻痺対策の薬が大量生産されていますからね、ヨーコさんも多めに所持しているそうで、何とかなったとの事でした。
そんな風に「よかったよかった」とお互いの無事を確認し合っていたのですが、合流して来た人の中には意外な人もいて、まずやって来た意外な人はまふかさんでした。
「あーー!!!犬っコロ、やっと見つけたわよ!!あんたには色々聞きたい事があるんだから、大人しくしなさいよね!」
前線側に居たまふかさんは氷の塊の下に埋まっていたようなのですが、単純に耐久度が高いのか運が良いのか、這い出て来たところでスコルさんを見つけたようで、そんな事を叫んでいました。
「うわー…今それどころじゃないんだけど、おっさんモテ期きちゃったー?モテるって辛いわー」
スコルさんは何とも言えない顔でズカズカと鼻息荒く歩み寄るまふかさんを見ていたのですが、スコルさんが何かする前に、牡丹が反応を示しました。
「ぷいっ!」
イビルストラからシュルリとスライム形態になると、牡丹はぽよんとまふかさんに飛び掛かります。
「え、な、何、スラ……!?」
「ぷ!」
突然現れたスライムに驚きながらも、まふかさんは反射的に叩き落とそうと腕を振るうのですが……その程度の攻撃なら牡丹は回避しますからね、ぐねっと柔軟に体を変化させて、そのまま腕を伝うようにしてまふかさんの顔面に体当たりをしかけていました。
「えっと…何か恨みがあるみたいですね、たぶん踏んだのをまだ恨んでいるのかと…?」
「はぁ!?な、ひゃっ…何、あの時のスライゅむ、なんで、あんたと!!?」
何故と聞かれると「成り行きで」としか答えられないのですが、とにかく牡丹は「ぷいぷい!」とまふかさんの顔面に乗りマウントをとろうとしているのですが……とにかくそんなワチャワチャとしていると、もう一人の意外な合流者が来る事になりました。
「おい、武器ないか武器!寄こせ!!」
その意外な合流者と言うのは、アヴェンタさんですね。
アヴェンタさんの装備もロックゴーレム戦からは変わっていて、黒いインナーとズボン、その上に落ち着いた蘇芳色の軽鎧と手甲を改造して着込んでいるという、アウトローファッションのような恰好です。
ただアヴェンタさんの代名詞ともいえる大剣は鞘だけになっており、どうやら戦闘で失くしたか、キングスライムに破壊されてしまったようですね。
周囲には倒れている人が沢山いるのですが、ブレイクヒーローズでプレイヤーからの剥ぎ取りは基本出来ませんし、リスポーンしたら装備も一緒にリスポーンしますからね、現地調達という訳にもいかないのでしょう。
「え、ひゃ、ひゃい!」
アヴェンタさんは一直線にグレースさんのもとに来ており、その様子からどうやら2人は知り合いのようですね。後で聞いてみると、グレースさんはアヴェンタさんから戦闘訓練を受けているとの事で、意外な所で意外な繋がりを感じる事になるのですが、とにかく私達の目の前でアヴェンタさんはグレースさんの杖をひったくるように奪っていこうとしたのですが……その行為にシグルドさんが動きました。
「目の前でカツアゲされるのを見逃す訳にもいかないのだけど?」
「あ゙ぁあん?何だ、やるっていうのか?」
剣の柄に手を添えるシグルドさんと、杖を構えるアヴェンタさんなのですが……。
「そういう事をしている場合ではないと思いますが?」
当事者であるグレースさんはオロオロしていますし、スコルさんは面白そうに見ていますし、ナタリアさんとヨーコさんとティータさんは仲裁に入れるほど2人の事を知らないようですし、まふかさんと牡丹はじゃれ合っていますし、話が進まないですし、止められるのが私だけだったので仕方なく仲裁しておきます。
「ちっ…後で返す、いいか?」
「は、はい…」
改めて確認をとるアヴェンタさんの言葉にグレースさんが頷くと、若干カツアゲ感は残るものの、それで話はついたようですね。
そのままキングスライムに向かって行きそうなアヴェンタさんなのですが、1人で突出しても戦力の無駄ですし、折角なので作戦に参加してもらいましょうか。
「提案なのですが、ここにいる皆さんでPTを組みませんか?」
どうやらここにいる人はレッサーリリムを見ても魅了にかかりづらい人が多いようですし、皆が協力してくれた方が効率的なのですよね。
私がポンと手の平を打ち合わせながらそう切り出すと、皆の視線が私に集中しました。
※一時的に人の装備を使う事は出来ますが、譲渡が行われていない場合はリスポーンしたら元の所有者の所に戻っていく事になります。そのためリスポーン祭りの人から奪うと、戦っている最中に武器がリスポーンする可能性があるので、アヴェンタさんは知り合いから借りるという手に出ました。
※そのうちアップデートが入るかもしれませんが、現在のPT上限は10人となっています。桜花ちゃん達も入れたかったのですが、人数制限もありますし、機動戦となる予定なので残念ながらお休みです。
※魅了にかかりづらい → 何名か魅了に弱い人もいましたが、特定条件とか耐性取得で現在一番魅了に弱い人はまふかさんになっています。次点でティータさんです。逆に言うとその辺りが平気ならなんとかなっています。ちなみに「魅了にかかってもいい」というグレースさんは変な克服の仕方をしています。
※12/8にちょこちょこと修正しました。




