113:集まる人達
私は買い物のためにアルバボッシュに移動していたので、夕食から戻って来たスコルさんとグレースさんとはウミル砦で合流する事になりました。
「何かユリちー、休憩前より疲れてない?」
「色々、ありまして…」
MPを吸われすぎてぐったりしていた私はポーションを使い、使った分は改めて買い足す事になったのですが……。
「ぷ!」
そんな無駄な出費を強いる原因になったイビルスライムはご満悦で、元気よく返事を返していたのですが、この子はこの子で色々と変わったのですよね。
「そ、装備品にもレベルとかってあるんですか?」
グレースさんが首を傾げているのは、新しいイビルスライムというか、イビルストラの事ですね。
「凄いじゃない、何これ?」
スコルさん達が困惑する理由もわかるのですが、私もよくわからないのですよね。
「さあ?色々あってこうなりましたので」
ストラに戻らなかったらどうしようかと考えていたのですが、どうやらそれは杞憂だったようで、満腹度を消費しながらスライム形態とストラ形態で姿を変えられるようですね。今はイビルストラとして身に着けているのですが……見た目が結構変わっていました。
色合いが黒を基調にしている事や表面の手触りは変わらないのですが、刺繍のように入れられていた幾何学模様はより複雑になり、血管か脈打つように薄く発光するようになりました。
裏面はぷにぷにした質感のジェル状である事は変わらないのですが、色合は赤紫色になっており、生物感が増していますね。
そして何より一番大きな変化は、2本の15センチ幅の前垂れ以外にも、無数の細い帯がケープ状に垂れ下がり、腰辺りまで伸びている事ですね。
それだけ上半身が覆われると腕の動きに干渉しそうなものですが、一本一本の切れ込みは首の付け根部分まで入っているので、玉すだれのカーテンを押すような感じで可動域に支障はありません。
その新しく生えてきたケープ部分のおかげで胸から上の露出をかなり減らしてくれているのですが、見えない事を良い事に、お腹が減るとおっぱいを吸おうとしてくるのは少しやめて欲しいですね。
あと他に変わった事といえば、2本の長い帯も無数の短い帯も伸縮性があり、見た目より伸びる事です。それらは触手のように動かせるようで、まだ動かしづらそうにはしていたのですが、握りやすい物なら握る事ができるようですね。
ただそれだけ無数の帯が動くという事は、常に上半身をサワサワと触られているような擽ったい感じで、集中している時ならともかく、日常使いとしてはちょっと使いづらくなってしまいました。
とにかく、このイビルストラを作ったヨーコさんも想定していなかったと思われる効果が色々とついてきている気がするのですが、『イビルストラ(偽)』に透明スライムという核が入り込んだというか、ちょっと想定外の進み方をしているのかもしれません。
「ぷー」
スライム形態にも好きなタイミングで変化する事が出来るので、私が右手を差し出すように伸ばしてみると、イビルストラは差し出した右手側に丸まりながら集まり……イビルスライムとなりぽよんと跳ねました。
まだ【意思疎通】のスキルレベルが低いから上手く伝わらない時があるのですが、今回は「そろそろ人の多い所ですし、擽られるのは」と思った事がちゃんと伝わり、スライムになってくれたようですね。
ただ無駄に意識を繋ぎすぎると頭の中にイビルスライムの思考が逆流してくると言いますか、『ぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷいぷい』と頭の中で反響してくるので多用は禁物です。
まあ意識についてはピントを合わせるというか、焦点を合わさなければいいだけなのですが、この子の物理的な愛情表現がちょっと過激と言いますか、人前では困る種類のものである事の方が問題かもしれませんね。
「おー」
イビルスライムがぽよんと跳ねると周囲がザワリと揺れ「何あれ?」「え、スライム?」と、視線がスライムに集中しました。その効果は期待していたものではあるのですが、ちょっと予想より騒ぎが大きくなりそうだったので、私は人混みに紛れるようにイビルスライムを足元に転がしておきました。
「わ~…あのピンク色のスライムちゃん、ですよね?」
「はい、色々混じって表面は黒いですが、中身はピンクですよ」
フードの中の溶けたスライムを見ていたグレースさんはしゃがみ込み、興味深げにイビルスライムに手を伸ばしたのですが……。
「ぷぅー!!」
「痛っ!?痛!?え、何か私、嫌われていませんか?」
「うん、おっさんも何か敵意を感じるんだけど、なんでかなー?」
イビルスライムはチラチラと私の顔色を窺いながら、かなり手加減してグレースさんにドスドスと体当たりを入れているのですが……何か私が居なければ本気で攻撃をしかけそうな気迫を感じますね。
「どうしてでしょう?私も特に指示を出している訳ではないのですが?」
イビルスライムはグレースさんやスコルさんが一定距離に近づくと威嚇しているようなのですが、その理由がわかりません。とにかく【意思疎通】でやめるようにと念じたみたのですが、『ぷいぷいぷいぷい!』と抗議して来たので説得は諦めました。
まあそんな感じで騒いでいた訳なのですが、流石にこれだけ人が集まっている所でいつまで騒いでいるのも何ですね。
アクティブユーザーの殆どがウミル砦の周辺に集まっているような状態ですし、ほどほどのところで目的地であるセントラルの北西海岸に向かおうとした所で……私は沢山の人に囲まれている知った顔を見つけました。
「は~い、洋上の敵ならお任せ、妖精のティータちゃんよ~あんなのはティータの魔法でやっつけちゃうんだから!」
キラーンと星を飛ばす勢いでウィンクし、何かポーズを決めているのは……妖精のティータさんですね。ティータさん、ですよね?身長20センチ、腰まで届くプラチナブロンドは三つ編みで、花の服を着ていて……私の知っているティータさんはエッチな事に固まる男勝りの人だと記憶していたのですが、その認識が周囲に愛嬌を振りまき飛び回っている妖精とちょっと重なりませんね。ただ下からスカートの中を覗かれている事に気づいていないところや、「ティータ」と名乗っている事を考えると人違いではないのでしょう。
「それでー……」
向こうも人の視線を集めているのですが、私達もなかなか人の視線を集めるPTをしていますからね、程なくしてティータさんも人混みの中から私達の事を見つけたようで……みるみるうちにその顔が真っ赤に染まっていきます。
「見られた!知り合いに!!」
そしておもいっきり頭を抱えて、ショックを受けているようでした。
「なるほど…」
どうやらティータさんはR P勢といいますか、キャラを作るタイプの人だったようですね。
たぶん私と会った時はまふまふさんと色々あった後でしたから、うっかりキャラを作り忘れ、途中で変える事もできなかったという感じなのでしょう。
「待って!忘れて!?変に納得す…しないでく…くーださいよね!?」
何かキャラが混線しているようなのですが、ティータさんは慌てたように一直線に私のもとに飛んできて……。
「ぷっ!!」
「ひっ、スライム!?」
その速度が危険と認識されたのか、イビルスライムが警戒するようにぽよんと跳ねると、スライムにあまりいい経験のないティータさんは空中で急ブレーキをかけました。
「もしかして、お知り合い?」
スコルさんが何とも言えない半笑いのような笑みでそう聞いてきたので、私は頷いておきます。
「はい、グループメンバーのうちの1人ですね」
どうやらまふかさんやHMさんはエルゼさんやノナさんは近くには居ないようなのですが……MAPのマーカーを見る限り、あと2人参加しているようですね。
「よ、妖精に知り合いがいるって、凄いです!」
興奮気味のグレースさんのちょっとズレた感想は良いとして、ティータさんの牽制をしているイビルスライムを止めていると、また別の知り合いが人混みの中からやってきました。
「やあ、君も参加するんだ」
金髪碧眼の好青年といった風体の、シグルドさんですね。装備は質の良さそうな片刃の剣と短剣、防具は動きやすそうな服の上に革の胸当てという駆け出しブレイカーみたいな装備なのですが、そのオーラと言いますか、雰囲気が凄いですね。
シグルドさんが登場しただけで、周囲から「すげぇ、シグルドだ」「シグルドと天使ちゃんの一騎打ち!?」みたいな声があがっています。
「あ、ユリ姉だー久しぶり~」
「お、おう…」
桜花ちゃんや十兵衛さんも一緒にいるようで、元気よく走り寄ってくる桜花ちゃんと、グレースさんの方を見てちょっと気まずそうにゆっくり歩いてくる十兵衛さんも人混みの中から現れました。
グレースさんは十兵衛さんを見つけると引きつったような笑みを浮かべて後ずさったのでまだ苦手意識があるようなのですが、桜花ちゃんと十兵衛さんは一応?仲直りしたようですね。
まあ兄妹らしいですし、何時までも喧嘩していられないといった所なのでしょう。
桜花ちゃんの装備はシグルドさんの物より少し短い片刃の剣と短剣で、防具は黒いスポーツブラとスパッツの上に金属繊維を縫い込んだ道着の上だけを帯で締めているという軽装で、その低い防御力を補う様に各所を革製のサポーターで覆っていました。
全体の防御力はそれ程でもないようですが、黒髪ぱっつんのポニーテールにその服装だと、剣を持っていなければ武道家にも見えますね。本人的に色々と考えた上での物なのかもしれませんが、もしかしたら単にシグルドさんが軽装なのでそれをマネしているだけかもしれません。
そして桜花ちゃんの装備はシンプルなようで質の高い物が揃えられているのと比べると、十兵衛さんが装備しているのは安そうな剣や盾に鎧という装備で、これは単純にガタイがいいから後回しにされているのか、それとも兄妹の力関係が変わったと考えるべきなのか悩むところですね。
「やっほーユリエルちゃん、何か凄い人と一緒にいるね」
「はぁ~待ってナタリー…うんん、服が、引っかかってぇ…」
続いてやって来たのはナタリアさんとヨーコさんですね。するすると人混みを縫ってやって来たナタリアさんと、あちこち引っ掛けながらその巨乳を持て余しているヨーコさんが移動しづらそうにやって来ました。
こちらのメイン装備は変わらずサルースシリーズで、服装は細かな所が変わったくらいで基本は同じようですね。
「お2人も参加されるのですね」
「遠距離攻撃が必要みたいだからねーといっても、アレにコレがどこまで通じるかだけど…」
「はぁー呼ばれるのはいいのだけど~私は戦闘は専門外なのよねぇ…」
そんな事を2人は言っているのですが、イベント自体には乗り気なようですし、なにより……。
「えーそんな事ないよーヨーコなら大丈夫だって、ねー?」
「最善は尽くすわよぉ~」
ナタリアさんがヨーコさんの腕に腕を絡ませると、2人は満更でもなさそうな表情と言いますか、2人だけの空間を作っていますね。こういう空気を作っている人達はほっておくに限りますので流す事にして……私は知り合いの多くなってきた周囲を見回しながら、騒がしくなってきたと思いました。
※イビルスライムはユリエルが大好きなので、障害になりそうな人へのあたりは強いです。
※ティータさんの素は男勝りの方で、可愛い物に憧れて高校生デビューとか大学デビューとかのノリでゲームデビューしようとしている人なのですが、根が真面目すぎるので残念ながらたぶん出来ません。
※MAPマーカーで人数だけはわかる事を12/05修正しました。ティータさん+2名参加しています。




