110:奇妙なスライムとバグ
折角スライムの湧きポイントを見つけましたし、私達3人は他のプレイヤーに見つかり狩りつくされる前に、まずはウミル砦南の高台にいるスライム達を狩る事にしました。
戦うとなると魅了の問題はあったのですが、グレースさんにも耐性スキルを取ってもらう事で対処する事になりました。SPが勿体ない気もしたのですが、グレースさん曰く「ユリエルさんと一緒に居る事の方が重要ですから」との事です。
とにかく、私とスコルさんのポイントは必要アイテムの交換に対して十分なので、全然狩れていないグレースさんを主軸にスライムを狩る事にしたのですが……グレースさんの場合は倒すのに結構全力で叩かないといけませんからね、どうしようかと思っていたのですが、そこはスコルさんが適度にHPを削ってくれる事で問題を克服しました。
「ほい、次ねっと」
「あ、ありがとうございます……でも本当に、私ばかりポイントを貰ってしまっていいんですか?」
休憩を挟みながら周囲の色とりどりなスライム達を狩りつくし、それからはスコルさんが周囲から連れてきたスライムを杖で叩き潰すという作業を繰り返しながら、グレースさんはそんな事を言いました。
「はい、私とスコルさんは必要量稼いでいますから」
「そそ、気にせずやっちゃってちょうだいな」
このイベントは上位に入っても何もないですからね、のんびりできる訳なのですが……それに気が付けばちょっとした問題が起きていたので、私はスコルさんとグレースさんの作業を横目で見ながら、イビルストラを外してフードの中のスライムをしげしげと眺めていました。
「ぷい!」
私が問題にしているのは、フードの中にいる、イビルストラごと跳ねるように鳴いた……赤紫色をした半透明のスライムです。
何かいつの間にか透明スライムの色が変わっており、半分溶けたような形でフードの中にへばりついていたのですが、何時からこうなっていたのかはわからないのですよね。
まあ改めて考えてみると、イベントモンスターが私と一緒にリスポーンするというのは可笑しな話なのですが、あまりにも自然についてきていたので見落としていました。
色合いからしたら私の魔力に染まったという事だとは思うのですが、イビルストラと一体化していますし、所持品扱いになっているのでしょうか?
「ぷぅ~ぷ?」
へばりついて動けなくなった事に対しては、本人的には困った様子は見られないのですが、この子に関してはよくわからない事ばかりですね。
この状態のイビルストラがどういう扱いになっているのか装備の詳細を確認してみると『イビルス***』と文字化けしてしまっていて、スキルや名前は弄れないものの【テイミング】のステータス画面は開けるので、所持品兼テイムモンスターという中途半端な状態のようですね。
変な調整をするHCP社なのですが、技術力だけはトップクラスですから、こういう目に見えてわかるバグを実装するとは思えないのですが……念のため運営にはS S付きでバグ報告を上げておいたのですが、イベントの対応に忙殺されているのか、返信はまだきていません。
それ自体はイベント中なので仕方がない事なのかもしれませんが、イビルストラが使えないとなると、私の行動がかなり制限される事になるのですよね。
新しいバッグを買うにしても、イビルストラが戻ってくるかによって変わってきますし、だからと言ってストラが無ければポーションや投げナイフを持ち歩くのに制限がかかりすぎます。
まあ変なスライムがへばりついてしまってはいますが、その事を気にしなければ普通にイビルストラとしては使えるのですが、とにかくこの子をどうするかですが……。
「【秘紋】付与【鞭】」
バグなら弄らない方が良いのですが、何か面白い事が出来るかもしれませんからね、確かめられるのが今くらいしかありませんし、運営からの返信を待っている間に色々と試してみましょう。
「ぷ!?…ぷぅ~ぃ!!!」
いきなり【鞭】スキルを付与されたスライムは前垂れ部分に力を籠め、撓らせると、ぷるぷると震えながらゆっくり直立しました。
「凄いですね」
∩字みたいな形の布が自分の意志で自立する様はとても奇妙な光景です。
「ぷっぷっぷー~~~……」
そのまま私の方向に一歩踏み出そうとしたようなのですが、持久力はないのかその場にへなへなとへたり込んでしまいました。
ぜーはーと息を吐くスライムを撫でていると、スライムの誘導を一段落させたスコルさんがトテトテとやってきました。
「そっちはどう?返信あった?」
「まだですね、向こうは大丈夫ですか?」
スコルさんが誘導してきた、大きめの赤スライム達と銀スライムの混合チームと戦っているグレースさんを示しながら聞いてみたのですが、何度か誘導してグレースさんが対処できる量を把握しているので大丈夫との事ですね。
「フォローできるよう見てたら大丈夫でしょ、強くなりたいみたいだし、練習にもなっていいんじゃない?」
連戦になっているのできついとは思うのですが、グレースさんに戦闘の基本を教えた人が結構スパルタだったようで、きつめの訓練には抵抗がないようですね。飛び掛かる赤スライムを盾で逸らしながら、時折体当たりや肉弾戦も交えつつ、的確にダメージを与えていました。
「いや~それにしても若い子はいいわね~おっさんまで元気になりそうで」
スコルさんは鼻の下を伸ばしながら戦うグレースさんを眺めているのですが、どこを見ているのかはあえて気にしないでおいた方がいいのかもしれませんが……そういう発言を堂々とするのはどうなのでしょう?
「ユリち~怖い顔してるー折角の美少女が台無しヨ!」
私の表情を見ながら、変なしなをつけるスコルさんなのですが、こういうふざけた所がなければ凄い人だとは思うのですが、人としてどうなのでしょうね。
私がそんな事を思っていると、こちらの考えている事を読んだように、スコルさんはニヤリと笑います。
「ま、おっさんは頑張らない事を信条にしているからねーゲームの中くらい好きにさせてーってね、おっさんにも色々あるのよ、色々。それにどんなお堅いこと言っている男どもだって、周囲に咎められない状況で美女が乳や尻ふってたら凝視するもんだから、そう言うもんだって……あ、この話はグレグレには内緒ね?」
ゲームだからと言って人に迷惑をかけていい訳ではありませんが、清々しい笑顔で最低の事を言うスコルさんには呆れるしかないのですが、何故そんな事を私に言えるのかが理解できません。
「…私は良いのですか?」
「ユリちーはそういう事に頓着ないでしょ?ちゃんと相手によって使い分けてるって」
胡散臭い笑顔を浮かべるスコルさんの本心はわからないのですが、私はただただ呆れるしかないですね。
「それでも……」
「もう少し真面目にしてください」といった事を言おうとしたのですが、そういえばあの人見知りのグレースさんがスコルさんとは最初から仲良くしていましたし、もしかして本当にセクハラ発言をしているのは私だけなのでしょうか?
いえ、人前でそういう事をするのが何よりの問題ではあると思うのですが、そういうのが許されるメンバーの時だけ私にセクハラ行為をしているとしたら?
何か嫌な事に気づきかけたのですが……私がそんな事を考えている間にも、グレースさんのスライム討伐が終わったようですね。
「っつあ…はーはー…な、なんとか、終わり、ました」
「…お疲れ様です」
「お疲れーそれじゃあ一旦休憩しましょうや」
「ぷっ!」
話は途中で途切れてしまったのですが、スコルさんはこれ以上その事を話すつもりはないようで、そのまま私達は休憩に入ります。
今回は銀スライムが混じっていましたからね、グレースさんも流石にバテたようです。
「わー動くようになったんですね……あ、ありがとうございます」
グレースさんはズルズルと徘徊するように動いてくるストラスライムを興味津々に見ていたのですが、前垂れから器用にスタミナ回復ポーションを取り出し渡してくると、おずおずというようにそのポーションを受け取っていました。
「それで、一通りこの辺りのスライムは狩ったと思うけど、この後どうすんの?」
少しのんびりしてから、改めてスコルさんが聞いてくるのですが……最初は群れていた事もあり、他のフィールドから送られてくるスライムもいて美味しかったのですが、狩りつくせば湧きが他の場所と同じになりますからね、そろそろ移動するべきでしょう。
「そろそろグレースさんのグループ目標の方に手を付けようと思いますけど、どうでしょう?」
「え、それは……」
グレースさんは「そこまでしてもらうのは迷惑では」と言いたそうな顔をしたのですが、スコルさんは少し考えた後……ニヤリと笑って「それもいいかもね~」と同意してきました。
「ユリっちって意外とギャンブラー?」
「違うと思いますが…」
「うんん??」
1人よくわかっていない様子のグレースさんなのですが、私の予想では夕方か夜間辺りに特別な湧きがあると思うのですよね。
「たぶんこれから何かがあると思うので、それまでポイントアップを貯めておこうかと」
貯めている間はスライムを倒せませんからね、通常モンスターの討伐やアイテムを入手するグレースさんの目標クリアが丁度いいのですよね。
「そそ、まあ本当に出るかわからないけど、流石に何もないままはいお終いって事はないでしょ?」
こういうイベントでは最後にレイドモンスターか何かが出てくるのがお決まりですからね、その討伐までに倍率を上げておきましょう。
勿論そういう特別なレイドボスが出ずにイベントが終了する可能性もありますし、そうなるとただ時間を無駄にした事になるのですが……流石に何かあるでしょう。
私達がそんな話をしているとピロンと連絡が入り、確認してみると運営からですね。
今回も翻訳したような硬い日本語だったのですが、書かれている内容を纏めると『こちらで調整しますので、普通に使用してくれても構いません』との事ですね。
「お、どうだった?」
「使用しても構いませんとの事ですね」
スコルさんが興味津々と言う様に尋ねてきたので、私は端折って説明しておきます。とにかくこれで問題なくイビルストラが使えますし、一安心ですね。
「じゃあユリちー復活って事で、休憩挟んだらさくさくっと行きましょうか」
「お、おー…が、頑張ります」
「ぷー!」
私達は今のうちにグレースさんのグループ目標を確認して、どのルートで移動するか相談をする事にしました。




