108:ジャイアントスライム(紫)
私はスタミナ回復ポーションを使い、ゆっくりと呼吸を整えます。目の前には3メートルの巨大な紫のスライムがいて、【看破】を使った結果は『ジャイアントスライム(紫)』で、レベルは24ですね。
【看破】が通ったのは意外でしたし、レベルが思ったより低いですね。いくらこのイベントが初心者用だと言っても、このレベルのモンスターがとっておきと言う事は無いでしょうし、まだ他にも何かあるのかもしれません。
その辺りの事は色々と考慮しないといけないような気がするのですが、今は目の前の戦闘に集中しましょう。
ジャイアントスライムまで成長しているのは紫色の1匹だけで、残りは通常のスライムが20匹くらいですね。小さい方のスライムの中には一回り大きなスライムも居るようですし、そもそもスライムの攻撃で一番怖いのは拘束攻撃ですからね、小さいスライムだからと言って油断せず、1匹1匹丁寧に対処していきましょう。
今は魅了の効果なのか「ぷぃッ!」「ぷッ!!」とスライム達は狂乱状態で、大小さまざまなスライムが私に狙いを定めている状態です。
グレースさんが狙われる可能性が減って冷静さも失っているようですし、デバフとしては本当に魅了は優秀ですね。
「ぷっ」
「っ……何ですか?」
フードの中の透明スライムが項にキスするように触れて来たのですが、私は気を落ち着かせて、小声で声をかけます。
「ぷ~ぃ」
まだテイムしていない筈なのですが、【意思疎通】の効果か発揮しているのか漠然とこの子が一緒に戦いたがっている事がわかるのですが……何故スキルが発動しているのでしょう?私を守るつもりなのかもしれませんし、ただ逃げ出す口実でそう言っているだけなのかもしれませんが、本当にこの子に関しては謎が多いですね。
「大丈夫ですよ」
別に透明スライムの力を借りなければいけないような状況でもないですし、私は小声で返事をしておいて、剣をジャイアントスライムに向けます。
「裁きをつかさどる神々よ、我が前に……」
グレースさんが呪文詠唱に入ったのを横目に見ながら、私も動き出します。まずポーションの空き瓶をジャイアントスライムに投げつけ、すかさず投げナイフを取り出し2投目、そのまま踏み込みます。
「ぶッ!!!」
ジャイアントスライムは吐き出すように火の玉を作ると、飛来する空き瓶と投げナイフを迎撃します。
スライム達が属性を持っているのは知っていましたが、魔法を使う事が出来るのですね。そう思いながら迎撃に気を向けたジャイアントスライムの左前方に踏み込み、魔光剣を叩き込み……その一撃はジャイアントスライムの表面に生成された氷の盾によって防がれます。
ギッという意外と詰まったような音をして魔光剣が弾かれた所を、【腰翼】を使いバランスをとり左手の【ルドラの火】のナイフ突き立てます。
「【ダブルアタック】」
「ぶぃ!?」
前面を覆うような氷の盾にそのまま突き立てたので威力の大半は氷の盾に阻まれたのですが、微かに刺さったところに追加ダメージが入り、それだけで結構ジャイアントスライムのHPを削ったようですね。
火と氷の魔法を使うのは厄介かもしれませんが、これだけ耐久度が低ければ何とかなりそうです。
色が紫色ですし、氷の青スライムと火の赤スライムが合体したスライムという事でしょうか?そんな事を考えながら、私は周囲の小さなスライム達を確認します。
氷の盾は1度作るとクールタイムがあるようですし、このまま連続で攻撃すればジャイアントスライムを一気に削りきる事が出来るかもしれませんが……その巨体を利用して押しつぶそうとするように動いていますし、敵陣に飛び込んだので周囲は大量のスライムに囲まれている状態ですからね、グレースさんの事も考えないといけませんし、安全を考えて一度離脱しましょう。
私が下がれば追撃するようにスライム達がぴょんぴょんと飛び掛かってくるのですが、それを斬り払いながらグレースさんの様子を見てみると、流石に魅了の効果が出ているとはいえ、全匹こちらに来ている訳ではないようですね。4匹ほどグレースさんに向かって行っているのが見えたのですが、位置的に重なっているスライムがいて、迎撃できそうなのは3匹だけです。
とにかくその3匹のスライムには投げナイフを投げておいたのですが、間に合わなかった残り1匹は……グレースさんの特訓の成果なのか、飛び掛かるスライムを盾で捌きながら呪文詠唱を続けるという器用な事をしていました。
流石に捌きながらだと詠唱が遅くなっているようなのですが、ある程度自衛してくれるのなら私も動きやすいですね。
弾き出された4匹目を投げナイフで倒しておくと、グレースさんがちょっと驚いたような顔でこちらを見て来たので、軽く微笑んで「大丈夫?」という事を伝えます。
「ぶ~…」
押しつぶそうと倒れ込んできていたジャイアントスライムはその巨体を持て余しているようですし、本当に問題なく戦闘を進められそうです。
それにしても、【テイミング】する時は【ルドラの火】からも魔力を取られたのですが、今回は普通に攻撃できていますね。
単純に【テイミング】中ではないというだけかもしれませんが、スライムに群がられた時や透明スライムのように、こちらが【テイミング】を使用していない場合でもスキルが発動しているような節がある時があるのですが……謎ですね。
まあ【テイミング】が簡単に通ったらどんなモンスターでも確殺出来るという事ですからね、何かしらの条件があるのでしょう。
「【テイミング】」
試しにこの手のモンスターに使ってみるとどうなるのかスキルを使用してみたのですが、バチリと弾かれるような感触がありました。やはり雑魚モンスターでもなければ、弱らせるか何かしらの条件を満たす必要があるようですね。
「ぶぅぅぅぅっっ!!!」
いきなり【テイミング】をかけられたジャイアントスライムは怒ったように体を揺すっていますし、他のスライム達が……目を爛々と輝かせて群がってきました。
(これは…)
失敗しましたね、MPだけ吸われた感覚があります。
「ぶぅ~~!!!」
叫び声をあげながら突進してくるジャイアントスライムを先頭に、10匹ほどの小さなスライム達が後に続きます。
私のスキル構成での欠点は範囲攻撃に乏しい所なのですが、こうも群がられると対処が難しいですね。
とにかく牽制しようと、【ルドラの火】を込めた投げナイフを先頭を走るジャイアントスライムに投げつけたのですが……スライム達が我先にとそのナイフに群がり、パクリと食べられました。
「ぶぅ~ぃ!!!」
そしてジャイアントスライムがパワーアップしました。
ちょっと待ってください、【テイミング】判定は何時まで続くのですか?その間私のメイン火力が封じられた訳なのですが……とにかく時間を稼ごうと、グレースさんから離れるように動きながら何も込めていない投げナイフを取り出したところで、いきなり私の背後で光が炸裂しました。
「ぷぃ!?」「ぶ!?」
その光をまともに直視した数匹がたたらを踏むように立ち止まり、後続のスライムと激突して渋滞がおきました。
「か弱き我らに守りの加護を…」
グレースさんの呪文が変わったようですし、先ほどの光はたぶんライトアローの暴発ですね。自爆ダメージも入ったのかグレースさんの右手からホログラムが流れているのですが、その痛みに耐えながら唱えている新呪文ですが……聞いている限りでは、何かしらの補助呪文っぽいですね。とにかく突進を再開したスライム達に合わせて私も後退して、一斉に襲われないように位置を調整していきます。
ジャイアントスライムを狙っても迎撃されますからね、立ち止まっていた通常のスライムを投げナイフで減らしておきましょう。
「ぶーーー!!!!」
このまま距離をとりつつ数を減らしたかったのですが、パワーアップしたジャイアントスライムに一気に距離を詰められ、その体当たりは剣で弾いたのですが……後ろに回り込まれた事で位置関係が変わり、ジャイアントスライムと追いすがるスライム達に挟まれた格好になります。
「ぷーーぃ!」
光にも怯まず、追いすがっていた通常スライムの数は6匹。横に避ける事も出来たのですが、この数なら迎撃して少し数を減らしておきましょう。
私はジャイアントスライムの方を気にしながら、雪崩を打ったように押し寄せてくるスライムを迎撃しようと剣を構えた所で……。
「…無垢なる者達を守る光の盾を我が手にホーリーウォール!」
【高速詠唱】で唱えられたグレースさんの呪文が完成するとともに、私と押し寄せて来たスライム達の間に光の盾が現れ、スライム達はその盾に激突していきます。
光の盾はそれ程強度がないのか、スライム達の体当たりを受けるたびにドンドンと揺れているのですが、流石にその程度で破られるという事はないようですね。
何匹かぶつかった衝撃で目を回しているようですし、折角なので、今のうちにジャイアントスライムと1対1に持ち込ませてもらいましょう。
「ぶッ!」
私は左手と尻尾に投げナイフを持ち、突進してくるジャイアントスライムに駆け寄ります。
こちらがナイフを手に持ったからでしょう、迎撃用の火の玉を用意しながら迎え撃つように突進してくるジャイアントスライムに投げナイフを投げ、魔法による牽制や追撃を潰しておきます。
そのまま突進してくるジャイアントスライムに剣を振るのですが……流石に真正面から受けると質量差で負けますし、筋力的にも難しいでしょう。半身をずらすようにして力を逸らしながら、魔光剣の斬り払いを放つのですが、正面に氷の盾を作ったジャイアントスライムによってその攻撃は防がれます。
「くっ」
腕への負担が凄いですね。適当な所で力は抜いておき、私は突進を受けた力を受け流すように体を回転、撓らせ……尻尾の先に掴ませておいた投げナイフを氷の盾の無いジャイアントスライムの側面に叩き込みます。
「ぶぅ~~~…!!?」
流石に全方向に氷の盾を作る事は出来ないようですし、クールタイムの兼ね合いでその攻撃は防げなかったようですね。耐久度の低いジャイアントスライムはその一撃で大きく怯み、その隙に私は投げナイフを叩き込んだ逆方向に回り込み、魔光剣をおもいっきり叩き込むと……ゼリーが爆発したように、ぶよぶよした塊を飛び散らせながらジャイアントスライムが爆死しました。
「ッ…」
至近距離すぎて回避できなかったのですが、大量のポイントが入り、レベルも上がったのでどうやら勝てたようですね。
これで私のレベルは20なのですが、特に何もないですね。まあ5レベル上がって次の種族と言う事は無いでしょうし、バランスを考えると次は30レベルくらいで何かあるのかもしれません。
「ぷぃ!」
「動かさないでくださいね」
私の勝利にフードの中で透明スライムが歓声をあげるのですが、変な事をされる前に釘を刺しておきます。
「ぷぅ~ぃ…」
先ほどは透明スライムと【意思疎通】出来た気がするのですが、何かモニャモニャと言っているように聞き取れない事を呟きながらしょんぼりしてしまったのですが、そちらは無視して、とにかく後は残りの通常のスライムですね。
通常色ではない高ポイントのスライムも混じっていますし、この数ならフォローしていけばグレースさんだけでも十分倒せるかもしれません。
周囲から続々とスライム達が近づいてきているようですし、この辺りはどうやらプレイヤーの姿もないようですからね、私の失策もありましたし、折角なのでグレースさんにはしっかりポイントを稼いでもらいましょう。
「大丈夫ですか?」
その為にはまずはグレースさんの腕の回復だと、私は飛び掛かってくる残ったスライム達を斬り払いながら、グレースさんのもとに向かいます。
「だ、だいひょうぶです…これ、くらいなら…後で治せますから」
タイミングを考えると私のミスをフォローするために魔法を切り替えたようなのですが、そんな事はおくびにも出さない様子で、グレースさんはにゃちゃりと微笑みます。
変な笑みなのですが、別に痛みを我慢しているという訳ではなく、グレースさんの場合は笑顔慣れしていないのですよね。
そして口ではそう言うものの、出血判定はまだ続いていますし、回復魔法だと時間がかかりますからね、痛みもあるでしょうし、HP回復ポーションでさっと治しておきましょう。
「いえ、すぐに回復を……ンンッ!?」
私は攻撃を仕掛けてくるスライムを尻尾で牽制するように叩きながら、HP回復ポーションを取り出してグレースさんの腕にかけるのですが……尻尾にドンドンと衝撃がくると、変な気持ちになりますね。中には私の本体に攻撃をするのを諦めたのか、舐るように尻尾にしゃぶりついてきたスライムがいて、つい声を漏らしてしまいました。
「ユリエルさん……」
一瞬後ろに気を取られたのですが、改めて前を向くと戦闘の興奮か、それとも何か別の理由があるのか、ハーハーと鼻息荒く迫るグレースさんが居て……。
「ぷぅーい!!」
透明スライムがバッタンバッタン暴れ始め首元に吸いついてきますし、スライム達は攻撃方法を変えたように尻尾にじゃれつき、グレースさんが抱きついて来て……。
「ま、待って……」
何か色々なモノに押し流されて……私は気持ちよくなってしまいました。
※最近のユリエルの悩みは流されやすい自分と、そういう事をする回数が増えている気がする事です。
※Q:ホーリーウォールスライムの体当たりで揺れるって脆くない? A:まだスキルレベル1ですし、脆いです。




