106:グレースさんと合流しました
ひょんな事から透明スライムがイビルストラのフードの中に入り込んでしまったのですが、逃げられないようにフードの根元を縛っても特に暴れなかったので、そのまま背負う様にイビルストラを装着しておきました。
「ぷ?」
「ぷぅ~ぃ?」
「ぷっ!」
透明スライムに呼び出された青スライムが3匹残っていたのですが、まだ影響力が残っているのか、2匹は私への攻撃をためらっている様子だったのですが、どうやら反射的に攻撃を仕掛けてくる子がいるようですね。
流石に足元狙いの高速連携は透明スライムの操作だったようで、普通に飛び掛かって来た青スライムAなのですが……その体当たりを躱しながら、私はどうしようかと悩みます。
この子達を倒してしまうとポイントアップ期間を使ってしまうので、かなりもったいないのですよね。とにかく一旦距離をとろうとしたところに、待ち合わせをしていたグレースさんが駆けこんできました。
「ユリエルさん!」
久しぶりに会ったグレースさんの見た目は一新されていたのですが、私がその事をのんびりと観察している間に、走って来たグレースさんは勢いのまま青スライムAに杖を振るい、弾き上げます。
「はぁぁぁぁあああっ!」
掬い上げるように叩き上げた所で体を回転させ、落ちてくるスライムに遠心力を乗せた一撃をお見舞いしていました。
確かに特訓しているという事は聞いていましたが、少し見ないうちに成長しすぎではないでしょうか?何だかんだ言って能力が高い人ではあったのですが、あまりのレベルの上りように私が驚いていると、残った青スライムBと青スライムCはグレースさんを明確な敵と定めたようですね、攻撃の振り終わりを狙いめいめいに体当たりを仕掛けます。
「【ドライブ】!」
「ぷッ!?」
グレースさんの装備は1.5メートルの杖……と言うより棍といった方がいいような、棒を金属で補強したような武器と、左腕の前腕に固定するように付けられた四角い金属製の小型盾になっていました。
服装もかなりしっかりした物に変わっており、縁取り装飾とケープのついた薄水色のひざ丈ローブに、黒タイツとショートブーツという隙の無い神官スタイルなのですが、動きを見ている限りでは更にその下に鎖帷子か何か着込んでいるようですね。
本当に、何て言いますか、少し見ないうちにゲームに順応したと言いますか、色々とレベルアップしましたね。
そんなグレースさんは2匹に挟撃される前にスキルを使い、青スライムBとの距離を一気に詰めると、そのままシールドバッシュ気味に盾を叩き付けます。
最初の青スライムAに叩き込んだ渾身の一撃を除けば、基本的な戦い方としてはバランスを崩さない事を重視した安定型で、たぶんそれは根本的な筋力の足りなさを補うためだと思うのですが、ブレイクヒーローズでは痛みがしっかりとありますからね、安定をとるグレースさんの戦い方はある意味正しいかもしれません。
グレースさんは1匹を盾で弾き飛ばしている間に体当たりを空振りさせた青スライムCを叩いてと、かなりこなれた動きで安定感のある戦いを繰り広げていました。
そのまま数度、青スライムとやり合ったところでBとCは逃げ出したようですね。グレースさんは特に追いかける意思はないようで、残身のようにゆっくりと息を吐いた後、改めて私の方を見て……急に慌てたように視線をさ迷わせます。
「すすすみません!もしかして回避の練習とかしていました?」
私ならこれくらい楽々と撃破出来ると思ってくれているのか、グレースさんが「邪魔してしまいました?」みたいに慌てたようなのですが、私は首を振ります。
「いえ、助かりました。ポイントアップ期間だったのでどうしようと思っていたところです」
「それは…よかった、です…」
そこでグレースさんは言葉を止めて、初めて私と視線が合ったのですが……何故か思いっきり顔を赤くしてテレテレしはじめました。そういえば今まで魅了に強い人というのはチラホラいたのですが、弱い人というのも居るのでしょうか?何やらグレースさんは顔を赤らめたまま、両手で胸を押さえるようにして深呼吸を繰り返して抵抗していました。
「すみません、スキルの影響が出ているのかもしれません」
流石にスキルの詳細な仕様を教えるのはどうかと思いますが、グレースさんとはこれから何度かPTを組む事もありそうなので、魅了の事を軽く話しておいた方がいいかもしれませんね。そう思ったので、私はかなり端折って「周囲に状態異常をばら撒いている」事をフワッと説明したのですが、流石に端折りすぎたのかあまりよくわかっていない様子で、グレースさんはあやふやに頷いていました。
「い、いえ、ユリエルさん、がっ、光り輝いているのは何時もの事ですから…私の心が汚いので直視できないだけで…」
「ありがとうございます?」
何か話が可笑しな事になりそうだったので、一旦話を終わらせておきましょう。
「…そう言えば、グループメンバーの方は良いのですか?」
お昼ご飯のためにログアウトした時にはまだグレースさんは繋いでいませんでしたし、私が休憩している間に繋いだのでしたら、時間的な猶予はグループメンバーの顔を確認してきたくらいでしょう。会った流れで「どこか一緒に」という話にはならなかったのでしょうか?
「それ、は……」
そう思い聞いてみたのですが、グレースさんはおもいっきり視線を外して汗をダラダラ流し始めます。
言いづらそうな雰囲気だったのですが、少し待ってみると、グレースさんは視線をさ迷わせながらも事情を話してくれました。
なんでも「ソロ達成が難しそうな目標は皆でクリアしよう!皆一緒に頑張ろう!」みたいな体育会系のノリの人達だったそうで、その陽気なノリについていけず、グレースさんは慌てて逃げて来たそうです。
ちなみにどうやらグループごとに目標は違うようで、グレースさんのグループの一番難しい目標は『アンギーフロッグの討伐』となっているようですね。これはモンスターの討伐よりもそのモンスターの居る場所に行く方が問題で、弱体化したとはいえ途中でオーガビーストと遭遇するコースです。まあ目標はあくまでアンギーフロッグなので、オーガビーストを倒す必要はないのですが……難易度的にどうなのでしょうね?
「その、私、そういうノリが本当に駄目で…」
どこか卑下するような笑みを浮かべるグレースさんなのですが、私もそういうノリが得意ではありませんからね、苦手だというグレースさんの気持ちはわかります。
「なるほど」
私が軽く首を動かすと、グレースさんは少しの間顔色を窺うように見て来たのですが……どこかホッとした顔で、胸をなでおろしていました。
「はい」
安心したように笑うグレースさんなのですが、ソロだとスライムを倒せるか倒せないかくらいですからね、この調子だと交換アイテムに必要なポイントへの到達どころか、目標の達成も難しいでしょう。
グレースさんはそれでもいいと考えているようなのですが、折角のイベントですからね、クリアするにこした事は無いと思うのですが……。
「グレースさんはこの後何かしたい事とかありますか?なければ行ってみたい場所があるのですが…」
色々回って考えた結果、ちょっと確認しに行きたい場所があるのですよね。
「あ、私は、ユリエルさんにお任せします…」
グレースさんはごにょごにょと何とか言っていたようなのですが、特に目的がないのなら、折角なので一緒に目星をつけていた場所に行ってみる事にしましょう。
「では、改めてよろしくお願いします」
グレースさんの魅了耐性の低さはちょっと気になったのですが、抑えこめている範囲のようですし、私はPT要請を出しながらこれからの事を考え始めました。
※スペック自体は悪くないグレースさんです。そしてそんなグレースさんに短期集中で色々教え込んでくれた師匠はアヴェンタさんだったりします。
これはグレースさん知っている人の中で強い人となると、ユリエル、シグルドさん、アヴェンタさんの3人くらいで、ユリエルの為に強くなりたいのにユリエルに頼むのも何ですし、シグルドさんは十兵衛さんが近くに居るので頼みづらいとか考えている時に、町中でアヴェンタさん(ロックゴーレム戦で活躍していた人)を見つけて土下座して頼み込んで鍛えてもらいました。アヴェンタさんもグレースさんの気合と根性は気にいったそうです。
※誤字報告ありがとうございます、12/15訂正いたしました。




