10:検証
※初戦闘があります。人によってはちょっと痛い表現がありますので、苦手な方はご注意ください。
少し検証した結果、【ルドラの火】は中々使いどころが難しいスキルである事がわかりました。効果としては左手の手のひらに拳大の青白い炎を作り出す事が出来るスキルなのですが、MPの消費が激しく、持続時間は最大で10秒とあまり長くありません。
レベル1ではまだそれほど遠くに飛ばせたりもせず、武器や拳に炎を纏わせて攻撃するという使い方の方が実用的です。
ただその使い方の場合、拳ならHPが、武器なら耐久度がかなり減ってしまい、検証用に使っていた石剣があっさりと壊れてしまいました。しかもMPが消費されるとやる気と言うか脱力感と言うか、集中力がなくなる仕様でしたので、実戦で使える時間はもっと短いでしょう。というよりも、MPが消費されると脱力感に襲われるというのはゲームとしてどんな仕様ですか。ええ確かに、MPといえば魔力と言うか精神力という扱いですから、それが空になるのですからそういう現象が起きてしまうのも仕方がない事かもしれません。ですがそんなのを仕様として盛り込むのはゲームとして不便すぎます。この仕様ではMPを使うスキル全般がかなり使いづらい物となってしまうでしょう。
私としてはそのあたりの検証も含めてもう少しスキルの熟練度を上げたかったのですが、それよりも差し迫った問題に直面してしまい、座り込んでいました。
(お腹がすきました)
いえ、本当に減っているわけではないのですが、ゲーム内の満腹度が0近くなってしまっていて、動けません。確かに井戸を上り下りしたりイベントをこなしたりしましたが、言ってもゲーム内にいるのは数時間です。燃費が悪すぎではないでしょうか?伊達に最低値ではないですね。
満腹度が20%以下になると徐々に脱力感のデバフを受け、HPとMPが回復しなくなり、スキルが使用出来なくなるようです。このまま放置して0%になると『飢餓状態』となり、HPとMPが減り始めるそうです。早く食事をしなければいけないのですが、初期アイテムとして食料を持っていませんし、セーフティーエリア内にもめぼしい食べ物はありませんでした。MPの枯渇と合わせてかなり体が怠いのですが、外に食料を探しに出なければいけないのでしょう。
この手の空腹感というのはゲームによってまちまちなのですが、大きなペナルティがかかるというのも珍しい気がします。というのも空腹感というのをリアルとゲーム内でどうリンクさせるかという問題が難しく、ペナルティを緩くする傾向にあるからです。
ゲーム内の食事に味がついた頃は満腹感を得られるという仕様が多く、またそれを売りにしたゲームも多かったという話なのですが、脳が食事をしなくてもいいと判断してしまい、その結果飲まず食わずでゲームを続けてしまう人が多く、栄養失調で倒れる人が続出したそうです。
当然のごとく社会問題となり、今の主流は、味はするけど満腹感は得られないという、永遠に美味しい物を食べ続けられるという夢の様な仕様になっていました。この仕様には私も賛成で、回復薬を使う際に、お腹いっぱいで飲めませんでしたとなるのは流石にちょっとと思います。空腹に関するペナルティが重いですが、ブレイクヒーローズもこの味だけする仕様だった筈です。とまあ仕様に関する事を思い出すのはこれくらいにして、食料を探しに出かけましょう。
色々なデバフで立ち上がった時にふらついたのですが、頑張りましょう。
石剣は壊れてしまったので武器はスコルさんの剣1本です。一番最初に【ルドラの火】を使った時に耐久度を削ってしまったのですが、まだ大丈夫でしょう。最初の町について買い替えられるようになるまではもって欲しいですね。
時間は夕暮れを超えて夜になっています。辺りは薄暗いのですが、空に浮かぶ光帯のお陰で現実の夜道よりは明るく、行動に支障はありません。流石に森の奥へ入っていたら暗い場所も多いのですが、道沿いに歩く分には問題ないでしょう。
工房からは草の生い茂った間を走る細い道が延びており、とりあえずそちらに歩いていきましょう。
周囲は木深い森で、探せば木の実くらいはあるでしょう。空腹度が回復するのなら薬草の類でも構いません。何かないかと近くの茂みの前に屈みこんだところで、音が聞こえてきました。
カタカタカタカタッ。
軽い感触で、木々がぶつかっているより乾いた音です。私はそのまま茂みに潜むようにして音の方を確認してみると、森の中から白いガイコツが、ぼんやりとした足取りで現れました。
(スケルトンですか……)
空腹のスキル制限がかかっているため【看破】は使えません。ですがそのスケルトンはまるでこの世に恨みでもあるような負のオーラを背負っており、もしかしたらユニークモンスターなどのネームドかもしれません。戦ってもよかったのですが、私の第1目標は食料の採取であり、スケルトンは倒しても……身がないですからね、戦う意味が無いでしょう。手に持った武器もこん棒であり、戦利品も期待はできません。つまり今回はやり過ごしましょう。
カタカタカタ……。
スケルトンは何か気になる事があるのか辺りを見回していたのですが、しばらくすると立ち去りました。それを見送ってから、私も行動を開始します。
夜の薄明かりに虫の声。これで空腹でなければ夜道の散歩を楽しむところなのですが、今は花より団子の気分です。しばらくそんな事を考えながら道沿いを歩いていると、何かがついてきている事に気が付きました。敵……ですね。近くの茂みの中をゆっくりとついてきています。
サクサクという4足の足音。漂ってくる獣臭さ。人間の歩行速度に過不足なくついてこれる大きさであり、足音はあまりありません。中型の獣系モンスターでしょう。逃げる事もできましたが、獣系ならお肉が手に入るかもしれないので戦いましょう。
初戦闘ではあったのですが、フルダイブ系のゲームもよくやりますからね、特に緊張するという事もありません。むしろお肉が手に入るかもしれないという事に少し興奮してしまいました。
剣の柄に手をかけ立ち止まると、相手も私が気づいた事に気がついたのでしょう、少し逡巡するような間をおいてから……茂みの中から狼が飛び出してきました。
青みがかったグレーの体毛、ウルフですね。それを確認しながら、私は剣を抜きます。
剣を持つのは右手で、半身は引きます。一般的な両手持ち……剣道でいう中段のような構えがセオリーなのかもしれませんが、私がそれをしようとすると胸が邪魔でまともに振る事ができません。だからと言って私の筋力で片手持ちをすると踏ん張りのきいていない手打ちになってしまうのですが、どちらにしても踏み込んだ時に胸が揺れて重心がブレるので色々と適当ですね。カウンター寄りの我流剣法です。
「GAOUU!!」
ウルフはほぼ一直線に私に走り寄り、首元を狙って飛び掛かってきました。流石に初期エリアらしく、回避行動といった複雑な行動はとらないようです。
デバフで体力もないですし、私はその飛び掛かってくるウルフの前に置くように剣を振り……思いっきり力負けしました。
もしかしたら空腹のデバフの中に種族補正がなくなるという効果もあるのかもしれません。
突っ込んできた勢いに押し切られるように剣が弾かれ、私は体勢を崩します。このまま変に弾かれ転倒した場合、そのまま止めを刺される可能性があります。私は自傷しないよう剣を体から離しながら、弾かれた勢いに任せて後転気味に受け身を……とろうとして腰翼が巻き込まれ、ありえない角度に腰翼が曲がりました。
「ふぐぅん!?」
変な声が出ました。
足首を捻った、ふくらはぎが攣った、骨にひびが入った、その3つが同時に襲い掛かってきたような激痛が腰翼と背中を襲い、私は声を殺してその場に蹲りました。
「っーーぁーああぁーーーっ!!?」
痛いどころではない騒ぎに、涙が出ます。泣き叫ばないように耐えようと思うのですが、声が漏れました。痛覚設定ちゃんとしてますよね!?という誰に向けてかわからない理不尽な思いと、ただただ痛いという思いが頭の中でぶつかり合っています。それから頭部に衝撃が襲ってきて……私は痛みから解放され、初死亡を記録する事となりました。
※誤字報告ありがとうございます(10/15)訂正しました。