99:隙間時間
透明なスライムが立ち去る頃には、腕の拘束が解けて自由に動けるようになっていたのですが……私は少しの間まふかさんを抱きしめていました。
人肌の温かさと柔らかさが丁度良かったというのもありますが、何て言いますか……まふかさんは気持ちよくなったかもしれませんが、私は不完全燃焼と言いますか、もう少しだったのにとか、寸止めをくらったような感じで物凄くモヤモヤするのですよね。
いえ、別に気持ちよくなりたいとかはないのですが、何か1人だけ気持ちよさそうにだらしない顔をされていると、ちょっとモヤっとするのですよね。
「はぁ~~…」
私は大きく息を吐いてから、腹いせ気味にまふかさんの匂いを肺一杯吸い込んだのですが……甘い香りに頭の芯がクラクラして、体の奥が疼きます。
ジワリと滲む感触に、滑らせるようにドレスの蔦が動きかけたのですが、流石に止めておきましょう。
まふかさんはおもいっきり叫んでいたので、いつ人が来てもおかしくない状態で始めるのはリスクが高いような気がします。
「……」
本当に1人だけずるいですね。抗議するようにまふかさんの背中を撫でると、ピクピクと体が跳ねました。まふかさんの顔が赤くなっているような気がしますし、汗もかいているような気もするのですが、気のせいでしょうか?
それにしても、色々な事があってまふかさんの意識が飛んだのですが、ゲーム的にはどういう処理になっているのでしょう?
一番近い状態異常は『気絶』だと思うのですが、このステータス異常は嵌め防止というか悪戯防止というか、プレイヤーの意識が長時間飛ばないように出来ている筈なのですが……この辺りの処理はアップデート状況によってコロコロ変わるので、よくわからないのですよね。
何でも「気絶するような事があったのなら、気絶させればいい」と言う派と「流石にそれではゲームにならない」と言う派が争っているという噂があるのですが、真偽の程はわかりません。ただまふかさんの反応を見ていると……。
「…もしかして、起きてますか?」
私が耳元で囁くと、まふかさんはぐっと歯を食いしばり、『魅了』に耐えました。なんでそんな事をするのかわかりませんが、どうやら狸寝入りをしていたようですね。
「あーそうですよ!ちょっと前から起きてましたよ!でもね、どういう顔してあんたと話せばいいのよ!!!こんなあられもない姿を見られて!!」
真っ赤になった顔を両手で隠しながらバタバタと暴れるまふかさんなのですが、余り暴れると擦れて、その、お互いちょっと大きめの胸を持っているのでバランスが……。
「まふかさん、まふかさん」
「勝手に呼ぶな!人の名前…っひぃんッ!!」
動かないでと言いたくて声をかけたのですが、何か逆効果だったようですね。とにかく駄々っ子をあやす様にそのまま抱きしめたのですが……濡れたまふかさんの下半身に私の膝が良い感じに入り、まふかさんは可愛らしい声をあげました。
私達の体に纏わりついていたスライムの断片は、あの透明なスライムが回収するかポリゴンとなり消えていったのですが、まふかさん由来のねちょねちょは残ったままだったようですよね。確かにこれは恥ずかしくなるような大洪水だったのですが、まふまふさんがプルプルと真っ赤になり視線を逸らしていたので、黙っておくことにしました。
少しの時間を空けて、何とか気持ちを奮い立たせて睨みつけてきたのですが……そのまふかさんの表情が、とても可愛いと思ってしまいました。
ちょっとドキドキしてしまったのですが、深呼吸をして、気持ちを落ち着かせておきましょう。ゆっくり息をするとまふかさんが「吸うな!」と口パクしてきたのですが、軽く膝を動かしてあげると「うひぃっ!?」と声を上げて黙りました。
楽しいというか、笑いたくなるというか、このゲームを始めてから色々な気持ちを体験しているような気がするのですが……まだ私は大丈夫ですよね?変態チックになっていませんよね?何か急に漠然とした不安が押し寄せてきたのですが、とにかくその問題は一旦横に置いておく事にしました。
とにかく気持ちを落ち着かせてから、私は改めて辺りを見回したのですが……どうやらここは建物と建物の間に出来た小さな空間といいますか、立体的に組み合わせられた町の狭間ともいえる場所のようですね。
辺りには青々とした草が生い茂っており、建物を突き抜けて来た精霊樹の根が奇妙な空間を作り出しています。日常的に人が来るような場所ではないのですが、通りを三つか四つ隔てた辺りからは人のざわめきが聞こえてくるくらいには近くて……こんな場所で半裸のまふかさんと抱き合っていると、ちょっと変な気持ちになってしまいますね。
私はストラのおかげで胸は隠れているのですが、その下は殆ど蔦だけという恰好ですし、まふかさんも下はビキニを履いていますが、上は裸にジャケットという恰好で、非日常感が凄いですね。いけませんね、深呼吸をして落ち着きましょう。
「ねえ、あんた……いいかげんに…」
ギギギと音が鳴りそうなレベルで精神力を振り絞り、まふかさんは魅了に耐えているようなのですが、喉がゴクリと鳴りました。「放して」という言葉を言いたいようなのですが、まふかさんも期待してしまっているのか、その言葉は唾と一緒に飲み込まれます。
「ユリエル、です」
いつまでも「あんた」呼びでは何ですし、ちゃんと名乗る事にしたのですが……まふかさんは不貞腐れたように横を向いてしまいました。
名前を呼んでくれなかったのは残念ですが、今はイベント中ですからね、いいかげん、ずっと抱き合っている訳にもいきません。
そろそろ立ち上がろうと思った所で……私は人の気配が近づいてきている事に気づき、慌てて周囲の状況を確認します。
まふかさんも大体同じタイミングで気づいたようで、狼耳をピンと立てたかと思うと、心細さを誤魔化す様にしがみついてきました。
「ちょ、え、まって…」
まふかさんは下はビキニで、上半身は裸にジャケットという恰好ですからね。胸が小さければジャケットで隠せたかもしれませんが、まふかさんサイズだと零れ落ちていて、どうやっても前を閉める事はできないようですね。
飛び出た胸を私に押し付ける事で隠そうとしているようなのですが、ギューッと抱きつかれてしまうと、私も動く事ができません。
「待ってください、一旦放し…っ【修復】【収納】!」
とりあえず私も半裸みたいなものですし、ドレスとストラだけは直しておきましょう。レッサーリリムでこれ以上魅了を振りまいてもなんなので、そちらも【収納】しておきます。
「ズ、ズッルゥゥーー!!あたしのも何かないの!?みら、見られ…」
「か、替えの下着くらいはありますが、取り出すのに……」
私達がわちゃわちゃしているうちに、奇妙な気配……異様に気配が薄いというか、小さいというか、私の感覚でも近づかれるまで把握できなかった3人連れがやって来ました。
「ここー?」
「はい…地図を見る限りでは、そうかと…」
「カサカサ」
やって来たのは体長20センチほどの妖精と、青白く半透明な幽霊の女性と、そしてアッシュグレー色をした10センチ程度の蜘蛛ですね。何故か蜘蛛のプレイヤーは口でカサカサ言っていたのですが、いえ、そんな事より、何とか立ち上がろうとして、しがみ付いたまふかさんに押し倒されているような体勢になっていた私達と、その3人のプレイヤー達の視線が合いました。
3人とも手元のMAPを見ながら歩いてきたようなのですが、手元のMAPから目を離し、抱き合っている私達を見て、MAPを見て、もう一度私達を見てから、固まりました。
そのタイミングで目標が達成され、60ポイントが入ったので、どうやらこの3人が先に東側で合流していたグループメンバーのようですね。
私達の間には物凄く気まずい空気が流れたのですが、地図を見て先導してきたと思われる幽霊の女性が、妖精と蜘蛛の目をそっと隠したかと思うと……。
「……お邪魔しました」
引き返していきました。
「ま、待ちなさい!これには訳が!!!ちょーッッ!!!!」
追いかけようにもまふかさんはトップレス状態で追いかけられず、ただただ叫び声をあげていました。
※『ユリエル達は見た、ローパーねちょねちょ事件』の話が今回も出来なかったのですが、ある意味それ以上にねちょる事件があったので、この話題が2人の間でされる事は無いのかもしれません。




