96:まふまふさん その2
まふまふさんが話しかけてきた瞬間、精霊樹の前に集まっていた人の視線が一気に私達に集まりました。その様子はなかなか壮観だったのですが、悠長に構えている余裕はありません。
私は助けを求めるようにGMの質問コーナーを見たのですが……井上さんが慌てたように高橋さんの肩を揺すっているだけで、即時に介入と言う様子はないですね。今のところはまだ他のプレイヤーに話しかけられただけですし、運営からしたら交流の範囲内なのでしょう。
「いやーこれだけ注目されるって、やっぱり僕って人気者?可愛いは罪だよねー」
「そうねーおっさんもその鋼の心臓が欲しいわー」
沢山の人から好奇の視線を向けられ何かポーズをとるウィルチェさんと、呆れたように息を吐くスコルさんが居るのでまだ視線の先が分散されているのですが、これだけ沢山の人が居ると魅了耐性が高い人ばかりではないようで、赤面して視線をさ迷わせている人がいたり、体調が悪くなりしゃがみ込む人がいたりと、魅了の効果が出始めているようですね。
「そこの犬連れたピンク髪、聞こえているんでしょ!」
反応の悪い私達にイライラしたように、まふまふさんは怒鳴ってきました。ウィルチェさんなんて「うひぃ」なんていう情けない声を上げたのですが、スコルさんは逆に何時もの間抜け顔で私達の前に進み出ます。
「おっさん狼なんだけどー?」
「知らないわよ、そんな事」
スコルさんの訂正は、まふまふさんに一刀両断されてしました。そう、まふまふさんとは可愛らしい名前と裏腹に、こういうノリの人なのですよね。
言動はその見た目にそぐわずきつめで、露骨な視聴率稼ぎとか言われてよく炎上していたりするのですが……視聴者から投げつけられたお題は出来るだけクリアしようとするような、変に律儀な所がある人なのですよね。
そういう憎めない所や、無理難題を押し付けられて困っている美女を見たいという奇妙なファン層がいる配信者が、まふまふさんです。
今回は狼系のレア種族を引いたのか、頭の上にはピクピクと動く狼の耳と、尾てい骨辺りから伸びたフサフサの尻尾、手首や足首の先だけ大きな動物のものになっているという不思議な見た目の種族になっていました。
最低限を覆う黒いビキニと、上から羽織った同色の革ジャケット、ボンデージのような剣帯に包まれているのは薄っすら筋肉の乗った健康的な体と、大きな胸という、なかなか過激な服装をしていますね。
とにかく、まふまふさんを取り囲んでいるファンの方はそういう炎上ノリに慣れている方達なのか、露骨にまふまふさんを擁護をするとか、私達に攻撃的になるという人は少なく「お、またやっているな」という見守る姿勢に入った人が多いようで、一触即発という雰囲気でないのは助かります。むしろ私達の応援をする人までいる始末で、ちょっと賑やかになってきましたね。
「…で、どうすんの?」
事情を知っているスコルさんは私にだけ聞こえるように小さな声で聞いてきたのですが……どうしたらいいのでしょうね。
「話を合わせた方が被害は少なくて済むかと」
「そ、りょーかい、じゃあ何かあった時はおっさんがフォローいれるわ」
何かいい作戦でもあるのか、スコルさんはニヤリと笑ったのですが、何かもの凄く嫌な予感がしますね。出来ればそのフォローが入らない事を祈っておきましょう。
私達がまふまふさんに呼ばれるままに近づいて行くと、囲っていた人垣がザーっと引いていきます。その様子はモーゼか何かのようで、何が起こるのだろうというニヤニヤ笑いを浮かべている人が大半ですね。
「近くで見るとデッ…」とか「やべえたちそう」とか「まふまふと天使ちゃんの直接対決だ!」とか「おっさんだ、おっさんがいるぞ!?」とか、最後のはどうでもいいかもしれませんが、結構色々な事を好き勝手に言われていますね。
グループメンバーを目視する目標は達成しましたし、出来るだけ早くここを離れたいのですが……無理そうですね。
興味津々と言った様子の人達に囲まれていますし、カメラがバンバンと飛び交っていますし、ここから抜け出すのはなかなか苦労しそうです。
こうなったら出来るだけ穏便に済ませたいのですが、胡散臭い顔でついてくるスコルさんや、「いやー僕って人気者だねー」っと何食わぬ顔でついてきているウィルチェさんが何もしでかさない事を祈るばかりです。
「そっちのあんたは関係ないから来なくていいわ」
スコルさんは最初から眼中にないのか、まふまふさんはウィルチェさんの方だけ追い払うような仕草を見せます。
「えーこんなに可愛い僕を無視するのー?」
「可愛いもなにも、あんた男でしょ?」
「酷ッ!?可愛いに男も女もないよ!!?」
「はいはい、で、そっちのあんただけど……」
まふまふさんは改めて私の体を上から下までまじまじと眺めてきて……小さく「デカイわね」とか呟きました。どこがとはあえて聞きませんが、まふまふさんはまるで対抗するように腕を組み直します。
「あんたがあたしのグループメンバーね、光栄に思いなさい、あたしと一緒のチームになれるのだから」
まふまふさんが巨乳を誇るように胸を張りそう宣言すると、周囲から「おー」という歓声があがりました。
「すげぇ」とか「羨ましい!」とか周囲は大盛り上がりなのですが、まふまふさんと一緒に行動するという事はこの人達もついてくるという事ですよね?
流石にこれだけゾロゾロ連れて歩くのは効率が悪いですし、そもそもまふまふさんはイベント配信中でカメラを回していますので……その、そんな中色々あったら大変ですからね、残念ながら断る事にしましょう。
「いえ、私はソロでいきますので」
出来るだけ穏便にわかりやすく伝えたつもりなのですが、私の発言は宣戦布告だと捉えられたようで、周囲からは先ほどとは少し種類の違う「おー」という歓声が沸きました。
皆さん「何か面白くなってきた」みたいな反応なのですが、拒否されたまふまふさんは驚いたように声を上げます。
「はぁっ!?あんた何言ってるの!?あたしと一緒のチームって、どれだけ光栄な事かわかっているの?」
「そう言われましても……」
こちらにも色々な事情がありますし、むしろ同行するとまふまふさんの方が困ると思うのですが……その辺りの事情を説明しようとすると、種族やスキルの話までしないといけないのですが、配信をしている人の前で話す事でもないのですよね。
「もしかしてあたしの事知らないの?たまにいるのよねー全然情報とか集めたりしないそーいう子」
若干馬鹿にしたような発言に、流石に何か言い返そうかと思ったのですが……スコルさんの尻尾が私の手を叩きます。
だからそれは毛がチクチクするのでやめて欲しいのですが、庇う様に前に出たスコルさんは私に向かってウィンクをして、改めてまふまふさんに向き直ります。
「何よ犬っころ、もしかしてあんたもあたしの事を知らない口?」
「知ってる知ってる…んぁあっん…ぁはぁっ…んぐぅ!?このっ、放し、放しなさぁぁああんんん!!!?とか言っちゃっう子でしょ?」
スコルさんは少しためを作り、妙なしなを作りながら寝そべりクネクネし始めたので、ここにいるほぼ全員がドン引きしました。
スコルさんの演技力が高い分、余計に見てはいけない物を見せられているような奇妙な動きで、この場は一瞬にして凍り付き、静まり返りました。
なんていうか、RPGでMPを吸ってきたり混乱させてきたりするタイプのモンスターがいますが、スコルさんの動きはまさにそういう動きですね。スコルさんは不思議な動きを踊った、全員が静まり返ったという感じです。
「………」
ただ私は、こっそり頬に手を当てました。その、大半の人には意味不明なスコルさんの動きなのですが、意味が分かるとちょっと恥ずかしいというか、これはまふまふさんがローパーに襲われた時のマネなのですよね。
妙に再現性が高いというか、実は結構似ているのですが……いきなり見せつけられた周囲の人はスコルさんが意味不明に悶え始めたように見えただけようで、ただただ引いていますね。
「なっ、なっ…なんっ!?…っ!!?」
もちろんその意味を知っているまふまふさんはみるみるうちに赤面していき……照れた私とスコルさんを交互に睨みつけると、色々と聞きたい事があるように言葉を詰まらせるのですが、周囲に沢山の人が居る事を思い出して、問い詰めるのは思いとどまったようですね。
そんないつもと違うまふまふさんに周囲の人達は騒めき始めるのですが、その声はどうやら本人には届いていないようですね。少しの間プルプル震えていたかと思うと、いきなり射殺さんばかりのキツイ目で私とスコルさんを睨みつけ、何故か私の腕をガシっと掴みました。
「っ…あの…?」
まふまふさんはレア種族で、強めに掴まれると爪が食い込んで痛いのですが、その辺りの配慮をする余裕はないようですね。
「いいから、黙りなさい!…なんで、なんで…ああ、もう!」
何故再現したスコルさんでなくて私の腕を掴んだのかはよくわかりませんが、もしかして私の方が覗きの主犯だと思われているのでしょうか?
「配信は切っておいた方が良いんじゃない?」
一仕事終えたスコルさんはニヤニヤしたまま、まふまふさんの近くを飛んでいた配信用のカメラを尻尾で叩いています。
私達を問い詰めるにしても配信をしたままだと色々と不都合がありますし、まふまふさんは少し悩んだ後、配信を停止させたようですね。
「こっちに来て説明しなさい!!…あんた達、どきなさい!どいて!」
まふまふさんは私の手を取り、周囲の人垣を蹴散らしながらその場から逃げ出す様に走り出しました。
※登場人物の多いイベント期間中だと会話するだけで話数が増えていきますね。ちょっと進行が遅い気もしますが、その辺りはのんびり進めようと思いますのでご了承ください。
※まふまふさんがユリエルの方を掴んだのは、ユリエルの方が捕まえやすいと思ったからです。狼を捕まえようとして逃げ回られたらそれこそ間抜けですからね、とりあえず手近に居て逃げなさそうな方を確保しました。