運営者Side(鈴木主任視点):スタート
※定番の運営側のお話。掲示板回は第1回イベントの前後位に入れようかなと考えています。
ここは都内某所にあるHCP日本支社……と言えば聞こえはいいが、大本のプログラミング業務は本社が行っているので、精々管理運営部と言えるような場所だ。
部屋いっぱいに備え付けられた量子コンピューターと、各種端末。最大でも10人程度しか入らない手狭な仕事場に、今日はその倍の人数が詰め込まれていた。
「どうだ、何か問題はあるか?」
正式版がリリースされてから大体2時間。スタートダッシュ組のキャラ制作とログインがひと段落し始めたころ、俺は他の奴に声をかけた。
「は?それは僕のプログラミングに問題があると?」
「こちらは特に」
「……死亡」
「大きいのは何もーただやはりシステム回りの質問や要望が多いかな?不便だという声がちらほらと、まあこの辺りは調整が間に合わなかった範囲だし、後はまあ……スケルトンになっちゃった子が日光ダメージを受けてセーフティーエリアから出れないーって舐めた事言ってきたんで夜を待てと返しておいたくらいかしら?」
めいめいに報告してくる部下達の言葉を聞きながら、俺は一部の声は無視する事にして、特に問題がない事を確かめて頷いた。
今度の日曜日にある第1回のイベントまでまだ気は緩められないが、一つの山場を越えたと言っていいだろう。
「あ……」
そんな中、急に声を上げた高橋に俺は視線を向けた。
「トーマス、確認。キャラクター名『ユリエル』思考ログ出して」
「どうした?」
管理AIへの参照となると何かトラブルが起きたに違いない。
「いえ、大丈夫です。ただ……【ルドラの火】が回収されました』
「開始2時間でか?」
【ルドラの火】は所謂スタートダッシュキャンペーンの一環というやつで、かなり取得しやすい類のUniqueスキルのうちの一つだ。取得条件は“魔力視”が出来る事と“登攀”スキルを持っている事。取得できるスキルの数に制限がある中、どちらかを取る事はあっても両方はないだろうという事で、1日2日はかかるだろうと想定していたスキルだ。
「不正は?」
逆を言えば、取得条件さえ知っていて、排出率0.01%~0.0001%の人外キャラを引けばすぐにでも……と、人外を引くというだけでもかなり人為的な確率は低くなりそうだが、高橋同様、俺も情報が事前に流出していたのかと疑ったのだが、どうやら違うらしい。
「AIは問題なしと判断していますが、念のため思考ログは辿ってみようと思います」
「いや、AIが問題なしと判断しているのならその必要はない。ログを提出できるようにしておいてくれ。ただ、取得したのが女性か……本社案件だな」
人数の問題上、プログラミングの殆どは本社からの遠隔だ。足りないところはAI任せ、俺たちのメイン業務は少人数での管理運営だ。大きなトラブルでもなく、AIが問題ないと言っているのならわざわざ調べる事はないだろう。何かあった時にAIが問題なしという結果を出したというログを本社に出せるようにしておけばいい。
それより【ルドラの火】を女性プレイヤーが取得したという事の方が俺にとっては問題で、頭が痛い。社長から直々に、女性プレイヤーが【ルドラの火】を取得した場合は報告するようにと言われており、かなり面倒くさい事になりそうだ。
「…わかりました」
技術畑の高橋は自分の目で確認したいのだろうが、残念ながら稼働直後のくそ忙しい時期に、AIが問題ないとした優先度の低い案件を調べさせる余裕はない。
「中村、AIのチェックに問題はないよな?」
「だ・か・ら!さっきから喧嘩売ってんの!?僕のプログラミングに問題なんかないって!」
「って事だ、高橋も仕事に戻ってくれ。チェックリストは多いぞ」
「はい……」
AIをあまり信じていない高橋も、同業者の事は信用しているのか、しぶしぶという様子ではあったがモニター業務に戻っていく。
「んー?なになに?あ、このピンク髪、ユリエルちゃんだーB Hプレーしてくれているんだー嬉しー」
「知っているのか?」
俺と高橋が喧嘩をしていると思ったのか、ひょっこりとモニターを覗き込みに来たのは井上だ。漏洩の話をしている時に堂々と知っている発言をしているのだが、まあこいつの場合、日本在住のゲーマーの名前くらい網羅しているだろうから問題ない。それを生かしてゲームのバランス調整なんていうのをやっているくらいだ、有名どころのプレイヤーならむしろ知っていないと困る。
「主任の知っているゲームならB L Oかしら?確か全国大会で32位とかになった子よ。凄いわよねー、別のゲームだけど一時期ちょっと炎上してて、なんでも存在しないアセット使ってるーって、まあ運営の方から問題なしって通達があったんだけどそれで有名になっちゃってねー…うっそ、この子、本当にデータ弄っていないんだ。うらやましー、天は二物を与えるのねー」
俺からすると32位というはかなり微妙な数字のような気がするが、井上が言うにはFPSの上位陣は元自衛官やプロのeスポーツ選手、サイバネティックなどがひしめいている魔境であり、そんな中一般参加での32位はかなり健闘している方らしい。その見た目の事もあり、多少アイドル枠のきらいもあるが、いくつかのeスポーツの団体から声がかかった事もあるという事で、実力は折り紙付きのようだ。
炎上騒動の方は少し警戒したが、とあるゲームのキャラグラで、存在しないパーツを使っているとかで通報された事があったらしい。ただそのゲームはオリジナル……本人の素顔をそのまま取り込む場合はそのままのデータが使えるとかで『チーターか!?それともただの美少女か!?』というスレッドが某掲示板に建ったという。
「調整は必要か?」
美女・美少女設定されているキャラクターに並ぶルックスや、グラビアアイドル以上のバストなど、見た目に関する事はノーコメントとさせてもらい、俺は単純な仕事の話に切り替える。その打ち合わせが必要なくらい、【ルドラの火】はスタート地点にあるスキルとしては破格の性能だ。第1段階ではデメリットもあまりなく、切り札としても申し分のない性能をしている。将来的には上位種族に進化できる可能性も秘めているが、俺の予想だと第2エリアの後半くらいからだんだんとデメリットが許容できなくなるという……慣れて手放せなくなったころにデメリットが顕著化していく仕様にした本社はなかなかえぐい。
スキルを封印するか、キャラリセ案件か、スキルを使わなかった場合でもイベントが進めば自動発動するようになるという罠が待ち構えているスキルだ。
この子がどんな判断をするかはまだわからないが、十中八九、こちら側に問題が出てくるだろう。その時の事を考えると、今から頭が痛い。
「んーユリエルちゃんのプレーはスキルやアシスト頼みでウチとは相性が悪いから、それほど心配しなくてもいいかも。将来的にはどうかはわからないけどね。それでも要マークだと思うわ、本社からもそう言われているんでしょ?」
「ああ、そうだな…」
“くれぐれも”と社長に念を押されているため、情報を送らないという選択肢はない。
一癖も二癖もある奴らを纏め上げ、システム回りの小規模アップデート、ごたごたした苦情対応、第1回のイベントも控えているとやるべき事は山積みだ。まだまだゆっくりする事は出来なさそうだ。
※誤字報告ありがとうございます(1/27)修正しました。