交渉
私はふわふわのベッドで、ぐっすり眠った。
しかし…、母への心配は消えなかった。
トントン。
ドアを叩く音。私は扉を開ける代わりに、「はあい」と声を上げた。
それと同時に扉が開き、イムルが入ってきた。
「おはようだのん。」
「おはようございます。」
私はベッドから降りて、姿勢を正す。
「朝食を持ってきたのん。」
「朝食?」
「これだのん。」
ポイっと、放り投げてくる。私は咄嗟にキャッチした。
一粒の、クルミ。
「・・・。」
「どうしたのん?」
「いや、別に。」
今まではこれすら手に入らなかったのだ。贅沢は言ってられない。
いただきます、と呟いて、口に入れる。
・・・?これ、一粒のはずである。なのに、
「お腹、いっぱい。」
「そうか。それは良かったのん。」
イムルはニッ、と笑った。
生意気とはいえ、見た目は赤ちゃん。思わず、ドキッとしてしまった。
「じゃ、仕事に入るのん。ついてくるのん。」
また呪文を唱えようとするイムルを、私は慌てて止めた。
「待って待って、自分で行けるから。」
「そうのん?昨日のスーラ様の部屋、わかるのん?」
「うんうん」
イムルは口を閉ざす。私は安堵の息をついた。
私は昨日を思い出しながら、スーラ様の部屋になんとかたどり着いた。
大きな扉を、叩く。
「入れ。」
短く、大きな声がそう言う。
私は扉を開けた。
昨日と変わらない所に、スーラ様は座っていた。
「やあ。昨晩は眠れたか?」
「はい。…お陰様で。」
「では、仕事について、」
「お待ちください。」
私は口を挟んだ。
「私は、まだ仕事をするとは一言も言っていません。誰が私をここに呼んだのですか?」
「・・・呼んだのは、私だ。」
「どうしてですか?」
「それは、今は言わない。」
「そんな。納得できません。」
「んー、なら、こうしよう。
私の決めた仕事のノルマを達成できたら、お前を元の世界に返してやろう。どうだ?」
「!!」
私は迷った。なんて魅力的な取引だろう。
「・・・わかりました。」
「よし。では改めて、仕事について説明する。
この仕事はいたってシンプルだ。現世において不要な人間を、始末する。それだけだ。」
「始末…!まさか!」
「どうした?」
「どうしたもこうしたも。それって、」
私は一息で言った。
「人殺しってことですよね?」
スーラ様の表情が、少し曇った気がした。
「あ、ああ。それがどうした?」
「それっていけないことですよねっ。私、嫌です。」
「ほう。それなら、一生ここにいるというわけだな。」
「うっ」
言葉に詰まってしまった。確かに、さっき約束した。
スーラめ。はめやがったな~ッ。
「いいか。これは『いけないこと』じゃないんだ。ゴミを捨てるようなもの。
お前は、ゴミに同情するのか?」
「うう。」
何も言い返せない。そして・・・
「まあ、お前がそうしたいなら、私は構わない。」
「うああっ、わかった、わかりましたよ。」
私はついに頷いてしまった。
「ようやくわかったか。」
スーラは笑顔を浮かべる。悔しいけど、かっこいい。
「では、仕事を始めよう。」