極刑
「お…、お母さん?」
私は思わず聞き返した。身体が震えているのが、自分でもわかった。
「じょ、冗談ですよね?」
スーラは下を向くと、ふーっと長く息をつく。
生暖かい液体が、私の頬を伝って落ちた。
イムルを痛めつけた犯人が、お母さん。つまり、例の凶悪殺人鬼の正体も……。
ふと、私の肩にずっしりと何かがのしかかった。
見ると、スーラが肩に手をやって私を覗き込んでいた。
「泣くな。これが現実というものだ。」
「現実…」
それを聞いて、ますます私の涙腺は緩んだ。
「泣くなと言っただろう。早く落ち着くんだ。」
「…どうして」
「?」
「どうしてあなたはそんなに冷酷なんですか?」
かなり攻めた質問だった。
スーラは目を逸らすと、少し考えたようなそぶりをしてから、言った。
「冷酷、か。たしかに私は冷酷かもしれない。私には人間の考えることがよくわからないのだ。私は自分の本能に忠実に従い、自分のためだけに生きている。」
自分の本能に、忠実。確かに心当たりはいくつかあった。まさかスーラ自身、自覚していたとは。
「だが、今となっては生きているのか死んでいるのか…。それすらはっきりしない状況なのだ。私は知らないうちにここの主となり、手下と共に人間を裁いていた。」
「スーラ様は、ここに来る以前の記憶はあるのですか。」
「それが、全くと言っていいほどないのだ。不思議なことに、ここにはもともといなかったという事だけはわかっているのだが。」
「そうですか。」
スーラにもそんなことが…。私は少し考え込んでしまった。
「アヤネ。」
「どうなさいました?」
「そしてお前の母親の事だが。」
「…はい。」
スーラは何の躊躇いもなく、言った。
「彼女は何人もの人々を殺した挙句、私の頼れる部下まであんな姿にした。彼女は、極刑に処す。」
「きょ、極刑…!」
私は目を大きく見開いてスーラを見た。
スーラは動揺することもなく、至って平然としている。
「極刑というと、お母さんは…」
「ああ。今までのものより厳しいもので、処分することになる。」
「そんな…」
私はその場に座り込むと、顔を手で覆って、再び溢れ出しそうになった涙を抑えた。
「泣くんじゃない。」
「な、泣いてません…」
私はその体勢のまま、返答した。
すると背後から温もりを感じた。
「ちょ、スーラ様…」
「落ち着け。」
スーラが、私に覆いかぶさるようにして抱きしめてきたのだった。
「この前はいきなりだったからな。これなら、問題ないだろう。」
「っ…」
自分の顔が少し火照ってきている。
「顔が真っ赤だぞ。」
「い、言わないでください。恥ずかしい…」
「フッ。…それよりも。」
スーラは真顔になって、耳元で囁いた。
「いいか。お前の母親とはいえ、極悪人であることに変わりはない。お前がなんと言おうが、彼女は処刑する。残念ながら、これが私の仕事なのだ。わかってくれ。」
「……。」
私は悩んだ。お母さんは、腹ペコな私をいつも支え続けてくれた、命の恩人。
私にとっては、そんなお母さんが殺人鬼なんて、にわかに信じられなかった。信じたくなかった。
でも……
「…わかりました。」
「そうか。それなら…」
「ただし、条件があります。」
「条件、だと?」
「はい。」
私はスーラの方を向くと言った。
「澄香を、解放してください。」