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4−1 エレナ・フォンティーヌ

「私はエレナ・フォンティーヌ。あなたはなんて呼んだらいい?」

 金髪金瞳の少女が自己紹介をした。

 周りにはエクソシストたちの死体が重なり合うようにして倒れている。

 そのアンマッチが不気味でもあった。


「俺はバン。しかし今は自己紹介するようなムードでもないようだ。まずはこのことを教会の偉い人に報告しよう。そうしなければ犯人は俺や君だと疑われる可能性がある」

「わかった。じゃあそうするね、バン。それから私はエレナだよ。次はエレナって呼んでほしいな」

「ああ、そうさせてもらおう。エレナ。教会の人を呼んできてくれるか」

 エレナはバンをひとり残して、教会を治める教王を呼びに行った。

 エレナの供述次第で、バンが犯人に仕立て上げられる可能性もあったが、バンはそこまで頭が回らなかった。



 数分後、エレナが豪勢な装飾のついた男性を連れてきた。

「教王さま、ここが事件現場です」

 エレナは周囲を見渡す。

「みんな悪魔祓いの最中にマドネスに落ちてしまって、こういった事になってしまいました。あの人はバンと言って、悪魔祓いをお願いに来たお客様です。このような事態になって本当に申し訳なく思っています」

「よく無事だったね、エレナ」

 教王は大きな手のひらでエレナの小さな肩をぐっと掴んだ。

「事情はわかった。お客様に失礼なことをした」

 彼女の言葉を教王は何も疑うことなく信じた。

 教王は大きな手のひらをバンに向けて言う。

「バン殿。もしよければ教会の中に宿泊施設がある。そこでゆっくりと休んでいってはくれないか。我々も精一杯あなたをもてなしたい」


 バンは迷った。エレナと離れ、教会に宿泊することが、彼にとってリスクになると考えたのだ。

(教会に泊まったとしたら。俺を消そうと思えばいつでも消せるな)

 だが教王の行為を無下にもできない。バンは選択肢のない選択を迫られているような気持ちになる。問題はこの教王が信じられる男なのかどうか、だ。


 口を閉ざしたバンの隣で、エレナが甘い声で話し始めた。

「ねえ教王さま。私も疲れてしまいました。もしよければ休暇をいただけないでしょうか」

 教王はエレナの方を優しい眼差しで見つめる。

「そうだった。気が回らなくてすまないね。それではエレナ、君に明後日の夜まで休暇を与えよう」

「ありがとうございます」

 エレナはちょこんと頭を下げた。

「それでご相談なのですが、久しぶりにお父様お母様の顔も見たいと思っていまして、外出許可をいただくことはできないでしょうか」

 教王は少し眉間にしわを寄せたが、エレナの提案を承諾した。


「もちろん構わないよ。ご両親も君が帰ってきてくれたら喜ぶだろう」

 教王の言葉は抑揚がなく、本心から出たものではないことがよくわかった。しかしエレナはそんな教王の言葉を真に受けたのか、言う。

「ありがとうございます。私も久しぶりに両親と会えるのが嬉しいです」

 エレナは両手でグーをして意気込みを表す。

 それから教王の顔を覗き込むようにして言った。

「でも私ひとりで村に帰るのは不安ですから、バンさんにもついてきてもらいたいです。馬にも乗れそうで村まであっという間に送ってくれそうですし、見たところ筋骨隆々で腕も立ちそうですから」

 この提案には教王も辟易した、ように見えた。


「わかった。彼を君の護衛につけよう。教会の方も今は人材難だ」

 教王は低身長のエレナに見えないよう、高いところでバンを睨むように見た。

「承知しました。エレナを精一杯守るよう努めます」

 バンは教王の視線に対し、姿勢を正して返した。

「よかったね、バン。じゃあさっそく家に戻ろう。家まで送ってね」

 エレナはバンの方を見て微笑む。

 バンの命運はエレナに握られていたが、エレナはバンを売り渡すようなことはしなかった。


***


 バンはアルテリアの獣道を行く。

 エレナも、彼の駆る馬に乗っていた。彼女はバンの後ろにちょこんと座り、バンの腰に手を回している。

「それでお父さんとお母さんはね、息子が欲しかったんだって言いながらも、私を10歳まで大事に育ててくれたの。私はいつもお父さんお母さんにありがとうって伝えてた。そうしたら私が10歳のときに、教会に行かないか?って声をかけられたの。それが私の教会で働くようになった理由」

「教会で働きだして何年になる?」

 バンは彼女の話を上の空で聞いていた。

「うんと、今年で7年目になるかな。私もうすぐ17歳なの。見える?」

(正直、見えない)

 今年で17歳ということは、アブリルと同い年だということだ。

 アブリルとエレナを比較すると、アブリルのほうが落ち着いていて大人びている。


「あー、見えないって顔してるね」

 エレナは頬をプクリと膨らませた。

「そういうところが子供っぽいな」

 バンが思わず指摘すると、

「わかってるよー。でも怒ってるってわかりやすいほうがいいでしょ? 私は今怒ってるんだから」

「なるほど。それは面白い発想だ」

 バンはエレナの言い分に膝を打った。

 バンはゼイムスのように自分で思いつかないような発想をする人物のことが好きだった。だから彼女の発言を前向きに捉えて言う。

「それで? エレナの怒りはどうすればおさまる?」

「さっすがバン。いいところに気がついたね」

 エレナは目をつぶって笑顔になった。

「まずは私の村まで馬を飛ばしてくれたら嬉しいな。私の両親を紹介したくてワクワクしているから」

「お安い御用だ。しっかりつかまっていろ」

 バンは手綱をふっていっそう早く馬を走らせた。エレナの村に到着するまで1時間とかからなかった。


***


 エレナの村に到着した二人は、村の丘の一番高いところにある、石造りの小さな赤い屋根のおうちを目指した。この家がエレナの実家だった。

「いいところに住んでいる。ここからなら村が一望できる」

「そうかな? ありがとう。馬はそこの木にくくっておいたらいいよ。それが終わったら二人でお父さんお母さんに挨拶しよう」

「ああ」

 バンは言うと、近くの木に連銭芦毛をくくりつけた。家の中は静まり返っているが、エレナには両親が中にいるとわかるのだろうか。


「またせたな。俺の方は準備できた」

「じゃあ行こう」

 エレナは言うと同時に実家のドアを開けた。

 鍵はかかっていなかった。

「お父さん、お母さん、ただいま」

 エレナは満面の笑みを浮かべて言う。しかし笑顔の対象である両親は、引きつった表情でエレナの方を凝視していた。


「エレナ。どうしてここに?」

 父親は顔に恐怖の色を浮かばせている。

「帰ってくるなら事前に言ってくれればよかったのに。そちらの人は?」

「こちらはバンさん。教会のお客様なの」

 それはそれはと両親は重い腰を上げた。


「よく来てくださりました。娘を教会にやって6年になりますが、お客様を連れてきたことはなかったので。大事なお客様なのでしょう?」

 バンはどう振る舞えばいいかわからなかったが、エレナがサポートしてくれた。

「大事なお客様だよ、お父さん。遠路はるばる、教会に来てくれて疲れてると思うの。だからあまり質問攻めにしないでゆっくり過ごさせてあげて。私もシスター服に疲れちゃった。自分の服に着替えるね」

 エレナはそういうとバンをリビングの暖炉の前にある揺り椅子に座らせ、自分は奥の部屋へ入っていく。


「ちょっと待ちなさい。エレナ」

 母親がエレナを追いかけて部屋に入っていく。来ている服は綿製で、高級感あふれる装飾が散りばめられている。身体にフィットした作りとなっているのは、オーダメイドだからだろうか。

「あなたの服って、古いものしか無いわよ」

「それでいいよ」

 2人の会話が聞こえてくる。

 数分後、バンの前に姿を表したエレナは、あられもない姿をしていた。


 16歳の彼女が、10歳の頃に来ていたと思われる―——10歳にしては背伸びをしたデザインではあったが―——子供服を着ている。スカートなどは丈が短く、太ももの上半分が見えてしまっている。


「ありがとうお母さん。可愛いよ」

(確かに可愛いは嘘ではないが、年相応という言葉もあるのではないか)

 バンが首を傾げていると、母親はバンとエレナに食事の準備をするのでリビングで座っているように伝えた。彼女はバンの正面に椅子を持ってきて、そこに足を閉じて座った。

「ねえバン。この服どうかな。10歳のときに私が一番好きだった服なの」

 バンはキラーパスが来たことに辟易しながら、無難な回答を述べた。

「だからか、似合っている。だが、着ていて苦しくはないのか。身長も伸びているだろう」

「思ったより10歳の頃から大きかったのかも。胸元も開けておけば苦しくないし」

 エレナは言って胸元のボタンを外した。バンは目のやり先に困ってしまう。

「6年前の服を大事に置いておいてくれるなんて、優しいよね」

「そうだな」

「バンは大事なものって何かある?」

 バンは左手のアクセサリーを見た。アブリルが海で拾い上げた貝殻を、ゼイムスがアクセサリーに改造してくれたものだ。

「わあ。このアクセサリー可愛い。そうか、バンはこれが大事なんだ」

「これはもう亡くなった妹にもらったものだ」

「そうなんだ。妹さんのことを大事にしていたんだね」

 エレナは優しい声で言った。

「そうかもしれない。しかし最後は妹を大事にしてやれなかったせいで別れることになった」

 バンはアブリルが自殺した日のことを思い出していた。

 苦しげな表情を浮かべるバンを、エレナは正面から抱きかかえた。

「大丈夫だよ。妹さんもバンのことを好きなまま、お別れしたと思うよ」

 彼女の言葉には、『バンを見下して、可愛そうだから励ましてやろう』という慰めの意が少しもない。ただ自然に、天国に行ったアブリルの気持ちを代弁するように、バンへ声をかけている。

「エレナ。君が言うと押し付けがましくなくて、穏やかな気持ちになる。これは君の才能かもしれないな」

 バンはエレナの頭をなでた。

 エレナはバンが立ち直ったのが心から嬉しいと言いたげな笑顔を浮かべていた。



いつも応援ありがとうございます。

希望を抱く少女、エレナ・フォンティーヌの登場です。


感想や評価をいただけると

作者の次作モチベーションに繋がります。

またぜひ読んでくださいね。


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