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1−1 親愛なる王

 罪人の笑いが円形の処刑台に響いていた。


 スーパーステイトの王子バンは剣の柄に手を伸ばす。

 処刑人である彼の腕前は国中に響き渡っている。

 その男が戦闘態勢をとっているということは、

 いつなんどき首がとんでもおかしくない。


 だが、目の前の罪人

 ———もはや狂人と呼ぶのが正しいか———は、

 バンを挑発し続けている。


「いいぜ、殺してみな。この俺を!」


 バンの中に僅かな迷いが生まれる予感があった。

 この狂人の話を聞き続ければ、

 迷いは本格的に彼の心を侵食するだろう。


 バンは毅然とした態度で、

 狂人の言葉を遮るようにして言う。


「判決を申し上げる」


 この男の罪は許せるものではない。

 バンの心はその一点に集中された。


 迷いは消えた。




***



 大理石で造られた巨大な円形の舞台の上に、2人の男性が立っていた。

 周囲は客席に囲まれており、この2人の動向に人々は目を光らせている(ちょうどイタリアのコロッセオを思い浮かべてもらえばいい、その中心に円形の舞台がある)。


 1人の男は大声で何かを喚き散らしており、もう1人はその言葉をふむふむと聞いていた。そしてこの聞き手となっていた男が、周囲に通る声でこう言い始めた。


「貴殿は殺人2件、加えて強盗の罪を犯した」

「違うんだ!仕方がなかった」

「被害者は慎ましく暮らしていた老夫婦だと聞いているが?」

「違うんだ!何も命まで奪うつもりはなかった。俺はやつらが刃物を持って抵抗してきたから、仕方なく殺したんだ。本当なら金品を奪うだけのつもりだった」


 男はこう喚き散らす。

 聞き手となっていた男は静かにその言葉を聞き、それから右手に剣を携えた。


「判決を申し上げる。貴殿の罪は許しがたきものである。よって貴殿を死刑とする」


 この男は右手の剣を勢いよくふるった。剣はなめらかに罪人の肉を断ち、骨を竹のように割り、わずかな痛みも感じないであろうほどの速さで鮮やかに罪人の首をはねた。

 

 周囲から歓声が上がる。

 ここはこの国の司法の中心であり罪人の首を跳ねる処刑場でもある。

 処刑者の名はバン・シュバイツァー。別名を首刈りのバンという。


 彼はこの国の王族の1人であり司法を司っていた。



 翌早朝。

「アブリル。海を見に行かないか?」


 バン・シュバイツァーは妹のアブリルにそう声をかけた。アブリルは金髪碧眼の女性で、低血圧なために朝が弱い。彼女はあくびをしながら言った。


「お兄様、こんな朝早くから行かなくても海は逃げませんよ」

「何を言っている。目的は海に行くことだけではないぞ」

「わかっていますよ。諸国の面々が早起きして勤労しているかを確かめようというのでしょう?」


 アブリルは聡明な女性だった。バンも決して頭が悪い方ではなかったが、兄弟の中でもこのアブリルとゼイムスには頭が上がらなかった。



 バンの家族について紹介しておこう。

 父の名はエブラハム・シュバイツァー。息子3人に三軍の編成を命じ、三権分権を行い、法による統治国家を築いたスーパーステイト反映の立役者である。妻はすでに亡くしている。


 エブラハムには4人の子供がいた。

 長兄がゼイムス。24歳。立法を司る理知的な男で、全てを見透かしているような澄んだ瞳を持ち、穏やかな笑みを絶やさない紳士的な人物。

 次男がバン。20歳。

 そして三男がホールデン、19歳。行政を司り、バンを昔から慕っている。

 末っ子の妹がアブリルで、まだ16歳だった。バンはこの妹を非常に可愛がっていた。だからこの日もアブリルとともに海へ行こうと誘ったのだった。


「馬はもう用意している。後ろに乗るが良い」


 バンはアブリルを急かして支度をさせると(アブリルはどんなに急いでいるときも身だしなみを整えることは欠かさなかった)、城の出口に取り付けてある取手に巻きつけてあった手綱を握り、その手綱のくくられ主である馬にまたがり、アブリルの手をとって引き上げてやった。


 バンの馬は左右同じ側の前足と後ろ足を交互に出す『側対歩』と呼ばれる種類の馬で、上下の揺れが少ないことから場上で弓を射るのに適していたし、振動が少ないことから長い距離を走ることに適していた。


「やはりお兄様にはこの馬が似合いますね」


 毛色は連銭葦毛。かつては煌びやかな武者のいでたちに花を添えると言われた。

 バンが鎧をまとい、この馬に乗ると、その溢れ出るカリスマ性に従わざるを得なくなる。まさにバンの愛馬であり、彼の品格を支える1つの武器でもあった。


「アブリル、振り落とされるなよ」


 バンは手綱を握り、それを振るうと、馬は恐るべき速度で西へ駆け出した。バンはもう15年も毎日馬を駆りスーパーステイト中を駆け回っている。彼は父エブラハムから1つの城を与えられていたが、彼はほぼその城にいないのだ。こんな城主は聞いたことがない。


「お兄様の操る馬であれば安心です」


 アブリルはバンに体を預けながら言う。

 バンはこうして馬を駆っている時、真面目な話をよくする。

 彼は豪放に見えて本質的には気遣いの塊で、周囲の目を極端に気にする性格だった。だから普段は豪放かつ、道化のように振る舞い周囲を笑わせることも多かった。だがたまに2人きりになるとこうして真面目な話を切り出してくる。



「アブリル。ロマリアに嫁に行くのは嫌か?」


 アブリルはスーパーステイトと隣国ロマリアとの同盟のため、ロマリアへ嫁ぐことが計画されていた。アブリルは聡明な女性であるがゆえに、その婚姻がどういう意味を帯びているか理解していた。

 国のために自分一人我慢すれば多くの人が助かるのならそれでもいいとこの聡明な少女は考えていた。


「それは、嫌ですよ。ロマリアに嫁いでしまったら、お兄様とめったに会えないじゃありませんか」

「そういう煽ては好きではない」

「煽てじゃありません。本当のことですよ」

「では、相手の男が気に入らないわけではないのだな」

「もちろんロマリアの風習に馴染めるか不安はあります。あの国では女は身分が低いと聞いています。女は政治に口出さず、芸でも身につけておけという風潮のようで」

「スーパーステイトの皇族へ、そのような扱いをすれば我が国も黙っちゃいないさ」

「けれど郷に入れば郷に従えという言葉もあります」

「よし。それならクンダッパの短刀を持っていけ。気に入らない男がいれば殺して俺のもとまで駆けてこい。俺は全力でお前を守ろう」

「そんなこと、できませんよ」


 アブリルは笑った。だがこの兄の心遣いが嬉しくもあった。


「お兄様が健在でいてくだされば、この国は大丈夫です。私は外からスーパーステイトが繁栄していくのを見守っています」

「任されよう」


 言ってバンは馬の速度を更に早めた。



 話している内に諸国連合の城が見えてきた。場内はしんと静まり返っている。


「頼もう!皇族のバン・シュバイツァーだ。まさかこんな時間まで惰眠を貪り、城主としての務めをサボっているのではあるまいな」


 バンのよく通る叫び声を聞いて、場内がにわかに騒がしくなる。

 しばらくすると城主と思しき人物と何名かの側近が頭を垂れながらバンの前に姿を表した。


「これはプリンス様。もちろん、もちろん勤労に従事しておりました。読書に専念していましたゆえ、静かに過ごしていたところでございます」


 城主は額の汗を拭きながら言った。


「ほう。ならばその本で得た知識を今この俺に伝えてみろ」


 城主は更に慌て始めた。


「ええと、この国の天気のことについて書かれていた本でありまして、入道雲がそらにあらわれると大雨の前兆だと」

「馬鹿者。そんなものは本を読まずとも肌で感じて知っているべきものだ。もっと高度な本を読め。そして勤労にあたるのだ。どうせ先程まで惰眠を貪っていたのだろう。今回は見逃してやるが、再度このようなことがあれば城主の罪を民に裁かせることになる」


 司法権を持つバンの言葉は、そのまま国の言葉として受け取られた。

 城主は頭を下げ、二度とこのようなことはいたしませぬと言った。

 



 バンはこうしていくつかの要注意人物を配置した城を訪問していった。スーパーステイトは国土も広く、城や砦も多い。それだけに全ての拠点に

優秀な人材を配置するだけの余裕はなかった。


「こうして躾けている内に育つものも現れ、そのものが法となり周囲の城や砦に規律をもたらす。そうすればこの国は更に強固になろう」


 バンはよくアブリルにこのような考えを話した。


「法が国を創り出す、でしたね、お兄様の信念は」

「ああ」


 バンは父エブラハムの唱えた三権分権という概念をいたく気に入っていた。法によって国を治める、それは誰にも忖度しない、贔屓も何もない自由と平等の象徴のように思えたからだ。

 


 そしてバンは、国を創り出す法の創り手であるゼイムス兄さんをひどく尊敬していた。この兄の考える法であれば国を良い方向に導いてくれるだろうという予感があった。だから自分は司法の立場として兄の理想の実現のために尽力したいと考えていた。



「アブリル、海が見えたぞ」


 この馬はもう100キロ近く駆けてきていた。

 アブリルには多少疲れも見えていたが、目の前に広がる海岸線と白い砂浜に心を現れる気がした。


「素敵です、お兄様」


 バンは馬を止めて、近くの木に手綱を結ぶと、アブリルの手をとって砂浜へと駆けていった。美しい砂浜に二人の足跡がついては、波がそれをさらって消してゆく。



「あっ」


 アブリルは明るい声を上げた。彼女はバンのもとから走り去ると、海と砂の狭間でしゃがみこみ、それから立ち上がり振り向いた。


「お兄様。シェルです」


 彼女の手には美しく光る貝殻が握られていた。サンライズシェルと呼ばれる種類だ。


「シェルには”才能を開花させる力”とか、”傷ついた心を癒す力”、” 豊かさと恵みの象徴”という意味があるそうですよ。私はお兄様の才能が今後ますます輝き、スーパーステイトを豊かにしてくださると信じています。これはその前祝いです」


 アブリルはそういってバンの手に貝殻を握らせた。



「ありがとう。アブリル。だがこのままでは持ち運びが大変だ。ずっと財布の中に入れておくわけにもいかないだろう。ゼイムス兄さんに頼んでブレスレットかネックレスにしてもらおう。それならお前の気持ちをずっと身につけておける」


 バンの信頼するゼイムスは手先の器用な男で、アクセサリー作りを趣味としていた。


「そうと決まればゼイムス兄さんのところまでいこう。大丈夫か?」

「ええ。海を見たら疲れが吹き飛びました」


 バンの体力もさることながら、このアブリルも体力には自信があった。

 子供の頃からずっと兄と共に遊んできたからだろう。




 2人を乗せた馬は、今度は北東の方角へ走った。ゼイムスの居城はスーパーステイトのちょうど中心にある。だが今から向かえば城に着くのは夕方になってしまうだろう。


「ゼイムス兄さんなら喜んで泊めてくれるさ」


 バンは笑いながら言った。

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