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5−1 物見遊山

 エレナの両親が姿を消してから3日が経った。


「お父さんお母さん帰ってこないね」


 ダイニングテーブルを囲むエレナとバン。家に備蓄されていた食料もなくなり、これからどうするかを真剣に考えなければならない時期に来ていた。

 バンは言いにくいことと知りつつも、正直な見解をエレナに伝える。


「エレナ。おそらく両親は帰ってこない。兵団が襲撃してきた日に二人はこの村を捨てたんだ」


「そっか」


 バンが言った言葉を素直に聞き入れるエレナ。


「お母さん、この寂れた土地で一生過ごすのかい?って言ってたもんね。二人はこれからの人生を輝かせるために、新しい土地を目指したんだ」


 エレナの解釈はいつも光に満ちている。

 だがバンは彼女の心が傷ついていないか心配だった。


「寂しくないのか?」


 バンは間接的な慰めの言葉をかけた。


「大丈夫。さよならも言えなかったのが、別れの辛さを軽減してくれたからかな」


 エレナにとっては両親が突然姿を消したのも、彼女のことを想ってのことだという解釈になるのだった。




「でも、教会で働くこともできなくなっちゃった」


 エレナはマグカップに口をつけた。


「働き口は重要だな」


 バンにとっても、エレナの働き先を見つけることは重要だった。この少女が幸せに生きるためには1人で生きられる経済力をつける必要がある。

 だが、エレナは突拍子もない事を言い始めた。




「そうだ!この家を売ってアルテリアを旅しない?」


 エレナは身を乗り出して言う。


「ねえ、バンはどこに行きたい?私がアルテリアを紹介してあげる」


「家を売ったら帰る場所がなくなるぞ」


「教会に6年もいたから、家を離れるのも慣れてるよ。ねえ、それがいいよ。新しい場所で、新しい就職先を探せばいいんだ」


 エレナは目を輝かせて言った。

 バンは微笑みながら釘を刺した。


「わかった。だが俺には俺の生き方がある。エレナも自分の道を進め。俺たちは人生の一時期同じ方向を向く友人だ」


「うん、友人だ!」


 エレナとバンは指切りをした。




 エレナは村の人々に声をかけて、両親の持っている土地を買わないかと話をして回った。彼女が「500万エレンで土地を買いませんか、今畑で育てている豆も一緒に差し上げますから」と言うと、周囲の人々は怪訝な顔をしながらも耳を傾けた。

 エレナの土地で育てている豆だけでも200万エレンの価値があるだろう。今は9月末で、豆栽培はあと収穫するだけのフェーズに来ている。


 だから周囲の農家にとって、エレナの持ってきた話は悪い話ではなかった。


「家はいらないから200万エレンで畑だけ買うよ」


 ある農家がエレナに提案した。

 エレナは自分のことを考えて家はいらないのだと思い込み、この農家の人に多大な感謝をし、この農家に土地を売ることを決めた。農家にとってはタダで土地を引き取ったようなもので、これほどうまい話はない。




「バン。よかったね。200万エレンあったら半年は旅ができるよ」


 エレナが幸せそうにそう告げるのを、バンは穏やかに迎え入れる。


「エレナ。節約して旅をしよう。俺もスーパーステイトから持ってきた身銭がある。基本的に俺の買い物はそれで済ませるつもりだ。財布は別にしよう」


「わかった。バンは賢いね。財布は別か、初めて聞いたよ。色々教えてくれてありがとう」


 エレナはそう言うと200万エレンを鞄に詰めて旅支度をした。


 そうしてエレナが旅支度に奔走している間、バンも1つの決断をしていた。愛馬、連銭芦毛との別れの決意だ。彼はエレナに頼らず生活することを決めた。そのために路銀が必要だった。


(お前はアルテリアで幸せに暮らせ)


 それは別れの言い訳だったかもしれない。スーパーステイトのバンであることを忘れるという決意だったかもしれない。しかしバンのことなど露知らず、連銭芦毛は凛としてまっすぐ前を向く。まるでバンの行きたい道を行けと言わんばかりに。


***


 10月はアルテリア南部の街ジェロームに滞在した。

 市場から歩いて5分のところにマンスリーアパートを借りて、そこに二人で住む。


 近くには緑溢れる公園があり、周囲には美しい木組み建築が立ち並ぶ。洒落たファッションを着こなす歩行者も多かった。バンはエレナと一緒に市場へ向かい、この時流行っていたデニムのジャンパースカートを購入。エレナは長い裾が嫌いだと言うので店員さんにハサミで切ってもらい仕立て直してもらった特注品だ。


「ねえバン。この服素敵だね」


 同じ店で購入した中折れハットとあわせれば、エレナの可愛らしさが一層引き立つ。




 バンとエレナは長い時間をかけてジェロームの街をゆっくりと歩いた。目立つのは川が風景によく現れることだ。

 ジェロームは、サラスヴァティ川が5本の支流に分かれ再び合流する水流地帯にある。だから必然的に街は川沿いに形作られることになった。


「バン。あの船乗ってみようよ」


 アパートからもよく見た、サラスヴァティ川の遊覧船だ。




 二人はサラスヴァティ川の支流に沿って街を南から北へ巡る。遊覧船の中では水先案内人から街の成り立ちについての話が語られ、おいしい食事が振る舞われた。

 遊覧船の旅が折り返しに近づいた頃、かつて栄えた旧市街が見えてきた。その中央、エルエスタの丘では、2月にアルテリア一番のカーニバルが行われる。「丘からの長めは、眼下に旧市街、西方にミスルガ山脈、はるか東に黒い森を見わたす眺望で絶景だ」と遊覧船の水先案内人が繰り返し語っていた。


「2月になったらまた来ようね」


 エレナの笑顔が夕日に照らされて朱に染まっていた。




 遊覧船の旅を終えた彼らは、翌日からジェロームのパスタランチ巡りをして楽しんだ。ジェロームといえば最高に美味しいパスタが食べられる街で有名だ。

 手打ちパスタの店が多く、アパートから市場までの間だけでも4,5件はあった。


「今日はこのラスラコッティに入ってみようか」


 エレナが先導するようにして入った店ラスラコッティ。屋上のテラスから外を見てみると、これだけでお腹がいっぱいになりそうな絶景が広がっている。左手にはミスルガ山脈、右手にはサラスヴァティ川、自然の景色が清らかで美しい、まさに風光明媚なレストランだった。




 二人はこの店でアラビアータソースのパスタを選んだ。

 トマトの酸味と赤唐辛子の辛味をアクセントに、適度に加えられたエキストラバージンオリーブオイル、ローストガーリックが、風味豊かなソースを演出する。

 このソースの最高のバディはパスタだ。たっぷりのお湯で泳ぐように茹であげられたパスタがソースに絡み、豊かな風味を口いっぱいに広げてくれる。


 トマト味のパスタというのは、実はアルテリアでは質素さや貧しさを象徴しており、レストランでは好んで提供されるものではない。だが、この店のアラビアータはそんな先入観でレッテルを貼る批評家をあざ笑う、格別で品格ある一品だった。


「少しピリ辛なのが私達の人生みたいだね。でもすごく美味しい。これは大切なことだよ」


 エレナがそう言って笑うのが、バンには眩しくて仕方なかった。


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