9.クラスメイト救出
僕とヴェルクはレグナート達のもとへ行き、3人の猿ぐつわを外した。
「ありがとう、助かったよ。ところで君達は今、俺達を拘束した犯人達を魔術以外で拘束しようとしてたんじゃないか?」
「ああ、そうだ」
「なら、俺達を拘束しているこの手枷を使うといい。どうやらこれには魔術を無効化する効果があるみたいなんだ。だから例え犯人達が魔術を使えたとしても、この手枷の効果で魔術を封じることができるはずだ」
「なるほど。鍵は犯人達か?」
「恐らくな」
「分かった、鍵を取ってくる」
僕とヴェルクは再び犯人達のところへ行き、鍵を手に入れてレグナート達のもとへ戻った。そして3人の手枷を外し、その手枷を犯人達にかけた。
「よし、これで一件落着だな!」
「とりあえずはな」
「……アレイス、ヴェルク。ちょっといいかしら?」
ホッとしたのも束の間、タリムがやけに低い声で声をかけてきた。僕らはゆっくりとタリムの方を向く。
タリムは恐ろしく怖い目つきで僕らを睨んでいた。そんなタリムのすぐそばには怒った様子で頬を膨らませているティアナの姿もあった。
「あなた達、私達に毒入りの食糧を渡したのよね?」
タリムが先程よりもさらに低い声で聞いてくる。しまった、タリム達に毒入り食糧が嘘だと言うのをすっかり忘れていた。早く訂正しなければ。
「そのことなんだが実は──」
「なんてことしてくれてんのよ! もしあんた達が渡してきた毒入り食糧を口にしてしまっていたらどう責任とるつもり!?」
「いや、だから──」
「どうしてこんなことをしたのか、ティアナ分かっちゃったわ! 2人とも、レグナート君が女の子にモテモテなのが羨ましくて嫉妬していじわるしてきたのね!」
「まったく、最低ね! 絶対に許さないわ! あんた達にはその罪の重さを徹底的に叩き込んで──」
訂正しようにもタリムとティアナが物凄い剣幕で話しだし、どう見てもこちらの話を聞く状態ではなくなっていた。
「2人とも落ち着いて。俺達はこうして無事でいるんだからさ。それに、他のチームの子達が差し入れしてくれたものを食べていたんだから、アレイス達がくれたっていう食糧には手をつけていないだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
2人の気が済むまで待つしかないと諦めていたら、レグナートが助け船を出してくれた。2人はまだ何か言いたそうではあるが、レグナートのお陰で嘘のように大人しくなった。
それにしても、なるほどな。僕らが渡した食糧を口にしていなかったのはそういう訳か。レグナートのチームに差し入れをしたのは、恐らくレグナートに好意を寄せる女子達だろう。
レグナートに好意を寄せる女子は多いから、タリムとティアナのように「その辺にあるものを食べさせるわけにはいかない!」という考えから差し入れをしていたのだろうな。
僕らはタリム達に強制的に食糧を渡すことになって災難だと思ったが、そこから偶然が重なったお陰で今回犯人達を騙すことに成功した訳だ。まぁ、それに関しては良しとしよう。
さて、2人が大人しくなったことだし、毒入り食糧は嘘だと話して誤解を解いておかないとな。
僕はレグナート達に食糧の件を話し、そのあとで一緒に捕まっていたヒスカリア達とは別行動していることを話した。
「なるほど、そうなのか。君達が来てくれたお陰で本当に助かったよ、ありがとう。……ところで君達は祠の試練はもう終えているのか?」
説明を聞き終えたレグナートはそんなことを聞いてきた。
「ああ、祠の試練自体は無事に終わらせてある。だが肝心の宝玉が犯人達に捕まった時に、宝玉をしまっていた荷物ごとどこかにいってしまってな」
そう、僕とヴェルクは祠の試練は突破したものの肝心の宝玉を持っていない。だからこのまま森の中央にある祭壇に行っても納める宝玉が無いから意味がない。
犯人達を起こして荷物のありかを問いただし探すという手段はあるが、時間内に宝玉を見つけて回収し祭壇に納めれるとは正直思えない。
「レグナート達はもちろん、終わっているんだよな?」
「ああ」
「だったら今のうちに森の中央にある祭壇に向かった方がいい。ここは僕らが残って先生達が来るのを待っているから」
「それじゃあ君達は……」
「……まぁ、仕方ないさ。運も実力のうち、と言うからな」
「そうか……。それじゃあ、犯人達のことを頼む。俺達は祭壇の方へ行かせてもらうよ。途中、先生に会えたらすぐに君達のもとへ行ってもらうよう伝えておくから」
レグナートはそう言うと自身に移動スピードをあげる補助魔術をかけた。タリムとティアナもレグナートに倣って自身に同じ補助魔術をかける。
「そうだ、もし2人の鞄を見つけたら祭壇まで持っていっておくから」
レグナートは元気付けるように僕達にそう声をかけてくれた。僕とヴェルクは「ありがとう、その気持ちだけでも嬉しい」と返し、レグナート達を見送った。
「さーて、これでオレらは留年確定かー……」
「そうだな……。悪いな、ヴェルク。あの晩、僕がもっと早く異変に気付いてヴェルクに伝えれていればこんなことにはならなかっただろうに」
「いやいや、それなら悪いのはアレイスじゃなくてオレの方だよ。自分から火の番をするって言っておいて何やってんだよって話だし。
それに、アレイスは捕まってから今に至るまでオレだけじゃなくヒスカリア達やレグナート達も助けてたじゃないか」
「それができたのはヴェルクの力があったからこそだ。ヴェルクがいなければ僕だけの力ではなにもできなかったよ」
「それならオレだって! アレイスのサポート無しにライトニングストームの魔術式を構築するなんて絶対不可能だったよ。オレさ、あの時アレイスに仮構築をしてもらって思ったんだけどさ、アレイスは先生になったら良いんじゃないかって思ったんだ」
「僕が先生に?」
ヴェルクは急に思いもよらないことを言ってきた。
「だってアレイスの仮構築、スゲー分かりやすかったんだ。しかもそれが上位魔術の魔術式だった訳だからさ。それとアレイスって得意、不得意の片寄りなく魔術を使えるよな?」
「確かに片寄りはないが……」
「だから魔術師団に入って適当な部署に配属されるよりも、それを活かして先生になった方が絶対いいと思うんだ」
ヴェルクは自信満々な表情でそう言ってきた。
先生になる、か……。考えたこともなかったな。僕の性格的に先生に向いているのか疑問だが、特別何かに秀でたりすることのない僕でも、魔術の使い方の基礎を教えることはできるかもしれない。ヴェルクの言う通り、そういった道を進んでみるのも良いかもしれないな。
「ありがとう、ヴェルク。今後の進路決めの参考になるよ」
「そっか、それは良かった」
そう言うとヴェルクはニカッと笑みを浮かべた。
「いやぁ~、それにしても一時はどうなるかと思った今回の誘拐事件だけど、犯人がたったの2人だけだったお陰でなんとかなって良かったよなー」
「ああ、そう……だな……」
僕はふと、何気なくヴェルクが言った「2人だけ」という言葉に引っ掛かりを感じた。確かに僕らが拘束したこの2人は今回の事件の犯人だ。レグナート達を捕らえていたし、僕が2人の前に姿を現した際に「おれらが捕らえたガキ」と口にしていたから間違いない。
……いや待てよ。何故犯人達はわざわざ「“おれらが”捕らえた」と口にしたんだ? それだとまるで一緒に捕まっていたヒスカリア達は別の──。
その時、ここへ来る途中で二手に分かれた犯人の手がかりの光景が頭によぎった。しまった! 僕はなんでこんな簡単なことを見逃してしまったんだ! 二手に分かれたうちの1つがここにいる2人が残した手がかりじゃないか。だから必然的にもう一方がある時点で犯人が他にもいると気付くべきだった!
僕はすぐに周囲を警戒する。その時、ヴェルクの背後にある木々の間から一瞬だけチカッと何かが光った。あんなところで突然何かが光るなんてあり得ない。だとしたら──!
とっさに僕はヴェルクを庇うように押し倒す。しかし行動に移った直後、僕の左肩に何かが突き刺さり激痛が走った。激痛で頭の中が真っ白になりかけたが歯を食いしばり、意識を集中させてなんとかドーム型の防御魔術を発動させた。
「ア、アレイス? ……なっ、血が!!」
突然の僕の行動に理解が追いついていない様子だったヴェルクは、僕の左肩の方を見るなり青ざめた表情をした。
「大丈夫だ、ヴェルク。僕の肩に刺さっているもの──多分、矢だよな? これに麻酔薬でもついているらしく、痛みは徐々に鈍くなってきているから」
「ほ、本当か!?」
「ああ。だから矢を抜いて出血量が増えるよりも、刺さったままの方が出血を抑えれるし痛みも次第にマシになりそうだ。だからそのままにしてくれて構わない。それよりも今は僕の発動した防御魔術を強化して周囲の警戒にあたってほしい」
「わ、分かった!」
ヴェルクはすぐに防御魔術を強化し、周囲を警戒する。
耳を澄ませてじっとしていると、矢が飛んできた方向から2つの足音が聞こえてきた。
警戒しながら足音のする方向を見る。数秒後、身なりの良さそうな商人風の男と小型のクロスボウを肩に掛けた男が姿を現した。
「子供にしてはやるじゃないか」
「噂通り、今年の受験者は本当に質が良いようですね」
男達は品定めするように僕らを見下ろす。
「な、なんだ、あんた達は! オレ達魔術学園の生徒を捕らえて一体何をしようと企んでいる!」
ヴェルクはそう言いながら僕を庇うように前に出る。
「そう怖い顔をしなくていい。我々はできればこれ以上君達を傷つけたくないと思っている。大人しく言うことを聞けば手荒な真似はしないし、君の仲間の手当てをしてあげよう」
「……本当か?」
「ヴェルク、信用してはダメだ」
「でも早くアレイスの手当をしねぇと! 顔色がどんどん悪くなってきてるんだぞ!」
ヴェルクは心配そうに僕を見ながらそう言う。確かに麻酔薬のせいか倦怠感が出始めてきたような気がする。麻酔薬によって傷の痛みが鈍くなると同時に全身の感覚も怪しくなり始めてきているが、とりあえずまだ意識が朦朧とするほどではない。
「僕の方は大丈夫だから。今は先生達が来るまで自分の身を守ることに集中するんだ」
僕はヴェルクが相手の思い通りにならないよう警戒を促した。
「それが答えか、実に残念だよ。本当は良い状態で商品として仕入れたかったのだがな。素直に言うことを聞かないのであれば仕方ない」
商人風の男はそう言うとクロスボウの男に頷いた。クロスボウの男は商人風の男に恭しく一礼すると懐から短剣を取り出し、突然僕らを覆っている防御魔術に短剣を突き刺した。
防御魔術は突き刺さった短剣を中心に音もなく消滅し始めた。
「何っ!? 魔術の無効化を付与された短剣か!」
ヴェルクは短剣の能力を知るなりすぐに新しい防御魔術を発動する。しかし1つ目の強化した防御魔術を無効化してしまった短剣によって、あっという間に次も無効化されてしまった。しかしヴェルクは諦めずすぐに新たな防御魔術を発動する。
そんな攻防を何度か繰り返していると、男は短剣を持たない手でクロスボウを構えた。マズイ! 恐らくあのクロスボウにも魔術無効化が付与されているだろう。今のヴェルクの防御魔術ならクロスボウの矢は相殺できたとしても、その後すぐに来るであろう短剣による攻撃を防ぐのは厳しい。
僕も防御魔術を発動しようとするが、全身の感覚が麻痺して魔術式を構築する為の魔力ですらコントロールできる状態ではなくなっていた。くっ、このままでは……!
万事休すと思っていたその時、突然クロスボウの男は後方へ大きく跳んだ。直後に先程までクロスボウの男がいた地面に数本の矢が突き刺さる。
「ヴェルク、アレイス、無事か!」
マクディス先生の声が聞こえたと思ったら、王国に属する数人の騎士と魔術師達が僕らを守るように前に立った。何故騎士と魔術師がここに? やけに手回しが良すぎるんじゃないか?
そんなことを思っているとマクディス先生が僕らのそばに現れた。良かった、これでヴェルクはもう大丈夫だな。
安心したせいか、急激に瞼が重くなり意識が遠くなる。意識が遠くなる中、何故か“神”だの“前世”だのと言っていたおかしな夢の記憶が部分的に甦った。そうか、僕はまたしても他者に命を奪われて死ぬのか……。
ヴェルクが先生に必死に何かを訴えかける声を耳にしながら、僕は意識を手放した。




