8.手がかりをたどり
周囲を警戒しながら、僕とヴェルクは犯人が残した手がかりを辿って森の中を進む。
森の中を進んで大分時間が経つが、未だに他のチームに出会っていない。最終日だから皆、既に森の中央にある祭壇付近にいるということならいいんだが。
そんなことを思いながら森の中を進んでいると、突然ぐぎゅぅぅぅと低い音が聞こえてきた。
「……わりぃ、アレイス。オレの腹だ」
ヴェルクはお腹を押さえながら少し申し訳なさそうに言った。
「調子が悪いのか?」
「いや、そうじゃなくて起きてからずっと何も喰ってなかったから腹の虫が鳴っちまって」
「そういえば何も食べてなかったな」
ヴェルクに言われ、僕らは昨日の夕食以来何も食べていないことに気付いた。この状態で先に進んでも、いざという時に正しい判断ができないかもしれない。……腹の虫が鳴って犯人にバレるなんて間抜けな事態になるのも避けたい。
こういう時こそ支給された食糧で素早く空腹を満たしたいが、無いものはどうしようもない。
僕は食用可能なものが無いか周囲を見渡した。食用可能な野草はわりとすぐに見つかったがどれも苦味の強いもので、調味料すら持っていないこの状況で食べるのは地味に辛い。
野草以外で何かないかと探してみると木の根もとに食用可能なきのこ、ツィケタを発見した。確かツィケタは火で焼いて塩で味付けするだけでもおいしいって寮母さんが言ってたな。味付けが塩だけでもいいなら塩無しでもなんとかなりそうじゃないか?
僕はすぐにツィケタを採って下処理をし、手頃な小枝に耐火の補助魔術をかけたあと、小枝にツィケタを刺して火属性魔術で焼いた。
「ヴェルク、今はこれで我慢してくれ」
そう言って僕は即席の焼きツィケタをヴェルクに渡した。
「えっ、でもアレイスだって腹が空いてるだろ?」
「もう1つ作るから先に食べてくれてかまわない」
「わりぃ、ありがとな!」
ヴェルクは焼きツィケタを受け取ると早速食べ始めた。僕もすぐに2つ目を作りあげて食べ始める。……うん、やっぱり塩がないと物足りないな。無事に帰れたら寮母さんに報告してみよう。
焼きツィケタを食べ終わった僕らは、再び森の中を進んだ。
暫く進んでいると、犯人の手がかりとなる草や落ち葉などが踏み潰された跡が二手に分かれた。さて、ここから先はどちらの跡を辿っていけばいいか……。
「なぁ、アレイス。なんか煙の匂いがしないか?」
どちらに進むか決めかねていると、ヴェルクがそう教えてくれた。ヒスカリア達と離れた時よりも太陽が真上に来ているから今は昼ぐらいだな。
もしかしたら誰かのチームが火をおこして昼食でもとっているのかもしれない。となると犯人がそのチームを狙っている可能性が! 最悪の場合、すでに犯人に捕まっている可能性もある!
僕はすぐさまレビテーションを使って上昇し、煙が昇っている場所を探した。……あった! あそこならここからそう離れていない。
すぐに地上へ降り、犯人の残した手がかりを見る。分かれた手がかりの1つは煙の昇る方向へ続いていた。僕は急いでこの事をヴェルクに伝えた。
「マジかっ、なら急いでそこに行こう!」
「ああ。だがここから先はレビテーションを使って移動しよう」
「えっ? まさか上空から犯人を奇襲するのか?」
「そんなことするわけないだろ。移動時の足音を無くすために地面から少し浮遊して移動するんだ。その方が犯人に気付かれにくいし、早く煙の昇る場所へ行ける」
「な、なるほど。わかった」
そう言ってヴェルクはすぐにレビテーションを発動させて浮遊した。僕もレビテーションを発動しなおして浮遊し、ヴェルクと共に煙の昇る場所を目指した。
煙の元となる焚き火を目視できる距離まで近づいた僕らは、ひとまずその周囲を観察した。
焚き火の近くには見知らぬ男が2人いた。恐らくこの2人が犯人だろう。
そして少し離れたところには猿ぐつわを噛まされ、両手を後ろにして座り込んでいる人の姿が3つあった。あれは……レグナートのチームだ!
「まさかレグナート達が捕まってるとは……!」
ヴェルクは驚いた様子で呟いた。僕も魔術の実力がトップクラスであるあの3人が、たった2人の犯人に捕まってしまうなんて思いもよらなかった。犯人達はそれを可能にできる人物達ということか。
「どうする、アレイス。今のところ犯人達はレグナート達から奪ったと思われる食糧を喰ってるからいいけど、食べ終わったあとはオレらを閉じ込めていた幌馬車に向かうんじゃないか?」
「恐らくそうだろうな。それまでに先生達が気付いて来てくれればいいが……」
ヒスカリア達と分かれてから大分時間が経っている。何事もなければ先生達に人攫いがこの森の中に潜んでいるという情報が伝わっていると思いたい。そうなればあとは先生達が僕らを見つけるまで犯人達の足どめをして時間を稼ぐのみだが……。
「なぁ、早く先生達に気付いてもらえるよう1発派手な魔術でも使った方がいいんじゃないか?」
「それは一理あるが、もしも先生達との距離が大きく離れていた場合、先生達が来るまで僕らだけで犯人達を相手に持ち堪えないといけない。あのレグナート達でさえ捕まえてしまうほどの相手だ、よほどの策がない限り僕らだけで対処できるとは思えない」
「くっ、そうだよな……。なんとか先生達が気付いてくれる派手さもあって、一撃で犯人達を動けなくできる魔術とかねぇかなぁ?」
ヴェルクは何かいい魔術がないか考え始めた。僕はヴェルクの考える案についてもう少し考えてみることにした。
ヴェルクの案は、実現できればかなり良いかもしれない。だが、犯人達は魔術を無効化する檻や南京錠を持っていたくらいだ。自身にも何かしら魔術対策をしているだろう。だとしたら確実にダメージを与えれるようにしなければならない。
その為には犯人達が攻撃を避けたりしないようその場に留まらせることも重要だ。それを可能にする何かいい案はないだろうか……?
僕はもう1度犯人達とその周囲を観察する。……そうだ、アレを利用しよう! アレに意識を向けることができれば回避される可能性は低くなる。そしたら魔術の方は、ライトニングストームが良さそうだ。
ライトニングストームは落雷を強化したようなものだから派手さがある。しかも上から降らせる攻撃だから術者の位置を特定されにくい。
そして上位魔術の中でもさらに上位の魔術であるから、魔術対策をしていても魔術自体は防げるが直撃の衝撃までは防ぎきれないだろう。それによって体が痺れて暫く動けなくなるはずだ。
僕はヴェルクに作戦の内容を話した。
「アレイスが犯人達の注意を引いている隙にオレがライトニングストームをぶっ放すか。いい作戦かもしれないが、オレの実力じゃ絶対に失敗するぞ。だから魔術はアレイスの方が──」
「いや、僕では充分なライトニングストームを放てない可能性が高い。この魔術は魔力をかなり消費するから魔力を多く持つヴェルクじゃないとダメだ」
「でもよ、アレイス。オレだと魔術式が不完全で不発になるかもしれないぜ」
「大丈夫だ。祠の試練の時のように魔術式に抜けがあれば僕が仮構築してサポートする。ただその代わり、ヴェルクには魔術式をキープした状態で暫く待機してもらうことになるが」
「それくらいなら全然大丈夫だ。……なぁ、アレイス。もしも犯人達が魔術対策をしてなかったら……」
ヴェルクは不安げな表情をしながら僕を見る。
「大丈夫だ、魔術を放つ前に僕が魔術対策を犯人達がしているか確認をするから。犯人達が魔術対策をしていなければ拳を、魔術対策をしていれば開いた手を背中に回すからそれを合図にするのはどうだ?」
「分かった、それでいこう。もしも魔術対策をしていなかった場合は、犯人達の目の前にライトニングストームを落とせばいいか?」
「そうだな、そうすれば一時的に視界を奪える。その隙にレグナート達のもとへ行って一緒に犯人達から離れよう。他に心配なことはないか?」
「大丈夫だ」
そう答えたヴェルクの顔は先程までの不安げな表情は消えて、やる気に満ちた表情に変わっていた。
「んじゃ、今から魔術式を構築するぞ」
そう言ってヴェルクは少し緊張の混じった表情をしながらライトニングストームの魔術式を構築し始めた。
ヴェルクは順調に魔術式を構築していく。しかしだんだん魔術式が複雑になるにつれて抜けが出始め、構築スピードも落ちていった。もしかしたらヴェルクの中でライトニングストームの魔術式が曖昧になっているのかもしれない。だったら──。
僕はヴェルクの構築中の魔術式に触れて抜けている部分を仮構築したあと、今度はヴェルクが魔術式を構築しやすいようにまだ構築していない部分をヴェルクより先に仮構築することにした。
ヴェルクは僕の仮構築をなぞるようにどんどん魔術式を構築していき、魔術式を完成させた。
「ありがとな、アレイス。アレイスの仮構築が分かりやすかったお陰でスゲーやり易かった」
「そうか、それなら良かった。さ、これで準備は整ったな。作戦通り、今から僕は犯人達の前に行く。僕が犯人達と話して注意を引くまでは絶対に隠れていてくれ。そのあとは合図を出すまで待機で頼む」
「おう! 気を付けて行けよ」
「ああ」
僕はヴェルクに強く頷き、レビテーションで体を浮かせたまま犯人達のもとへ向かった。
ヴェルクの居場所がバレないよう、そして犯人達が少しでもヴェルクから離れたところで僕に気づくようにする為、どこから現れたのか特定されないように木々の間を縫うようにしながら斜めに前進して犯人達に近づいていく。
ヴェルクの姿が僕の位置から見えなくなったところで浮遊するのをやめ、僕はゆっくりと歩いて犯人達に近づくことにした。
数歩歩いたところで、犯人達が僕の気配に気付いた。
「誰だっ! そこにいるのは分かっている!」
「10数えるまでに出てこなければ、お前の命はないぞ!」
僕の気配に気付いた犯人達は鋭くいい放つと、ナイフを手に臨戦態勢をとった。
ナイフを手にする犯人達の姿に恐怖を感じたが、ここで逃げて作戦を失敗させるわけにはいかない。
僕は言われた通り大人しく犯人達の前に出た。
「なっ!? お前は昨日おれらが捕らえたガキじゃねぇか! どうしてここに!?」
僕の姿を見て驚きつつも、犯人達は再び僕を捕らえようとゆっくり距離を縮めてきた。
「僕を捕らえることよりも、今は自分の体を気にした方がいいと思うぞ」
僕は努めて冷静な態度で犯人達に言う。少し離れたところにいるレグナート達にも僕の声が届いたようで、僕と犯人達に注目し始めた。
「は? 何言ってんだお前?」
犯人その1は僕を馬鹿にした様子でそう言う。
「実は今あんた達が食べてたやつ、毒入りなんだよ」
「はぁ? なんでお前にこれが毒入りだなんて分かるんだよ。お前が毒を仕込んだとでも言うのか?」
「ああ、そうだ」
僕がそう言うと、犯人達は足を止めて互いに顔を見合せた。そして2人して腹を抱えて笑いだした。
「ぶはははっ! おいおい、騙すならもっとマシな嘘を考えてからにしろよ」
「おれ達はそこの3人を捕まえてすぐに奪った食糧を食べているんだぜ? 一体いつお前に毒を仕込めるタイミングがあったっていうんだよ? どう考えても無理だろが、ぶははは!」
犯人達は再び僕を馬鹿にしながら笑う。
「僕はあんた達が3人から食糧を奪ったあとに毒を仕込んだとは1度も言っていないんだがな」
「あ? なんだって?」
犯人達は笑うのをやめて警戒するように僕を見る。
「僕はあんた達に捕まる前に、そこにいるチームに僕らの食糧を渡していたんだ。だがその時うっかり間違えて、野生の動物を捕獲する罠用に毒を仕込んだ方を渡してしまってな」
そう言うと、僕の話を聞いていたらしいタリムとティアナが「ん゛ー! ん゛ぐーー!」と騒ぎ始めた。猿ぐつわを噛まされていて何を言っているのか分からないが、恐らく僕に対する抗議の言葉でも言っているのだろう。
本当は毒なんて一切仕込んでいないが……偶然にも僕らが渡した食糧を口にしていなかったのか、2人は本気で信じこんでいる反応を見せた。
まぁ、お陰でそんな2人の反応を見た犯人達は僕の言うことを信じ始めたみたいだ。それじゃ、追い討ちをかけつつもう1つの作業を済ませようか。
「仕込んだ毒は血の巡りを悪くして思考回路が徐々に鈍くなり、最終的に動けなくなるというものだ。初期症状としては皮膚の薄い部分──腕の内側とか首から下の辺りの皮膚が白くなるんだが、変わり始めてないか?」
「何っ!?」
犯人達は腕を捲ったり首から下を互いに見せあいながら確認しあっていた。もちろん、毒など入っていないから肌の色が白くなるなんてことはない。
だが女の人ならともかく、男なら普段から肌の色を気にしている者なんてほとんどいないだろう。だから自分の肌の色なんてハッキリと覚えていないはずだ。
だからこそいつもと変わらない肌の色でも、僕の嘘を信じ始めた犯人達には腕の内側などの日焼けしにくい部分の肌の色が余計に白く感じるはずだ。
そんなことを思いながら僕は慌てた様子の犯人達を観察した。……よし、魔道具を身に付けているな。
僕が犯人達に腕や首の下の肌の色を確認させるように仕向けたのは、防御系の魔道具を身に付けているか確認する為だ。腕や首の辺りは防御系の魔道具を身に付けることが多い。これでヴェルクが安心して魔術を放てるな。
「今ならまだ口にしてそれほど時間は経っていないだろうから、体が毒を全て吸収しきる前に吐き出してしまった方がいいと思う」
そう言いながら僕はそっとヴェルクに合図を出す。犯人達は僕の話を聞いて毒を出そうと必死になっていた。その隙に僕はゆっくりと犯人達から距離を取り始める。
後退していると、一瞬ピリッとした空気の変化を感じた。この感じは確か雷属性の上位魔術を使う際に感じる変化の1つだ。ということは──!
僕はすぐさま目を庇うように腕を上げた。その直後、ドーン!! という爆音と共に衝撃波が襲いかかり、軽く吹き飛ばされた僕は地面に倒れて転がった。
「アレイス、アレイス! 大丈夫か!?」
爆音を聞いた直後で耳の調子がおかしいが、ぼんやりとヴェルクの声を認識し、僕はゆっくりと目を開けた。
「ああ、地面を転がった際に少し擦りむいたぐらいだから大丈夫だ。それより犯人達は?」
「あそこだ」
そう言ってヴェルクは前方を指差した。そこには倒れてピクピクと痙攣している犯人達の姿があった。身に付けていた魔道具のお陰で犯人達に目立った外傷はない。狙い通り、犯人達は体が痺れて動けなくなっていた。
「よし、今のうちに魔道具を取り上げて拘束しよう」
「そうだな」
僕は起き上がり、ヴェルクと共に犯人達のもとへ行った。そして犯人達から魔道具を取り上げ魔術で拘束した。
「いやぁ~、これでとりあえずひと安心だな」
「いや、まだ安心はできない。もし犯人達が魔術を使えるとしたら拘束魔術を破られる可能性がある」
「げっ、だとしたら魔術以外で拘束しねぇと」
そう言って僕らは犯人達を拘束できる道具がないか探し始めた。すると「んーー! んーー!」と僕らを呼ぶようなレグナートの声が聞こえてきた。




