7.異変の先で
目が覚めると視界に鉄格子が映り、自分が檻の中に閉じ込められていることが分かった。
何故こんな状況に? と疑問に思った直後、強い眠気に襲われたことと謎の甘い香りがしたことを思い出した。そうだ、僕は異変をヴェルクに伝えれず意識を手放してしまったんだ。
僕は急いでヴェルクの姿を探す。ヴェルクは僕の後ろで気持ち良さそうに眠っていた。
「ヴェルク、起きるんだ」
僕は小声で声をかけながらヴェルクの体を揺らす。
「ふぁ~、どうしたんだ?」
「しっ! まずは声を出さずに周りを見るんだ」
「?」
ヴェルクはまだ少し寝ぼけた顔をしているが、ゆっくりと起き上がり周りを見る。僕も状況をもう少し把握するために周りを見ることにした。
周りを観察してみて分かったことは、僕らが幌馬車の荷台に積まれた檻の中に閉じ込められているということだ。幸いにも移動時の振動がないことから、この馬車はどこかで停車中のようだ。
荷台の中は僕らのいる檻の他に3つの檻があり、そのうちの1つに女子3人で組まれたヒスカリアのチームが捕まっていた。ヒスカリアのチームはまだ誰も目が覚めておらず、気持ち良さそうに眠っている。
「……とりあえずオレらとヒスカリアのチームが何者かによって馬車に積まれた檻に閉じ込められてる、って状況は分かった。アレイスは他に何か分かったことはあるか?」
ヴェルクも状況を把握し終わったようで、小声で確認してきた。
「他に分かったことは、僕らを乗せているこの馬車が今は停車中だということだな」
「確かにそうみたいだな。ってことはオレらをここに閉じ込めた犯人は休憩でもしてるのか?」
僕らは犯人の様子を探るために耳を澄ませた。
暫くじっと耳を澄ませてみたが、声や物音は聞こえてこない。聞こえるのはヒスカリア達の小さな寝息と、ピクスと呼ばれる最終試験の会場であるトロイム森林にしか生息していない鳥の特徴的な鳴き声が微かに聞こえるくらいだった。
「一応、人の声や物音は聞こえないな。ピクスの鳴き声が微かに聞こえたから僕らはまだ試験会場の森の中、あるいはその付近にいるのだろう。……もしかしたら犯人は他のチームを捕らえに行っているかもしれないな」
「なんだって!」
僕の推測を聞いたヴェルクは大きな声を出した。
「しっ! 落ち着けヴェルク。犯人は1人ではなく複数いるだろうから、1人くらい外に見張りがいてもおかしくない。犯人に僕らが目覚めたとバレるのはまずい」
「っ! わ、悪い。ついうっかり……」
ヴェルクはすぐに幌馬車の出入口を見て犯人が来ないか確認する。
音を立てずにじっとしていたが、誰も様子を見に来ることはなかった。
「どうやら大きな声を出しても大丈夫だったみたいだな。もしかしたら見張りすらいないのか、あるいは馬車自体に中の音が漏れないよう防音対策の魔術でもかけているのか。そのどちらかだろうな」
「なるほど。だったら犯人がオレらが目覚めたことを気付いてない今のうちに脱出しねぇと。エアスラッシュ!」
そう言うとヴェルクは檻に向けてエアスラッシュを放った。しかし放ったエアスラッシュは檻に当たった直後に消失してしまった。
「なっ、なんだ!? もう1回! エアスラッシュ!」
突然の消失に驚きつつも、ヴェルクは再度エアスラッシュを放つ。しかしまたしてもエアスラッシュは檻に当たった直後に消失してしまった。
「なんだよ、一体どうなってんだ?」
「もしかしたらこの檻自体に魔術の無効化が施されているのかもしれない」
「なっ! そしたら檻を破壊して脱出することができねーじゃねぇか!」
ヴェルクは苛立ちをぶつけるように檻を思いっきり蹴った。ガンッ! とうるさい音が鳴り、その音で別の檻に捕まっているヒスカリア達が目を覚ました。
「えっ……、こ、ここは?」
「どうなってるの? なんで私達、閉じ込められてるの?」
「私達、このままどうなっちゃうの?」
ヒスカリア達は自分達がおかれている状況が非常に良くない状況だとすぐに理解し、不安にのまれ始めていた。
「ヒスカリア達、まずは落ち着くんだ。ここには僕とヴェルクもいる」
決して助ける側ではなく助けてもらう側の僕らだが、同じ助けてもらう側の仲間がいることを知って少しでも心細さを緩和できればと思い、僕はヒスカリア達に声をかけた。
ヒスカリア達は僕らの姿を確認すると、驚きつつもほんの少しだけ仲間を見つけてホッとしたような表情をみせた。
「あなた達も捕まっているのね。ねぇ、一体私達に何が起こっているの?」
リーダーのヒスカリアが声の大きさを抑えながら聞いてきた。
「僕らも少し前に目が覚めたばかりだから詳しいことはまだ分かっていないんだ」
そう言って僕はヒスカリア達に現在分かっている情報を話した。
「教えてくれてありがとう。魔術が効かないとなると、ここから出るには魔術以外の方法を考えるしかないわね」
「ねぇ、ヒスカリア。これでこの南京錠を開けることはできないかな?」
ヒスカリアチームの1人が髪を留めていたヘアピンを取り外し、檻にかけられたパドロックを指差した。
「それいいかも! 他にこの鍵穴に入りそうなものはないし」
そう言うとヒスカリア達は早速解錠作業に取りかかった。
「オレ達も早くこのパドロックをなんとかしねぇと」
ヴェルクはヒスカリア達のように鍵の代わりになりそうなものがないか探し始めた。
しかしこの檻には着の身着のままな状態の僕らがいるだけで、荷物の入った鞄などは一切ない。恐らく犯人が僕らに余計なことをさせない為に人だけしか入れなかったのだろう。
「くそー、何も無い。……そうだ! 髪の毛に硬化の補助魔術をかければ」
ヴェルクは自分の髪の毛を1本抜くと硬化の補助魔術をかけた。そして魔術によって針のように硬くなった髪の毛をパドロックの鍵穴へ差し込む。しかし髪の毛がパドロックに触れた途端へにゃりと曲がり、普通の髪の毛に戻ってしまった。
「くそっ、ダメか」
ヴェルクは髪の毛を捨て、鍵穴を覗きこんだ。
「これも魔術を無効化するってことは魔道具だよな? なんとか魔道具として機能しなくなるようにできねぇかな?」
「魔道具として機能しなくするか……そうだ!」
ヴェルクの呟きを聞いて僕は授業で習ったことを思い出した。
魔道具は込められた魔力が無くなると機能しなくなるという難点がある。その為定期的に魔力の供給をしないといけないのだが、その時に過剰な魔力が供給されると魔術式がその負荷に耐えきれず、魔道具ごと壊れて使えなくなってしまうことがあるのだ。
僕はそれを利用する為にヴェルクからパドロックを受け取り、魔力切れにならないよう注意しながら魔力を注ぎ始めた。
暫くパドロックに魔力を注ぎ続けるが、なかなか壊れる兆しがない。小さな見た目に反してこの魔道具はかなりの魔力を蓄えておけれるようだ。……僕の魔力だけで足りればいいが。
そう思っているとヴェルクが僕の意図を理解した様子で「なるほど、そういうことか!」と呟いた。そしてパドロックに僕の倍以上の魔力を注ぎ始めた。
ヴェルクがあまりにも勢いよく魔力を注ぎ込んでいるからこのままでは魔力切れを起こすのでは? と心配し始めたその時、パドロックからピキッという音が聞こえた。さらに数秒するとパドロック自体が白く光り始め、そして一瞬強く光った直後、バキンッ! という音と共にパドロックが崩壊した。
「うおっしゃー! やったな、アレイス!」
ヴェルクは短時間でたくさんの魔力を消費したとは思えないほど元気な様子で檻の外へ出た。どうやら元々魔力量の多いヴェルクにとっては大した消費量では無かったようだ。僕はヴェルクの魔力量の多さに頼もしさと羨ましさを感じた。
ヴェルクはすぐにヒスカリア達のもとへ行くとどうやって脱出したのか説明し、すぐに4人で協力してパドロックに魔力を注ぎ始めた。そして先程よりも短い時間でパドロックを破壊することに成功した。
閉じ込められていた檻からの脱出に成功したヒスカリア達はヴェルクに感謝し、喜びを分かち合っていた。
皆が檻から脱出できたことを喜ぶ気持ちは分かるが、僕らはまだ安心できるような状況ではない。
「さて、ここからは特に慎重に行動しよう」
僕は皆にそう声をかけた。すると皆、ハッとした様子ですぐに冷静になり僕を見た。
「ごめん、そうだよね。えっと、まずは馬車の外がどうなっているのか探らなきゃってとこかしら?」
「そうだな。とりあえずまずは幌の隙間から外の様子を確認しよう」
「そうね」
そう言って僕らは外の様子を確認し始めた。
数分ほどして様子の確認が終わった僕らは荷台の中央に集まり、周囲に誰もいないことを報告しあった。
「誰もいないなんて、犯人はよっぽどオレらには脱出できないという自信があったんだな」
ヴェルクは少し犯人を小馬鹿にした様子で言った。確かにヴェルクが言う通り犯人は対魔術用の魔道具を用意していたことで僕らには脱出など不可能だという自信があったのかもしれない。
犯人の誤算はヴェルクという膨大な魔力の持ち主がいたことと、僕らが魔道具の特性を利用してパドロックを破壊したことだろう。
「犯人が僕らのことを甘く見ている今のうちにここから離れよう」
そう提案すると皆頷き、僕らは警戒しながら外に出た。
馬車の外に出てから僕は空を見上げた。太陽の高さと森の空気が少しひんやりしていることから、今はまだ午前中だな。
「なぁ、アレイス。ここを離れるって言ったけど、オレ達はどこに行けばいいんだ?」
大まかな時間を推測していると、ヴェルクは周囲を見回しながら聞いてきた。確かに、今どこにいるか分からないこの状況で闇雲に進むのは良くない。何か手がかりはないだろうか……。
「そういえば祠で手に入れた宝玉を納める祭壇の近くに、目印として1本の巨木があるって説明会の時に先生が言ってたわよね?」
「そうだったな。よし」
僕はレビテーションを使って体を浮かせ、そのまま一気に上昇して木々の上に出る。そして森を見渡し、1本の巨木を見つけた。あの辺りが祭壇のある森の中央か。やはり中央からかなり離れたところに僕らはいるな。
確認を終え、僕は皆のもとへ戻った。
「どうだ、アレイス。手がかりはあったか?」
地面に降りるとすぐにヴェルクは駆け寄ってきてそう尋ねた。
「ああ、こっちの方向に1本の巨木を見つけた。恐らくその近くに祭壇があると思うが、巨木までかなり距離がある」
「そうか」
「教えてくれてありがとう、アレイス。それなら、移動スピードをあげる補助魔術を使って少しでも早くこの事を先生達に伝えに行きましょ」
ヒスカリアはそう言うと早速移動スピードをあげる補助魔術の魔術式を構築し始めた。ヒスカリアのチームメンバーの2人もヒスカリアに倣って補助魔術の魔術式を構築する。
「……なぁ、アレイス。犯人がここにいないってことは、今この時にも他のチームが犯人に捕まってしまってる可能性があるよな?」
僕も補助魔術の魔術式を構築しようとしたところへ、ヴェルクがそんなことを聞いてきた。
「確かにその可能性はあるだろう。だからこそ、一刻も早くこの事を先生達に伝えないといけない」
「そうだけどよ、それだともしも間に合わずに犯人が他のチームを連れて逃げ切っちまったら、それこそヤバくないか? だから今のうちに他に捕まってるチームがいないか探して助けた方がいいと思うんだ」
ヴェルクは真剣な表情で僕を真っ直ぐに見ながらそう言った。
「確かにヴェルクの言うことは分かるが、犯人について何も分かっていない状況で向かっていくのは危険すぎる。それに犯人に向かっていくということは、犯人にとって僕らを再び捕まえるチャンスを与えてしまうことになるんだぞ」
「っ、確かにそうかもしれねぇけど……」
ヴェルクは拳を握り締め、悔しそうな表情をしながら俯いた。握り締めた拳は力んで僅かに震えている。この様子だと諦めきれていないヴェルクは1人で他のチームを探しに行くと言い出すかもしれない。それだけは絶対に止めなければ。
どうするべきか考え、僕は1つの決断をした。
「……分かった。ここは先生達にこの事を伝えに行くチームと他に捕まってしまったチームがいないか探すチームの二手に分かれよう」
そう言うとヴェルクはパッと顔を上げた。
「ちょっとアレイス。それ、本気で言ってるの?」
補助魔術をかけ終わったヒスカリアが信じられないといった表情で聞いてきた。
「ああ。ヒスカリア達はこの事を先生達に伝えに行くのを頼む。僕らは遠回りしながら他に捕まってしまったチームがいないか探しつつ祭壇の方に向かうから。もしも捕まってしまったチームがいたら、バレないように追跡や足どめをしておく」
ヴェルクが内容の一部に納得していない反応を見せたが、とりあえず何も言わずに頷いた。
「そんなの2人だけでは危険すぎるわ! 私達だって犯人に見つからず先生達のもとに辿り着けるか分からないのよ。もし私達が捕まって先生達にこの事を伝えれなかったら、あなた達の努力が無駄になってしまうことだってあるのよ」
「確かにヒスカリアが言うことも一理あるが、そもそも犯人は先生達にバレないように動いているはずだ。だからいざという時は派手な魔術を使えば先生達が不審に思って来てくれると思う」
「そうかもしれないけど──」
「僕らの方もいざという時は同じ手段をとる。遠回りすることでヒスカリア達より先生達までの距離は開いてしまうが、リスクはヒスカリア達とそんなに変わらない。それに──」
「はいはい、もう分かったわ! やると決めたからには何を言っても考えは変えないんでしょ?」
ヒスカリアは僕らを止めるのを諦めたようで、僕らの決意を確認するように尋ねてきた。僕らはしっかりとヒスカリアの目を見て強く頷いた。
「なら、私達は1秒でも早く先生達にこの事を伝えに行くわ。だから先生達と合流するまで絶対に捕まったりしないでよ」
「ああ、もちろんだ」
しっかりと頷きながらそう返すとヒスカリアも頷き返してくれた。
そのあとヒスカリアはチームメンバーの2人の方を向き、準備ができたか確認するとすぐに巨木のある方へ走りだした。
ヒスカリア達の姿は補助魔術の効果であっという間に見えなくなった。
「よしっ! オレらもさっさと行動に移ろうぜ!」
「ああ!」
僕らはまず犯人の手がかりを探した。
馬車周辺の地面を観察していると、草や落ち葉などが複数の人によって踏み潰された跡を見つけた。僕らはそれを手がかりに森の中を進み始めた。