4.祠の試練 前編
翌日、昨日と同じように食糧になりそうなものを集めながら祠へ向かった僕らは、昼前に祠に辿り着いた。
祠に着いてからヴェルクと相談をし、少し早いが祠の試練を挑む前に昼食にしようと決めて、早めの昼食をとることにした。
「……いよいよだな」
食後、試練を受ける為に僕は祠の入り口に立った。
「おう、頑張ろうぜ!」
ヴェルクはそう言って僕の隣に立つと、僕に拳を向けてきた。一瞬意味が分からなかったが、時々ヴェルクが普段一緒にいるクラスメイトと何かをする前に、軽く拳同士を当てたりしていたのを思い出した。
それにならって僕も拳を作り、ヴェルクの拳に軽く当ててみる。するとヴェルクは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにニカッと笑みを浮かべた。
ヴェルクの一瞬だけ見せた表情に引っ掛かりを感じたが、すぐに普段1人でいることの多い僕が、ヴェルクのノリに乗って拳を返してきたのが意外だったのだろうという考えに行き着いた。
ヴェルクから拳を作っておいてそんな反応をするとは少し失礼じゃないか? と思ったが、ヴェルクに笑みを浮かべる余裕があることが分かったから、今は気にせずこれから始まる試練に集中しよう。
気持ちを切り替え、僕はヴェルクと共に祠の中へ入っていった。
祠の中を進んでいくと、中央に僕の身長より頭1つ分ほど低い石碑があるドーム型の広い空間に辿り着いた。
「確か試練を始めるには、祠の中にある石碑に触れながら自分の名を名乗るんだったな」
「んじゃ、あれがその石碑か。とりあえず石碑の近くまで行ってみようぜ」
僕らはひとまず石碑の近くへ行ってみた。
石碑を観察してみると複雑な魔術式がたくさん刻み込まれており、石碑になんらかの魔術が関わっていることが分かった。
もしかしたら試練を受ける為に名乗るのと、何か関係のある魔術かもしれない。それが試練にどう影響するのかは分からないが。
いよいよこれから試練が始まるのだと思うと、緊張が高まってきた。僕は気持ちを落ち着けようと、1度深く深呼吸をした。
「ヴェルク、準備はいいか?」
「お、おうっ!」
ヴェルクも緊張が混じりつつも、真剣な表情をしながら頷いた。
「それじゃ、始めようか」
僕はそう言って石碑にそっと触れた。ヴェルクも同じようにそっと石碑に触れる。
「祠の試練を受ける為に参った! 受験者の名はアレイス!」
「同じく受験者、ヴェルク!」
名乗り終えると、祠の中に僕らの声が響いた。
数秒ほどして祠の中が静まり返ると、今度は石碑が白く光り始めた。
しばらく一定の明るさで光っていたが、一瞬だけ暗くなったと思った次の瞬間、突然石碑が強い光を放ち、文字通り目の前が真っ白になった。とっさに目を閉じて両腕を顔の前にやるも、遮きれていない部分から強い光が差し込んでくる。
10秒ほどだろうか? それぐらいの時間強い光を浴びたあと、光は急激に弱まっていった。
光が収まった頃合いを見てゆっくりと目を開けると、石碑は何事もなかったかのように光を発する前と同じ状態に戻っていた。
しかし石碑の向こう側では変化が起きていた。そこには黒く蠢く2つの塊がローブを纏った人の姿になっていく光景があった。
「おい、アレイス。これってもしかして──」
「……恐らくこの試練、ガーディアン討伐の方だろう」
「よっしゃ、それなら先手必勝! いっけぇー、エアスラッシュ!!」
ヴェルクはガーディアンに向けて魔術を放った。しかし右側にいたガーディアンが左側にいるガーディアンを庇うように前に立ち、防御魔術を発動させてヴェルクの攻撃を防いでしまった。
そして仕返しとばかりにヴェルクに向かってエアスラッシュを放ってきた。ヴェルクも先程のガーディアンのように防御魔術を発動して攻撃を防ぐ。
「チッ、やっぱそう簡単にはいかねぇか。ならこれでっ!」
そう言うとヴェルクは複数の魔力のまとまりを作り出し、エアスラッシュへと変換して先程のガーディアンに向けて一斉に放った。
ガーディアンは防御魔術を発動させてヴェルクの攻撃を防ぐものの、全てを防ぎきれていなかったらしく、少しだけダメージを受けていた。
このまま攻撃を続ければいけると思った様子のヴェルクは、再び複数のエアスラッシュを放った。
ヴェルクが右側にいたガーディアンの相手をしている間に、僕はもう1体のガーディアンを見た。
もう1体のガーディアンは、魔力のまとまりを手のひらに乗せていつでもどんな魔術式を構築できるように、そして発動できるようにしている。しかしヴェルクが相手をしているガーディアンと違って、すぐに攻撃してくるような様子はない。
ガーディアンが2体とも同時に動きだして相手にしないといけないかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
ガーディアン1体に対して2人で相手にしていいのはありがたいが、その分難易度が下がってしまうと思うが……。それとも1体に対して2人で協力しないと勝てない強さをガーディアンが秘めているのか?
「おい、アレイス。お前も手伝ってくれよ」
少し考え事をしていると、ヴェルクがそう声をかけてきた。
とりあえず僕もヴェルクにならってエアスラッシュを放つ為に、複数の魔力のまとまりを作り出すことにした。そしてヴェルクがエアスラッシュを放ち終えたら間髪いれずに僕もエアスラッシュを放った。
ガーディアンは防御しきれず、先程よりも多くダメージを負ったようだ。
「よーしっ! このままゴリ押しでいくぜー!」
そう言ってヴェルクは先程よりも多くのエアスラッシュを放つ。しかし、不発に終わってしまうものがいくつもあり、結果的に先程よりも少ないエアスラッシュの攻撃となってしまった。
不発の原因は恐らくエアスラッシュの数を増やしたことで、魔術式が疎かになってしまったからだろう。
ヴェルクの二の舞にならないよう、僕は正確な魔術式を1つ1つ意識しながらガーディアンに狙いを定める。
するとガーディアンは僕が狙いを定めていることに気付いたのか、狙いを定めにくくするように不規則な動きをしながら駆け出した。しかもただ駆け出すだけではなく、同時に複数の魔術を放とうとしていた。
これはマズイと思い、僕はエアスラッシュを放つのをやめて防御魔術を発動した。ヴェルクも急ぎ防御魔術を発動させる。直後にガーディアンがエアスラッシュを放ってきた。
しかしガーディアンの放ってきたエアスラッシュはいくつか不発に終わり、数発だけ僕らの防御魔術に当たっただけだった。
「なんだ、ガーディアンでもオレみたいに不発になったりするのか。だとしたら、オレ達とガーディアンとの力の差ってあまり無いのかもしれないな!」
心に余裕ができたのか、ヴェルクはニッと笑みを浮かべながら防御魔術を解除した。
ヴェルクの言う通り、あの様子ではガーディアンと僕らの間に力の差はたいして無いのかもしれない。
あのガーディアンが不発になった原因は、恐らく僕らに狙いを定めさせないように駆けながら魔術を放とうとした結果、ヴェルクと同じように魔術式が疎かに……はっ、待てよ。もしかしたらあのガーディアンは──!
「なぁ、ヴェルク。ヴェルクはなんでエアスラッシュばかりで攻撃するんだ?」
「なんだよ急に。そんなの、オレの中で1番安定して使える魔術だからに決まってるだろ」
「そうか。ということはやはり……」
「おいおい、考え事はあとにしてまずは攻撃するのを手伝ってくれよ」
ヴェルクは再びエアスラッシュを放とうとしながら手伝うよう言ってきた。
「ヴェルク、今の連携して攻撃するやり方でもあのガーディアンは倒せるだろうが時間がかかりすぎる。それに、いくら下位魔術とはいえ魔力の消耗も考えると効率が悪い。このガーディアンを倒したあとで2体目の相手をするとなると、魔力の消耗はできるだけ抑えた方がいい」
「んじゃどうやって倒すんだ?」
ヴェルクはエアスラッシュをすぐに放とうとはせず、いつでも放てる状態にキープしながら聞いてきた。
「僕の推測が正しければだが、あのガーディアンはヴェルクと同じ能力を持つガーディアンだ」
「オレと同じ能力を持っている?」
「そう。あのガーディアン、ただヴェルクの真似をしてエアスラッシュを放っているのではなく、ヴェルクと同じ理由で1番安定して使える魔術がエアスラッシュだから使っているだけなんだ」
「オレと同じ理由でか……。アレイス、いくらなんでもそれはちょっと強引なんじゃないか? ガーディアンだっていきなり強い魔術は使わないで下位魔術から徐々に強い魔術を使っていくのかもしれないぞ?」
「確かにそういう理由があって、たまたま同じ下位魔術のエアスラッシュで攻撃してきてるだけだと考えることもできる。だがさっき、あのガーディアンは駆けながら複数のエアスラッシュを放とうとしたが、いくつか不発に終わってしまっただろ?」
「……まさか、駆けながら魔術式を構築していたから、オレと同じように個々の魔術式が疎かになって不発を招いたっていうのか?」
「ああ、恐らくな。そう考えればあのガーディアンがヴェルクと同じ能力を持っていると考えられるだろ?」
「なるほどな」
ヴェルクは納得した反応を見せながらガーディアンへ数発だけエアスラッシュを放った。
「でもアレイス。ガーディアンのことが分かったのはいいけどさ、結局どうやって倒すんだ? 強力な魔術を1発くらわせるのか?」
「その方が効率がいいんじゃないかと僕は思っている」
「マジか! まさかアレイスがオレ以上に力でゴリ押しの作戦を考えるとはな! んじゃ、あのガーディアンの防御魔術を破れるほどの強い攻撃魔術ってなると、中位以上になるよな?」
「そうだな」
「そしたら悪いけど、オレ中位以上になると成功率がガクッと悪くなるから、アレイスに攻撃を頼んでもいいか? その代わりオレはアレイスが集中できるようにガーディアンからの攻撃を全て防ぐから」
「分かった。ちなみにヴェルクが1番安定して使える防御魔術はなんだ?」
「1番安定しているのはやっぱり下位の防御魔術だな。中位以上になると確実に発動するには時間がかかっちまうからさ。まぁ、たまに調子がいいとすぐに発動できたりすることもあるけど」
「そうか」
ヴェルクにそういう特徴があるとなると、こちらが中位以上の攻撃魔術を放ってもあのガーディアンが攻撃を防いでしまう可能性があるわけか。確実にガーディアンを倒す為には、中位以上の防御魔術を発動させてはならない。そうさせない為にはどうするか……。
「っ! 来るぞ、アレイス! オレの後ろに隠れろ!」
ヴェルクに言われ、僕は直ぐにヴェルクの背後へ回った。その直後ヴェルクが防御魔術を発動してガーディアンからの攻撃を受けとめた。
多分この防御魔術がヴェルクが安定して発動できる下位防御魔術なんだろう。あのガーディアンが防御の際、必ずこの下位防御魔術を発動するように仕向けるには……そうだ!
「ヴェルク、ガーディアンからの攻撃を2回分防ぎきったらすぐにこれをガーディアンに投げつけてくれ」
そう言って僕は鞄からまな板を取り出し、ヴェルクに渡した。
「分かっ……えっ、まな板!?」
ヴェルクは説明を求めるようにチラリと僕を見る。
下位防御魔術なら物を投げつけられても防ぐには十分だから、ガーディアンもそう判断して下位防御魔術を使うはずだ。これで中位以上の防御魔術を使わせずに済むだろう。
と説明したいところだが、僕は中位の中でも上位寄りの攻撃魔術の魔術式の構築に集中する為、ヴェルクには悪いが無視させてもらった。
そしてヴェルクが2回分のガーディアンの攻撃を防いでいる間に、僕は魔術式を完成させて魔術を放つタイミングを待った。
「アレイス、いくぜ! オラァッ!!」
そう言ってヴェルクは思いっきりガーディアンに向けてまな板を投げつけた。ガーディアンは突然現れたまな板に一瞬動きが止まったが、すぐさま防御魔術を──狙い通りの下位防御魔術を発動した。よし!
「エアリアルエッジ!!」
このチャンスを逃すまいと、すかさず僕はヴェルクの前に出て魔術を放った。ガーディアンへと一直線に放たれた巨大な風の刃はまな板ごとガーディアンの防御魔術を破壊し、多少威力は下がったもののガーディアンを吹き飛ばした!
ガーディアンは強く祠の壁に打ちつけられ、ゆっくりと倒れた。
「やった……のか?」
ヴェルクが疑問を口にしながらガーディアンを見る。僕もガーディアンが動き出さないか様子を見る。
ガーディアンはピクリとも動かず、起き上がる様子もない。これで1体目は倒せたのだろう。
そう思い始めたその時、ガーディアンの黒い体が黒い粒子となり、祠の中央にある石碑へと吸い込まれていった。
「ガーディアンが消えたということは──」
「これで残るはあと1体!」
僕らはすぐさま残りのガーディアンを見た。




