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3.試験の始まり

 最終試験当日だというのに、今朝はおかしな夢を見たせいで頭がスッキリしない。よく分からない人物と話をしていた夢だったと思うが、“前世”だの“能力”だのと言っていたことぐらいしか思い出せず、具体的な内容が思い出せなくてモヤモヤする。

 まぁ、思い出せないものを気にしても仕方がない。

 僕は荷物を持ち、試験会場へ向かった。



 試験会場であるトロイム森林の入り口付近に着くと、先に着いていたクラスメイト達が思い思いの場所でおしゃべりをしていた。

 そんなクラスメイト達の中に、僕と一緒に試験を受けるチームメイトのヴェルクの姿があった。ヴェルクは普段一緒にいるクラスメイト達といて、「チームは違うけど、お互い頑張ろうな」というような会話をしているのが聞こえてきた。

 この最終試験だが、本来は3人1組のチームで試験を受ける。しかし、今回は人数が上手く割れなかった都合で僕のチームだけ2人1組のチームとなったのだ。

 ちなみに、1人少ないからといって試験に不利になるということはないらしい。理由は、試験の内容がそれぞれのチームにあった難易度になっているからだそうだ。

 そんなことを思い出しながら僕はクラスメイト達から少し離れた所にある木の下へ座り、試験開始時刻になるまで魔術書を読んで魔術の復習をすることにした。




「さぁ、最終試験を始めるぞ! おしゃべりをやめて各チームごとに整列しなさい」


 試験官の1人であるマクディス先生が大声でそう言うと、クラスメイト達はおしゃべりをやめてチームごとに整列し始めた。僕も読んでいた魔術書を閉じ、ヴェルクと合流して整列する。


「よし、皆(そろ)ったな。それではこれより最終試験を始める! 試験内容は先日の説明会で説明した通りだ。確認のためもう1度説明するぞ。

 まずは各チームそれぞれ指定された(ほこら)へ行き、祠の試練を乗り越えて宝玉を手に入れること。そのあとは手に入れた宝玉をこの森の中央にある祭壇に(おさ)めて試験は終了となる。

 タイムリミットは3日目の夕方まで。食糧は原則、現地調達だが一応各チームリーダーには1日分の食糧を渡してある。必要に応じて使うといい。

 最後に、試験中もし何か問題が発生したらすぐに私を含めたここにいる試験官の先生方に報告するように。先生からは以上だ。最後に、質問のある者はいるか?」


 マクディス先生は質問者がいないか見渡す。


「……質問はないようだな。皆の健闘を祈る。では、只今から最終試験を始めるっ!」


 マクディス先生がそう言うと各チームは森の中へ入り、それぞれ指定された祠へ向かい始めた。


「うっし、オレ達も行こうぜ!」


 ヴェルクはニカッと笑みを浮かべながらこちらを見た。


「そうだな。僕らの指定された祠はこの森の西の方にあるから、まずは西へ向かおうか」


 僕は事前に配布されていた地図を広げながらそう言った。ヴェルクは僕の広げた地図を(なが)めながら「へぇ~、こんなに祠があるのかー」と、最終試験が始まったというのに緊張感の無い暢気(のんき)なことを(つぶや)いていた。まぁ、緊張し過ぎて実力が出せなくなってしまうよりはいいか。

 僕らも森の中へ入り、地図で道を確認しながら指定された祠を目指して西へ向かった。




  *****




「だいぶ日が傾いてきたな。明るい今のうちにこの辺りで野営の準備をした方が良いだろう」


 僕らは道から少し()れたところに火を()いても大丈夫そうな場所を見つけ、荷物を置いた。


「よーしっ、(めし)の準備だ準備だー。あ、使うのは道中に手に入れたもんでなんとかなりそうか?」

「ああ。一応大丈夫だが、明日の朝の分も考えるともう少しあった方が良さそうだな」

「んじゃ、オレは(まき)に使えそうな木でも探しながら()えそうなもんがあったら採ってくるよ」

「助かる。もしなければ支給された食糧があるから、無理して探す必要はないぞ」

「あいよ。んじゃ、行ってくるわ」


 ヴェルクはそう言うと(から)の小さな麻袋(あさぶくろ)(ひも)を持って離れていった。

 ヴェルクが戻ってくるまでの間、僕は過ごしやすいように小石や小枝をどかし、道中に手に入れた川魚や木の実などの下ごしらえをすることにした。




 下ごしらえが半分ほど終わった頃、離れたところから複数の足音と男女の声が聞こえてきた。耳を澄ませば男の声はヴェルクのものだと分かった。


「あー、もうすぐオレらの野営地です」

「え、こんな何もないところで野営するの!? ありえないわ!」

「ティアナもタリムちゃんと一緒。こんなところで野営するなんてありえないよぉー」


 話を聞くに、どうやら一緒にいるのは上流貴族であるタリムとティアナのようだ。一体どういった経緯(いきさつ)でレグナートのチームの2人がヴェルクと一緒にいることになったんだ? “レグナートの双璧(そうへき)”と呼ばれるほどいつもレグナートの(そば)にいる2人が、レグナートから離れているなんて珍しくないか?

 疑問に思いながら下ごしらえを一時中断し、立ち上がって声のする方を見た。


「あっ! あそこに誰かいるよ、タリムちゃん」


 小柄なティアナは僕を見つけたらしく、無邪気な幼い子供のように僕を指差しながら駆けてきた。


「ねぇねぇ、ちょーだい♪」


 ティアナは僕の目の前に立つと、何かを(もら)おうと両手を出しながらそう言ってきた。


「『ちょうだい』? 一体何のことを言っているんだ?」

「そんなの、決まってるじゃない。先生からもらった食糧よ」


 あとからやって来たタリムが堂々とした態度で当然のように言ってきた。


「さ、早く出しなさい」

「いや、まず当然のように支給された食糧を、他のチームである君達に『出しなさい』と言われる意味が分からないんだが」

「はぁ? あんたねぇ、私達のチームにはレグナート君がいるのよ」

「2人がレグナートのチームメンバーだというのは知っている。だがそれだけで食糧を渡す理由にはならないだろう」

「あのねぇ……、あんたバカなの?」


 タリムは大きなため息をつくと、(あき)れた表情をしながら僕を見てきた。


「大切な卒業試験中に、レグナート君にその辺にあるものを食べてもらうわけにはいかないからに決まってるでしょ」

「そうだよ! レグナート君がもし、体に良くないものを食べて体調を崩しちゃったら大変でしょ~!」

「いや、以前野外授業で人に害のあるもの、ないものについて学んでいるのだから、3人で確認しあえば間違えることはないだろう」

「あっ、そっかー。そうだね~」

「ちょっとティアナ、納得してるんじゃないわよ!」


 タリムは(あわ)ててティアナの口を押さえた。


「た、確かに授業で習ったけど、(まん)(いち)ってこともあるでしょ! レグナート君には万全の状態で試験を受けてもらいたいの。だからさっさと食糧を渡しなさい」

「いや、だからそんな理由で渡さなければなら──」

「あんたの意見は関係ないの! つべこべ言わずに早く出しなさい! あんまり遅いとレグナート君に余計な心配をかけちゃうでしょ」

「なら早く戻った方がいいんじゃないか?」

「手ぶらで戻れるわけないじゃない!」

「そーだよ! 『夕食はタリムちゃんとティアナに任せて!』ってレグナート君に言っちゃったんだもん」


 ティアナは口に当てられたタリムの手をどかしながらそう言うと、機嫌を悪くした幼い子供の(よう)(ほお)(ふく)らませた。


「『任せて』と言っておいてやることが他のチームから食糧を奪うことか? そんなことはレグナートは望んでいないだろうし、知ったらどう思うかぐらいいつも一緒にいる2人なら分かるだろう?」

「うっ……」


 何か言い出しそうだったタリムは、痛いところを突かれたような反応をした。


「それにここに来るまでの間、いろいろな植物を見てきたが害のあるものは見つからなかった。だから2人ならレグナートの元へ帰る間にある程度集めることができるんじゃないか?」

「……何よ、平均(アベレージ)分際(ぶんざい)で上から目線だなんて生意気だわ! 何1つ(ひい)でたものの無いアレイス(あんた)と、魔術を使うのが下手くそなのに無駄に魔力が多いヴェルク(あんた)ならその辺にあるもので充分でしょ! むしろそっちの方がお似合いよ!」


 タリムは下ごしらえが途中のままの食材を指差しながら、キッ! と僕とヴェルクを(にら)みつけてきた。


「確かに僕らに対する評価はタリムの言う通りかもしれない。だがそれがどうした」

「お、おい。すげー(けな)されたっていうのにそこは認めちゃうのかよ……」


 ヴェルクが軽く小突(こづ)きながら小声でそう言ってきたが、とりあえず今は流しておく。


「どんな理由をつけようが、支給された食糧をレグナートのチームに渡さなければならないなんて決まりはない!」


 僕は真っ直ぐにタリムを見ながら言いきった。


「どうしよう、タリムちゃん。このままだと明日にはレグナート君の食べるものがなくなっちゃって、お腹ぺこぺこのまま試験を乗り切らなきゃいけなくなっちゃうよぉ~」

「そんなこと絶対にさせないわ。こうなったら──!」


 タリムは突然、手のひらを僕らに向けて突き出した。突き出したその手のひらには魔力が集まり始め、魔術を発動させるための魔術式が構築され始めている。まさかこの至近距離で攻撃魔術を放つつもりか!?

 僕は急いで防御魔術の魔術式を構築する。しかしタリムは攻撃魔術が得意だから、平均的な能力しかない僕がそんな彼女の攻撃魔術を受けるというのはかなり厳しい状況だ。

 しかも今は怒りに任せて魔術を放とうとしているから、魔術式が正確さを()いてしまっている可能性が高い。そうなったら魔術が暴走して通常よりも威力の高い魔術になるかもしれない。なんとか被害を最小限に(おさ)えられればいいが……。


「はいはい! ストップ、ストーップ!!」


 今の自分にできる最大限の防御魔術を発動しようとしたその時、ヴェルクが慌てた様子で僕とタリムの間に入った。


「はい、どうぞ持って行ってください! 2人の言う通り、オレらの食糧に関しては森にあるものでなんとでもなるんで。どうぞどうぞ!」

「おい、ヴェルク。何をし──」


 ヴェルクの突然の行動に反対しようとしたが、ヴェルクに口を押さえられてしまった。


「あー、こいつにはオレからしっかりと言っときますんで。ささ、早く食糧を持って行ってくださいな」

「……ふんっ、まったく。最初から素直に渡しなさいよね」


 タリムは構築中の魔術式を解除すると、ヴェルクから僕らの支給された食糧を受け取った。


「ありがとー! タリムちゃん、これでレグナート君が万全の状態で試験を続けれるね♪」

「そうね。それじゃ、早く戻るわよ。レグナート君の為に美味しいものを作らないとね!」

「うん!」


 2人は何事もなかったかのように来た道を駆け足で戻っていった。

 そして2人の姿が見えなくなると、ヴェルクは僕の口から手を離した。


「わりぃ、アレイス。オレには食糧を渡す以外に解決する良い方法が思い付かなかったんだ」


 ヴェルクは両手を胸の前で合わせながら深く頭を下げてきた。


「いや、謝らないでくれ。むしろ感謝しているよ。もしあのまま僕が理不尽な要求をのまずに対立していたら、恐らく試験どころじゃなくなっていただろうから」

「確かにあれはヤバかったよな! 『このままじゃ祠に行く前に病院行きだ!』ってマジで思ったわー。……さてと、これでオレらの食糧は完全に現地調達しなきゃいけないな。一応、薪集めのついでに食えそうなもんを採ってきたんだが」


 そう言うとヴェルクは小さな麻袋からキノコや木の実などを取り出した。


「ありがとう、ヴェルク。とりあえず明日の朝食分までは十分にあるだろう」

「ホントか!? なら良かった~。んじゃ、さっさと晩飯(ばんめし)を作っちまおうぜ!」


 ホッとひと安心したヴェルクは、調理を手伝おうと腕捲(うでまく)りをした。


「ああ、そうしようか。それじゃ、ヴェルクは採ってきてくれた食材を洗ってくれないか?」

「あいよ!」


 僕らは夕食作りに取りかかった。




  *****




 森で集めた食材を使って無事に夕食を作り終えた僕らは、火を絶やさないように薪をくべながら食事を始めた。


「ん~っ、うまいっ! いやぁ~、正直チーム分けで男2人だけって決まった時は『試験中、ちゃんとしたもん食えるのか?』って心配したけど、全然そんな心配はいらなかったんだなー」


 ヴェルクはそう言いながらガツガツと食べていく。


「まさかアレイスが料理得意だったとは驚きだよ」

「いや、僕は料理が得意という訳じゃないが」

「えっ、嘘だろ!? だってめちゃくちゃ慣れた手つきで料理してたじゃないか」

「あれはただ、休日に寮母さんにお願いして料理の手伝いをさせてもらっていたお陰で身に付いたものだからさ」

「へぇ~、寮母さんの手伝いをしてたのかー。偉いなー、アレイス」

「別に偉くなんかない。1人で自炊(じすい)できるくらいのスキルは身に付けておきたいと思って、教えてもらいながらやっていただけだから」

「そうなのか。でも、やっぱ偉いよ。オレは面倒くさがりだから休みの日ぐらいゆっくり休みたい! って考えしかないしさ」


 ヴェルクは頭の後ろを()きながら自嘲(じちょう)気味にそう言った。別に休日の過ごし方なんて人それぞれなんだから、気にしなくてもいいと思うんだが。


「そういえば、オレらの挑む祠のタイプってダンジョンタイプとガーディアン討伐タイプのどっちだろうな? もしダンジョンタイプだったらオレ、試験に受かる気しねぇわー」

「どうしてダンジョンタイプはダメなんだ?」

「だってダンジョン内の仕掛けを解くために細かい作業が必要になるんだろ? オレ、バカだから細かい作業や正確さが求められるような魔術の使い方がホント苦手でさ……」


 そう言ってヴェルクはため息をついた。


「そんなに不安がる必要はないんじゃないか? ヴェルクは自分のことを『バカだから』と言ったが、ちゃんと筆記試験にも合格しているし、実技の方は確かに危なげな場面が何度かあったが、それでもちゃんと先生から合格をもらっているだろ? だからヴェルクは『バカ』じゃない。変に最終試験だと意識し過ぎず、落ち着いて集中してやればきっとダンジョンタイプでも大丈夫だろう」


 そう言ってヴェルクを見ると、ヴェルクはポカンと口を開けながら意外そうな表情でこちらを見ていた。


「……何か変なことでも言ってしまったか?」

「いいや。ただ……なんか意外だなー、って思ってさ」

「意外? 別に僕はただ思ったことを言っただけだが……」

「そっか。……オレさ、実はアレイスのことを“誰とも(から)まずいつも1人で本を読んでるヤツ”ってイメージだったから、クラスメイトとか周りの人には興味なくて気にしてないと思ってたんだ。だからオレのことなんてせいぜい名前とクラスメイトだってことしか認識してないと思ってたからさ、そんな風に言われるとは思ってなくて」

「そういうことか。確かに周囲の人に特別興味を持ったりはしないが、普通に授業を受けていればそれくらいの情報は自然に入ってくるぞ」

「いやいや、そういう情報って入ってきても興味がなければ記憶から抜けていってしまうだろ?」

「なるほど、確かにそうかもしれないな。そしたらヴェルクの場合は、良くも悪くも目立っていたから記憶に残っていたのかもしれないな」

「ひっでー! なんだよ、良くも悪くもってさー。せっかく『励ましの言葉をかけてくれてありがとな』って言おうと思ってたのに、『良くも悪くも』って言葉で台無しじゃねぇか」


 そう言いながらヴェルクは(ひじ)小突(こづ)いてきた。しかしタイミングが悪く、僕は飲み込もうとしていたものでむせてしまった。


「げほっ、ごほっごほっ!」

「あっ! わりぃ、アレイス! 大丈夫か!?」


 ヴェルクは急いで背中を(さす)ってくれた。


「けほっ、けほっ……あ、あぁ。もう大丈夫だ。ありがとう」

「そうか、ならよかったー」


 ヴェルクはホッとひと息つき、僕の背中を擦るのをやめた。僕はゆっくりと呼吸を整える。


「……アレイス、ありがとな」


 ヴェルクは少し照れくさそうな様子で頬を人差し指で()きながらそう言った。


「別に僕は何も。ただ思ったことを言ったまでだからさ」

「いやいや、そう謙遜(けんそん)すんなって」


 ヴェルクは僕の背中を叩こうとして手を振り下ろしかけた。しかし先程タイミング悪く小突いて僕がむせてしまったのを思い出したのか、振り下ろす手を止めてゆっくりとその手を自分の後ろへやった。


「えっとー、明日には祠に着いて試練に挑むんだよな?」


 ヴェルクは何事もなかったように話を変えた。


「ああ、その予定だ」

「どのタイプの祠か分からねぇが、一緒に頑張ろうな!」

「ああ。苦手なものがあっても、お互いの力で補い合いながら進んでいこう!」


 そう答えるとヴェルクはニカッと笑みを浮かべ、食事を再開した。どうやらヴェルクはいつもの調子を取り戻したみたいだ。

 ヴェルクに続いて僕も食事を再開した。


 食後、片付けと明日の下準備をしたあと、僕らは交代で体を休めた。

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