2.過去の自分
「まずは前々世の君について説明しよう。前々世の君は容姿に恵まれていたからそれはもう、女性にモテモテだったんだ。あの時の君は本当に羨ましかったなぁ~」
「…………」
前々世の僕が女性にモテモテ──クラスメイトのレグナートのように、常に女子が傍にいる状況が前々世の僕にもあったというわけか。常に自分の傍に女子がいる状況は、想像しただけでも面倒に感じて僕には羨ましいとは思えないが……。
それにしても、神が自らが創造した世界の人間を羨むとは。創造主なのだから自分で望む状況を作ってしまえばいいんじゃないか?
「まぁ、確かに神の力を使えばハーレムな状況を作れないことはないけどさ。でも自分でそんな状況を故意に作っても虚しいだけだと思わないかい? やっぱりハーレムは自然にできあがってくれてこそ意味があるんだよ」
口にしていないはずなのに、神は僕の思っていたことに対して答えてきた。
「あ、そうそう。君って思っていてもあまり口にしないタイプだからさ、心の声を聞かせてもらってるよ」
「……勝手に人の心の声を聞くなんて、神だからといって許されるのは気に入らないな」
「うわ~、君。神を相手に堂々と文句を言ったねぇ~。というか喧嘩売ってる? まぁ、確かに心の声を聞かれるのはいい気がしないよね。ごめん、悪かったよ。もう君の心の声は聞かないから、その代わり全てとは言わないけど思ったことはちゃんと口にしてくれよ? じゃないと君の考えが分からないからさ」
「ああ、分かった」
そう答えると、神は僕との間にある空間を断ち切るように片手を振り下ろした。
「はい、これで君の心の声は聞こえなくなったよ。それじゃ、話を戻そうか。前々世の君がハーレム状態だったことは話したね。そのハーレム状態だけど、実はある出来事をきっかけに崩壊してしまったんだ」
「ある出来事……一体何が起きたんだ?」
「それは簡単に言えば、君のおかれた状況を快く思わない人達による暴走だね。当時の君は今と同じ庶民という立場でハーレム状態だったんだけれど、ある時“超”の付く上流貴族のご令嬢に告白されてお付き合いをすることになったんだ。しかし、そんな2人の関係を気に入らない人達がいたわけでね……」
そう言うと、神はフード越しに額の辺りを押さえながら小さく息を吐いた。
「どうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「いや、そうじゃないんだ。ちょっとここから先の話は子供の君にはあまり聞かせたくない内容でね……」
「子供といっても、もう18なんだが」
「それはもちろん知っているよ。だけどねぇ……それじゃあ、ざっくりとだけど説明するよ」
そう言って神は額に当てていた手を下ろすと話し始めた。
「前々世の君は先程話した君を快く思わない人達によって、恵まれた容姿を傷だらけにされてしまったんだ。そしてそれを知ったご令嬢はそんな状態の君との関係を無にしようと自殺に見せかけた暗殺を指示し、君の命を……ね」
神は申し訳なさそうな声音で俯きながら話した。
……本当にざっくりとした説明だが、前々世の僕がどんな悲惨な末路を辿ったのかは分かった。
「とりあえず、その出来事のせいで前々世の僕は外見よりも中身を見てもらえるようにと、容姿を残念なものにして欲しいと願ったわけか」
「うん、そうみたいなんだ。さて、ここからは一旦、神の仕事の話をさせてもらうね。ボクの仕事は世界を創るだけでなく、その後の管理もしなければならないんだ。それでその管理の1つに“魂の仕分け”というのがあってね」
「“魂の仕分け”?」
「そう。“魂の仕分け”というのはその魂がどんな人生を歩んだかを見て、次は何に転生させるかというものなんだ。いろいろと決まりがあるから君に関係がある部分だけを説明するよ」
「ああ」
「まず前々世の君のように生前、何も罪を犯しておらず他者によって命を奪われた魂には、1つだけ願いを叶えて必ず人に転生させれるようになっているんだ」
「それで神が前々世の僕の願いを叶えたというわけか。神に願いを叶えてもらった前世の僕は、どういう人生を歩んだんだ?」
「前世の君は最初に話した通り、努力家でとても頭の良い魔術の研究者になったんだ。ただ、前々世の願いで残念な容姿だったことから嫌がらせを受けたりして、いつも1人でいたみたいでね……。まぁ、当時の君はそのことを苦にせず研究に没頭していたみたいだけど……」
そう言うと、神は深いため息をつきながらまた額の辺りを押さえた。
「どうしたんだ? ……まさかまた悲惨な出来事が起きたというのか?」
「うん、そうなんだよね……。またしても君の人生は他者に命を奪われるという悲惨な結末になってしまったんだ。ここもざっくりと説明するよ」
そう言って神は額に当てていた手を下ろすと、1度だけ深呼吸をした。
「優秀な研究者だった前世の君は、歴史的な研究の成果があと少しで実を結ぶところまできていたんだ。しかし、日頃から君の存在を疎ましく思っていた人物の謀略によって命を、そして研究の成果を奪われてしまったという……ね」
「……それが前世の最期か。それで、また他者から命を奪われた前世の僕は何を願ったんだ?」
「え、ちょっと! 2度も命を他者によって奪われたというのにショックじゃないのかい? というか気持ちの切り替えが早くない?」
「別に、2度も命を他者によって奪われたといっても、それは過去の僕であって今を生きる僕に直接関係はないんじゃないか? だからそのことで沈んだ気持ちになっても仕方ないと思うんだが」
「確かにそうだけどさぁ……。まぁ、ネガティブ思考よりポジティブ思考の方が魂には良いからいいんだけど……うーん……」
神はあまり納得していない様子でぶつぶつと何かを言っていたが、深いため息をついたあと雑念を振り払うように首を振り、僕の方を見た。
「えっと、話は前世の君が願ったことについてだったね。一応、参考にと思って前世の君には前々世のことを話したあと、何を望むかを聞いたんだ。そして前世の君は『何かに秀でたり偏ることなく能力・容姿は全て平均的なものに』と願ったんだ」
「能力と容姿を全て平均的なものにか……。今さらだが、この願いだと“能力”と“容姿”の2つの願いを叶えることになると思うんだが?」
「ああ、それについては特例だよ。連続して他者に命を奪われる魂は滅多に無いからね。だから特例として2つの願いを叶えたんだ。……さて、ここからが本題だよ」
そう言うと神は「こほん」と軽く咳払いをした。
「ボクが突然君の前に現れた理由というのが、前世の君が願ったことに関係しているんだ。単刀直入に言おう。君はこれから先も今の平均的な能力と容姿のままでいることを望むかい?」
「……? どうしてそんなことを聞いてくるんだ?」
そんなことを聞くということは、まるで今なら能力や容姿に手を加えれるみたいじゃないか。
「いや~、今までいろんな魂を見てきて思ったんだけど、やっぱり何か1つでも秀でたものを持っていた方がいいと思うんだよね。あ、先に言っておくけど前世のような結末はごく稀だよ」
「『ごく稀』か……。だがごく稀といってもそういったリスクを背負うことになるなら、今のままでもいいと思うが」
「う~ん、確かにそうだけど……。今の君は全てにおいて平均的な能力を持っている。平均的な能力というのは言い方を変えると、平均以上の力を発揮できないように制限されているということなんだ。……こういうことはあまり言っちゃいけないんだけどさ、近々君は今持つ平均的な能力では乗り越えることが難しい壁にぶつかる運命にあるんだ」
「『乗り越えることが難しい壁』?」
「そう。詳しくは教えてあげられないけど、その壁を乗り越えるために何か1つでも秀でたものを持っていた方がいいと思うんだ。で、今なら急に1つの能力に秀でたとしても、魔術学園の最終試験を通して才能が開花したと思ってもらえると思うからさ」
「なるほど」
確かにこのタイミングで1つの能力に秀でるようになるのは不審に思われにくいのかもしれない。だがその前に──。
「1つ聞きたいんだが、神が一個人に対して過干渉していいのか? そんなことをしていたらキリがないと思うが?」
「わぁ、もしかしてボクのことを心配してくれているの!? 嬉しいなぁ~」
そう言うと、神はローブの袖で顔を──フードを目深に被っていてハッキリとは分からないが、恐らく目の辺り(?)をごしごしと拭き始めた。いや、単純に世界を管理しなければならないというのに、1人1人に過干渉していたら神の仕事が滞ってしまうんじゃないかと思っただけなんだが。
「ぐすっ。ボクのことは心配しなくても大丈夫だよ。これもボクの仕事の1つでもあるからね。それで、君にはどんな能力に秀でるようになるか1つ決めてもらいたいんだ」
「いや、急にそんなことを言われてもな……」
「まぁ、そうだよね。いきなり1つの能力に絞るのは難しいよね。とりあえず、現実世界の時間のことは気にせず、後悔のないようじっくりと考えて決めてくれ」
「ああ」
僕は目を閉じて能力について考え始めた。
現在、僕の能力は確かに前世の願い通り平均的な能力だ。それは学園の定期試験の結果がいつも平均点であることから証明されている。容姿についてはよく分からないが。
そんな僕が何かに秀でるとしたら一体何がいいのだろう? どの属性魔術の能力を高める? それとも魔術以外の能力を高めてもらった方がいいか?
……そういえばそもそも前世の僕は何故“平均的な能力と容姿”を望んだんだ? 容姿については間をとって平均を望んだとしても、能力まで平均にしなくても良かったと思うが。
もしかしたら前世の頭の良さが仇となって他者に命を奪われたという考えに至り、平均的な能力であれば平穏な人生を過ごせると思ってそう望んだのかもしれないな。
まぁ、今の僕は何1つ秀でたものを持たないことから、陰で一部のクラスメイト達に“何の取り柄もないヤツ”という意味で「平均」と言われてたりするが……。
それに関してはそんなに気にしなくていいか。直接的ないじめに発展している訳ではないし。その点を除けば確かに今のところ、表面上は特にこれといった問題はなく平穏に過ごせているな。
……いや、待てよ。今さらだが今の平均的な能力を持つ僕が、そもそも頭の良かった前世の考えに辿り着けるのか? 平均を望んだのは、平穏な人生を過ごすため以外にも理由があるんじゃないか? だとすれば──。
「どうだい、決まりそうかい? もしまだ1つに絞れていないのなら、ボクが残った候補を聞いてアドバイスすることもできるよ?」
神は僕の肩をトントンと軽く叩きながら提案してきた。僕はゆっくりと目を開けて神を真っ直ぐに見た。
「いや、大丈夫だ。もう決めたから」
「おっ、1つに絞れたんだね! それで何にしたんだい?」
「僕は何か1つに秀でることはしない。今まで通り平均的な能力のままでいることにするよ」
「ええっ、本当にそれでいいのかい? こんなチャンスはもう2度とないんだよ?」
神は心配そうな声音で確認する。
「ああ、このままでいい。頭の良かった前世の僕が決めたことだから。きっと今の僕には考えつかない理由があってのことだろう」
「そうか……。よく考えた末、君が本当に今まで通りの平均的な能力のままで良いというのなら、ボクはその願いに応えよう」
そう言うと、神は僕の頭にそっと手を載せてきた。すると光の粒子が優しく僕を包み込み始めた。
「さぁ、お別れだ。ここでの記憶は夢として曖昧にさせてもらうよ。……今度こそ君の人生に幸あれ」
神のその言葉を最後に光の粒子が一層強く輝き、僕の意識は途切れた。