10.事件のあと
……体がだるい。左肩の辺りが痛い。
そんな不調を感じながら、僕はゆっくりと目を開ける。視界に映るのは森の木々ではなくどこかの建物の天井だった。おかしい、僕は最終試験の為にヴェルクと一緒に試験会場の森の中にいたはずだが……そうだ!
記憶を辿り、危ないところへ騎士や魔術師の人達、そして先生が駆けつけてくれたことと、それに安心して意識を手放してしまったことを思い出した。あれから一体どうなったんだ?
状況を確認する為に起き上がろうとするも、左肩に激痛が走り起き上がることができず僕は再び横になった。たったそれだけの動作ではあるが、とりあえず僕は見知らぬ部屋の中にある白いベッドで休ませてもらっているということは分かった。
「目が覚めたか」
近くからマクディス先生の声が聞こえてきた。声のする方を見ると、先生はベッドのそばにある椅子に腰かけていた。
「マクディス先生! ……くっ!」
「こらこら、無理して起き上がらなくていいから。そのまま横になってなさい」
体を起こそうとした僕を気遣って、先生はそう声をかけてくれた。先生の言葉に甘えて僕は大人しく横になった。
「あの、ここは?」
「病院だ。ああ、個室だから周りを気にしなくても大丈夫だぞ。それより調子の方はどうだ?」
「だるさと左肩に痛みがあります」
「他に麻痺した感覚や気持ち悪さとかはないか?」
「今のところありません」
「そうか、麻酔薬による影響はだいぶ良くなってきたようだな。良かった」
先生はそう言うと立ち上がり、「看護師さんに伝えてくるから」と言って部屋を出て行った。
先生が部屋を出て行ってから数分後、部屋に医師と数人の看護師が入ってきて診察が始まり、傷の具合を確認したりした。
特に問題なしと分かると医師や看護師の人達は「お大事に」と僕に声をかけて部屋を出て行き、少ししてからマクディス先生が部屋に戻ってきた。
僕は目を覚ましてから気になっていたことを聞いてみることにした。
「あの、先生。先生達が助けに来てくれたあと、どうなったんですか?」
「ん? ああ、あのあとは犯人達全員捕らえることができたから安心していいぞ」
そう言うと先生は今回の事件について説明してくれた。
今回の事件の犯人達は、表では魔道具を販売する商人をしていたが、裏では人身売買を行っている闇の商人だったそうだ。そんな犯人達は、今年の最高学年──つまり僕らの学年が例年より平均レベルが高いことを知り、その生徒を手に入れればいい金儲けになると思ったようで今回の事件を起こしたそうだ。
ちなみに騎士や魔術師の人達が早く駆けつけてくれたのは、最終試験合格者を勧誘する為だったかららしい。
勧誘自体は毎年あるらしく、例年は最終試験が終了して2日後に行われる進路希望調査の前に学園に来て勧誘活動をしていたそうだ。
しかし今年は“例年より平均レベルが高い学年”ということで少しでも多く、少しでもいい人材を集めたい(他に取られたくない)! という理由から例年より早い、試験最終日に勧誘しに来ていたということらしい。
今思えば、もしも犯人達が僕やヴェルク、ヒスカリア達のチームだけで満足してすぐに撤退していたら今頃どうなっていたことか……。他のチームも手に入れようと犯人達が欲張ってくれたお陰で、たまたま例年より早く来ていた騎士、魔術師の人達がすぐに駆けつけてくれるという奇跡が起きたのは本当に良かった。
ただ1つ気になるのは犯人や騎士、魔術師達の行動理由にある僕らの学年の評価が“例年より平均レベルが高い”ということだ。先日見たおかしな夢の記憶がまた一部甦り、それが平均について何か話していた記憶だったからか本能的にその評価が間違っているのでは? という疑問がどうしても浮かんでくる。
だが、先生がその事について特に否定をしないということは、僕らの学年が例年より平均レベルが高いという評価は間違っていないのだろう。……頭では理解できるが、やはりどうしても違和感がある。この違和感の原因はなんだ?
違和感について考えていると先生が大きく咳払いをした。
「アレイス、先生に聞いておく──いや、確認しておくべき重要なことがあるんじゃないか?」
「確認しておくべき重要なこと、ですか?」
何かあっただろうか? ……もしかしてヴェルクの無事の確認か? 先生達が駆けつけてくれたお陰でヴェルクは無事でいるとは思うが……。2人1組のチームとはいえ僕はリーダーなのだからチームメイトのことを把握しておきなさいという意味で先生は言っているのかもしれないな。
「先生、ヴェルクは無事ですか? 今はどこに?」
そう尋ねると何故か先生は小さく溜め息をついた。
「ヴェルクだが、たいした怪我もなく無事だ。お前を心配してしばらくここにいたが、体を休ませるために寮に戻らせた」
「そうですか」
良かった、やはりヴェルクは無事だったようだ。
「……あのなぁ、アレイス。リーダーとして自分のことよりも仲間のことを心配する気遣いができるのは偉いんだがなぁ。それとは別で確認しておくこと、最終試験の結果がどうなったのか確認しておかないとダメだろう。結果が分からないことには今後どうするのか決められないんだから」
「そう……ですね……」
先生に真剣な顔をしながらそう言われ、僕は夢から一気に現実へ引き戻されたような感覚になった。
「……試験を最後までやりきることができなかったから留年、ですよね……?」
僕は先生の顔を見るのが怖くなり、先生のいる方とは反対の壁に視線をやりながら先生に聞いた。
「まぁ、それが本来の決まりだからな」
「そうですよね……」
分かっていたこととはいえ、実際にその現実を受け入れなければならない状況になると、やはり悔しさが込み上げてくる。
「……ただなぁ、今回はイレギュラーなこともあったわけでな」
1拍おいて先生はなんだか意味ありげにそう言ってきた。「イレギュラーなこと」と先生は言ったが、恐らくそれは誘拐未遂事件のことだろう。今回はそれに巻き込まれてしまったから大目に見て合格! なんて都合のいいことがあるのか? と期待を抱いたが、さすがに都合が良すぎるだろう。となると先生の言葉の意味はなんだ?
僕は先生の意図を探る為にゆっくりと先生の顔を見た。
「アレイス、“本来”この最終試験というのは決められた時間内に祠の試練を突破し、手に入れた宝玉を祭壇へ納めるまでが試験だということは知ってるよな?」
「はい」
「それでアレイスは試験をどこまで進めることができたんだ?」
「僕はヴェルクと一緒に祠の試練に挑み、試練を突破して宝玉を手に入れるところまではできました。しかしその後、誘拐未遂事件に巻き込まれて宝玉をなくしてしまい、そのまま宝玉を祭壇に納めに行くことができず今に至ります」
「そうだよな、それがアレイスの知る範囲だよな」
またしても先生は意味ありげに──というより、明らかにすぐには教えたくなさそうな感じでそう言った。
「……? 先生、それはつまり僕の知らないところで何かが起きたということですよね?」
一体何が起きたのかすぐには思いつかないが、おそらくそれが分かれば先生が何を言いたいのか分かりそうだ。
「そうなんだよ。これが本当にイレギュラーなことでなぁ」
先生は僅かに口角を上げながらそう言うと話を続けた。
「本当は先生に報告せず危ないところへ突っ込んでいったお前にはもう少し意地悪をしたいところだが、体に障るといけないからな。意地悪はこの辺にしておこう。
さて、本題のイレギュラーのことだが、アレイスは『イレギュラー』=『誘拐未遂事件』だと思っているだろう?」
「はい。でもわざわざ先生がそう言うということは誘拐未遂事件のことではないということですよね?」
「そうだ。で、そのイレギュラーというのはだな、持ち主は不在なのに宝玉だけはちゃんと祭壇に納められているということなんだ」
「持ち主は不在で宝玉は祭壇に納められている……先生、もしかして、いやまさか──」
「そう。そのまさかなんだよ、アレイス。レグナート達がアレイスとヴェルクの鞄を見つけてくれてな、中にあった宝玉を代わりに祭壇に納めてくれたというわけだ」
「まさか、本当にしてくれるなんて……!」
確かにレグナートは僕らと分かれて祭壇へ向かう前に「鞄を見つけたら祭壇まで持っていっておく」と言ってくれていたが、本当に見つけて、しかも宝玉を祭壇に納めてくれていたなんて……!
「驚きだろう? それでな、この持ち主不在のイレギュラーについて先生達で話し合ったんだ」
そう言うと先生は真剣な顔になり、真っ直ぐに僕を見た。
「アレイス、今回の最終試験は問題なく合格だ! おめでとう、よく頑張った!」
先生はそう言うとニカッと笑みを浮かべながら僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「本当……ですか?」
「本当だ。お前もヴェルクも最終試験に合格だ」
「ありがとうございます! 良かった……!」
先生の話の流れから、もしかしたら再試験のチャンスを貰えるのか? と淡い期待を抱いたが、それでもやはり都合が良すぎるだろうと思って諦めていた。しかしまさかその“もしかしたら”以上の合格判定をもらえるとは……!
「まぁ、ぶっちゃけこの最終試験は祠の試練を突破できるかどうかが重要だからな。宝玉を祭壇に納めるのは不正をしていないかの確認ぐらいだ」
「そうだったんですね」
宝玉を手にした際、手の甲に浮かんだ複雑な模様はやはり不正防止の為だったようだ。
レグナートが僕らに代わって宝玉を祭壇に納めてくれたわけだが、僕が気を失っている間に先生が宝玉の持ち主の確認をしてくれたのだろう。確認がとれたお陰で僕とヴェルクは合格できたというわけか。
「さて、先生はアレイスの経過を報告しに一旦学園へ戻る。担当医の先生から3、4日もすれば退院しても大丈夫だろうとのことだから、今は学園のことは気にせずしっかりと体を休めておきなさい」
「分かりました、ありがとうございます」
そう返事をしたあと、先生は「それじゃ、お大事に」と言って部屋を出て行った。
先生を見送ったあと、僕は喜びを噛みしめながら言われた通り、体を休める為に目を閉じた。
「いやー、合格おめでとう! ボクは嬉しいよ!」
目を閉じた直後、僕しかいないはずの病室に突然聞いたことのない若い男の声──いや、本当に聞いたことがないのか? と何故か疑問に思ってしまったが、とにかくそんな声が聞こえてきた。
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