絵の練習
家に着くと私は、部屋に鞄を置き、袋から週刊少年跳躍を引っ張り出す。
そしてぱらぱらと、めくり始める。
ストーリーはこの時、見ていない。
ある程度大きいコマを見つけて、今日はそこを描こうと決めた。
練習。
私は絵の練習をしている。
と言っても教本なんてないから、立派なものは買えないから、毎週の跳躍の気に入ったシーンを模写しているだけだ。
週刊少年誌自体は数百円であり、決して豪華なものではないだろう。
ただ、私はこの『教材』に不満はない―――なにせ、プロの絵を写すのだから。
おおまかにペンタブレット上に完成する。
もちろん、粗が目立つけれど、私はここから色を付ける作業がメインディッシュなので、そのために描いている。
書き手によって違う雰囲気を持つ。
「まぁ、私の方がプロよりカラフルだよーと思ったり」
まあ白か黒かで書き表す紙面よりも、それは当然なのだが。
気持ち的に、なにかそれで前向きになるための儀式のようなものだ。
私スゲー。
私がスゴイことは、いいことだ。
ネットに、ラフを公開するまでにやや時間がかかるのは、私のPCが旧世代のモノであるのと、おそらく回線の具合からだろう。
欲を言えばペンタブも高価な液タブにしたいと思うのだが、今のところはお金に余裕がない。
それと私の画力が多分、追いついていない。
こん、こんとドアがノックされる。
また兄だろう。
ノックの加減が雑だ、つまり兄だ。
「ご飯だぞ、ご飯」
夕ご飯が出来たらしい。
私はパソコンが起動した状態で、椅子から立ち上がる。
家電製品を―――家電かな?家電っていうよりもう、普通にノートパソコンを点けっぱなしで放置することに関して、電気の無駄遣いをするなと父親はうるさい。
だが電源を頻繁につけたり消したりする方が消費電力が大きいのだよと、兄が説得したことがあった。
あれはナイスだった。
私のためではなく、兄が自分のために言っていたことだったが、なんにせよ私にとっても悪い話ではなかった。
………まああれは暖房とかだから厳密には私のノートパソコンと関係ないのかもしれないけど。
私の最近の生活はこんな感じ。
絵が好きってことでなんとなくわかってもらえるといいな。
そんな感じです。
下手の横好きって言われるかもしれないけれどそんな感じです。
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それからも、毎日ではないけれど、私はあの男子と話をした。
『槍使い 群具煮』の話が多かった。
「今週のは………うーん」
「何とか勝ったね、かなり苦戦してたけど」
「あの勝ち方!『槍を封じられたなら素手で倒してしまえばいい』っていう極め台詞」
「いやいやいや、だったらやればいいじゃん最初から!やろうよ、それ!」
「そこにいたるまでの過程だろ、問題は。ランススキルが打ち消されていたし」
「あそこであんな真っすぐな目で自信満々な表情作れるのがすごいね」
「すごいっていうか、必殺技ないの?普通にグーパンチじゃなくて、あるだろ何か、今までいろいろ毎回出してたのに」
「いや、必殺技なんてあるかよ。とっさのアレだから、とっさの機転?」
「ていうか『俺は槍使いだ、槍使いだが、刀で戦わないとは一度も言っていない』のシーン」
「あれはすごかった。うわー、それやるかって思ったね。それをそこでやるかこの男って。だってあれだけ槍使い槍使い、三度の飯よりもヤリが好きな槍フェチなんだって言っておきながら」
「槍の新しい能力もな」
「ああ、能力ね―――あれなんか可愛いね」
「そうか?だって槍がしゃべるくらいにしか見えないけど。あれだったらそんなんだったら、アイツの能力の方が完全に強いだろ。ライバルの」
「|『槍使い 芸 掘具』《ランスマイスター げい ぼるぐ》くんのこと?」
「そうだよ!あいつの方が絶対強いだろ」
「だってあの子………うーん」
「え、何」
「なんか絵柄が気にくわないっていうか」
「えー、見た目だけで決めるのか?」
「目がなんか嫌」
本当のことを言うと、そのキャラが嫌いなわけではなかった。
ただ、自分で描いてみると―――【作画:私】でやってみるとどうしても納得がいかないで気になってしまうのだ。
気がかり。
理由はよくわからないがたぶん要するに私がまだ下手なのかもね。
下手というより、何かが違う、まだ何かが違うのかもね。
それだけのことだし。
結局、完全に模倣は出来ないし、それをする必要はないはずだ。
他人には、なれない。
たとえものすごく尊敬している人でも。
私とその男は毎週コンビニで話していた。
あのシーンの話。
週刊少年雑誌の「あのシーン」の話をした。
ひとつではない。
とうぜんながら、『群具煮』以外のマンガも。
それは、手に汗握るバトルだったり、意味不明を極めたギャグだったり。
今週の、または先週の、色んなシーン。
既にコミックスになって発売されているシーンも。
色んなシーンの。
話をした。
私はそれらを―――話しつつ、学校の登校前か、もしくは学校の後かに、その時間を消化しつつ、学校に通っていた。
そんな日々が続いていた。
続いていたし、それでいい。