ガチャ子
がたんごとん。
田んぼの中を走る電車は、たまに住宅街を走るけれど、でもやっぱり田んぼの中を走る、という事を繰り返していた。
帰宅時間でも九割がた、席に座れるくらいの混み具合の地鉄電車、そこからは夕暮れ時なので景色がおぼろげだった。
がたんごとん。
九割がた座れる。
電車にはステータスの一つに、乗車率というものがあり、それはヒトの多い都会ならば例えば乗車率200パーセント、と言ったニュースが出たりする。
乗車率は座席に座っている人だけのことを指すのではなく客全員が座席、それとつり革やドアの近くについている手すりに摑まることが出来て、それでいっぱいになったら乗車率が100パーセントとなるらしい。
と、ニュースでやっていた。
がたんごとん。
200パーセントというのは一応、電車の中には入れるけれど何にも手に掴むものがないヒトが、多い状況だ。
ただ私の見るところ、座席には人が多い、だが満席ではなくつり革や手すりを頼っているヒトはいないと思われる。
100パーセントには程遠い。
がたんごとん。
「ぼたん、聞いてる?」
ガチャ子が私を呼んでいるのに、気づく。
「何考えてたの?」
「うーむ、『私って実は―――、田舎に住んでるのだろうか』みたいなことを」
そう言うと、彼女はコメントに困っていた。
牡丹というのは私の下の名前だ―――別に記憶しなくてもいいけどね。
日本の花よ、可愛いのよ、牡丹は。
ガチャ子は、ガチャ子ってみんなから呼ばれている。
本名がガチャ子なわけはないです、はい。
でもガチャばっかやってるからガチャ子だって、入学してしばらくで気づく。
気づくって言うかガチャ子の友達から教えられる。
帰りの電車がほぼ同じなので、途中までは一緒のことが多い。
あと本名は香奈子だってさ。
ガチャ子が気合を入れながらスマートフォンをタップする。
また何かのゲームで、ガチャを引いているのだ。
………しかし果たして、気合を入れて引けば良い結果が出るのだろうか。
「出るのよ!それが」
ガチャ子は自慢げに、かどうかはわからないけれど意気揚々と、自分のガチャ理論を主張する。
「ああぁ………」
と、数秒後、ガチャ子が声を出す。
台詞で表すならそうなるが、ほとんど溜息のようなものだった。
そのリアクションから察するに、たいしてレア度が高いものは出なかったらしい。
「いや、SRだけど、もういいって………カブッた」
「ああ、そうなるのね、そういうパターンもあるのね」
ガチャは色々と種類があるし、その種類は増えていく―――難しい。
ハマったら楽しいらしいけど。
私もゲームはやっているものの、あまり引いていない。
「あまりやっていないというだけで―――引くときは引く。がちゃっ!」
スマートフォンで流行りのゲームをタップする。
画面の中で、なんだか新手の遊園地みたいな映像演出が流れ始めた。
おおぉ、ルーレットが動く動く、これは遊園地じゃあなくて、カジノか。
なんだこれは。
竹藪のうちのひとつを切ったらまばゆく光とともに現れたかぐや姫のごとく、モンスターが排出された。
モンスターと言っても名称の話であって、人型だけど。
女だぞ、へっへぇ。
胸がでけぇ、うひひ。
「『火折命』………」
「なん………」
ガチャ子は私のスマートフォンを食い入るように覗き込む―――その際に髪がちょっと頬に触れて、どきり。
私どきり。
「………だと」
言い終わるガチャ子は鬼のような―――まあ般若みたいな形相で私をにらむの。
軽く般若みたいな女の子。
怖いよぉ。
ちなみに私はあんまりこのゲームをやり込んでいない。
イラストが割と好みなのでやっているという―――まあ少数派かもしれないね。
つまりバイト代をはたいてガチャガチャやっているガチャ子からすれば、私の存在は、
「このヤロォォォオ!」
らしい。
頬っぺたをつねられた。
「そこまでするの!?」
私の頬っぺたがガチャ子につねられる。
私だってバイトはしたいよ、でも親にさせてもらえないのさ。
「なにこれ、理不尽なんらけど?『SRレア』なの?」
頬っぺたが変形しつつ、私は弁明か、弁解みたいなことをしようと試みる。
レア度、ランクが色々あるので覚えてはみたものの、あんまりハマると課金したくなりそうになるのでバランスのとり方が難しい。
「『GGXレア』っ」
「ええっ何それ知らない」
「ギャラクシー・グランドクロスレアの略よ」
すげー名前。インフレも甚だしい―――。
っていうかエックスをクロスって読むのか、読ませるのか。
すごいカッコいいけど英語の先生とかが頭を抱えそうだ、抱えそうだぜ。
「それってあれだね、もうそのまま必殺技みたいな名前だね」
「えいえい、えい」
やめて、ガチャ子!
私の玉のようなお肌が変形し、ほら、ねじれパンみたいになってしまうわ、このままでは。
チョココロネみたいな感じのねじれができるわ、このままでは。
---とまあ、今はそこそこ楽しい学生生活をエンジョイしております。
頬っぺたをつねられることはあるけれど、私は元気です。
「必殺技か、必殺………そうだな、ぼたん―――あんたを必殺する!」
「ぎゃあ~」
がたんごとん。
線路は続くよ、どこまでも。
青春を乗せて走り続けるよ。
ちなみにこの電車にはあの男子は見当たらなかった。
そもそも電車通学ですらないのかもしれないけどね。