尊敬と捜し物、見届け人
─イタリアンビオラ─
オフィス街の片隅にこじんまりと店を構えている。
先程までは店内もそこそこ賑わっていたが、昼時を過ぎるとお客も浜辺の波のように去っていった。
回収した食器を手に取りながらひとつカウンターを挟んで声をかける。
『秋ちゃん、本当に気が利くね。
あのお客さんはいつも口うるさいから…』
『そんなことないですよ、今回は私がたまたま気がついただけ!』
『いやいや、いつも助けられてるよ。』
『んー…、じゃあ助けたお礼に明後日ご飯行きましょうよ!シフト入ってなかったですよね?』
『明後日は…ごめん、ちょっと用事があるんだよね』
『和歩さん、シフトない日いつも用事ありますよね。
もう何回ランチ誘ったか覚えてないですよぉ。
別のところで何かしてるんですか?』
『何かっていうか、ちょっと探してるものがあってね。最近は空いた時間使って歩き回ってるんだよ。』
『ペットとかですか?
焦れったいですねぇ、そんなの言ってくれれば手伝いますのに!』
『いや、ペットじゃないんだけど。でもそろそろ目星が着いたから明後日には何とかなりそうなんだ』
『ふぅーん……。分かりました、じゃあそれが片付いたら次の休みはランチ行きましょうね!
この時代、同い歳の女の子からこんなに誘ってもらえる幸せを再認識してくださいよね!』
店内のテーブルをあらかた片付け、カウンターテーブルに肘を置く彼女は半分だけ納得した、という顔をしている。
僕には半年ほど前から探しているものがある。
捜索範囲はこの街の中ではあるのだが……最近周りから情報を得て、とうとう明後日には方が付きそうなのだ。
何を?という問いに答えるほど他者に価値のあることではないが。
彼女には申し訳ないとは思っている。恐らく誰が見ても分かりやすいアピールをしてくれているだろう。もちろん僕も理解はしているのだ。
だが、このアピールには応じるべきではないだろう……と僕は考えていた。
2日後、僕は昼過ぎに家を出た。
明るい日差しが木々を照らし、その分伸びた影も一段と濃く見える。
探し物を見つけるこんなめでたい日にはうってつけの天気だろう。
暫く歩くとチェーンカフェの手前、学生達数名とすれ違った。
学生服ではない、しかし学生だろう。それも恐らく美容師の。
なぜか?それはあのグループのひとりに見覚えがあったからだ。
いつも同じ店で同じシフトなのだから見間違うこともないだろう。
僕はこちらに目が向く前に、そそくさとその場を後にした。
『……なんで着いてくるの?』
『見つけちゃったんで!』
『友達は?』
『用事が出来たんでって言ったんで大丈夫です!
探し物みつかりました?』
『これから行くところ。折角で悪いけど、この後は時間取れないよ?』
『えー……じゃあいいです、ついて行きます
オフの日の、和歩さんについて行きます』
『こっちはじゃあよくないんだけど……』
『邪魔はしませんから!それに探し物ってのも気になりますし』
『一応、来ない方がいいよとは言っとくけどね。無駄な時間にもなるし歩くから。』
無駄な説得だったみたいだ。まあ彼女が来たいと言うなら止める理由もない。
それに、口ではこういうが実際僕も彼女がいてくれた方が安心することではある。
40分ほど歩く。距離にして3kg弱の山道。
帽子をかぶってくればよかったと思った。彼女も汗でびしょびしょだ。
途中何度も文句を言っては立ち止まり、僕が『じゃあ帰った方がいいよ、もう少し歩くからね』というと黙ってついてきた。
『ついた、ここだ』
『あぁっづぅーいぃー……やっと着いたんですかぁ?
……ここはなんですか?廃墟?に見えますけど』
『そうだよ、廃墟。ここに用があったんだ』
『随分大きいとこですね、草もすごいし人気も無いようですけど。
一体なんの用があるんですか?ノスタルジックエリアのマニアとか?』
『ははっ、確かにその気はあるね。そこから入っていこう』
朽ちたフェンスの隙間から入っていく。
危ないと反対していた彼女も、僕が数メートル離れると仕方なく、と後を追ってきた。
1F、フロントと書いてあった。
片道でもだいぶ疲れているようだし、勝手についてきたとはいえあまり帰りを遅くすると酷だろう。
早速用事を済ませることにした。
『秋ちゃん、さっきコンビニあったよね?僕が出すから、そうだな……お茶を1本買ってきてほしいな。お釣りで好きなものを買っていいからさ』
『なんでさっき通りかかった時に行ってくれないんですか!……まぁ奢りっていうならやぶさかではないです。
ちょっと高いアイス買っちゃいますからね!』
『ごめんごめん、その間に用事ぱっぱと済ましちゃうからさ。急がなくてもいいからね。』
『えー?ここまで来たら用事まで見届けたいですけど……終わったらいい加減何をしに来たのか教えてくださいよね!』
そういうと彼女は入口を戻り、さっさと草の中に消えていった。
行先も用事も伝えずここまで着いてくるのだから、彼女に思われている僕は幸せだ。
そういうやってしまえ!な所も含め、僕は彼女を尊敬している。
2F、3F、4F……階段をいつも歩く半分のペースで上がっていく。
歩きながら色々考えていた。
ここを探していた理由、彼女と出会った時のこと、周りの人への尊敬、自分の価値。
屋上。
やはり暑いな。
僕は日下和歩。
僕はみんなを尊敬している。
彼女を初め、みんなが僕には無いものを持っている。
僕は自分が必要ではないと思っている。
僕だけが持っていて、僕以外が必要としているものが見つからない。
僕は彼女を愛している。
彼女も僕を好いている。しかし僕は彼女に与えるものがない。
下の方から小さく自分を呼ぶ声が聞こえた。
最後に自分の名前をその音で聞き届けると、10秒ほどして僕は屋上から姿を消した。
最後は彼女に見届けてもらえる。こんなに幸せなことは無いだろう。
目の前が暗くなる少し前、最後に彼女の悲鳴を聞いたきがする。