シーン1(ベルガーナ 堤防)
気付くと少女、アーシャは海に出ていた。
どうやら川を下りすぎていたらしい。
ふと船尾の方角に目をやる。
良かった。まだ陸は遠くない。
オールを漕ぎ、何とか堤防へと辿り着く。
すると、1人の男が、こちらを見ていることに気づく。
「あ、あの………」
アーシャは船から降り、か細い声でその男に尋ねる。
「ここは〈ベルガーナ〉…ですか?」
「…君、見ない顔だね。国外の者か?」
男の年齢は10代後半くらいだろうか。それにしても男の寝癖らしきものが気になる。
でも私は来訪者。
まずは自分を名乗って、受け入れてもらわなきゃ。
「はい!た、旅の…者で……」
自分でも分かるくらい緊張している。
何せ最後に人と話したのは2年程前だっただろうか。
「ふーん。…目的も無しにここに来たのかい?」
男はそんな私に構うことなく、淡々と喋る。
「その…ある人に寝床を求めるならここがいい…って聞いたもので…」
そう。私がここに来たのは寝床を求めて、だ。
でも、その情報も2年前の話……
今の情勢とは限らないし、そもそもここがベルガーナかってことも……いや、コレはまず聞かないと!
「あ、あの!」
男の返答を待たずに質問をするアーシャ。
「こ、ここはベルガーナなんでしょうか?」
「移住目的かな?」
ダメだ。この人質問に答えてくれない……
「どこから来たのかな?」
それでいて私の事を凄い聞いてくる。
「え、えっと……」
どこから来たか。
それはアーシャにとって苦の質問だった。
アーシャは言いづらそうに俯く。
そこに、声がする。
「あれ?そこにいるのは、ロウさんじゃないですか?」
「ん?」
先程まで私に質問攻めをしていた寝癖の男はロウ、という名前らしい。
声の主の方を見ると、そこには赤髪の青年がいた。
「あれ?今日は会議があるって話じゃ……」
赤髪の青年は訝しげにロウと呼ばれた男を見る。
「あー。寝坊しましたー。」
恰もそれが普通であるかのように、寝癖の男は告白する。
「え!?…えっと……」
無理もない。
赤髪の青年は驚くと同時に、何かを言おうとする。
寝癖の男はそれを塞ぐように言葉を紡ぐ。
「あ、それとこっちの人。移住者、まぁ旅人みたいなんで、ボルガ公の所に連れていこうと思ってたんだけど…」
いきなり私に話を回されて驚いた。
え?〈公〉?
「え、ちょ、ちょっと待……」
「国に住む以上、領主の顔くらい見ておいた方がいいだろ?」
何となく寝坊の口実に使われる気がする…
そう思ったが、この人の言葉をここで突っ撥ねる勇気は、私にはない。
「は、はぃ…………」
この何度かの会話で1番小さな声で肯定する。
「…ロウさん……まぁ良いですけど…」
呆れたように赤髪の男は言う。そして、私に向き直り、
「それで、君の名前は?」
「えっと…アーシャ、です。」
「アーシャ?」
「はい。」
「そっか。僕はジョージ・ミルアトラー。ジョージで大丈夫だよ。」
「ジョージ、さん。よろしくお願いします。」
「うん、宜しく。」
良かった。こっちの人ならちゃんと話が通じそうだ。
その後、アーシャとジョージはロウと呼ばれた男の方を見る。
男は少しの間の後、面倒臭そうに答える。
「灸 ロウ、だ。」
「ヤイト…さん?」
「まぁ、好きに呼んでくれ。」
この瞬間、この人を呼ぶ時は、ジョージと同じ様に、ロウの方を使おうと心に決めた。
ロウはその後ジョージに向き直り、
「…それで?ジョージ殿はここへ何を?」
「僕は散歩兼、見廻りさ。」
「ふーん。……あなたも来ます?」
頭を掻きむしりながらロウは聞く。
「では是非。父さんには参加しなくて良い、とは言われてるんだけど、誘われたのなら仕方ないですよね?」
嬉しそうにジョージは言う。
そしてそんな事など、どっちでもいいかのように、ロウは続ける。
「じゃあ着いてきてください。…で?アーシャ、さんだったっけ?」
「はぃ…」
「着いてきてください。…でもその……」
ロウはアーシャの服をじっと見つめる。
多分、私の服がボロボロという事を不快に思っているのだろう。
だけど、持ち合わせの服はこれしか無い。…買うにしたってお金もないし……
気まずそうにするアーシャにジョージは言う。
「大丈夫。国王は優しい人ですから、平気ですよ。」
「あぁ、良かったぁ……」
思わず安堵の声が出る。
「しかし、その恰好じゃなぁ……」
ロウは納得がいかないらしい。
その後、ロウはおもむろに身にまとっているローブを外し、アーシャに手渡す。
「…まぁ、居住の許可を貰うまではそれで我慢してくれ。」
「あ、ありがとうございます。」
この人、本当はいい人なのかも知れない、アーシャがふと思った時、
「いい人そうに見えますけど、この人、大遅刻しているんですからね?」
ジョージがその考えを正そうとする。
「い、いや、でも、このローブくれましたし、きっといい人ですよ。」
アーシャはそう返した。
「遅刻する理由が出来た。」
そんな声が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だろう。
あ。ここが何処なのか、聞きそびれてしまった…