種の壁
君は突然僕の目の前に現れた。
多くの人が僕の前を横切る中、君は僕の方をしゃがみながら見た。
「おじさん、ぽいちょうだい。」
彼女は200円をおじさんに差し出しながら言った。
「はいよ、お嬢ちゃん。さぁて、捕れるかな?」
「よし、まずはこれからだ。」
彼女は斑点模様が目立つ魚を目標にぽいを水中に入れた。手際よく魚の下に網を差し込めたが、すくいあげる時に力みすぎて、網は破れてしまった。
「あぁ、破れちゃった」
彼女は破れた網を見ながら言った。
「おじさん、もう1回」
彼女はまた、200円を差し出して言う。
「お嬢ちゃん、次は捕れるといいな」
彼女はその声に反応せず、真剣な眼差しで水中を泳ぐ魚達を吟味してた。
「さっきのはダメだったから、次はこれだ」
彼女の網は一気に僕の方に寄ってくる。
僕はさっきの魚とは違う。彼女に見惚れた魚なのだ。僕は抵抗することなく彼女の持つお椀の中にポチャリと入った。
「やった!1匹捕れた!おじさんありがとう。」
彼女はそう言って網を返した。
「お嬢ちゃん、まだ破れていけといいのか?」
「うん、1匹取れただけで満足」
彼女のクシャッとした笑顔は、一瞬に美の全てを収縮した花火のように輝き、美しかった。
彼女の握られた袋の中を漂っている今は、今まで生きてきた中で最高の時間だった。手からの熱で水は心地よく、何よりも彼女の表情がたまに見えるのが至極だった。ここは特等席に違いない。僕はそれを強く頭に叩き込み、一瞬一瞬に見える彼女の表情を目に焼き付けた。
これから彼女との生活が始まる。そう思えるだけで期待と緊張が行ったり来たりした。歩いて5分後、彼女は河川敷にやってきた。
傾斜になっている、原っぱに腰掛け、何か物思いにふけているようだった。
僕は悲しそうな彼女の姿を見て、やるせなくなった。自分が人間であれば、彼女に一言でも声をかけられるのに。僕はただ袋に入った水の中を漂うだけの魚だ。彼女の力になれやしない。自分を蔑んでた途端、彼女は袋を手に、傾斜をどんどん降りていく。進む先には川があった。
どうしたのか、僕にはわからなかった。
すると彼女は袋のしばりを緩め袋口を川の方に向けた。水がどんどん外に流れる。
僕には理解ができなかった。なぜ、今このタイミングでこんなことが起こっているのか。
水がなければ僕は生きていけない。とうとう僕も川に向かってポチャリと、彼女のお椀に入った時のように川に入った。
「元気でね」
彼女はそう一言言い残し、僕は川の流れに逆らえず、ただただ彼女が遠のいていくのを見てるだけだった。