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その9

「ひっ!」

 全身から寒気を感じて自分抱きしめる。

 私はいま鼠の姿になっているが、震えている自分の体をよく見ても、どこも溶けてはいない。


「ふぅー」

 人間の姿に戻り、体育座りになって膝に顎を乗せる。

 もちろん今のは私ではなく鼠の記憶だ。


 私はこの洞窟で何度も死の記憶を味わってきた。だけど、今まではみんなほぼ即死で、例外はドラゴンさんくらいだ。

 しかし、彼の最後の記憶は郷愁であり恐怖ではなかった。


 全身が溶かされるように喰われ殺される。そんな恐怖を私は自分で体験することになった。

 問題は私が恐怖を感じたことはなく、鼠がそれだけの恐怖を感じていたことだ。


 今更になって、私は死ぬのが怖いことであることを思い出した。


 私はそんな「死」をすでに8体の動物に与えてきた。牛さんを殺したのは虎さんだけど、結局その記憶も私の中にある。


 今まで会った動物たちは私を殺そうと攻撃してきたわけだから、私がやったことは正当防衛だろう。

 私だって死にたくないから正当防衛を悪いと言うつもりはない。虎さんがやったことも食料を得るため、生きるためのものだ。


 しかし、悪くないからといって殺してしまったことが無くなるわけではない。

 私には彼らの記憶が残っている。その8つの記憶がそのまま重しになって、私の頭にズーンとのしかかってきた。


 今後また襲われれば反撃することは変わらないし、変えるつもりもない。私の目的は家に帰ることだ。それまで死ぬわけにはいかない。

 でも、考えてしまう。何かほかの方法は無いのか、私がしていることは正しいのか、私の目的は彼らの命より重いのか……。


 考えてどうなるものではないのは分かっている。それに、今は別の問題も考えなければいけない。

 それは、「罪が無いものでも殺すべきかどうか」だ。



 鼠を吸収した私は、まず精神支配を使って4体の動物を支配した。そして、羊に空間支配を使わせて私の体の場所まで戻ってくる。


 そこには両手を失った私が左腕を突き出した状態で固まっていた。我ながらシュールな姿だけど仕方がない。

 むしろ、あの一瞬でこの作戦を思いついた自分を褒めたいくらいだ。


 少し前、犬に首を切られて頭だけになった時、私はなんというか自分の「核」を認識した。

 実際に何か核になるものがあるわけではないが、私の思考や命令を出す根本があるということだ。


 そして、「核」は別に頭部にある必要は無い。どうしても人間の気分で普段は頭にもってきてしまうが、それを腕に移せばそこから命令を出すことができる。

 つまり、腕に核を移せば首を切り落とされても行動に支障はない。だが、腕を首を切り落とされれば体が動かせなくなる。


 私はあの時、核を左手に移してロケットパンチで飛ばしたのだ。まぁ、その後に手の肉だけで相手が倒せるかどうかは賭けだったけど。


 賭けは大成功して現在に至る。

 私は猿に指示を出して右腕と蛇になってる左腕を体にくっつけさせる。そして自分の体を元に戻すと、この4体をどうにかするべく鼠さんに変身して記憶を探った。

 小さくはなれないので、でっかい鼠になったけど。


 で、その結果が先ほどのフラッシュバックとなる。

 それはともかく精神操作の内容は分かった。なんというか精神操作には深度がある。


 表面上の支配を行った場合、相手は命令をしない限り普段通りの行動を続ける。命令をしてもあくまで普段通りに命令をこなそうとするだけで、その行動は本人次第だ。


 例えば「リンゴを持ってこい」と命令した場合、隣の部屋にリンゴがあることを知っていればそこから持ってくる。

 知らない場合は店に買いに行ったり、電話などで誰かに持ってこさせようとする。

 つまり、本人が普段リンゴを調達するときの反応をするわけだ。


 では、深部まで完全に相手を支配するとどうなるか。

 これは、相手の精神をぶっ壊してそこを乗っ取るようなものだ。


 普段はゾンビのように何事にも反応せず命令を待つのみとなる。そして、支配者が命令すれば自身の身など考えずに行動をするようになる。

 自身の筋肉がちぎれるようなパンチもできるし、いくら怪我や出血をしても死ぬまで行動することができる。


 もちろん、支配の深度は調整可能なので中間あたりにすることもできる。

 しかし、人間はともかく動物は、普段通りに行動されると種族ごとに行動が違いすぎて、思った通りに動いてくれない。

 だから、鼠さんはこの4体を完全に支配していたようだ。


 ただ、完全支配した相手を思い通りに動かすのは、自分とは別の体を操作するようなものなので、その処理はとてつもなく難しい。

 支配する数が増えればなおさらだ。

 鼠さんは4体の動物を自分の手足のように操作して私を襲ってきた。なんだかんだ言って優秀な奴だったんだ。


 問題は、深部まで精神支配を行われた者が、支配を解除された後どうなるかだ。精神をぶっ壊してしまったのだから、解除しても壊れた精神は元に戻らない。

 4体の動物たちは私が命令しなければ何もすることは無い。放っておけば餓死するだろう。ただ、私が操作したところで状況はあまり変わらない。


 特に犬と猿は野菜しか食べていないので、そのうち限界が来る。私の肉を与えるという手もあるが、胃酸程度では消化できないだろう。

 逆に、私の肉が彼らの胃を吸収してしまうかもしれない。


 ユニコーンも血を失って体力の消耗が激しい。羊は特に問題なさそうだが、薄暗い洞窟の中でいつまで大丈夫かは分からない。


 しかも、私には彼らの世話する理由は無い。私は彼らに襲われたのだから被害者だ。

 でも、彼らに罪は無い。ただ鼠に支配され私を襲っただけだ。その鼠ももう死んでいる。


 私は彼らをどうしたらいい?

 放置する? 論外だ、彼らはすぐに死ぬ。

 面倒を見る? それは私の負担を増やすだけであり、私の目的から遠のく。それに、助かるかどうかも分からない。


 合理的に考えれば結論は一つしかない。彼らの能力を得れば、私の目的が達成する可能性が上がる。

 問題は「罪が無いものでも殺すべきかどうか」だ。


 結局、私がしていることは自分の気持ちに整理をつけることでしかない。何を考えたところで現実が変わるわけはないのだから、ただの自己満足だ。

 まったく自分がいやになる。


 私は4体の動物を並べる。そして一体ずつその姿をしっかりと見た。私にできることは忘れないことだけだ。

 私は目的のために罪のない動物を殺した。それだけはしっかりと覚えておこう。


「ごめんね」

 これは謝罪ではない。謝れば殺していいことにはならない。私の罪悪感を軽くするための儀式だ。


 私は4体の動物を殺した。せめて苦しまないように精神操作で眠らせてから、首を切って即死させる。そして肉の一片も血の一滴も残さず食べきった。



 御馳走様でした。両手を合わせて祈る。


 さて、気持ちを切り替えよう。まずは能力の検証だ。吸収した4体に変身していろいろ試してみる。


 まずは猿の能力は電気操作。これは予想どおりだけど、電撃を飛ばす以外に磁力も操作できる。

 これで鉄なんかを飛ばすこともできるが、残念ながらこの辺に鉄鉱石はあんまり無いようだ。

 鉱石操作があるのでそこら中を穴だらけにすれば見つかるかもしれないが、とりあえず今はいいか。


 次に犬の影操作。影に潜めばまず誰にも見つからないし、影の刃はなんでも切り裂いてしまう。まさに暗殺者向けの能力と言えるだろう。

 それに、ワンちゃんがやっていたように影になれば壁でも天井でも自由に移動できる。


 で、羊の空間操作。これはもう説明する必要もなく強力だ。記憶にある所か見える範囲なら自由に空間をつなげられる。

 問題は、同意のない生物は通せないこと。逆に、通したくないものも通してしまうことだろうか。

 

 空間に穴を開ければ通行は自由なので、別の場所を覗いた場合、運が悪いと相手からもこっちが見えてしまう。

 他にも、相手につかまれたまま転移しようとした場合、転移できないか相手もついてきてしまう。

 まぁ、そんなこと気にしなくても十分強力な能力なので、頼りにさせてもらおう。


 ユニコーンの回復は実際には肉体操作で、相手の回復力を高めるほかにも、肉体を粘土のように操作できる。

 ただ、あくまで肉体の操作なので切り傷は治せるけど、欠損は治せない。切れた手足をつなげることはできる。

 しかし、私は切り傷を自力で直せちゃうし、自分の肉体はそもそも操作可能。相手への肉体操作も、接触するくらい近づかないと使えないので、使いどころは少ないかな。


 鼠さんの精神操作はテレパシー、記憶操作、催眠、幻覚……と、やりたい放題だ。うーん、やっぱりこれ悪役の能力だよなぁ。

 下手すると相手の精神を傷つけちゃうので、あんまり使う気もないけどね。


 ふむ、こんなところか。急に能力が増えたので有効に使えるかはわからないけど、その辺は経験を積んでいこう。


 さて、改めて脱出だ。まずは鼠さんの記憶にあった不思議な泉のところに行ってみよう。


 私は指を横にピッと動かし空間に穴をあける。もちろんこんなことをしなくても空間操作はできるのだが、気分だ。

 穴が開くとその先から光が漏れてきた、あれが例の不思議な石の光だろうか。


 穴をくぐると小さな泉と原っぱが私を迎えてくれた。泉の中央、岩が盛り上がったところに例の光を石があり、太陽のような光を放っている。なんだかここだけ別世界みたいだ。


 泉に貯まっている水は澄んでいて底まで見ることができる。水操作で少し手元にもってきて良く見てみるが、ごみなどは見当たらないし匂いもない。どうやらただの水の様だ。

 動物達も飲んでいたようだし問題は無いだろう。私も一口飲んでみる。


「はあぁぁ~」

 あー、水だぁー。ただの水だぁー。最近、変なものしか食べてなかったから、普通のものが心に染みる。調子に乗ってごくごく飲んでしまった。

 水操作でも飲めるけど、欲を言えばコップが欲しかったな。


「ふぅ」

 あーおいしかった。さて、ここのことを調べてみるか。

 まずはあの光る石だ。翼で飛びあがってその石に近づくと、ドラゴンさんの手がぷるぷると震えだした。何だか喜んでいるみたいだ。


 よく見ればそれは石ではなく水晶だった。表面には魔法陣のようなものが書かれている。

 やったー! 人工物だー!

 これで本当に人がいたことが確定した。いや、人じゃない知的生物かもしれないけど。


 でもなんだろうこれ? ドラゴンさんが喜んでいるから、魔光ではなく太陽光を発していることは間違いない。

 ドラゴンさんの記憶をあさってみると似たようなものがあった。これは魔道具という物の一種の様だ。


 簡単に言えば水晶が魔力を溜める電池で、そこに太陽光を発する魔法陣を、特殊な金属で表面に書き込んでいる。

 しかも、この水晶の光には微弱ながら疲労回復や浄化能力まであるようだ。


 となるとこの場所の意味もなんとなく見えてくる。疲労回復効果のある太陽光を放つ石に、その周りには泉……休憩所みたいなものかな。


 人間は、長い間太陽の光に当たらないでいると体に良くない、というのは聞いたことがある。

 この洞窟の中で働く人は日に当たる時間が短くなるだろうから、その対策でこういった設備があるのだろう。


 原っぱを良く調べてみれば、支柱の跡のようなものも見つかった。恐らくここに土をひいて、休憩小屋でも建てていたのかな。

 小屋は撤去したのか、年月で崩壊したのかは分からないが、その下の土だけは残った。

 そして、だれかが持ってきた、もしくはたまたま何かにくっついて来た種が、特殊な太陽光を受けて育ったというところか。


 ならばここから出口に通じる道があるはず。しかし、下への道以外は見渡らない。なんらかの方法で封鎖でもしたのだろうか?

 人の往来があったという事実をもとに、なんとなく動線を考えてみる。そしてこのへんかな? と思うあたりの壁に鉱石操作で穴をあける。


 何回目かの挑戦でやっと向こう側に空洞を見つけた。多分これが出口への道だ。

 向こう側までは5メートル近く。多分、私の鉱石操作のようなもので通路をふさいだのかな。

 しかし、こんなことをする理由がよく分からない。そもそも、なんでこの洞窟は結界が張られているんだろう?


 ドラゴンさんは自分を始末するためだと思っていたようだが、それでは私たち他の動物を別の階層に召喚した理由の説明がつかない。

 私たちを始末するのが目的なら、全員ドラゴンさんと同じ場所に召喚するはずだ。そもそも私は始末されるようなことをした覚えはない。多分。


 うーんわからん。まぁいいか、とりあえずこの通路を進んでいけば出口に行けるはず。先に進むとしよう。

 と思って先を見ると気が付いた。あれ? 真っ暗。


 さっきの明るさに慣れてしまったせいかと思ったが、それだけではない。この先には魔光石が全くないのだ。私は炎を出して通路を照らす。

 現れたのはちゃんとした通路だった。地面はそれなりに整備され、天井も頭をぶつけないように整えられている。間違いなく人が往来していた証だ。


 やっと人間の世界に戻ってきたようで心が弾む。先に進む足取りも自然と軽くなった。

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