その8 とある鼠の記憶
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俺はどこかの研究所で生まれた。
ESPだかサイキックだか、そんなことを研究しているところだ。
お題目としては生物の未知なる可能性やら、人工進化やらそんなことを掲げているが、実際には金と利権にまみれた、よくある会社の一つだ。
そこでは特殊能力を持った動物を作成する研究も行っており、資金調達のためそういった動物の販売も行っていた。
たいていは軍事兵器としてどこかの国に売られていく運命だ。
俺は幸運にも特異体質で、知力と能力がほかの個体より大幅に優れていた。
しかし、その知力のせいで俺は自分の運命を悟った。
だが、俺はそれに抗うことを決めた。
俺たちの商品としての能力は、その小ささを使った敵地への侵入だ。
情報収集、破壊工作、場合によっては自爆して機密保持をする。
俺は精神操作を行えるが、本来は仲間と連携するための精神感応能力でしかない。
俺は自分の知力と能力を低く見せて、人間どもの油断を誘った。
とはいえ、あいつらも能力をもつ動物を扱うプロだ。簡単には隙を見せない。
だが、人間というものはすべてが完璧ではない。
例外を嫌い同じことしかしないもの。
楽をするために規則を破るもの。
仕事中でも趣味を優先するもの。
俺が狙うのはそんな奴らだ。
俺たち鼠の管理者は、ノルマに追われて機械的に俺たちを管理していた。
部屋の清掃を行う人間の中に、二重扉の内扉を開けっ放しにするやつがいた。
仕事でもないのに俺たちのところに来て、菓子をくれる奴がいた。
俺は奴らの心に少しだけ侵入した。もちろん奴らもさまざまな能力に抵抗する訓練を受けているので、悟られないようにちょっとした命令を与えるだけだ。
鼠の管理者が俺のデータを見るときに「ただの集計ミスだ」とささやけば、俺は他の鼠たちと一緒にいることができた。俺は鼠を支配して軍団を作り上げた。
二重扉を閉めない奴に「内扉はもう閉めた」とささやけば、奴は「うっかり」内扉を開けたまま外扉を開けた。その瞬間、部屋の鼠が一斉に脱走した。
すぐさまセキュリティが駆けつけ鼠たちを攻撃したが、鼠たちはある程度の集団になり別々の方向に逃げた。それに俺は、他の動物たちも操作して脱走させた。
そのためセキュリティだけでは手が足りず、職員も総出で鼠達を退治することになった。
その中にはいつも菓子をくれる奴がいた。
こいつは小動物が好きで、鼠退治に積極的ではなかった。こういった奴の心は入り込みやすい。
俺はそいつの精神を操作して匿われることで、鼠退治から逃れることに成功した。
その後、俺はそいつの精神を完全に支配することに成功し、俺はそいつの「ご主人様」になった。
後は簡単だ。俺はそいつの荷物に紛れてこの研究所から出て行く。そして、そいつの家の近隣の住人から支配していく。
俺の支配は少しずつ広がっていき、ついには町すべての人間が俺の支配下になった。
表向きには俺の存在は出さないし、支配した人間も普段はいつも通りの生活をしている。
誰も異変には気が付かない。だが、この町では俺が支配者だ、すべての人間が俺の意のままに動く。
今では研究所の奴らも俺のために働き、俺のために尽くす。
俺は運命に勝ったのだ。
だが、俺の勝利は水を差されることになった。
ある日、気が付けば俺はこの洞窟にいた。
ほどなく俺は奴隷をすべて失ったことを理解した。
何なんだこの理不尽は!
運命とやらは、どれだけ俺を弄べば気が済むのか!
鼠ごときが支配者になるのがそんなに気に食わないというのか!
だが、俺は一度運命に勝ったのだ。ならまた勝てばいい。この程度のことであきらめるものか!
俺は細心の注意を払って行動した。能力に頼らなければ、自分は弱者であることは理解している。
まずは現状の確認だ、食料は見当たらない、水は少しだが天井から滴っている。
洞窟の中なのに明るいのは、あの青い水晶のせいか。しかしこの光はヤバイ。俺は能力で精神を保護できるが、普通の奴がこの光を浴び続ければいつか狂うだろう。
恐らく肉体にも影響がある。浴びないに越したことはない。
ともかく、一刻も早く新たな奴隷を見つけなければいけない。そして食料と水、安全な場所の確保だ。
この羊を使役できたのは幸先がよかった。こいつの能力は、見える範囲や記憶にある所なら自由に空間をつなぐことができる。
残念ながら洞窟の外に出ることはできなかったが、索敵にも逃亡にも使える素晴らしい能力だ。
幸運はさらに続いた。
俺は洞窟の中に奇妙な一角を見つけた。不自然に岩が積み上げられ道が封鎖されているのだ。俺の直感がその先に何かを感じ、狭い岩の間を通り抜けることにした。
その先には小さな泉があり、中央には不思議な光を放つ石があった。そして、周りには石ではなく土があり、様々な植物が生い茂っているのだ。野菜のようなものもある。
あまりの怪しさにまず羊に水と草を与えてみたが、特に悪影響は無い様だった。これで俺は水と食料の心配はなくなった。
さらに、羊の能力でこの安全な場所からほかの動物を探すことができた。
特にこの犬は他の動物の気配を感じると影に潜ってしまうので、羊の能力が無ければ発見することもできなかっただろう。
そして、この犬の能力も素晴らしい。ほぼ完全に自分の存在を消しながら、あらゆるものを切り裂くことができる。俺は強力な隠密能力と攻撃手段を得ることができた。
次に見つけたのは猿とユニコーンだ。まったく、こんな場所でなければ自分の幸運に呆れているところだ。
ある時、洞窟内が急に騒がしくなったので、様子を見に行けばユニコーンが猿に追われて逃げ回っていた。
こういった別のことに集中している奴らは心に隙が多い、俺はさらに戦力を増強させることに成功した。
使役した動物たちはどいつも素晴らしい能力を持っている。これほどの奴らは研究所でも見ることは無かった。
しかし、動物の数が増えたことで問題も発生した。食料だ。
俺や草食の奴らは問題ないのだが、犬と猿は野菜だけではいつか限界がくる。ユニコーンの能力は部位の欠損を修復できないので、だれかの肉を食わせて回復させる、ということはできない。
さらに、最近は地震が多い。この前は下の方で大規模な崩落のような音がした。やはり早々にこの洞窟から脱出しなければならない。
だが、俺たちの探索に成果は出ていない。どこに行っても同じような通路ばかりで気が滅入ってくる。
犬や猿に壁を掘らせてみたが、途中から強烈に固くなり進むことができない。他の動物に出会うこともなく、ただ無駄な時間を過ごしていた。
しかしある日、洞窟にすさまじい轟音が響いた。また地震かと思ったがそんな感じではない、何らかの破壊活動による音だ。
もしかしたら危険な生物がこの辺りにやってきたのかもしれない。俺は轟音の中心地へ犬を連れて確認に行くことにした。
犬の影の中には俺ぐらい小さいものなら一緒に潜むことができる。それに、空間操作による脱出路も用意しておいた。
轟音の中心地と思われる場所には、地面にでかい穴が開いていた。穴はきれいにくり抜かれおり、間違いなく人為的なものだと分かる。
しばらく観察していると、穴から人間が飛び出してきた。
人間と言ったが、あれはいったい何者だ?
頭は人間の様だが、四肢は別々の動物のものだし、背中には翼が生えている。まともな生物ではないのは間違いない。こいつがこの穴の製作者なのだろうか。
俺は影に隠れながらこいつの観察を続けたが、それは驚愕の連続だった。
奴は炎を自由に操り光源とする。自分より大きな岩を砕き道を作る。石が勝手に動いて道を開ける。
実にすばらしい能力だ、こいつを支配すればきっとこの洞窟から脱出できる。さっそく俺はそいつの精神に接触するが、そこでまた驚愕することになった。
いったいこいつはどんな環境で育ったんだ?
なぜ複数の記憶がある? なぜそれぞれの記憶の規模がまるで違う? なぜ数百年も生きたような記憶がある? なぜこんな滅裂な記憶がありがら、まともな生物のようにふるまえる?
まるで訳が分からない。俺もたくさんの人間や動物の精神に触れてきたが、こんな奴は初めてだ。
俺はこいつの精神から接触を断つ。あんな複雑な精神に接触し続けたら、逆にこっちが飲み込まれかねない。
残念だがこいつを支配することはあきらめよう。俺はこいつを始末して食料とすることに決めた。
影に潜んだまま奴に近づく、ほかにも能力を持っているかもしれないので少しずつだ。
時々急に接近したり、攻撃をするふりをしたが反応は無い。よし、こいつは影の中にいる限り、こっちを感知するすべはない。
ならばあとは速攻で決めるだけだ。奴が立ち止った時を狙い両足首を切断する。血が出なかったことは疑問だが、そのまま手を切り落とし、最後に頭を落とす。
これで良し、すぐさま距離を取って奴の死体を観察する。しかし、すぐに奴の体が動き出し、足をくっつけて首を抱えやがった。
寒気がしやがる、こいつはいったいどんだけ化け物なんだ?
しかも、警戒したのか炎を増やして周りを照らしている。これでは近づくことはできない。
だが、ほかの影と同化している俺達を見つけることはできないだろう。俺達は気づかれないように距離を取る。
ところが、急に周りから炎が消えた。何だ? と思った瞬間、周囲全てが炎に照らされた。周りの影が無くなり、俺達の影だけがくっきりと残っている。
しまった! こいつ犬の能力に気が付きやがった!
ここは退却だ。俺達は近くに隠しておいた空間の穴を目指して進む。
あいつが殴りかかってきたときは驚いたが、その爪に特殊な力はなく、影になっている俺達に効果はなかった。
よし、これならば逃げられる。俺達は空間の穴目指して急ぐ。あいつの足は止まったままだが、いや、腕をこっちに向けて……まずい!
奴の腕からビームが放たれる、とっさに回避しようとしたが、それは犬の足に当たり毛と血が弾けた。しかし、俺に操作されている犬は痛みを受けても行動が鈍ることは無い。
俺達はそのまま空間の穴に逃れることができた。
くそっ! まさか影に対して攻撃手段をもっているとは思わなかった。まずは犬の怪我をユニコーンに治癒させる。
奴への対策を考えなければならない。恐らく奴もこっちからの攻撃を警戒して動きが鈍るはず。その間に作戦を考えるのだ。
最悪逃げに徹して、奴があきらめて外に出ようとすれば、それでもかまわない。
しかし、俺にそんな時間は与えられなかった。まったく奴はとんでもないことを考えやがる!
まさか奴の進む先をすべて更地にするつもりか?
そんなことになれば、俺たちは影に隠れられるという優位を失う。さらに、奴の流れ弾を警戒して、常に空間操作で防御し続けなければいけない。
さすがの俺も、常に羊を操作し続けていれば疲れがたまる。それに、睡眠中まで能力を使わせ続けることは不可能だ。
こうなれば今の戦力で攻撃するしかない。幸い、奴のビームは空間操作で防御することができる。あとは、犬の攻撃で奴が死ぬまで細切れにしてやろう。
俺たちは空間操作で奴の前に現れた。
◆
しかし、結果はこのざまだ。
くそっ! あの化け物め、もうちょっとで手駒を失うところだった。
俺はイライラしながら羊の頭の上に乗る。
ユニコーンの首を見れば、傷はきれいに治っている。だが、血を大量に失ったことに変わりはない。しばらくは療養させないと使い物にならなくなるだろう。
くそっ! まったくうまくいかない。
まさかこんなに早く空間操作の弱点を突かれるとは思わなかった。
しかし、しかしだ。さっきの戦いは負けではない。ユニコーンはこの通り生きているし、他の奴らは無傷だ。それに、奴の弱点も分かった。
奴は手を飛ばす時に、わざわざ糸のように肉体を伸ばして体と繋いでいた。その糸を切った両手が地面に転がっているが、それは動くような気配を見せない。
思えば最初に奴の首を切った時も、体が動くまで少し間があった。恐らくその間に首と体を繋いだのだろう。
つまり頭が司令塔であり、そこから切り離されれば動かすことはできないのだ。
奴も不死身の化け物ではない。
俺は羊の頭に乗り、忌々しくその手を羊に踏みつけさせる。このまま少しずつ奴の体を切り取って首だけしてやる。そしたらこいつらの餌にでもしてしまおう。
まずはユニコーンを休ませるためにも泉に戻るか、羊に空間操作を行わせる。
……? 空間操作が発動しない?
なぜだ、こいつらは俺が支配しているから空間操作に抵抗するはずがない。
……!
まさか!
羊が踏んでいる奴の左手を見れば、その甲に目が開いていた。それと目があってしまう。
奴の方が先に動いた。左手は一瞬で蛇の姿に変わり、羊の足を登ると大きく口を開いて俺に突進してきた。
俺はとっさに精神操作を奴に……それは何の効果もなかった。俺は一口で奴の口に収まり、そのまま食道に送り込まれた。
まだだ! 消化される間に犬に攻撃を命……がぁぁぁぁ!
痛い! なんだ! 皮膚が焼ける!?
ここはまだ食道……ぐはっ! 全身が齧られている!?
なんだこいつの体は! まるで細胞すべてが俺を食べ……ぎゃぁぁぁぁ!
やめろっ! 痛い! やめてくれ!
死にたくない! 俺は生きるんだ! 運命に勝つんだ!
死にたくない! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくな……