その51
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「いったいどうしたんですか」
私とアリスが戻ってくると、みんなは窓から空を見ているようだった。それに、部屋がなんだか暗い気がする。
一体外で何が起きているんだ?
「とりあえずあれを見ておくれ」
ニーナさんが窓から空を指す。そこには、端から暗く欠けだしている太陽があった。ああ、あれは日食か。珍しいけど緊急事態という訳では……あ!
「時期がおかしいわ、今は日食が起きる時じゃない」
そうだ、この世界では日食なんて起きたら大騒ぎになる。だから、事前に教会なんかが大々的な周知を行うはずだ。
つまり、あれは人為的に起こされている?
「しまった!」
珍しくアリスが大声を上げる。そして、大急ぎでディスプレイの方に戻ると、様々なデータをそこに入力し始めた
「もしもし、ヨハンくん聞こえる? ああ、こっちでも確認している。うん、緊急事態に備えてくれ、こっちもハンナを出すから」
ニーナさんはヨハンさんと連絡を取り合っている。ハンナさんは魔法省の指揮と、教会と協力して混乱を収めるために動き出した。
「ねぇ、リコ。あれは、あいつの仕業ってことだよね」
「そうね、恐らく月を動かしてこの星と太陽の間に向かわせているの。でも、なんでこんなこと……」
「分かったわよ」
アリスがディスプレイを引き連れながらこちらに戻ってきた。
「やられた、異世界への魔力の流れに注視しすぎてたわ。あいつはあそこで魔力を確保するつもりなのよ」
アリスは月を指しながら解説する。
もともと、月には狂った魔力を放つ魔法陣があるため、ほかの魔法の準備をしても魔力の流れに気づきにくい。恐らく、巨人が騒ぎを起こしている間に準備を進めたのだろう。
もちろん、狂った魔力の中で正確な魔法を発動する技術や、その魔力に耐える体も必要だ。しかし、あいつの魔法技術なら前者は可能だろうし、後者は精神体なので関係ない。
「しかも、月が少しずつ大きくなっているように見えるわ。きっと、パラボラアンテナのように太陽光を、そして魔力を集中させるようにしているのね」
なるほど、そういえばこの世界では月の大きさの都合上、皆既日食は起こらないはずだ。だが、このままいくと、月はすっぽりと太陽を隠してしまうだろう。
まずいな、あいつが魔力を確保してしまうのも問題だが、太陽が月に隠れるなんて、この世界で起きたら間違いなく大混乱が起きる。
こうなればさっさと月に行ってあいつを……あれ? 外から大規模な魔力の流れを感じる。これは転移魔法?
「リコ! あれを見て!」
ロイが窓から指した先には巨大な魔法陣が形成されていた。そこから白い巨人が出現する。
くそ、また時間稼ぎのつもりか。しかし、アリスに教えてらった魔法があれば、今ならそんなに時間をかけずにあの巨人を倒せる。
「ん? またヨハン君から通信が……何!」
ニーナさんが何か報告を受けたようだ。分かりやすいようにその通信を私たちにも転送してくれる。
『こちらでも魔法陣から巨人が現れました。他の教会からも次々と報告が上がっております。恐らく世界中に現れているのではないでしょうか』
あーもー! あいつは何だってこんなに陰湿なんだ! 仕方がない、こうなってはあいつよりも先に巨人の方から対処せざるを得ない。
「分かった。こちらの人員を分散して対処しよう。場所を教えてくれるかい?」
『いえ、結構です』
……え!?
『間違いなくこれは時間稼ぎでしょう? ならば、皆さまは本命に集中するべきではないですか?』
「そんなこと言ってられるかい! 普通の人間にあの巨人の相手なんか……」
『大丈夫ですよ。巨人のことならフィオナに聞きました。何とか被害を最小限にとどめて見せましょう』
「でもっ!」
『我らが母よ。あなたには成すべきことがあるはずだ。少しは子供を信頼してもいいと思いますがね』
「むっ……むぅ」
ヨハンさんの言葉にニーナさんもとっさに言い返せないようだ。確かに、これ以上は彼ら能力を信用していないことになる。
「はぁ。まったく、君が私に逆らうなんてね。遅めの反抗期かな?」
『ふふ。まもなく独り立ちの時期という事ですよ。それでは』
そこで通信が切れる。ふむ、ここまで覚悟が決まっているなら、私たちもそれに応えなければならないな。
「強い人ですね」
「まったくだね。後は魔法省内部の調整かな」
「その必要はございません」
その時、ハンナさんが数名の魔術師を引き連れて扉を開けた。連れてきたのは魔法省でも幹部と言われる人たちだ。
「グランドマスター。あなたの教えの成果をここにお見せしましょう」
「あのような巨人に遅れを取る我らではありません」
「どうぞ、あなたはあなたの道を進んでください」
みんながそれぞれニーナさんに決意を表明する。それは、やけっぱちの気合ではなく、必ず生きのびて見せるといった強い感情を込められていた。
きっと、ニーナさんはそれが一番喜ぶと、みんな分かっているんだ。
「……やれやれ、分かったよ。もう、みんなして強がっちゃって」
「このように育てたのはあなたですよ。諦めてください」
幹部の一人がニーナさんを茶化す。ニーナさんもつられて少し笑顔が戻った。
「行ってくるよ。ここは任せた」
「はっ!」
みんなが力強く返事をする。そして、私たちはニーナさんの転移であいつのもとに向かった。
◆
見渡す限り白っぽい大地。真っ黒な空。どこかで見た月の光景そのままだ。どうやら転移は無事に発動したようだ。しかし、それが逆に疑問である。
「ニーナさん、妨害は無かったんですか?」
「いいや、何回か転移しようとしてはじかれた。あいつがここに来るように指定したようなもんだね」
なるほど、ならば何か罠が待ち受けているのは間違いないだろう。だけどそんなことを気にしている場合ではない、罠があるならそれをかいくぐってでもあいつを止めないといけない。
「ここが月なの? なんだか体がふわふわするね」
「地球より重力が小さいのよ。飛び上がる時は注意してね」
すでに戦闘モードになったロイが動きづらくて戸惑っている。まぁ、ロイの運動神経があればすぐに慣れてくれるだろう。
空気が無いので普通には話せないが、こんなこともあろうかと、ロイには通信用の魔道具を渡してある。それを耳や口のあたりに埋め込んでしまえば、戦闘の邪魔にはならない。
太陽光が集まっている地点はもう少し先だ。そこに向かおうとすると、私たちの周りに巨大な魔法陣が複数現れて次々に巨人が飛び出してくる。あっという間に数十体の巨人に囲まれてしまった。
「アリス、どうする?」
「私がやるわ、理子は念のため待機しておいて」
「りょーかい」
アリスは覚えたばかりあれをやるため、魔法陣と同時に能力を発動させる。幸いにもここは月だから周りの被害を気にする必要は無い。
「三重水素形成……重陽子形成……核融合開始」
その瞬間、前方の巨人たちが密集する辺りにごく小さな太陽が生まれた。すさまじい光とエネルギーにより周りの巨人たちが消滅していく。
思わず目を塞いでしまうが、それでも瞼を通過して光が感じられた。
しかし、それも一瞬のことだった。
光が収まってしまえば、そこに残っているのは巨大なクレーターだけ。アリスは空間操作でエネルギーの向かう方向も調整して、ほかの巨人たちも退治してしまったようだ。
「……今の、アリスがやったの?」
ロイは思わず息を呑んでいる。まぁ、その気持ちは分かる。私も初めて見た時は同じ反応をしたし。
「驚くのは後。さっさとあいつのところに行くわよ」
「その必要は無いよ」
え?
あいつの声が聞こえた。声のした方を見れば、いつの間にかあいつがクレーターのあたりにたたずんでいる。
「なかなか面白い見世物だったよ。お迎えが無駄にならなくて良かった良かった」
あいつはそう言いながらわざとらしく手を叩く。精神体の癖にわざわざ音まで鳴らしているようだ。
いや、そんなことを気にしている場合ではない。
「ずいぶんと余裕の様ね、この程度の妨害なんて。私たちなんか物の数でもないと?」
「そうでもないさ、余計な魔力を使いたくなかったかね。君たちが月に来れたのも、節約した結果なんだよ? 完璧に転移を防ぐより、罠に飛び込ませほうが全体としては安上がりということさ」
まったく馬鹿にしてくれる。
だがちょうどいい。あいつの方から来てくれたらここで……む? 待った、これは本体ではない?
「あれは幻影だね。無視してさっさと行くよ」
「つれないね、ニーナ。でも、あの星の人を見捨ててここに来るような君なら当然かな?」
「御託を聞くつもりも無い。首を洗って待ってるんだね」
ニーナさんの言う通り、ここで問答するのは時間の無駄だ。さっさとあいつの所に向かうとしよう。
「そうはいかない。君たちにはもう少し時間を潰してしてもらおう」
あいつが指を鳴らすと急に体が重くなった。これは重力魔法か。しかし、これくらいはすぐに解除して……あれ?
「君たちがここに来れたのは罠だと言っただろう? すでに月の地中に魔法陣を埋め込んでおいた。重力魔法に魔法禁止をね。もちろん、特製の介入防止機能付きさ」
まったく、用意周到な奴だ。しかし、それくらいならこちらも予想している。ニーナさんが持っていた魔道具を起動すると、私たちの周りだけ重力魔法の影響が無くなった。
さらに、この魔道具には魔法禁止の魔法陣を阻害する効果もついている。以前、異世界に飛ばされたときに苦労させられたんだ。対処しておくのは当然だろう。
「無駄よ、あなたの手の内も分かっている。さっさと観念しなさい」
「不愉快だね、君たちごときに僕のことが理解できると思われるのは」
だが、あいつは魔法が効いていないのは分かっているだろうに、その顔からは余裕が消えていない。何だ? 何を企んでいる?
「じゃぁ、これなんてどうだい?」
あいつがまた空間魔法を発動する。また巨人か? そう思ったが出てきたのはもっと小さい……なっ! あれはアリス!?
「まったく、趣味が悪いわね」
魔法陣から現れたのは大量のアリスだった。その肌は雪のように白く、服も真っ白なローブを羽織っているが間違いない。
「巨人のデータをアップデートしつつ最適化したらこうなったんだよ。もともと特異点のデータは君たちのものなんだ、結果として似るのはしょうがないね」
その偽アリスたちがこちらに一斉に手を向ける、そして発動してくるのは……嘘!? 核融合!?
私はアリスと協力してそれを阻害しようとする。しかし、防ぎきれなかった反応が爆発を起こし私たちを吹き飛ばした。
何とかニーナさんの防御魔法と、ロイに支えられて地面に降りたつ。
「何で!? 核融合なんて最近できるようになったばかりなのに」
「こいつらは君たちと同じ存在なんだ。攻撃方法を検討した結果、同じ結論になるのは当然じゃないかな?」
くそう、言われてみればその通りだ。そして、あいつが話していることなんか気にせず偽アリスたちはこちらに攻撃を加えてくる。うーむ、こんな風に空気を読まないのもアリスそっくりだ。
「やれやれ、盛り上がりを理解するセンスまでは搭載できなかったよ。僕もまだまだだね。まあいい。では、ゆっくりとしていってくれたまえ」
それだけ言うとあいつの姿が消えてしまう。残された大量の偽アリスたちは次々に私たちに攻撃を加えてくる。
さすがに本物並みの能力は持っていないようだが、大量にいる以上、総合力は向こうの方が上だ。
「理子、ロイ。先に行ってちょうだい」
え? アリス?
「あいつの目的は時間を稼ぐごと。なら、それに付き合うのが一番の悪手よ。分かるでしょ?」
「でも! いくら何でもあの戦力相手に分散するのは!?」
無謀すぎる。そんなことをアリスにさせるわけにいかない
「だいじょーぶ、私もいるんだから。私とアリスちゃんの愛のパワーを見せてやるさ」
ニーナさんが何ともない風に言う。しかし、それが強がりだという事も分かってしまう。
「行こう、リコ」
「ロイ!?」
私だって分かってる。分かっているけどさ
「行きなさい! じゃないとこの場に反物質を生成するわよ!」
ああもう! 聞き分けないとところが私にそっくりだ! この子は!
「分かったわよ! でも、無事でいなければ怒るからね!」
「もちろんよ。あなたも気を付けてね」
アリスはいつも通りの無表情で、私たちを送り出した。




