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その44

 翌日、ロイと獣人の村に向かう。私は魔法省のローブを着ているが、ロイは普通の服にしている。


「これから向かうのは犬さんの村だっけ。ロイは会ったことある?」

「いや、無いかな。ただ、生活は僕たち猫族とそこまで似てないらしいね」

 事前に調べた限りもそんな感じだった。ロイの村とは違って、狩猟だけではなく農業も行っているそうだ。


 人間の街とは川を挟んで反対側にあり、昔はその水源をめぐって争ったこともあるらしい。今では治水技術や魔道具によってそのへんが改善されたので、直接的な衝突は無くなった。

 しかし、過去のことは水に流せなかったようで、現在も交流は無く、商人経由で情報が入ってくるくらいだ。


 近くまでは魔法で空を飛んで、村が見えたあたりで地上に降りる。空から見た限りではロイの村よりも規模が大きいようだ。


 村に近づくと入り口に二人の獣人が立っていた。槍や弓を持っており、なんだか物々しい雰囲気だ。どうやら何か問題が起きているのは間違いないらしい。


「待て、そこの二人、この村に何の用だ」

 そのうちの一人がこちらに声を上げる。ロイが前に立ってそれに答えた。

「僕たちは魔法省から派遣された者です。近隣で起こっている誘拐事件について、話を聞かせてもらえないでしょうか」


「お前は……獣人か。しかし、魔法省だと? なぜ、獣人が魔法省に所属している?」

「彼は私のパートナーです。魔術師だけでは解決できないことも多いため、協力してもらっているんです」


 私がそう答えると、門番の二人は想定していない状況に困惑したようで悩んでしまった。

 少しの間相談すると、結論が出たようでこちらに顔を向ける。


「村長に伺いを立てる。少し待て」

「分かりました」

 そう言って一人が街の中に入っていく。良かった、どうやら門前払いはされなないようだ。

 しばらく待っているとその人が戻ってきて、村長に会わせてもらえることになった。



 村長の家は村の中央にあり、他よりも大きな一軒家といったところだ。中に入って二階に上がると、犬の獣人でかなりのおじいちゃんと思われる人が待っていた。

 


「おかけなさい。何でも魔法省から来たとか?」

「はい、最近この辺りで誘拐事件が起きていることはご存知だと思います。魔法省ではこの件に悪魔信者が関わっていると判断しました。そして、この村にも被害者がいると聞いて、お話を聞ければと思い伺いました」


 村長さんは特に反応もなくその話を聞いてる。少しうんうんとうなずいているくらいだ。


「話は分かりました。確かに、この村でも不明者が出ているのは事実です。しかし、ご協力はできませんな」

「そんな! 一体どうして」


 ずいぶん優しそうなおじいちゃんだから協力もしてもらえるかと思ったが、出てきた言葉はきっぱりとした拒否だった。


「まず、不明者は出ておりますが、それが悪魔信者の仕業だとは限りません。彼らは勝手に村を出て行ったのかもしれない。もともと、あまり素行の良くない者でしたしね」

「しかし! それを確かめるためにも!」


「つまり、まだ確証は無いのでしょう? 不必要に村を不安にさらすことはしたくありません。本来、この村に人間が入ることすらほとんどないのです。どうか、お引き取り下さい」


 うーん。あの団長さんとは違うが、こっちもこっちで色々とあるようだ。悪く言えばこと無かれ主義のようなものかもしれない。


「分かりました。今日のところはお暇します。しかし、何かありましたら、教会などの経由でよいので教えてください」

「考えておきましょう」


 おじいちゃんはあまり期待できそうもない声で返事をする。帰りも村の人が一緒についてきたので、仕方なく村の外までは素直に戻ることにした。


「こっちもだめかー。どうしよう、こうなったらばれないように調査するしかないかなぁ」

「今のところ手掛かりもないしね。仮に、あの街の中に隠れ家でもあったら、見つけるのは難しいよ」


 教会も魔法省もあの街も立場があるので、さすがに強硬手段というわけにもいかない。それこそ魔法か能力で地道に当たっていくしかないだろうか。


 そんなことを考えながら少し歩き、村を離れたので空を飛ぼうとしていたら、後ろの方から大きな声がした。

「ちょっと待ってー!」

 振り返ると獣人の女の人がこっちに走ってくる。空を飛ぶのはやめて、その人がこっちに来るまで待つ。


「良かったー! あなた達さっき村に来た魔法省の人よね? 少し話を聞いてくれない?」

 女の人はスレンダーで背も高く、かなり凛々しい人だ。汗をキラキラとさせながら話しかけてくるその姿は、イケメンみたいですごくカッコいい。

 肩よりも長い髪が無かったら男の人かと思ったかもしれない。


「すみません、あなたは?」

「あ、私はあの村の村長の孫でカロリーナって言うんだ。カールでもリナでも好きな方で呼んでね」

 いや、そこは女性なんだからリナさんでしょう。


「分かりしたリナさん。でも、場所はどうします? 村に戻りますか?」

「いや、それはちょっとまずいの。こっちに来てもらえる?」


 リナさんはそう言いながら横の茂みに入ってく。なんだかよく分からないが、魔法省の人と分かって来たという事は重要な話かもしれない。

 私はロイと一緒にその人の後を追った。


 しばらく獣道のようなところを歩いていくと、川沿いの開けた場所に出た。中央にはキャンプの後のような焚き火の跡があり、木でできた椅子が並んでいる。


「こんなところで悪いけど、座ってもらえる?」

 リナさんが先に椅子に座りこっちを見る。とりあえず言われるがまま椅子に座る。


「まず、おじいちゃんがごめんね。失礼なこと言わなかった?」

「いえ、別に。こちらも無理を言っている自覚はありますから」


「ならいいんだけど、あなたたちに協力してくれなかったでしょ。それじゃ困るんだ」

 はて、どういう事だろう。疑問に思っているとリナさんがあの村の現状を話してくれた。


 どうやらあの村は、結構まずい状態にあるらしい。

 もともと猟と農業で暮らしていた村だけど、平和になったこともあり人口が増えてきた。

 そうなると獲物を大量にとらないといけないが、もちろん動物の数には限界がある。


 ならば牧畜でも始めればいいと思うのだが、そこに村の老人達が待ったをかけた。

 なんでも、猟は戦士の技術を維持するための重要な文化であり、それをおろそかにすることはできないと言い出したのだ。


 だが、実際には牧畜を始めるとなると、知識のない自分たちが軽んじられるではないかと、危惧しているところが大きいらしい。

 もちろん、初期投資や家畜が成長するまでの時間、人員の配置などもの問題もあるが。


 しかし、実際に獲物の量は足りず、食事の割合は農産物が多くなっている。

 それで不満がたまるのは老人ではなく若者だ。いくら犬の獣人が野菜も食べるとはいえ、肉の少ない食事では満足できない。


 そんなわけで一部の若者が老人たちに不満を持ち素行が悪くなる。そこに目を付けた者がいるらしい。


「私は直接会ったわけじゃないだけど、友達が外に出ているときに声をかけられたことがあるんだ。相手は旅の獣人を名乗ってたんだけど、話をしているうちに『村に不満は無いか? もっと豊かな生活がしたくはないか? 俺たちの村に来ればいいものが食えるぞ』みたいなことを言われらしいの」


 そんな話があってからは村の人たちには不用意に話を聞かないように、決してついて行ったりしないように注意喚起がされた。

 ところが、それから数日後に村で行方不明者が出たのだ。


「おじいちゃんたちは勝手に村を出て行った奴のことなんて、村の恥だから外部に知られたくないようだけど、このままじゃ他の子たちにも影響が出かねないんだ。だから、私としては早く解決するためにも、あなたたちに協力したいの」


 なるほど。恐らく、その話を持ち掛けてきたのが悪魔信者かその協力者なのだろう。やはり、この街の行方不明者にも奴ら関わっているようだ。


「ありがとうございます。おかげで少し状況が進展しました」

「それなら良かった。門番の人には話をつけておくから、何かあったら私を呼んでね」


 うむ、話ができる人がいるのは心強い。それに、この人は村長のお孫さんだ。いざというときには村の人たちへの影響力も当てにできるだろう。

 えーと。あと、今聞いておくべきことはあるだろうか。


「ところで、あなた達はクヴェーレから来たんだよね? ヴィル……いや、今の領主さんは元気?」

「領主さん? うーん、体は健康そうでしたけど」

 私は昨日の顛末を、少しぼかしてリナさんに伝える。


「そっか……やっぱり大変なんだね」

「でも、どうして知りたいんですか? あの街とは仲が悪いんですよね?」

 ロイがリナさんに質問する。今も略称で呼ぼうとしていたし、なんだか親しみを感じた。


「実はね、私たち昔はここでよく会ってたの」

 なんと。何でこんな場所があるのかと思ったが、そんなことに使われていたとは。


 何でも、初めは偶然の出会いだったそうだ。馬の遠乗りをしていた領主さんがこの辺りで休憩しているのを、狩りをしていたリナさんが見つけたらしい。


 人間との確執を聞いていたリナさんでも、子供の好奇心には勝てなかった。警戒しながら領主さんに近づいて話をしているうちに、なんで人間と仲が悪いのかさっぱり分からなくなったそうだ。


「おじいちゃんの話では、人間なんて自分勝手で水を奪っていく悪い奴らだったんだけどね。でも、実際に話をしてみたら、耳としっぽが無い以外、違いなんて何も分からなかったの」


 領主さんの方も最初は固い感じだっただが、次第に打ちとけて仲良くなったそうだ。そして、今後もこの場所で会う約束をしたという。


「でも、最後に会ったのはもう5年も前かな。私もヴィルも勝手に抜け出せるほどの子供じゃなくなくなっちゃたしね」

 そう話すリナさんの横顔はすごく寂しそうだ。そして、領主さんの名前を出すたびに感じるものがある。


「初恋ですか?」

 とりあえず全力で踏み込んでみた。私がそう言った瞬間、リナさんの顔が真っ赤になって、耳としっぽがバタバタと暴れだす。


「やややっ! そっ! そんなことは……あります」

 今度は両手の指を合わせてもじもじとしている。うっわ、可愛いなこの人。


「ちなみに、その、参考なんですけど。お二人はそういう関係ですよね? どうやってそういった関係になったんですか?」

 あー、聞きたいことの察しは付くんだけどなぁ。


「運命の出会いであり、命の恩人かな?」

「運命の出会いであり、命の恩人だね」

 私とロイはお互いに顔を見合わせてから回答する。残念ながら、私たちの出会いはあんまり参考にならないんだよなぁ。普通の恋愛からすると。


「ううっ、やっぱりそう簡単にはいかないのね……」

「でも、話を聞いていると、お二人もずいぶんと運命的だと思いますよ」

 うんうん、私もそう思うけどな。


「そうかしら? でも、もう一つ問題があって」

 ん? 確かにお互いの立場を考えると難しい所もあるが、他にも何かあるのだろうか。


「いえ、何でもないです。この話はここまで! とりあえず、ヴィルに会えたら、『カールがよろしく言っていた』と伝えてもらえますか?」

 カール? ひょっとして。


「リナさん、もしかして領主さんに……」

「……ええ。女性であるとは、ばれてないと思います。……いや! その! 初めて会ったときは狩りの途中だったんで、女の子な格好じゃなかったんですよ! 髪も短くしてたし! だから、その、恥ずかしくなって言い出せなくて……」


 いや、それはむしろ運命要素がプラスされるんじゃないか? そう思ったのだが、確証も無いことを言うもの何なので、口には出さないでおいた。


 とりあず、リナさんの村にも悪魔信者の手が伸びていることは分かった。なら、この辺りに奴らの手掛かりがあるのは間違いないだろう。

 ひとまず街に戻ってフィオナさんたちと今後のことを相談してみよう。


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