その42
お待たせしました。
本日より8話更新予定です。
アリスと協力してロイを復活させた理子は、元の世界に帰る方法を探すため、二人と共に魔術師の国を目指し旅に出る。
その途中で以前、理子を消滅寸前まで追い詰めた魔女と再会した。
しかし、魔女は理子と敵対する気はなく、条件をのんでくれれば逆に帰還へ協力してくれると言う。その条件は、アリスが作られた謎を解くことだった。
手がかりを求めてそもそもの始まりである洞窟に戻った理子は、自身をこの世界に呼び、アリスを製作した男に別の異世界に落とされる。
男にとって既に用済みである理子はそこで始末されそうになるが、皆の助けを得てピンチを乗り切り、その男と対峙した。
男が言うには、なんと理子は、いかなる状況でも精神を維持することが出来る、特異点という特殊な存在だったのだ。
そして、男は特異点の能力を得て、全ての世界の記憶を吸収することを目的としていた。
さらに男は理子たちを葬ろうと異世界を崩壊させるが、何とかに脱出に成功する。しかし、男はすでに別の異世界に逃亡していた。
男が特異点となり、世界を吸収するのを阻止しなければならない。しかし、男は異世界にいるため簡単には捕まえることは出来ない。
そこで理子たちは、男がこの世界より得ている魔力を追跡する魔道具を作成し、男を探しだすことに決めた。
◆
「モルゲンレーテへ?」
「そうそう。魔道具の設置に当たって話をつけに行くから、二人も連れて行こうと思ってね」
モルゲンレーテとは、この世界の宗教の総本山にあたる国だ。
この世界において神といえば、太陽に住むとされる神を指すものであり、神や宗教自体に名前は付いて無い。
そして、月の光が害悪であることにより、程度の差はあれど人間・獣人を問わず、太陽に対する信仰を皆が持っているのである。
もちろん、ロイの村のようにあまり熱心でない村もあれば、エリナさんがいた村のように、教会が建てられ厚く信仰されているところもある。
そういった教会の建設や、司祭の派遣を行っている国がモルゲンレーテだ。首都は聖地とされている。
「私とロイだけですか? アリスとハンナさんは?」
「二人には獣人の国に行ってもらうよ。アリスちゃんなら私に変身することができるしね」
なるほど、確かにアリスなら姿だけではなく、内面まで完璧に再現するだろう。
「本当はアリスちゃんも一緒が良かったんだけど、『時間の無駄』『理子にニーナの代わりは無理』って言われちゃってー」
ニーナさんはそう言いながら口を尖らせる。
はっはっは、アリスも分かってらっしゃる。確かに私ではどっかでボロを出すだろう。私とロイは外行き用の服に変えると、ニーナさんに連れられてその国に転移した。
◆
「んじゃ、理子ちゃん。後はよろしく」
「いや、そんな訳に行かないでしょう。ニーナさんも来てください」
逃げようと転移の魔法陣を発動していたニーナさんの首を掴んで、魔法の発動を妨害する。
「受付に私の顔を出したんだから、後は大丈夫だって。何を話せばいいかは分かるでしょ?」
「それとこれとは話が別です。いいから早く進んでください」
頬を膨らませてぶーたれてるニーナさんの背中を押して先に進ませる。いや、こんなに嫌がってる理由は分かるんだけどね。
ロイは執事服で私たちの一歩後ろを歩いている。これは、表向き私とアリスの従者となっているので、その演出だ。
ずいぶんと執事服が似合っているが、最近は中身もそっちに寄ってきている。
紅茶の件から色々と目覚めてしまったのか、最近は「クッキー焼いてみたよー」とか、「リビングの掃除をしといたよー」とか、甲斐甲斐しく家事を行っているのだ。
もちろん私も手伝っているのだが、何故かロイの方が何もやっても上手なのである。あれ、私の女子力はどこに行った?
「ねぇリコ、これから誰に会うの? あと、ニーナさんは何でそんなに嫌がってるの?」
あ、そういえば説明してなかった。
「これから会うのはヨハンさん。ニーナさんが教会と話をするときの受付みたいな人ね」
さらに、他の貴族やお金持ちが教会と話をするときにも、この人が担当となることが多い。この人が教会で何をしているのかというと、主に寄付金の受け入れだ。
貴族やお金持ちは教会に対して貢献していないと、熱心な信者から不評を買うこともある。そのため、手っ取り早い方法として寄付金を払うのだ。
そうすればヨハンさんが感謝状やらで貢献に対する認定をしてくるので、不評を買うことも少なくなる。
もちろん、このやり方は本当に熱心な人からは褒められたものではない。
しかし、逆にこの人にお金を払う側からすれば「金は出すけど、それ以外はやらないよ」というアピールになり、宗教に関する余計な手間を省くことができるため、それなりに需要があるのだ。
「でも、それだとその人って教会の中で評判が悪くならない?」
「ロイの疑問はもっともね。まぁ、後は本人に会えば分かると思うわ。あと、ニーナさんが嫌がる理由もね」
ロイはその回答に若干首をかしげたが、私の「会えば分かる」という回答を信じたのか、それ以上は何も言わなかった。
◆
「お待ちしておりました、我らが母よ。太陽のように、日々変わらず我々に愛を与えてくださることを感謝いたします」
廊下を歩いていると、清潔だが質素な服を来た司祭さんが出迎えてくれた。
髪には白髪が混じりだした優しそうなおじさんで、小さめの丸メガネがよく似合っている。
それに対し、ニーナさんは疲れたような顔で返事をする。
「ねぇ、ヨハン君。その挨拶はなんとかならない?」
「何をおっしゃいます。あなた様に対しこれ以上、的確な言葉はございません。母の深い愛情により我らが生まれ、今日まで生きているのです。ならば、それに感謝を述べるのは当然のことでしょう」
ヨハンさんはにこにこと笑いながら応じている。これを本気で言っているだからすごいよなぁ。
「それではこちらにどうぞ。本来ならば歓迎の為に盛大な式典を開催したい所ですが、内密に急を要する案件と伺っております」
「だから、そういうのはいらないっていってるでしょー。もー」
ニーナさんはやれやれといった感じでその後についていく。そして、ロイも状況を察したようだ。
「ああ、そうか。この宗教を作ったのって」
「ニーナさんね」
「あの四人を英雄にしたのも」
「ニーナさんね」
「ひょっとして、天使も?」
「ニーナさん。ときどきホムンクルスね」
ロイはなるほどと頷いている。そして、ヨハンさんは数少ない事情を知ってる人だ。さらに、この人は教会の中でも一、二を争うくらいに仕事に熱心で、地位が高い人でもある。
「いや、違うんだよ。私は子供に『月には悪魔がいるから夜に出歩いちゃ駄目だよ』とか言ってただけで」
ニーナさんはどうしてこうなったと腕を組んで悩んでいる。
まぁ、それは本当である。
ただ、その子供の中にニーナさんの意図を理解して、宗教にすれば広めやすいと思いついて、さらに天才的に話がうまい子がいたのが原因である。
ヨハンさんはニコニコとしながら私たち話を聞いている。そして、案内されたのは高そうな調度品が置かれた応接室だ。
この部屋は見た目だけなく、盗聴の防止などにも気が使われている。
「改めましてお嬢様。ヨハンと申します、どうぞお見知りおきを」
「あっ、はい。初めまして、リコと言います。こちらはロイ」
お嬢様と言われてドキッとしてしまったが、我に帰り頭を下げる。そして勧められた席に座り、ヨハンさんと対面した。
しかし、名前しか言っていないけど、何も聞かないのだろうか。
「ご心配なく。我らの母がお連れになったという事は、それが必要な方という事でしょう。それで充分です」
私の気持ちを察したのかヨハンさんが説明してくれる。うーん、私ってそんなに考えていることが分かりやすいのだろうか。
「それで、本日のご用件は?」
「えーとね。こんな魔道具をこの国の設置させて貰うからその連絡。設置した後は普通の石に擬態するから、ばれないとは思うけど」
ニーナさんは魔道具のサンプルを机の上に置く。作ったのは、マナストーンに魔法陣を直接刻み込んだタイプだ。
「あと、最近、悪魔がらみで変な話を聞いてない?」
「悪魔がらみ……ですか?」
「うん。厄介な敵が湧いた。私かそれ以上の魔術師で、悪魔を進化させた生物を作る技術を持っている」
「なんと!」
ヨハンさんは飛び上がりそうな位に驚いている。
ニーナさんが言う以上、それは事実であり、緊急事態であることは間違いない。
「だから、気になる事があったらすぐに連絡して欲しいんだ。直通の回線でね」
これは魔法による通信の事を言っている。世界の何人かには、ニーナさんに直接連絡できる魔道具を渡しているのだ。
「かしこまりました。さっそく一つよろしいでしょうか」
その言葉に私とロイにも緊張が走る。
「何があった?」
「とある獣人の村で多数の悪魔が発生し、神の使いが降臨したと報告がありました。何かご存知ないでしょうか?」
……あっ。
「すみません。それは僕の村のことです」
ロイが恐縮しながら手を挙げる。
「それに、神の使いは私たちがやったことです。勝手にそんなことをしてごめんなさい」
とりあえず私も頭を下げておく。いや、結果として神の使いを詐称したようなもんだし、かなりまずいかもしれない。
「あー、ごめんごめん。言ってなかったね。確かにその通りだけど、この子たちも悪気があったわけじゃないだ。そっちで取り計らってもらえる?」
「左様でしたか。ふむ、確かあの辺りの村には教会もありませんでしたし、信頼できる者を派遣しておきましょう。どうせなら新しく教会も建てますか」
私たちの不安はニーナさんの一言でかたづけられてしまった。しかし、ロイの村はこれからどうなるのだろう。
「ご安心ください。そうですな、一度候補の者をお引き合わせしましょう。この場に呼んでもよろしいでしょうか?」
「うん? 構わないけど、だれを呼ぶの?」
「とても、信頼できる者ですよ」
ヨハンさんは小さい魔法陣を作りそこに話しかける。なんだかその顔は、いたずらを思いついた子供のようだ。
そして、ヨハンさんの少し後ろに魔法陣が展開され始めた。誰かが転移でこちらに来るようだ。あれ、教会で転移が使える人と言ったら……
「ロイ! 耳隠し「失礼します! フィオナ参りました!」
しまった、遅かったか。
元気な声と共に右手を挙げて魔法陣から現れたのは、軽鎧を着た私と同じくらいの歳の女の子だ。
金髪の長い髪をポニーテールにして、肩には猫を乗せている。
「まぁ! まぁまぁまぁ!」
その子はそのままの勢いでロイの横に行き、その手を握る。
「初めまして! お名前を教えていただけないでしょうか?」
「え? あっ、はい。ロイといいます。初めまして」
「ロイ様とおっしゃるんですね。まずはお友達から始めませんか!」
「だめです! ロイは私のだからお友達で終わりです!」
私はロイに後ろから抱き着いてその手を引っぺがす。
「あら? まぁまぁまぁ! 素敵な黒髪ですね! あなたのお名前も教えていただけますか?」
しかし、彼女はそんなことは気にせず、今度は私の手を握ってきた。
「えっ? えーと。私は理子といいます。初めまして」
むぅ、ロイに迫ってきたときはムっとしたが、なんだか毒気が抜かれてしまった。
「お姉ちゃん。周り見て、周り」
フィオナさんの肩に乗った猫が、彼女の頬をてしてしと叩く。
「これこれ、フィオナ。グランドマスターの前で失礼ですよ」
「お父様。……あらあら、そうでした、私としたことが。改めましてフィオナと申します。この子はトルテさんです。どうぞよしなに」
そう、彼女はヨハンさんの娘さんである。軽鎧を着ているのは教会の騎士団に所属してるからで、今は仕事の途中だったのだろう。
「はっはっは、フィオナちゃんは相変わらずだねぇ」
「お久しぶりです、お姉さま。本日はどのようなご用件で?」
「いや、呼んだのはヨハン君でね。そっちに聞いてもらえる?」
しかも、フィオナさんは魔術師であり、魔法省の学校に留学していたこともある。転移ができる魔術師は貴重であり、その才能も申し分ない。
つまり、教会の重役の娘、騎士であり剣の腕も確か、魔法も才能ありと、かなり多才な人物である。問題は……
「まぁ! 猫族の村に派遣していただけるのですか! それは素晴らしい!」
可愛いもの、特に猫に目が無いのだ。肩に乗っているのはペットではなく使い魔の猫である。
そんなトルテさんが肩からテーブルに飛び降りると、トテトテとこちらによ寄ってきた。
「ロイさん。お姉ちゃんが失礼しました。理子さんも、恋人にあのようなことをしてごめんなさい」
「いや、大丈夫だよ。トルテさんもよろしくね」
ロイはその前足を握って握手をする。
「うん、私も気にしてないからね。よろしく」
うーむ、妙に礼儀正しい猫さんだな。私も挨拶をして顎を撫でていると、ヨハンさんの説明も終わったようだ。
「なるほど、先日噂になっていたのはロイ様の村でしたのね。しかし、ロイ様はなぜここに?」
「えーと、話せば長くなるんですけど」
事情は分かっていた方がいいと思ったので、フィオナさんたちにも説明することにした。
私たちの能力は、特殊な魔法ということにでもしようかな。
◆
「ううー、ぐすん。お二人はなんともお辛い体験をなされたのですね」
「えー、あー、うん。だから、ロイの話はその村ではしないようにお願いしますね」
話としては、呪いにかかったロイを偶然私が助けて、ロイの村に戻って悪魔を退治した。といったところだ。
しかし、フィオナさんはロイが村を離れた下りから思いっきり泣きだしてしまった。
「間違いありません! お二人はこれから幸せになります! 私もお二人に幸せの為に、微力ながらも尽力させていただきます!」
うーん。間違いなくいい子なんだよなぁ。でも、なんだろう、この変な感じ。
「なんだかリコに似てるね」
えっ!?
「そうそう、なんとなく同じタイプだよね」
ニーナさんまで!? はたから見ると私ってこんな感じなのか?
「準備がありますのですぐにとはいきませんが、教会が軌道に乗るまではフィオナに任せようと思います」
「お任せ下さい! ロイ様の村は新たな聖地として、必ずや発展させてみせましょう!」
そこまでしなくてもいいのだが。まぁ、優秀な人なのは間違いないので、うまくやってくれるだろう。
「あっ。ところで、お姉さまに聞きたいところがあったのですがよろしいですか?」
「私に?」
さすがに泣き止んだフィオナさんがニーナさんの方を見る。
「魔法陣を出さずに魔法を放つ方法に、心当たりはありませんか?」
私たちは視線を合わせる。
「その話、詳しく聞かせてもらえるかい?」




