その4
まったくこの洞窟はどうなってるんだ。
先に進むたびに動物たちが攻撃しくてくるので心が休まる暇がない。
まぁ、いっぱい肉が食べられたおかげか体さんが行動を制限してこなくなったし、能力も増えた。
特に鳥さんの炎操作がうれしい、これで周りが明るくなって探索もしやすくなる。
それに翼!
鳥に変身して飛び回るのも楽しかったが、大きめの翼に空気操作と炎操作で推進力を補うことで、人間の体でも飛行することが可能だ。
ただ、翼用の肉を調達するため体がちょっと細くなる。普段はそこに虎耳、虎手、虎足というキメラな状態だ。
兎さんの氷操作は使っていて楽しい。
意外と形の自由がきくので、氷の剣を作ったり氷細工の真似事をしたりもできる。私の器用さが能力に追いついていないけど。
あと猪さんの鉱石操作、これもなかなか便利。
洞窟の中というものあって、自分の周りが全部操作可能という状態。地形が崩れているところも楽々通ることができる。
しかし、この能力を取った時にいざ脱出、と思って壁を掘りまくったところ、なぜか途中から掘れなくなった。
どうやら上にも下にも横にも、一定以上先が岩盤か何かなのか強烈に固くなっているのだ。能力で操作もできず、ぶん殴ってみてもびくともしない。
それに……また地面が揺れた。
ここしばらく頻繁に地震が起こっている。
私が今どれだけ深い所にいるのかわからないが、下手に掘り進めて一帯が崩落でもしたらシャレにならない。というわけで、今は地道に出口を探している。
ただ、ここに来てからそれなりに時間がたっているけど、いまだにこの洞窟の全体が把握できない。結構上った気もするし下った気もする。何度も同じ道に出たような気もする。
まさかどっかで無限ループなんかしてないよね?
そんなことを考えているとまた地面が揺れだした。
……あれ? 今までより揺れが大きい? ていうかこれ地震か!?
地震は私が立っていられないくらい大きくなる。
「んひゃっ!」
そして、何かが砕けるような大きな音が足元から響いた。強烈な揺れも加わり、思わずしゃがみこんでしまう。
「ひゃい!?」
次の瞬間、私の横をぶっといビームが通り過ぎていった。ビームは天井を溶かすと、少し上まで行って岩盤に当たったのか、音を立てて消えた。
びっ、びっくりしたー。
どうやら今のビームはあの妙に固い岩盤をぶち抜いてやってきたようだ。その跡には私が5、6人は通れそうな穴が空いている。
恐る恐るその穴を覗いてみるが、斜めになっているせいか先が見えない。
とりあえず穴から顔を戻し考える。
最近の地震だと思っていた揺れはこのビームのせいに違いない。あの固い岩盤をぶち破るために何度も放っていたのだろう。この下には相当やばい生物がいるようだ。
まぁそんなのには近寄らないに限る、さっさとこの場を離れ……ん? また地震か……?
あれ? 地震ってビームのせいじゃないの? 今ビーム出てないよね?
おろおろしている間に揺れはどんどん強くなり、ついには天井が崩れだした。
嘘!? まさか崩落してる?
考えている間にも天井から岩が崩れ落ち、近くの通路が完全に石で塞がれた。
どうやらさっきのビームの衝撃で、この一帯の地盤にとどめが刺されたようだ。
どうしよう。さすがに完全に埋まってしまったら、この岩盤だらけのところを鉱石操作で抜け出すのは相当面倒くさい気がする。
ちらっとさっきビームでできた穴を見る。
えっ? 行くの? ここ?
「んひゃっ!」
私の頭にでっかい石が落ちてきた。痛……くはないけど、もう悩んでる暇もないようだ。私は仕方なくその穴に飛び込んだ。
◆
穴は斜めになっているが、角度が急すぎてほぼ自由落下だ。私は鳥の翼を羽ばたかせて減速する。
穴の先はまだ見えない。あんまりゆっくりしていると上から石が落ちてくるし、運が悪ければ下からビームが来るかもしれない。
しかも、この先にいるものの正体がわからないのだから不安でしょうがない。
あ、やっと出口が見えた。できれば先の様子を見たかったが、上から石が迫って来ているので止まれない。しかたがなく穴から思いっきり飛び出す。
飛び出した先は、野球場くらいの広さの部屋だった。天井も今までの通路よりはるかに高く、部屋一面に発光する水晶が有りかなり明るい。
そして、高さが10mはありそうな巨大なドラゴンが、大きな目で私を睨みつけた。
ドラゴンは大きく口を開くと、その中で何かが光って……やばっ!
私はとっさに翼を閉じて、思いっきり下に落ちる。すると、さっきまで私がいた場所をビームが通り過ぎた。
あっぶな! ビームの着弾点を見れば壁が真っ赤になって溶けていた。あれを喰らったら私でも危ない気がする。しかし、さっき岩盤を貫いたものより細いな。あれは多分、おもいっきり力を溜めて打ったものなのだろう。
私が出てきた穴は岩石で埋まってしまった。とりあえず地面に降りてドラゴンを正面から見据える。
そのドラゴンは全身が美しい金色に輝き、四肢や翼は太く、強靭さとしなやかさが感じられる。まさに野生生物の美しさ、といったところだ。
でも良く見れば所々色がくすんでいたり、皮にしわもできている。もしかしてお年を召されてる? おじいちゃんなのかな?
それに目が死んでる。というか悪堕ち? そんな雰囲気がある。
え? なにこれ? 悪落ちした古龍とかラスボス?
なんで私、いきなりラスボスとエンカウントしてるの?
「ゴアアアアアア!」
そんな私の現実逃避などおかまいなく、ドラゴンは咆哮とともに私に突進してきた。そして右手を大きく振り上げ、その爪で私を切り裂こうとする。
その巨体から放たれる咆哮にビビってしまうが、動きは結構雑だし避けられない速度ではない。多分、部屋に対してドラゴンが大きすぎるから全力で移動ができないのだろう。私は爪を回避しながら飛び上がる。
空ぶったドラゴンの爪は、地面に当たると大きな音を立てて土煙を上げた。
爪が通ったところ所を見れば、きれいに地面がえぐれている。まともにくらったらばらばらにされかねない。
ドラゴンはすかさず私に向き直り、口を広げビームを打ってきた。私はそれも難なく避ける。さっきよりもさらに細いが、当たった壁が赤くなっているので威力は十分だろう。
その後もドラゴンはビームを撃ちながら時々突進して爪を振るってくる。私も避けながら攻撃を仕掛けるが、ほとんど効果がない。
空気弾、火炎、氷剣は無傷。
窒息を狙おうにも動き回るので無理。
地面から槍を出してもお構いなしに踏み砕く。
相手の爪を避けてこっちも爪を振るってみるが、皮に傷がつく程度だ。
やはり何か考えて攻撃せねばなるまい。
私は仕込みのため氷剣の攻撃を増やす。狙いは目や口、羽などの他より弱そうなところだ。仕込みを相手に気付かれないように、他の攻撃も続けながらビームと爪を避ける。
ドラゴンの攻撃はどんどん過激になる。爪以外にもしっぽや体当たり、ビームを乱射したりとやりたい放題だ。
そうなると普通に避けるだけでは間に合わず、当たりそうな場所を無理やりへこますなど、人間には不可能な回避方を取らざるを得ない。だがここまですれば直撃を受けることもない。
そんな感じでお互い決め手のない戦いが続く。状況はこう着しているんだけど不安は消えない。こんなドラゴンの攻撃が肉体技とビームだけとは思えないし、絶対何か隠し玉を持っているだろう。
ビームも単に狙いが正確なだけならいいんだけど、私が避けるのも計算し始めたのか、だんだんといやらしい位置を狙ってきている。むぅ、やはりこいつも強者か。
すると、突然ドラゴンの動きが止まった。口を大きく広げてビームを溜めだす。さらに今まで違い全身が淡く輝いている。ん? なにをするつもりだ?
ドラゴンからビームが放たれるが、溜めた割には細いし少し遅い気がする。とはいえ、なんだが嫌な予感がしたので大きく避ける。
そして、ビームが私の横を通りすぎるとその方向が変わって私に向かってきた。
「んひゃっ!」
構えていたおかげで何とか避けることができたが、避けたビームがまた方向を変えて私に向かってきた。
なんだこりゃ!? ビームが私についてきている? 打った後のビームを操作しているのか?
ビームに気を取られているうちにドラゴンは私に突進してきた。腕を大きく振るって爪で私を切り裂こうとする。
こなくそっ! 私は何とかその爪を避け……
「え?」
爪を避けきったはずなのに、なぜか私の右の翼が切り飛ばされた。
なっ何が起きたの!? 確かに避けたのに!? 何かの能力!?
いかん、落ち着け。まずは体勢を立て直そう。
私は肉を移動させて翼を復活させる、減った肉は右足から補てんした。
ドラゴンは私が落下することを期待していたようなので、何とか追撃はされずに距離を離すことができた。しかし、ビームは相変わらず私を追尾してきている。
相手の集中を乱せないかと、氷剣をドラゴンの目を狙って放つ。だが氷剣はドラゴンに近づくと方向を変えて壁にぶつかった。
あれ? 私はまっすぐに氷剣を放ったはずなのに?
やはりドラゴンが何らかの能力を使っているのは間違いない。
自分のビームを曲げる、なぜか避けた爪にあたっている、私の氷剣を曲げる。
……どんな能力を使っているんだ?
考えている間もビームは私を追い続ける。そして私が体勢を崩しそうになると、ドラゴンの爪が迫ってきた。今度こそ当たらないように空気操作も炎操作も出力全開で……ん? あっ! しまった!
あることに気を取られたせいで、今度は左腕をもっていかれてしまう。しかし私は相手の能力が分かった。まずは全力で距離を取る。
そしてけん制に氷剣を放つが、あえて何本か狙いを外してみる。
氷剣はドラゴンに近づくと方向がそれるが、外して放ったはずの氷剣が「思った通り」曲がってドラゴンに当たった。
やっぱり。あいつは光を操作する能力を持っているんだ。
ビームがそもそも光で、他にも光を操作して自分の位置を誤認させ、氷剣が曲がったように見えたわけだ。
さっき私は、空気操作で感じた相手の位置と、目で見た位置がずれていたから気づいたのだ。
相手の能力が分かったのはいいが、片手片足を失ってしまったのは痛い。それに分かったところで対処法も思いつかない。
私の空気操作では動いている相手の位置は正確には分からないので、避け続けるのは難しい。
こうなればさっさと決着をつけよう。幸い仕込みも終わったので、あとはうまくいくのを祈るのみ。
まずは相手の位置調整。追尾するビームを避けながらドラゴンを誘導する。ドラゴンが飛び上がらないように高度は低めだ。
そして、私が避けきれずに体制を崩す振りをするとドラゴンが突撃してくるので……今!
私は仕込みその1「落とし穴」を発動する。
事前に何箇所か鉱石操作で地下に空洞を作っておき、今まで崩れないように補強しておいたのだ。もちろんドラゴン全体が入るようなものは作れないので、足が沈む程度のものだけど。
「ガアアアアアア!」
足が地面にはまり、体勢を崩したドラゴンが不快を表すように大声を上げる。さらに私は鉱石操作でドラゴンの足が抜けないようにしつつ、仕込みその2を発動する。
私の水操作で四方からドラゴンの顔をめがけて水が飛びかかる。これはさっきから投げまくっていた氷剣が溶けたものだ。
ただでさえビームや炎が飛び交うこの部屋はかなりの高温になっている。そして、私もばれないように何度か氷剣を溶かすように炎を放っておいた。
集まった水は水球となりドラゴンの頭を覆っている。いくらドラゴンの爪でも水を切ることはできない。
それに、急に息ができなくなって混乱しているだろう。私はドラゴンに近づいてチクチク攻撃し、怒りをさそっていく。
ドラゴンは水を離そうと暴れまわるが、急に動きを止めた。
「グッ! ゴッ! ガアアアア!」
そして口を無理やり開いてビームを放とうとすると、ドラゴンの頭で大爆発が起こった。
あれ? ビームを打つまでは予定通りなんだけど、この爆発は予定外。
暴発でもしたのかと思ってドラゴンの頭を見ると、大量の蒸気が立ち込めている。……ああ、あれは水蒸気爆発ってやつか?
予定は狂ったがやることは変わらない、私はドラゴンの口に突撃する。
そう、私の狙いは口の中、それも「ビームを打った直後の」だ。
外からの攻撃が効かない以上、あとは体内を狙うしかない。
だけど、こいつはビームを吐くので、下手に口に飛び込んだらビームにぶつかってしまう。ただ、ビームはそれなりに溜めが必要なのはわかっているから、打った直後を狙えば良い。
しかし、ドラゴンも口を開けっぱなしにしているわけではないので、接近した状態でビームを打ってもらい、その直後を狙わないといけなかった。その方法を考えた結果が今までの仕込みである。
そんなこんなで胃に到着。吐き出されないように胃液を操作して、入り口と出口をふさいでから凍らせる。
そして、右腕を猪の牙に変形させて、心臓めがけて突く!
さらに、腰から下の肉が無くなるくらいに、肉を右腕に集中させて伸ばす!
といっても正確な心臓の位置は分からないので、鼓動とかから推測しているだけなんだけど。
胃の壁から血が噴き出すと同時に、ものすごい振動が襲ってくる。
恐らくドラゴンが痛みで暴れまわっているのだろう。しかし、私はお構いなしにまた別の場所に右腕を突き伸ばす。さすがにドラゴンといえど、胃の中を攻撃する手段は持ってないはず。
さらにもう一回右腕を突き刺すと、突然ドラゴンの動きが止まった。とどめを刺した? と思ったがそんな感じではない。
「ガアアアアアア!」
頭が痛くなるような大声が胃の中に響く。
「んひゃっ!?」
さらに揺れを感じた後、急に胃が縮まって私を押しつぶしてきた。
なんだ!? まさか胃の壁を動かせるのか?
いや違う、なんだが握りつぶされているようなこの感覚は……まさか!?
そして、すごい勢いで胃ごと持ち上げられて放り投げられた。地面叩きつけられた衝撃は胃がクッションになり抑えられたが、右腕は途中で肘から先がちぎれてしまった。
残った肉で体を元に戻そうとすつが、頭と右腕の分しかない。
何とか胃から這い出すと、そこには胸から大量に血を流したドラゴンが待ち受けていた。その口からも血が垂れており、右腕も血にまみれている。
こっ、こいつ、自分の胸を開いて胃を切り取ったのか!?
「グ……グオオォ……」
その声にはもうさっきまでの力強さはなく、重症なのは間違いない。それでもドラゴンはゆっくりと私の方に向かってくる。
吸収した動物たちの記憶のせいだろうか、なぜか逃げるという考えは浮かばなかった。
私は残った力でドラゴンを足止めする。
血を凍らせ、氷剣を投げる。しかしドラゴンは止まらない。
炎を浴びせ、空気弾をぶつける。しかしドラゴンは止まらない。
今まで効果のなかったそれらも、今のドラゴンには効いているようで、少しずつその動きは遅くなっている。
だが止まらない。ドラゴンは私に向かってくる。
ドラゴンは私の目の前にやってきた、そして右腕を大きく振り上げる。
だがそこまでだった。ドラゴンはそのまま前のめりに倒れ、辺りに轟音が響く。
ちょうどドラゴンの顔が私の目の前にある。
あんな戦闘の後なのに、その顔は寂しくて泣いているように見えた。