その30
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「あれ? エリナさん?」
お店のドアを開ければ、エプロン姿のエリナさんが何人かの子供に囲まれていた。
「やっほー、来てくれたんだね。ありがとー」
そう言って立ち上がると、ぱたぱたとキッチンの方に行き声を上げる。
「おとーさーん、お二人さん来たよー」
え? お父さん?
「あはは、実はここ、お父さんのやってる店なのよ。私は母さんと酪農の方をしてるんだけど、こうしてお手伝いもしてるんだ。あ、それよりも座って座って」
促されて壁際にあるテーブル席に座る。ロイは一度部屋にアリスを迎えに行った。
すると、さっきエリナさんといた子供たちがテーブルの反対側で私を見つめている。
私がフードを下して「こんばんは」と言うと、みんな元気に「こんばんわー」と返してくれた。
「あの、お姉さんは人間なんですか?」
「まほうつかいなの? まほう見せてー!」
「どこからきたのー?」
おおう、みんな元気いっぱいだわ。しかしなんで子供がここにいるんだろう?
「ははっ、リコ、大人気だね」
ロイがアリスを肩に載せて戻ってくる。すると、子供たちはそっちにも興味を持つ。
「あれ? お兄さんは猫の人なの?」
「とりさんだー!」
「おねーさんのこいびとー?」
「こらこら、お客さんを困らせちゃだめだよ」
エリナさんが二つお盆をもってやってくる。お盆にはシチューにフレッシュタイプのチーズ、パンが乗っていた。
パンにもとろけたチーズが乗っていて実に美味しそうだ。
「おー! すごーい! 美味しそうー!」
「そう言ってもらえると嬉しいね。とくにフレッシュチーズは今日作ったものだから、ここでしか食べられないよ」
それは素晴らしい。だが、ふと気が付くと子供たちもその料理を見ている。うう、なんだか食べづらい。
しかし、そこにおじさんが大きなお盆で料理を持ってきた。
「ほら、坊主どもはこっちだ」
そして隣のテーブルに料理を置く。そちらはパンにシチューをかけており、量も少なめだ。
子供たちは歓声を上げてそちらに向かう。
「騒がしくてごめんね。親が忙しい子なんかはうちでご飯を食べていくんだ。なんなら部屋で食べる?」
「いえいえ、子供は元気が一番ですよ。みんなで食べた方が美味しいですしね」
「ならよかった。あ、これ鳥さん用ね。じゃあごゆっくり」
アリス用に量が少ないものを用意してくれたようだ。
エリナさんはそれを置くと、別のお客さんがやって来たのでそちらの対応に向かう。
「それじゃいただきまーす!」
「いただきます」
『いただきます』
ふむ、まずはシチューを一口。んーあったかくてミルクの甘みがしておいしい。バターと小麦粉でとろみも付けられている。
お肉の類は入っていないが、かえって野菜の美味しさが感じられた。
「美味しいねぇ。あれ? ロイ?」
見ればロイはスプーンを持った状態で固まっている。
「どうしたの?」
『シチュー、と言うか牛乳を知らなかったみたいだから教えてあげたのよ』
「牛の乳……?」
ああ、確かに初めて聞いたら違和感を覚える食べ物かもしれない。
「大丈夫よ、美味しいから。ほら、あーん」
私はロイにシチューを掬ったスプーンを向ける。
ロイは一瞬とまどったようだが、意を決してそれを口に含む。するとその目がバチッと開いた。
「あ、美味しい」
「でしょー」
そうと分かれば、ロイもパクパクとシチューを食べだす。
しかし、ニンジンを口に含んだ時に微妙な顔をしたのを、私は見逃さなかった。
次はフレッシュチーズだ、どうやら少量の塩とオイルがかけられている。それを一口かじると、濃縮した牛乳の美味しさが口の中に広がる。
なにこれ! 美味しい! こんなの初めて!
フレッシュチーズ自体あんまり食べた事なかったけど、こんなに美味しい物だったんだ。
そしてパンの方にはまた違うチーズがかけられている。こちらは固いチーズを溶かしたもののようだ。
これもまた絶品で、パンも少し硬いが小麦の良い香りがする。いくらでも食べられそうだ。
ロイもパンとチーズが気に入ったようで、最後の一切れまで味わって食べていた。私もシチューの残りにパンを浸して食べる。
アリスにも同じようにして食べさせていると、エリナさんがお茶を持ってやってきた。
「いやー、良い食べっぷりだねぇ」
「ごちそうさまでした。パンもチーズもシチューも、とってもおいしかったです」
「ありがとー、旅の人に言ってもらえると自信がつくねぇ。ところでさ」
エリナさんは私に顔を寄せてこっそりと聞いてくる。
「おねーさんは、あの子とどうやって仲良くなったの?」
そしてロイをちらっと見た。あ、これはまさか恋バナってやつか?
「ふふっ。以前、色々あって私が落ち込んでいるときに。あの子は私をぎゅっと抱きしめて慰めてくれたんですよ」
「ええー!? あの子ってそんな情熱的なの? はぁー、あなたもすごかったけどお互い様だったのね」
「私も?」
「何言っているの、お店で『あーん』なんて、久しく見てないわよ」
「あはは。えーと、あれはあの子が牛乳を初めてだって言うからつい」
そこで、キッチンの方からおじさんの怒声が響く。
「エリナ! サボってないでこれ持ってけ!」
「はいはーい。ごめんね、あとでまた聞かせてねー」
エリナさんはキッチンに戻っていった。すると、入れ替わりで子供たちがこっちに寄ってくる。
「おねーさん、魔法見せてー! まほー!」
う、そんなキラキラした目でお願いされてると断りづらい。うーん、見せちゃってもいいものだろうか。
ちらっとロイにパンを食べさせてもらっているアリスを見る。
『小さい氷ならかまわないじゃない?』
それもそうか、私は子供たちの方に向き直る。
「わかったわ、ちょっとだけね」
右手に魔法陣もどき展開すると、子供たちの目が光る。いや、よく見れば一部の大人もこっちを見ていた。
そして親指くらいの氷を、サービスで少し宝石のような形にして出現させる。
「すごーい」「きれー」「ちょーだーい」
せっかくなので目の前にいる女の子に渡してあげた。
「わっ、つめたーい、氷だ!」
「そうよ、すぐ溶けて水になっちゃうから気を付けてね」
女の子は大事そうにその氷を見つめている。しかし、別の子たちが「ぼくもぼくも」と騒ぐので、結局は人数分の氷を渡すこととなった。
◆
あの後もいろんな人から話しかけられて、やっと部屋に戻ってこれた。こんなに人と話したのは久しぶりだ。
ロイも私と同じように色々と聞かれていたようだ。特に私との関係や、なれそめを聞きがたがる人が多かったらしい。
世界が違っても恋愛の話と言うは、皆大好きなのだろう。
しかし、元の世界はそういった話を聞く専門だった私が、話す方になるとは思わなかった。これもロイに出会えたおかげである。
そして部屋でくつろいでいると、ドアがノックされた。
「お湯を持ってきたよ。開けていいかな」
エリナさんの声だ。食事を作った後の残り火で、体を拭くためのお湯を沸かしてくれたそうだ。
「はいはーい」
ドアを開けてお湯の入った桶を受け取る。
「今日はありがとね、子供たちも皆楽しそうだったよ」
「とんでもない、こっちも楽しかったです。皆元気でいい子でしたね」
「ふふ、ちょっと元気すぎるくらいだけどね。あ、お湯は終わったら下に持ってきてね」
「はい、分かりました」
しかし、私たちは体が汚れないのでお湯は必要なかったりする。
若干の罪悪感も覚えたが、使わないのも不自然なので、適当にタオルをじゃぶじゃぶして戻すことにした。
「じゃあ戻してくるね」
ロイが桶を持って下に行く。ところが、しばらくすると下の階から乾いた大きな音がした。
何事かと思って階段を覗くと、顔を赤くしたロイが戻ってくる。
「ロイ、どうしたの?」
「えーと、その」
なぜか口ごもっている。
「誰か転んだ? 怪我とかしてない?」
「いや、そうじゃなくて。その……桶を返す時におじさんが、夜中に『騒がしく』しないでくれよって言ったから、エリナさんがその頭を思いっきりひっぱたいて……」
「……ああ、理解したわ」
おじさん。私の世界ならセクハラで訴えられてますよ。でも、かわいいロイが見れたから許す。
◆
翌朝、外に井戸があったので顔を洗い、朝食を食べる。昨日の残りのシチューをパンにかけたものだ。
一緒にあったかい牛乳もついてくる。美味しくいただいたら、もう出発しないといけない。
おじさんとエリナさんはお店の間にまで出て見送ってくれた。
元気よく手を振って二人と分かれる。名残惜しいがずっとここに居るわけにもいかない。
これも旅に楽しみと思って村を出ることにした。その途中で昨日店にいた子供が私に手を振ってくれる。
うーん、本当、皆いい人だなぁ。
村のはずれて少し立ち止まる。
「良い村だったね」
「そうだね。それに、楽しかったのと、もう行かないといけない思いが合わさって……こんな感覚は初めてな気がする」
『それも旅の醍醐味かしらね、これからもっと味わえるといいわね』
行く先々が全部楽しい所とは限らない。でも、ロイと行く最初の村がこんなに良い所だったのは嬉しい限りだ。
「また来ようね」
「うん、そうだね」
私はロイと手をつないで街道を歩きだした。
◆
そんな感じで村に寄ったり、野宿をしたり、小屋に戻ったりして、ようやく遠くに城壁が見えてきた。
あれが、この国の首都にあたる街だ。
さすがにこの辺りまで来ると、ちょくちょく人に会うようになった。
馬車に乗った商人さんや、馬に乗った兵士もいる。ほとんどは獣人の様だが、ちらほらと人間の姿も見るようになった。
『理子、少し早いけど小屋に戻りましょう。話したいことがあるの』
「ん? 分かったわ。ロイ、小屋に戻るから隠れましょう」
人がいないことを確認して転移する。しかし、まだお昼を過ぎたくらいだ。いったいどうしたのだろう。
アリスの話は、私たちの服装を変えた方がいい。ということだった。
アリスは通りかかる人の反応を見たり、心を読んだりしているそうだが、特にロイの服が貧相なので目立っているらしい。
確かにロイの服はぼろぼろだ。今は冬なので外套でごまかせてはいるけど、それでもくたびれているのは隠せていない。
そこで、ロイの服を形成し直すことになった。
アリスがロイの服に触れると清潔感のあるシンプルなシャツとズボンに変わる。そこに、きちっとした外套が追加された。
時々見た商人さんが着ているような服だ。
ふむふむ、ロイはきっちりした格好も似合うわね。今度、タキシードでも着せてみようかしら。
そして、私はドレスを着てダンスを一曲とか。いや、どうせなら執事喫茶的な感じで、ロイにお茶を入れてもらうのも良いかも。
うーん、夢が広がる。
そんなことを思っていると、アリスは私の服にもツッコミを入れる。
どうやら私のコートは魔術師の制服みたいなものらしい。
街には他の魔術師もいるので、これを着ていると偽物なのがばれるかもしれないのだ。
むう、意外と気に入っていんだけど、しょうがないか。さて、どういうコートにしよう。
……あ、良いことを思いついた。
アリスに頼んでロイと同じ外套を形成してもらう。つまり、ペアルックだ。
形成されたそれを見てテンションが上がってしまい、しばらくはキャッキャ言いながらロイと服を見せ合った。
『それで、話はもう一つ有るんだけど』
はて、なんだろう。アリスの方に向き直る。
『街に入る方法なんだけど、夜のうちに影になって入るわ』
「え? 何で?」
『正規の方法で街に入るのが難しそうだからよ。これも兵士の心を読んで分かったんだけど、獣人と人間が一緒にいるのは珍しいから、意外と気にしている人が多かったのよね。それに、私たちは嘘をつくことになるから、最悪、街に入れないかもしれないし』
「そうなんだ、聞いてたより厳しいんだね」
『村長とか身分がある人なら楽みたいね。ロイはそういう人から聞いたからだと思うわ』
「事情は分かったけど、中で何かあったとき面倒なことにならない?」
『記録まではとってないようだから、後で何人か兵士の記憶をいじっておくわ。この方が、入国中に能力でごまかすより安全だからね』
「あと、ロイは影になれないけどどうするの?」
『それは私がやるわ。ロイ、あとで体に入れて頂戴』
「うん、分かった」
『それから、中では別行動をしましょう。道は私が調べておくから、あなた達はデートでもしてなさい』
「えっ、いやいや、それは私たちもやるわよ」
『そこのお嬢さん、どこの村の出身ですか?』
「え? あ、えーと」
『なぜ、猫の獣人と一緒にいるんですか?』
『なぜ、魔法の国に行きたいのですか?』
『あなたは魔術師ですか? なら、なんで魔法の国を知らないんですか?』
「あうあうあう」
「……アリス、もうそのぐらいで」
『分かったでしょ。ぼろが出る可能性があるから、私が調べておくわ』
はい、分かりました。うう、ダメなおねえちゃんでごめんなさい。




