その29
お昼も食べ終わりしばらく歩いていると、先の方に村らしきものが見えてきた。
村の周りは畑だらけで、近くには川も流れている。村の中央と思われる場所には背の高い建物が建っていた。
「村だー! ねぇロイ! 今日はあそこに泊まってみようよ」
「僕の村よりずいぶん大きいね。街道沿いの村なら宿屋もあるかな?」
「あの高い建物はなんだろ? 太陽の絵が描いてあるね」
「あれは教会だね。太陽は神のシンボルだから」
『宗教に熱心な村なのかしら? それとも旅人が多いから?』
「行ってみれば分かるでしょ、さぁ! 早く行こー!」
初めての村訪問にテンションも爆上がりである。ロイの手を引っ張り速足で村に向かった。
村に近づけば牛の鳴き声が聞こえてきた。村の外周には牛舎と思われる建物がいっぱい立っている。
外に出ている牛も見かけたが、見慣れた白黒の牛ではなく茶色や黒一色が多く、角もかなり立派だ。
いわゆる水牛だとアリスが説明してくれる。恐らく労働にも乳牛にも使われているのだろう。
「そういえば、アリスはなんで私の知らないことも知ってるの?」
『あなたが忘れたと思っていても、脳にはデータが残っているものなのよ。私はそれを拾い上げて修復してるの。パズルみたいで楽しいわよ』
「ああ、普段から考え事してるのはそれだったね」
『それにドラゴンや鼠、ロイの記憶もなかなか有用なものがあるしね』
「あれ? リコは僕の記憶を全部見たわけじゃないの?」
「さすがに全部は無理よ。アリスと分担して確認したの」
『心配しなくてもプライバシーは尊重するわよ』
「いや、今更二人なら隠すこともないけどね」
そんなことを話していると、人が住んでいそうな家があったので、ロイが宿の場所を聞くために入り口をノックする。
「はいはーい。おっと、これはずいぶんと可愛らしいお客さんだ」
出てきたのは大柄の若いお姉さんだった。170センチ位はあるだろうか。
こめかみに生えた角、こげ茶色の肌、髪もこげ茶色でベリーショートにしている。そして、どことは言わないがでかい。……牛の獣人さんだろうか。
「突然すみません。私は旅の者でロイといいます。この村に宿屋はありますでしょうか?」
「え? 旅? 君たちみたいに小っちゃい子が?」
「あはは、これでも部族では成人してるんですよ。それに、旅と言うか彼女のガイドですね」
そう言ってロイは私を示す。
これはさっき作った対外用のシナリオだ。
変人でお嬢様な魔法使いが、ガイドにロイを雇ったということにしている。
「へー、そうなんだ。ごめんね、猫の獣人は初めて見たから分からなかったよ」
そう言ってお姉さんは私たちを見る。いや、ロイはその中でも小さい方なので、あなたは悪くない。
「ああ、宿だったね。うーんと、あの教会の近くに麦とチーズを書いた看板を出している店があるから、そこに行くといいよ。食堂なんだけど2階に泊めてくれるから」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「お店で『エリナの紹介』って言えば、多分おまけしてくれるよ。あと、この村はチーズがおいしいからぜひ食べていってね!」
身長差があるからしょうがないんだけど、お姉さんは前かがみになってロイに話しかけている。
すると、ロイの目の前には強調されたでっかいのがあるわけである。
むぅ、ロイは気にしてないみたいだけど、何だか面白くない。
「リコ? どうしたの?」
気が付けば話は終わったようでロイはこっちを見ている。あわててお姉さんにお礼を言って頭を下げた。
お姉さんも手を振って送ってくれる。そして、家から離れてからロイにちょっと聴いてみた。
「やっぱりロイも大きい方が好き?」
「え、何が?」
「あのお姉さん、おっきかったじゃない」
「……ああ、そういうことか」
そう言うと、ロイはにっこり笑って私に横から抱きついてきた。
「んひゃ!?」
「僕が好きなのはリコだよ」
そして私の頬にキスをする。
あうあうあう。顔が赤くなって言語機能が故障する。
あのお姉さんのあれも凶器だったと思うが、こういったロイの真っすぐな好意も十分凶器だ。
『あなた達、もうすぐ人が来るから自重なさい』
ひゃい、わきゃりました。
ロイも私を離すかと思ったら、今度は手を握ってきた。
ううう、これだけでもすっごい恥ずかしい気がする。
しかし、ロイの笑顔の前には手を離すことなど出来なかった。
教会に近づくとともに家が多くなってきた。
やはりロイの村に比べると人口も多く、にぎやかな村の様だ。
ちらほらと歩いている人や、遊んでいる子供も見かける。牛の獣人が多いが、馬や羊を思わせる人もいた。
エリナさんが教えてくれたお店はすぐに見つかった。スイングドアを押して中に入ると、何やらいい匂いがする。
客の姿は無いが仕込みでもしているのだろう。お店の中は左側がキッチン、右側が客席になっているシンプルな造りだ。
「ん、客か? まだ仕込み中だぞ」
私たちに気が付いたのかキッチンの奥から声がした。そして、背の大きな牛の獣人さんが出て来る。
角の生えた頭は白い髪を短く切りそろえられおり、少し厳つい顔をしたおじさんだ。
「こんにちは。僕たちは旅の者ですが、エリナさんにここで泊まれると聞きました」
「ほう、若ぇのに旅とは大したもんだ。泊まるなら二部屋かい? それとも一緒か?」
「ええ、一部屋で大丈夫です。食事も付けられますか?」
交渉はロイに任せてキッチンの方を覗いてみると、玉ねぎにジャガイモ、ニンジンなどを大きな鍋で煮込んでいる。
近くに牛乳が置いてあるのも見えた。どうやらシチューを作っているようだ。
エリナさんがチーズを勧めていたから、牛乳も美味しいのだろう。これは食事も期待できそうだ。
「リコ、話は終わったよ。とりあえず荷物を置きに行こうか」
「はーい。おじさん、今日はよろしくお願いしまーす」
「おう、うまいメシを作ってやるから、期待して待ってな!」
おじさんに手を振って階段を上がる。二階には三つの部屋があり、一番手間の部屋に入った。
部屋の中はドアと反対の壁に木の窓が一つ、左右にベッドが二つに椅子とテーブルがある。
窓を開けると正面に教会が見えた。
夕飯が食べられるのは日が落ちたころだそうで、まだ時間がある。そこで、目の前にある教会に行ってみることにした。
信者じゃないので入れるかどうか分からないけど、それは行ってみれば分かるだろう。
アリスも来るか聞いてみたけど、動物は入れないだろうから留守番をしてもらうことになった。
まぁ、見たければテレパシーを繋いでもらえばいいし。
荷物を置いて外に出る。日はだいぶ傾いており、沈むまで一時間ぐらいだろうか。
教会に向かうと入り口は開かれていた。どうやら中には自由に入れるようだ。
教会の中は元の世界とあまり変わらず、奥には太陽を象ったと思われる大きな彫像があり、その前には信者が座る椅子が並んでいる。
左右の壁には人物を大きく描いたステンドグラスが2つずつ張ってあった。
荘厳な服を着たかなり精巧なつくりだが、なぜか顔だけはのっぺらぼうのように透明になっている。
今は夕日を浴びて右側のステンドグラスから日が入っていた。
「うわっ、すごーい。これ綺麗だね」
「本当だ、初めて見たよ。何で出来てるんだろうこれ」
「鉱石か何かを溶かしてるんだったかな? でも、色を付けた後につなぎ合わせてるんだから、すごい労力だよね」
2人で日の当たるステンドグラスを見ながら感想を言う。あ、今なんだかすごいデートっぽいことをしている気がする。
「描いているのは誰なんだろうね? こっちの2人は男の人みたいだけど、反対側は女の人かな。それに、なんで顔に何も書かれていないんだろう」
「これは、神話の中で悪魔の王を倒したと言われる英雄を描いたものですよ」
おおう、気が付くと近くに神父さんらしい人が立っていた。
頭の上に小さい耳があり、後頭部にはたてがみのような毛が生えている。馬の獣人のようだ。
「あ、もしかしてこの教会の……」
「はい、この教会で司祭をしているものです」
「お邪魔してます。もしかして勝手に入っちゃまずかったですか?」
「いえいえ、多くの人に興味を持っていただきたいので歓迎しますよ」
「ありがとうございます。これは英雄の絵だったんですか、でもなんで顔が無いんでしょう?」
「それは、記録の中に彼らの容貌が書かれていないからです。それこそ人間だったのか? 獣人だったのか? 男だったのか? 女だったのか? それも分かっていないんですよ」
「そうなると、この絵は想像で描かれたものなのですか?」
「はい、服装などは過去の人達のものを参考にしたのですが、人間か獣人かも分からないのに顔を書いてしまうと、争論のもとになりますからね。それで、自然に男性二人、女性二人、顔は描かない、となったようです」
「なるほど、そんな事情が」
ステンドグラス一つでもなかなか面白い話があるものである。
しかし、この司祭さんはなかなかぶっちゃけた事を話してくるな。
それに、英雄の顔の記録が無いなんて不思議な話だ。
司祭さんによると、英雄が悪魔の王を倒したことに関してはたくさんの記録があるそうだが、彼らの個人的な記録はほとんど無いらしい。
まだ見つかっていない資料があるのか、何か書けない理由があったのか、教会の中でも結論は出ていないそうだ。
ふむ、しかし記録自体はたくさんあるのか、そうなるとこの世界の神話は事実を基にしてるのだろうか?
そうなると神話の「神様」とか「英雄」とかも実際に存在する? それとも似たような何かを置き換えたのだろうか。
「英雄もそうですけど、神様ってなんなんでしょうね?」
つい口に出してしまう。あ、聖職者には聞いちゃまずいことだったかな。しかし、司祭さんの顔は穏やかなままだ。
「はは、『神とは何か』とはすばらしい疑問ですね。ただ、私はそれに答えられません。是非ともあなた自身で答えを探してみて下さい」
おや、思ったよりこの世界の宗教は緩い考え方の様だ。
その後も司祭さんから色んな話を聞けた。
この村に限らず農村は天候、つまり太陽への関心が高くて自然と信者や教会が多いらしい。
普段は説法や個人の相談に乗っているが、収穫祭の開催なんかも教会が中心となって行っているそうだ。
話を聞いていると日が暮れて、教会の中も暗くなってきた。そろそろお暇することにする。
「楽しい話をありがとうございました。今後は少し神様のことを考えてみます」
「それなら私も嬉しい限りです。あ、そうそう」
すると、司祭さんは入り口の方にある箱を手で示す。
「あちらでお気持ちを表していただきますと、さらに嬉しいです」
……ああ、募金箱か。なかなかこの世界の人達はたくましいようだ。
私は宗教と言うとなんとなく身構えてしまったが、聞いてみればなかなか面白いものだった。
あの司祭さんもずいぶんと話が上手である。やっぱり仕事上、そういう技術が必要なのだろうか。
それに、この世界には悪魔も魔法も実在するため、神話と事実が矛盾しないというのも大きいかもしれない。
なんというか歴史の勉強をしている気分だった。
『でも、肝心の悪魔関係はよく分からなかったわね』
「しょうがないよ、それが分かったらここまで悪魔を恐れてないだろうし」
「どこからともなく現れた、人を害する存在ってだけだもんね」
『訳が分からないから怖いって訳ね』
「悪魔に何か目的にあるなら対処法も考えられるけど」
「この前会った悪魔は、狂ってるとしか思えなかったわね」
まぁ、偶然立ち寄った村で色々と聞けただけでも良いとしよう。今はそれよりも重要なことがある。
「そんなことより、夕飯よ! さっきシチューが見えたし、チーズも楽しみだわ!」
「そうそう、アリスにも何か出してもらえるように頼んどいたよ」
『それは楽しみね、どっちか部屋まで迎えに来てもらえるかしら』
お店のおじさんも自信たっぷりみたいだし、楽しみである。私たちは足早に宿に戻った。




