その21 ???とこれから
8/26 誤字を修正しました。
お腹が空いた、お腹が空いた、お腹が空いた。
いや、さっき肉を食べたばかりではないか?
……死にたくない……死にたくない……
やっぱりお腹が空いた。お腹が空くのはよくない。命が維持できない。
いや、肉体はもう十分あるのではないか?
……足りない……足りない……
お腹が空いた、お腹が空いた、お腹が空いた。
やっぱりお腹が空いた。お腹が空くのはよくない。さらに食べさせよう。
なんだか頭が重い。変なものでも食べたのだろうか。
いや、お腹が空いたせいだ。もっと食べさせよう。まだ近くに動物がいるはず。
でもどうしようか、最近は体の使用権を取りにくくなってしまった。
そうだ、彼を失った悲しみをつこう。そして、もっと食べさせよう。
「やめなさい」
痛!? 誰かに頭を叩かれた。
え? 振り返れば少女が私にチョップをしている。その肩には鼠が乗っていた。
「理子……?」
なぜ彼女がここにいるのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。
理子が体を使ってないならちょうどいい、私が出てもっと食べよう。
私はふらふらと立ち上がって体を操作しようする。しかし、その肩を理子が掴んだ。
「待ちなさい。まったく、今まで好き勝手してくれたわ……ね?」
理子は怒っていたようだが、急に言葉が止まった。
「ちょっと、あなた。その黒いのは何よ!?」
ん? 黒いの? 言われて自分の体を見れば、黒い染みが所々にできていた。
「これはロイに付いていた私」
そうだ、これは最近取り込んだ私だ。
「待って、それってロイの呪いじゃないの!?」
呪い? 理子は何を言っているのだろうか?
「これは私と同じ。だからこれは私」
そういえば「この私」を取り込んでからとてもお腹が空くし、頭が重くようになった気がする。
でも、これは私なのだから仕方がない。
「はぁ……ちょっと動かないで」
理子はため息をつくと、肩の鼠に目配せをする。すると、鼠が手を前に出し黒いシミを抜き取っていった。
それに合わせて私の空腹感が薄れていく。あれだけ重かった頭もすっきりしてきた。
「ふえ? 理子?」
あれ? 私はいったい何をしていたんだ? なんで理子がここにいるんだ?
「うわっ、何これ、『死にたくない』だの『足りない』だの気持ち悪い。ひょっとして、あなたが急におかしくなったのはこれのせいかしら」
理子は鼠が取り出した黒いシミを見ながらそんなこと言っている。そのシミは、鼠が手を振ると煙を出して消滅した。
そうか、理子は鼠の能力で精神的に私に接触してきたのか。
肩に乗っている鼠は、実際にそこいるのではなく理子のイメージだろう。
「改めて聞くけど、あなたが『体さん』でいいのよね?」
体さん? ああ、理子が私のことを呼ぶときの名前か。
「そうよ、この体の精神が私。理子はいったい何しに来たの?」
理子がここにいるってことは、体が無防備になっているはずだ。
「あなたがひどいことを言うもんだから、精神的にぶん殴って追い出そうかと思ったんだけど、どうやらあなたも正気じゃなかったようね。でも、何でロイの呪いを自分だと認識してたのかしら?」
ロイの呪いを自分と認識していた?
記憶をさかのぼってみれば、ロイと会ってから私は少しずつおかしくなっていたようだ。
いったい何が起きたのだろう。
「ひょっとして呪いとこの体って、何か関係があるのかしら? ほら、呪いってロイの体を浸食していたけど、あれってこの体の吸収と再現に似てない?」
あんな呪いと一緒にされて否定したくなったけど、理子の言葉も一理ある。
色々と考えた結果、私はこう結論付けた。
「確かのあの呪いは、私の体の組織とよく似ている。だから呪いを自分だと誤認した。そして、呪いには暗く気持ち悪い意思があった。私はその影響を受けておかしくなった。多分こういうことだと思う」
我ながら恥ずかしい。これでは命が維持できなくなるところだった。
「あなたは自分がどういう生物なのか知らないの? 親とか兄弟とかは?」
「知らない。私は生まれた時から洞窟にいた。その時の私は知能も無く、今でも覚えているのは『命を維持する』という本能だけ。そして、動物のようにさまよっていたところ、偶然見つけたあなたを捕食し、記憶を得たおかげで自分を形成できた」
「あー、うん。やっぱり私は食べられてたのか……。まぁ、それはそれとして、『私の』記憶で自分を形成したから、あなたはそんな姿なのね」
そんな姿? どういうことだろうか。
「あら、自分の姿を見たことないの? 昔の私にそっくりだわ。10歳くらいの時かしら。うんうん、あのころは髪を伸ばしてたのよねー」
そう言って理子は私の髪を撫でる。こんな風に人に触れられるのは初めてだ。なんだかくすぐったい。
「でも、自分を形成した割にはずいぶんとだんまりだったわね」
「あなたがロイに会うまで、コミュニケーションの必要性が分からなかったの」
「どういうこと?」
「私は『命を維持したいのに、何で理子は私の言うことを聞いてくれないのだろう』としか思ってなかった。それどころか、理子は自分の目的とは直接関係ないロイの面倒を見始めた。その理由は何か?」
「1人になりたくなかった」
私の代わりに理子が答える。
「そう。私は、人が人を求めることを理解できなかった。だから、あなたと対話するなんて考えつかなかったの。まぁ、理解した後すぐ呪いの影響を受けちゃったんだけどね」
「なるほどね。ま、話は戻るけど、あなたをぶん殴る理由は無くなったし。次からあんな風にならないように、お互い気を付けましょうね」
「分かってる、さすがに次は不覚を取らない」
私と理子はお互いにうなずく。
「で、次は協力して欲しいことがあるんだけど」
「なにかしら?」
内容の察しはつくけど。一応、理子に先を促す。
「……ロイをね、生き返らせたいの」
やっぱりそれか。
「この体ならできるでしょ。私だって生き返ったようなものだし、それと同じように。でも、今度は新しい体を作って、そこにロイの記憶と精神を移すの」
言いたいことは分かるが、肝心な所を理解しているのだろうか。
「ロイをこの体にする意味は分かっているの?」
理子の目を見て言う。その目はまっすぐに私を見つめ返している。
「気づいているでしょうけど、この体は老化しない。切りきざまれも死なない。あの魔女に言えば殺してもらえるかもしれないけどね。そういったものを除けば永遠に生きられる」
そう言っても、理子の瞳に迷いは感じられない。
「永遠に生きることが、良いことだけじゃないのは分かる?」
「分かってる」
「永遠にロイに恨まれるかもしれないのよ」
「ロイはそんな子じゃないわ」
「あの子『リコの一部になれるならそれもいい』とか考えていたわ。ヤンデレの素質があるわよ」
「それくらい受け止めて……は?」
うーん。いい子には違いないけど、人生の谷部分が深かったせいか、理子に依存しそうね。
「ちょっと! なんでロイの考えてたことを知ってるの⁉ ひょっとして!」
「そ。ロイは食べちゃったわよ」
理子は血相を変えて私の肩を掴んで揺さぶる。
「ちょっとー! 勝手に何してるよのー!」
「だって、食べなきゃ生き返らせるも何もできないでしょうが」
そう言うと「ふえ?」とした顔をして、理子の手が止まる。
「やってくれるの?」
「別に、やりたくないとは言ってないでしょう」
「ありがとー!」
理子は笑って私を抱きしめる。まったく、表情がコロコロ変わる人だ。
「でも、すぐにはできないわよ」
今度は理子の顔が不安に包まれる。
「だって、そんなことしたこと無いのよ。やり方から考えなきゃいけないんだから」
「普段の記憶の再現とは違うの?」
「違う。再現っていうのは記憶の入った肉、パソコンで言うならハードディスクを作っているだけ。それだけじゃパソコンは動かないでしょう? 動いているパソコン。つまり、この体の中でしか意味をなさないのよ」
「パソコンを起動するような何かが必要ってこと?」
「そういうこと。肉体は作れる。記憶も作れる。後は起動する練習ができればいいんだけど」
「じゃあ練習しましょう!」
まったく、簡単に言ってくれる。
「そんなこと言ったって失敗したらどうするのよ。他人の記憶なんて簡単には扱えないわよ」
「ちょうどいいのがいるじゃない」
ん? 理子は誰のことを言っているんだ。
「ここに」
そう言って理子は自身を指さす。
「は? 何を言っているの?」
「ちょうどいいわ。あなたに体を返すから、私の体を作って頂戴。それなら問題ないでしょう」
「確かにそうかもしれないけど、体をもう一つ作るなんて無駄でしょう」
「逆に聞くけど、あなたは体がいらないの? この体はあなたの物なのに、なんで私に任せているの?」
そういえば、蛇を食べさせたあとは理子に任せていたな。
「最初はそんなに自我が無かったのよ。多分、最初に得た記憶。つまり、あなたを本能的に再現して任せていたら、なんだか上手くいっちゃったのよね。それなら私は体の管理に専念した方がいいかな、と思って」
「楽しようとか思ってたわけじゃないの?」
「……思ってないわ。それに、最初はこの肉体の能力。切れたのをくっつけたり、動物の体や能力の再現とかは、あなたの希望を私が実行していたのよ。今じゃあなたも能力を使えるようになってるみたいだけど」
「そうなの?」
「多分、使っているうちにコツを覚えたんでしょうね。それに、いろんな知識のある理子の方が能力の使い方がうまいのよ。私の知識は理子の記憶頼りだからね。私が同じことするには、理子の記憶を読んでから能力を選択する二度手間になるし」
知識のない私では、戦闘中の状況に応じて能力を適切に選択する、なんて難しかっただろう。
今は理子の記憶をそれなりに理解したので、前よりはましになったと思うけど。
「でも、自分で体を動かすのも問題ないんでしょ。ならやってよ。ほら、今助けてあげたじゃない」
それを言われると反論しづらい。でも苦情は言っておくか。
「何で私が、こんなに早くロイの呪いの影響を受けたのか考えたんだけどね」
「うん?」
「誰かがロイの組織を、大量に摂取したせいだと思ってるんだけど」
「え? ……あ!」
どうやらロイに会った時のことを思い出したようだ。あの時、理子はロイの喉から血を吸っている。
「えーと、ごめんなさい」
「別に気にしているわけじゃないわ。ただ、あまり軽はずみなことはしないで頂戴」
まぁ、いじめるのはこれくらいでいいだろう。
「どちらにせよ肉体が足りないし、早くしたいのならたくさん食べることね」
「えー、やっぱりそうなるの?」
そういえば、殺生はあんまりしたくないようなことを言っていたな。
「別にこの辺の動物を食い尽くせとは言わないわ。それに、植物でも足しにはなるわよ」
「肉じゃなくてもいいの?」
「効率は肉のほうがいいんだけどね、それでも命なら土や石よりましよ」
「命なら?」
「私の肉は生命エネルギーとで言うのかしら、そういったものから作られているの。だから、それが無いものを食べるのは苦手なのよ。土とか石は含まれている微生物くらいしか肉にならないわ。それでも、生物由来の物体ならゼロってわけじゃないけど」
「ああ、そういう基準だったのね。じゃぁ肉と植物をバランスよく食べることにするわ」
理子は疑問が晴れたのか、なるほどとうなずいている。
しかし、何か別のことを思いついたのか、その表情がまた変わった。
「あ、そうだ。ちょうどいいからあなたにも名前を付けましょう」
「別にいままで通り『体さん』でいいでしょう」
「それじゃあ人前に出た時に困るじゃない。なにか希望はないの?」
「そう言われても、急には思いつかないわ」
「よし! じゃああなたの名前は『アリス』ね!」
は? 何故か理子が決めてしまう。
「ずいぶんと勝手ね」
「うぐっ、いいじゃない。それともほかに案はあるの?」
「うーん。ま、いいかな。アリスにしましょう」
「え? いいの? じゃぁ、改めてよろしくね! アリス」
そう言って理子は私の手を差し伸べる。
なんだか理子にいい様に流された気がする。でも、なぜだろう。私は気分が高揚している。
この体を自分のものにして、理子にもう一つ体を作る。そんなこと考えたことも無かった。
なぜ、理子の言う通りにしようと思ったのだろう? 最近何かあっただろうか。
呪いの影響を受けたこと? いやそうじゃない。それ以外に最近変わったこと?
もしかして、理子がロイに会ったこと?
……そうか、私は理子とロイが羨ましかったんだ。
私は2人を見て初めて『孤独』と『孤独でない』こと、『人が人を求めること』を理解した。
それは、理子の記憶から得た知識ではなく、理子を通じて私が実感したものだ。
2人で会話して、触れ合って、笑いあって。それは、私にはできなかったことだ。
ひょっとして私がおかしくなったのは、2人に嫉妬したこともあるのだろうか。
でも、これからは理子やロイと同じことができる。1人ではなくなる。だから嬉しいんだ。
私は今まで『命を維持する』ためだけに存在してきた。
今までの私なら『嬉しい』とか、感情など不要なものだと切り捨てていたかもしれない。
この選択は、『命を維持する』という目的には反しているかもしれない。もしかしたら、私は間違っているかもしれない。
それでも、私はこの選択をしたい。
「よろしく、理子」
私は初めての笑顔を理子に向け、その手を取った。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第1章はここまでとなります。
第2章が完成次第、投稿を再開しますので、しばらくお待ち下さい。
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今後とも「にくわた」をよろしくお願いいたします。




