表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/61

その21 ???とこれから

8/26 誤字を修正しました。

 お腹が空いた、お腹が空いた、お腹が空いた。

 いや、さっき肉を食べたばかりではないか?


 ……死にたくない……死にたくない……

 やっぱりお腹が空いた。お腹が空くのはよくない。命が維持できない。

 いや、肉体はもう十分あるのではないか?


 ……足りない……足りない……

 お腹が空いた、お腹が空いた、お腹が空いた。

 やっぱりお腹が空いた。お腹が空くのはよくない。さらに食べさせよう。


 なんだか頭が重い。変なものでも食べたのだろうか。

 いや、お腹が空いたせいだ。もっと食べさせよう。まだ近くに動物がいるはず。


 でもどうしようか、最近は体の使用権を取りにくくなってしまった。

 そうだ、彼を失った悲しみをつこう。そして、もっと食べさせよう。


「やめなさい」

 痛!? 誰かに頭を叩かれた。

 え? 振り返れば少女が私にチョップをしている。その肩には鼠が乗っていた。


「理子……?」

 なぜ彼女がここにいるのだろう。いや、そんなことはどうでもいい。

 理子が体を使ってないならちょうどいい、私が出てもっと食べよう。

 私はふらふらと立ち上がって体を操作しようする。しかし、その肩を理子が掴んだ。


「待ちなさい。まったく、今まで好き勝手してくれたわ……ね?」

 理子は怒っていたようだが、急に言葉が止まった。

「ちょっと、あなた。その黒いのは何よ!?」

 ん? 黒いの? 言われて自分の体を見れば、黒い染みが所々にできていた。


「これはロイに付いていた私」

 そうだ、これは最近取り込んだ私だ。

「待って、それってロイの呪いじゃないの!?」

 呪い? 理子は何を言っているのだろうか?


「これは私と同じ。だからこれは私」

 そういえば「この私」を取り込んでからとてもお腹が空くし、頭が重くようになった気がする。

 でも、これは私なのだから仕方がない。


「はぁ……ちょっと動かないで」

 理子はため息をつくと、肩の鼠に目配せをする。すると、鼠が手を前に出し黒いシミを抜き取っていった。

 それに合わせて私の空腹感が薄れていく。あれだけ重かった頭もすっきりしてきた。


「ふえ? 理子?」

 あれ? 私はいったい何をしていたんだ? なんで理子がここにいるんだ?

「うわっ、何これ、『死にたくない』だの『足りない』だの気持ち悪い。ひょっとして、あなたが急におかしくなったのはこれのせいかしら」


 理子は鼠が取り出した黒いシミを見ながらそんなこと言っている。そのシミは、鼠が手を振ると煙を出して消滅した。


 そうか、理子は鼠の能力で精神的に私に接触してきたのか。

 肩に乗っている鼠は、実際にそこいるのではなく理子のイメージだろう。


「改めて聞くけど、あなたが『体さん』でいいのよね?」

 体さん? ああ、理子が私のことを呼ぶときの名前か。

「そうよ、この体の精神が私。理子はいったい何しに来たの?」

 理子がここにいるってことは、体が無防備になっているはずだ。


「あなたがひどいことを言うもんだから、精神的にぶん殴って追い出そうかと思ったんだけど、どうやらあなたも正気じゃなかったようね。でも、何でロイの呪いを自分だと認識してたのかしら?」


 ロイの呪いを自分と認識していた?

 記憶をさかのぼってみれば、ロイと会ってから私は少しずつおかしくなっていたようだ。

 いったい何が起きたのだろう。


「ひょっとして呪いとこの体って、何か関係があるのかしら? ほら、呪いってロイの体を浸食していたけど、あれってこの体の吸収と再現に似てない?」

 あんな呪いと一緒にされて否定したくなったけど、理子の言葉も一理ある。


 色々と考えた結果、私はこう結論付けた。

「確かのあの呪いは、私の体の組織とよく似ている。だから呪いを自分だと誤認した。そして、呪いには暗く気持ち悪い意思があった。私はその影響を受けておかしくなった。多分こういうことだと思う」

 我ながら恥ずかしい。これでは命が維持できなくなるところだった。


「あなたは自分がどういう生物なのか知らないの? 親とか兄弟とかは?」

「知らない。私は生まれた時から洞窟にいた。その時の私は知能も無く、今でも覚えているのは『命を維持する』という本能だけ。そして、動物のようにさまよっていたところ、偶然見つけたあなたを捕食し、記憶を得たおかげで自分を形成できた」


「あー、うん。やっぱり私は食べられてたのか……。まぁ、それはそれとして、『私の』記憶で自分を形成したから、あなたはそんな姿なのね」

 そんな姿? どういうことだろうか。


「あら、自分の姿を見たことないの? 昔の私にそっくりだわ。10歳くらいの時かしら。うんうん、あのころは髪を伸ばしてたのよねー」

 そう言って理子は私の髪を撫でる。こんな風に人に触れられるのは初めてだ。なんだかくすぐったい。


「でも、自分を形成した割にはずいぶんとだんまりだったわね」

「あなたがロイに会うまで、コミュニケーションの必要性が分からなかったの」


「どういうこと?」

「私は『命を維持したいのに、何で理子は私の言うことを聞いてくれないのだろう』としか思ってなかった。それどころか、理子は自分の目的とは直接関係ないロイの面倒を見始めた。その理由は何か?」


「1人になりたくなかった」

 私の代わりに理子が答える。


「そう。私は、人が人を求めることを理解できなかった。だから、あなたと対話するなんて考えつかなかったの。まぁ、理解した後すぐ呪いの影響を受けちゃったんだけどね」


「なるほどね。ま、話は戻るけど、あなたをぶん殴る理由は無くなったし。次からあんな風にならないように、お互い気を付けましょうね」

「分かってる、さすがに次は不覚を取らない」

 私と理子はお互いにうなずく。


「で、次は協力して欲しいことがあるんだけど」

「なにかしら?」

 内容の察しはつくけど。一応、理子に先を促す。


「……ロイをね、生き返らせたいの」

 やっぱりそれか。


「この体ならできるでしょ。私だって生き返ったようなものだし、それと同じように。でも、今度は新しい体を作って、そこにロイの記憶と精神を移すの」

 言いたいことは分かるが、肝心な所を理解しているのだろうか。


「ロイをこの体にする意味は分かっているの?」

 理子の目を見て言う。その目はまっすぐに私を見つめ返している。


「気づいているでしょうけど、この体は老化しない。切りきざまれも死なない。あの魔女に言えば殺してもらえるかもしれないけどね。そういったものを除けば永遠に生きられる」

 そう言っても、理子の瞳に迷いは感じられない。


「永遠に生きることが、良いことだけじゃないのは分かる?」

「分かってる」


「永遠にロイに恨まれるかもしれないのよ」

「ロイはそんな子じゃないわ」


「あの子『リコの一部になれるならそれもいい』とか考えていたわ。ヤンデレの素質があるわよ」

「それくらい受け止めて……は?」

 うーん。いい子には違いないけど、人生の谷部分が深かったせいか、理子に依存しそうね。


「ちょっと! なんでロイの考えてたことを知ってるの⁉ ひょっとして!」

「そ。ロイは食べちゃったわよ」

 理子は血相を変えて私の肩を掴んで揺さぶる。


「ちょっとー! 勝手に何してるよのー!」

「だって、食べなきゃ生き返らせるも何もできないでしょうが」

 そう言うと「ふえ?」とした顔をして、理子の手が止まる。


「やってくれるの?」

「別に、やりたくないとは言ってないでしょう」

「ありがとー!」 

 理子は笑って私を抱きしめる。まったく、表情がコロコロ変わる人だ。


「でも、すぐにはできないわよ」

 今度は理子の顔が不安に包まれる。

「だって、そんなことしたこと無いのよ。やり方から考えなきゃいけないんだから」


「普段の記憶の再現とは違うの?」

「違う。再現っていうのは記憶の入った肉、パソコンで言うならハードディスクを作っているだけ。それだけじゃパソコンは動かないでしょう? 動いているパソコン。つまり、この体の中でしか意味をなさないのよ」


「パソコンを起動するような何かが必要ってこと?」

「そういうこと。肉体は作れる。記憶も作れる。後は起動する練習ができればいいんだけど」

「じゃあ練習しましょう!」

 まったく、簡単に言ってくれる。


「そんなこと言ったって失敗したらどうするのよ。他人の記憶なんて簡単には扱えないわよ」

「ちょうどいいのがいるじゃない」

 ん? 理子は誰のことを言っているんだ。

「ここに」

 そう言って理子は自身を指さす。


「は? 何を言っているの?」

「ちょうどいいわ。あなたに体を返すから、私の体を作って頂戴。それなら問題ないでしょう」

「確かにそうかもしれないけど、体をもう一つ作るなんて無駄でしょう」


「逆に聞くけど、あなたは体がいらないの? この体はあなたの物なのに、なんで私に任せているの?」

 そういえば、蛇を食べさせたあとは理子に任せていたな。


「最初はそんなに自我が無かったのよ。多分、最初に得た記憶。つまり、あなたを本能的に再現して任せていたら、なんだか上手くいっちゃったのよね。それなら私は体の管理に専念した方がいいかな、と思って」


「楽しようとか思ってたわけじゃないの?」

「……思ってないわ。それに、最初はこの肉体の能力。切れたのをくっつけたり、動物の体や能力の再現とかは、あなたの希望を私が実行していたのよ。今じゃあなたも能力を使えるようになってるみたいだけど」


「そうなの?」

「多分、使っているうちにコツを覚えたんでしょうね。それに、いろんな知識のある理子の方が能力の使い方がうまいのよ。私の知識は理子の記憶頼りだからね。私が同じことするには、理子の記憶を読んでから能力を選択する二度手間になるし」


 知識のない私では、戦闘中の状況に応じて能力を適切に選択する、なんて難しかっただろう。

 今は理子の記憶をそれなりに理解したので、前よりはましになったと思うけど。


「でも、自分で体を動かすのも問題ないんでしょ。ならやってよ。ほら、今助けてあげたじゃない」

 それを言われると反論しづらい。でも苦情は言っておくか。


「何で私が、こんなに早くロイの呪いの影響を受けたのか考えたんだけどね」

「うん?」

「誰かがロイの組織を、大量に摂取したせいだと思ってるんだけど」


「え? ……あ!」

 どうやらロイに会った時のことを思い出したようだ。あの時、理子はロイの喉から血を吸っている。


「えーと、ごめんなさい」

「別に気にしているわけじゃないわ。ただ、あまり軽はずみなことはしないで頂戴」

 まぁ、いじめるのはこれくらいでいいだろう。


「どちらにせよ肉体が足りないし、早くしたいのならたくさん食べることね」

「えー、やっぱりそうなるの?」

 そういえば、殺生はあんまりしたくないようなことを言っていたな。


「別にこの辺の動物を食い尽くせとは言わないわ。それに、植物でも足しにはなるわよ」

「肉じゃなくてもいいの?」

「効率は肉のほうがいいんだけどね、それでも命なら土や石よりましよ」


「命なら?」

「私の肉は生命エネルギーとで言うのかしら、そういったものから作られているの。だから、それが無いものを食べるのは苦手なのよ。土とか石は含まれている微生物くらいしか肉にならないわ。それでも、生物由来の物体ならゼロってわけじゃないけど」


「ああ、そういう基準だったのね。じゃぁ肉と植物をバランスよく食べることにするわ」

 理子は疑問が晴れたのか、なるほどとうなずいている。

 しかし、何か別のことを思いついたのか、その表情がまた変わった。


「あ、そうだ。ちょうどいいからあなたにも名前を付けましょう」

「別にいままで通り『体さん』でいいでしょう」

「それじゃあ人前に出た時に困るじゃない。なにか希望はないの?」


「そう言われても、急には思いつかないわ」

「よし! じゃああなたの名前は『アリス』ね!」

 は? 何故か理子が決めてしまう。


「ずいぶんと勝手ね」

「うぐっ、いいじゃない。それともほかに案はあるの?」

「うーん。ま、いいかな。アリスにしましょう」

「え? いいの? じゃぁ、改めてよろしくね! アリス」

 そう言って理子は私の手を差し伸べる。


 なんだか理子にいい様に流された気がする。でも、なぜだろう。私は気分が高揚している。

 この体を自分のものにして、理子にもう一つ体を作る。そんなこと考えたことも無かった。


 なぜ、理子の言う通りにしようと思ったのだろう? 最近何かあっただろうか。

 呪いの影響を受けたこと? いやそうじゃない。それ以外に最近変わったこと?

 もしかして、理子がロイに会ったこと?


 ……そうか、私は理子とロイが羨ましかったんだ。

 私は2人を見て初めて『孤独』と『孤独でない』こと、『人が人を求めること』を理解した。


 それは、理子の記憶から得た知識ではなく、理子を通じて私が実感したものだ。

 2人で会話して、触れ合って、笑いあって。それは、私にはできなかったことだ。


 ひょっとして私がおかしくなったのは、2人に嫉妬したこともあるのだろうか。


 でも、これからは理子やロイと同じことができる。1人ではなくなる。だから嬉しいんだ。


 私は今まで『命を維持する』ためだけに存在してきた。

 今までの私なら『嬉しい』とか、感情など不要なものだと切り捨てていたかもしれない。


 この選択は、『命を維持する』という目的には反しているかもしれない。もしかしたら、私は間違っているかもしれない。

 それでも、私はこの選択をしたい。


「よろしく、理子」

 私は初めての笑顔を理子に向け、その手を取った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


第1章はここまでとなります。

第2章が完成次第、投稿を再開しますので、しばらくお待ち下さい。


また、ブックマーク、評価をいただきありがとうございます。

「面白かった」と思われた方は、下にある評価を押していただくと嬉しいです。


今後とも「にくわた」をよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ