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その2

10/6 誤字を修正しました。

 あれだけ大きかった蛇を食べきったのに、私の体に変化はない。

 少し体が重くなった気がするが、余計なものが増えたというより、足りなかったものが満ちた感じだ。


 さっきまでごちゃごちゃしていた頭もすっきりしてきた。

 そろそろ夢だとか現実逃避をしている場合ではない、自分の置かれた状況を整理してみよう。


 まず、ここはどこだろうか。

 こんなに青い水晶や鍾乳石がある洞窟になんて有名になっていそうだけど、残念ながら私の記憶には無い。


 なぜ、私はここにいるのだろうか。

 気が付いたらここにいたから、誰がどうやって移動させたのか分からない。誘拐? 神隠し? 想像は出来ても決め手がない。

 うーん、材料が少なすぎる。この二つは保留にしよう。


 次に、私は「何」だろうか。

 私の名前は水野理子、17歳の高校2年生。父、母、弟の4人暮らし。父は普通のサラリーマンで、母はパートタイマー。

 どこにでもいるようなありふれた家庭……と私の記憶は言っている。


 だけどこの体は何だろう、改めて自分の手をまじまじと見てみる。

 これは間違いなく私の体じゃない、ならこの体にも意思や記憶があるんじゃないか?

 さっきから妙に落ち着いているのも、あの蛇を食べたのも、多分この体のせいだろう。


 それではなぜ、基本は「私」はなんだろうか?

 この体に意思や記憶があるのなら、それが基本となるはずでは?

 私の方が記憶の量が多かったから?

 それとも、さっき乗っ取られたように、「私」がメインだと思っているのは間違い?

 これも保留としよう。今考えているのは間違いなく私だ。ならそれでいい。


 さて、次にこの体のことを検証してみよう。今分かっているのは、

 怪力

 痛みを感じない

 切れてもくっつく

 体のどこからでも飲食可能

 この服も体の一部


 こんなところか。

 しかし、切れてもくっつくことといい、体全体で食べられることといい、この体はずいぶんと雑にできている気がする。いや、良い意味でだが。それとも万能と言うべきだろうか。


 それなら少しくらい形も変えられないかな?

 右手をチョップの形にして包丁を想像してみる。すると、指がつながり小指側が細くなった。

 うわっ! 本当にできるのか。んー、確かに包丁っぽくはなったけど、あまり切れそうには見えない。私の想像力の問題だろうか?


 次に右腕を前に突き出し「伸びろー」と念じてみる。すると、右腕がスルスルと30センチくらい伸びた。

 おお、これは楽しい。伸ばした腕は自由に動かせるし、手も問題なく使える。しかし、調子に乗って腕を伸ばし続けていると、胸に変な感じがした。

 なんぞ? そう思って服の胸元を上げて中を覗く。

「んひゃっ!?」

 私の胸が絶壁になっていた。


 おかげでブラがスカスカしているし、よく見ればお腹も修行僧のようにげっそりしている。

 ひょっとして、腕に肉を持っていかれたのか? とっさに腕を元に戻すと、胸もお腹も元通りになった。

 あーびっくりした。蛇を食べたときは質量なんか無視していたのに、こんな時は都合良くいかないようだ。


 ふむ、しかしこれを応用すれば、お腹をへこまして胸を大きくできるのでは?

 ためしにこの辺をへこまして、この辺に追加して……うむ、これは、なかなかいい感じに……

 ……はぁ、むなしいからやめよう。


 その後もいろいろと体を変形させてみたけど、変形できる形に制限は無いみたいだ。

 さらに、この体には骨も内臓も脳みそも無い。ただ、センサーは必要なようで、目が無いと見えないし、鼻が無いと匂いはしない。

 逆にセンサーを増やすことはできた。しかし、目を増やしてみたところ、混乱してしまってあまり有効には使えなかった。


 何かの形を真似ようとしても、自分で粘土をこねたような形にしかならない。見本でもあればもう少しどうにかなりそうだけど、時間もかかりそうだ。

 それなのに自分の体に戻るときは一瞬だ。感覚的にだがショートにした髪の長さも、指紋だって完璧に元通りだろう。


 さて、この差は何なのだろうか。

 なんとなく察しがついてしまい、今度は自分の腕にさっきの蛇の鱗を再現しようとしてみる。

 すると、一瞬で自分の腕が鱗に包まれた。指先から計算されたように敷き詰められた鱗は、腕の動きを阻害しない。


 今度は下半身を蛇の姿に変えてみる。肉が足りないので中身を空洞にして長さを伸ばした。完成したそれを見て、ラミアみたいだーと興奮し、動こうとした瞬間こけた。

 あれー? と思い下半身を見ながらもう一度歩こうとすると、なんとなく原因が分かった。

 私は普段歩くときのように「右足を上げよう」としてしまったのだ。


 そういえばテレビで見た蛇は、お腹を左右にうねうねさせて動いてた気がする。あんまりよく覚えていないが……そんなことはない、私は「完璧に理解している」じゃないか。

 私は「いつものように」お腹を動かすことで、自由に動くことができた。やはりこの体は「吸収したものは完璧に再現できる」ようだ。

 ……やっぱりさっき察した通り、私の体も記憶もそういうことなんだろうなー。


 しばらく動きを確認したあと足を戻す。その際に下着とスカートも元に戻る。そこでまた疑問ができた。

 なんで服も再現できるんだ?


 もしやと思い石を拾い、手でしっかりと握り吸収しようとしてみる。しばらく握っていると、石が少しずつ小さくなっていることに気付く。その速度は遅く、石を表面から溶かすように少しずつ取り込んでいるようだ。


 そしたら今度は右手を石にできないか試してみる。

 右手は思った通り石になった……が、残念ながら動かすことができない。表面だけ石にしたり、石にする場所を調整したりすれば何とかなりそうだけど、なかなか難しそうだ。


 ともかく、無生物もゆっくりとだが吸収でき、再現もできるようだ。

 考えてみれば死んだら生物も無生物もないわけだし、単純に吸収しやすいものと、吸収しにくいものがあるんだろう。


 検証もこの辺にして、家に帰ることを考えよう。まずはこの洞窟から脱出だな。

 とりあえず蛇のいた小部屋に戻ろうとしたが、途中の狭い曲がり角で気づく。壁の一部が綺麗に整えられているのだ。さっき通った時に感じた違和感はこれだったか。


 とはいえ、昨日今日削ったようなものではない。表面には経年劣化の証のような、微妙な凹凸ができている。

 しかし、大事なのは誰かがここを削ったということだ。

 蛇がいた小部屋の入り口も、よく見れば削って広げたもののように感じる。もともとあった洞窟を人に合わせて整備したのだろうか。


 つまり、ここには人の出入りがあったわけで、出入り口があるはずなのだ。

 まぁ劣化具合を見るにしばらく人は来ていないのかな。崩落とかで閉鎖された可能性もある。それは後で考えよう。


 小部屋の先には通路が広がっていたのでそのまま進む。

 しかし、あの蛇も気が付いたらこの洞窟にいたみたいだし、もしかしたら他にも危険な生物がいるかもしれない。

 この体ならそこまで危険なこともないだろうけど、注意して進もう。



 しばらく進むと「ゴリッ」と変な音が聞こえた。

 何か固いものを削るような音だ。とっさに壁際に身を寄せて目を凝らすが何も見えない。

 何か先の状況を知る方法は無いかな……と思っていると、闇の中にぼんやりと白い何かが浮かび上がってきた。


 気が付けば目の下あたりに穴のようなものができている。そこから前にある何かを感じ取っているようだ。

 ああ、そういえば蛇はピット器官とやらで赤外線が見えるんだっけ? ということは前にいるのは熱源、恐らく生物だな。ならば慎重に進むとしよう。


 近づくにつれて別の音が混じってくる。「びちゃびちゃ」とか「ぐちゃぐちゃ」とかそういった音だ。それで察しがついた、これは何かを食べている音だ。さっき聞こえたのは骨でもかじった音だろうか。


 さてどうしようか。

 引き返すこともできるが、ここまでは一本道だ。そうなるとこの先にいる「それ」は、食事の後にこっちに来てしまうかもしてない。

 それに、この体は新たな獲物の発見に喜んでいるようで、足が後ろに動こうとしないし、口は無意識に舌なめずりをしていた。つまり、この体は「行け、喰え」と言いたいようだ。

 どうやら私に拒否権は無いらしい。仕方がない、ここは進むしかないだろう。向こうがこちらを見逃してくれるなら、それに越したことはないのだが。


 一度深呼吸をしてから最大限に警戒して進む。もう血の匂いもするようになった。

 やっと見えるようになった「それ」は、血だらけの動物にかじりつく大型の虎だった。


 いや、こいつもただの虎ではないのか? 毛皮は黄色で黒い縞模様があるが、私の記憶よりもその体はがっしりとして大きく、爪はナイフのように長く鋭い。まるでゲームに出てくるモンスターの様だ。

 虎が洞窟の中で生活しているとは思えないので、恐らくあいつも私と同じように気が付いたらここに居たのだろう。


 そんなことを考えながら観察していると、虎の耳がこっちを向いていることに気付いた。ためしに体の位置を少し変えてみると、虎は食事を中断してこっちを向く。

 どうやら向こうもこっちには気づいていたようだ。


 覚悟を決めて相手の顔を正面から見る。すると、その虎の額には水色の宝石が埋め込まれていた。その宝石は淡い光をまとっている。

 うわー、なんて言うか、ファンタジーだなー。やだなー、絶対まともな虎じゃないんだろうなー。


 虎はしばらく私を睨みつけていたが、私が動じないことに焦れたのか、体を私の方に向けて身を屈めた。どうやら完全に戦闘態勢に入ったようだ。やはり見逃してはくれないらしい。ここは覚悟を決めるしかないようだ。

 私は格闘なんかしたことは無いので、それっぽいポーズをとる。とりあえず、蛇の時のように向かってきたところにカウンターして頭をぶん殴ろう。

 ……なんだか考え方がずいぶんと体に引きずられている気がする。


 虎の姿勢がさらに低くなる。私も「来るか!?」と身構え姿勢を低くする。しかし次の瞬間、虎の額の宝石が輝くと、何かが私の足元に飛んできた。

 それは衝撃波のようなもので、私はとっさのことに反応できず、前に出していた左足に直撃を受けてしまう。


「っ……!?」

 バランスを崩してつい叫びそうになるが、なぜか声が出ない。そうしている間に虎はみごとな跳躍で私に飛びかかり、その爪で私の首を狙う。

 私は相手の爪を防ごうと左腕を前に出す。左腕はわずかな抵抗だけで切り落とされてしまうが、おかげで狙いがそれて爪は私の首には届かなかった。


 姿勢を戻すことはあきらめ、わざと倒れこみ右手を地面に押し付けて跳ぶ。着地ができず背中から落ちてしまったが、痛みはない。すぐに起き上がり虎の方に向き直る。

 虎もすでに態勢を立て直して私を見ていた。どうやら距離をかせいだおかげで、すぐに飛びかかってくる様子はない。


 しかし、さっき足に受けた衝撃はなんだ? 額の宝石が光ったことといい、通常の物理法則に類するものではないだろう。魔法か? 超能力か?


「……!?」

 落ち着くために一呼吸してみようとして気が付いた、息が吸えない。そういえばさっきも叫ぼうとしたはずなのに声が出なかった。

 ……空気が無いのか?

 今更だが、苦しくないことでこの体に呼吸が必要ないことに気付く。

 肺が無いのだから当たり前と言えば当たり前か。多分、声を出すのに必要な機能ぐらいしか無いのだろう。


 そんなことより今は目の前の虎だ。あいつは恐らく空気を操作する能力を持っている。

 思えば目があった時には額の宝石が光っていた。その時からすでに呼吸を奪うために空気を移動させていたのではないか?

 しかし、私に効果が無いのを見て、空気を砲弾のように飛ばして態勢を崩し、首を切り裂く戦法をとったわけだ。うーん、戦いなれているみたいで怖い。


 そんなことを考えている間に、虎はさっきと同じくらいの距離まで近づいてきた。私も同じ手はくらわないように姿勢を整える。

 しかし、虎は空気弾を出さずに直接飛びかかってきた。一瞬ひるんだがこれならカウンターが狙える。私は虎の頭を狙ってパンチを放つ。

 いける! と思ったその時、虎の額の宝石が輝くと、虎は空中で「ブレーキをかけた」。

 しまった、今度は空気操作で自分の体を動かしたんだ。

 虎は私の突き出した右腕を切り飛ばし、着地するとすかさず後ろに飛びのいた。


 私も距離をとるため後ろに飛ぶ。両腕が無いのでバランスを崩しそうになるが、何とか立て直した。

 まずいまずい、さすがにこれではやられてしまう。何か方法を考えなければ。


 しかし、虎はそんな時間は与えないとばかりにこちらに走り寄ってくる。そして、今度は私に強風を浴びせながら飛びかかってきた。何とか転ばないように両足を踏ん張る。

 虎はあまり私に近づかず、大きく腕を振るって私の足を浅く切り裂く。そして、そのまま止まらず通り抜け抜けると、向きを変えてまた私の方に向かってきた。

 切られた傷はすぐに治るのだが、強風と合わさり攻撃を受けるたびにバランスを崩しそうになる。


 どうやら虎は私の蹴りを警戒しているようだ。足を封じるように風を吹きつけながら、浅い攻撃をしてすぐに距離を離す。そんな攻撃が続けられて、ついに私は片膝をついてしまった。

 すかさず虎は私にとどめを刺さんと飛び込んできた。今度は空気を加速に使ったようで、その速度は今までより早い。

 とっさに私は肘から先の無い左腕を前に出す。虎の顔は、愚かな敵を憐れんでいるのか笑っているように見えた。


 そうだ、今の私には両手が無い。どうしよう、どうしたらいい?

 ……いや、「腕が無い」なんて「今までと同じ」じゃないか。なら、あの手段がある。


 虎はもう私の目の前だ、そしてその爪が私の首にかかり……今だ!

 その瞬間、私の頭がガクッと下に落ちる。下半身が蛇に変わったためだ。

 虎の爪は空を切る。その隙に私は飛び上がって、虎の胴体に下半身を巻き付けた。


 私の下半身が虎の肉に食い込み、その痛みで虎が暴れまわる。

 いけるか? いや、中身が空洞の下半身では力不足だ、このままでは外れてしまう。何か手は……手? そうだ、私には「両腕がある」じゃないか。


 私はそのまま虎の背に移動すると、胴体から肉を移動させて腕を復活させる。そして、両手で虎の首を締め上げた。

 すぐに虎の首から骨の砕けた鈍い音がした。そのまま肉がつぶれ、ぐちゃっと音を立てる。虎の口から血と空気が漏れて、その体から力が抜けた。


 すると、周りから風が吹きこんできた。どうやら空気操作ができなくなったため、空気が戻ってきたようだ。

 とりあえず虎から離れ少し様子を見る。さすがに死んでいるだろうが油断はできない。視線は虎から外さないようにしながら足を戻し、切られた腕を回収する。


 しばらく虎が動いていないこと確認して、私はようやく深呼吸をした。

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