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その1

10/6 誤字を修正しました。

 ポタッ……

「……ん?」

 なにか、冷たいものが右の頬に当たり目が覚めた。薄く開いた目から見える景色は薄暗い。

 あちゃ、仮眠のつもりが夜まで寝ちゃったか……と思ったが、次の違和感が左の頬からやってきた。やけに冷たくて硬い。仕方なく体を起こすと、布団がかかってないことに気付く。


「んんん? ん?」

 はっきりしてきた目に映るのは、岩と闇だけだった。

 ポタッ……

「んひゃっ!」

 今度は脳天に冷たいものが当たる。それはそのまま額を伝ってきた。

「水……?」

 とっさに額に当てた手が濡れた。どうやら天井から水滴が落ちていたようだ。

 今ので完全に目が覚めた。


「えっ!? ここ何処!?」

 その声は反響して闇に消えていった。

 ポタッ……

 冷た! とりあえず水滴に当たらないように少し位置変える。


 いったいここは何処だろう? まずは寝る前の記憶をたどってみる。

 確か今日は学校の後、友達とドーナツを食べてから家に帰った。そして、自分の部屋で勉強をしていると眠気を感じたので、まずいとも思ったが着替えもせずベッドにもぐりこんだはず。

 しかし、ここはベッドの上でもなければ、自分の部屋でもない。


 周りを見るとごつごつした岩ばかり、そのなかには立派な水晶が混ざっている。天井までの高さは5メートルほどで、たくさんの鍾乳石が垂れ下がっていた。家の近くにこんな洞窟があるなんて聞いたことはない。

「誘拐か!?」と思ったが、洞窟の中というのは不自然だ。せめて小屋なり部屋の中というのが普通だろう。


「うん、これは夢だな」

 先ほどの目が覚めた感覚とは矛盾するが、それしか考えられない。試しに自分の頬をつねってみるが、やっぱり痛くはない。念のためもうちょっと力を込めて……


 ぐにゃ。




 ……変な感触がした。つねった人差し指と親指が閉じている。その間には何かもちもちしたものがある。恐る恐るそれを見てみると、肌色の何かがプルプルしていた。

 反対の手で頬を触れば、穴が開いているのがはっきり分かった。


 よかった、やっぱり夢だ。




「あわわわわ!」

 残念ながら、頬がちぎれたくらいの驚きでは目は覚めてくれないようだ。そうなると、このつまんでいるプルプルをどうにかしないといけない。それに、夢の中とはいえ頬に穴が開いているのはあまり良くない気がする。


 まずはプルプルを頬の穴に戻してみる。まぁ、こんなことで元に戻るなら苦労はいらないのだが……と思っていると、プルプルがなんとも言えない感覚とともに、頬にピタッとくっついた。


「ひゃっ!」

 思わず変な声がでてしまった。しかしこれならばと、そのまま指でこすりならしてゆく。指を何往復かすると違和感は完全に無くなった。

 鏡がないので確証がないが、傷跡もあるようには思えない。どうやら夢の中とはいえ、ずいぶんと便利な体になっているようだ。


 さて、次は周囲の確認だ。

 改めて周りを見回すと意外と明るいことに気づく。どうやらそこかしこにある水晶が青く発光しているようだ。

 これは燐光というやつであろうか。本当なら洞窟の中なんて真っ暗のはずだし、明るいのはありがたい。

 私がいるのは洞窟の突き当りのようで、壁が無い方の先はよく見えない。


 服は寝たときのワイシャツのままだ。下着にスカートも変わりはない。

 立ち上がって体を動かしてみるが、特に異常は感じられない。ただ、お腹が減っているような、疲れているような感覚がある。

 石を踏んづけてしまって気が付いたが、足は靴下だけだ。しかし、痛みは感じない。地面の冷たさは感じるというのに、便利な体だ。


「すみませーん! だれかいませんかー!」

 大声で叫んでみたが、やはり反応はない。

 状況を理解するにしたがって、私の心に恐怖が湧き出してくる。


 ここはいったどこ?

 これは夢じゃないの?

 私はなんでここにいるの?

 どうやったら帰れるの?


 ……ポタッ

「――!?」

 なんのことはない、ただの水音だった。

 しかし、薄暗い洞窟の中ではそんな音でも「何かいるのではないか」という恐怖に変わる。

「今にも闇の中から何かが出てくるのではないか」と考えてしまう。もしかしたらすでに大きな口を開けて私の近くに……


『落ち着いて』

 ……?

 何か聞こえた気がしたが、周りには誰もいない。ただ、私の心は切り替わったように平穏になった。


 とりあえず、ここにいてもしょうがないので歩いてみるとしよう。幸い光る水晶はそこかしこにあり、歩くのに支障はない。


 特に代わり映えのない中を歩いていると、道が狭くなり右に折れていた。そこを通ろうとしたが、どうも違和感がある。少し周りを見渡し考えてみたが、その正体は分からなかった。仕方なく違和感は置いといて先に進むことにする。


 また少し歩くと先に明るい光が見えた。「出口かな?」とも思ったが、そんな明るさではない。どうやらこの先に小部屋のような空間が広がっているようだ。

 その明るさが何か良いことであるように祈りながら、恐る恐る中を覗き込む。


 しかし、そこにいたのは私の背よりも大きい蛇であった。


「っっっきゃ『騒がないの』

 出かけた悲鳴が止まる。また心が平静になる。そして、普段なら道端にいる小さな蛇を見ただけで悲鳴を上げる私が、なぜかその姿を冷静に観察していた。


 蛇とは言ったけど、これは本当に蛇なんだろうか。

 テレビでアマゾンとかにいる大きな蛇を見たことがある。しかし、これはそれよりもはるかに大きい。目の前にいる蛇の胴体は私の体よりも太い。長さも半端ではなく、頭部を少し起こしているだけなのに、私の背よりも高い。


 そんなことを考えていると、その蛇とばっちり目が合ってしまった。

 やばっ! 私はとっさに小部屋から離れる。しかし、蛇は舌をチロチロと出しながら、少しずつ部屋から這い出してきた。

 これは完全にロックオンされている。私がじりじりと後ろに下がると、蛇も同じだけ距離を詰めてくる。そして次の瞬間、口を大きく広げ私に向かって突っ込んできた。


「んひゃっ!」

 何とか横に跳びそれを避けることができたが、衝撃で蛇が通り過ぎたとは思えないほどの風が吹き付ける。そして、蛇はすぐに頭を戻して私を睨みつけてきた。


 これは逃げるしかない。

 全力で元来た道を戻る……が、その先に壁が待ち受けているのは分かっている。かといって蛇の横を抜けていくのは無理だ。

 何も良い考えが浮かばないまま走り続け、私は壁と蛇に挟まれる形になってしまった。


 背中を壁にくっつけて蛇と向きあう。

 蛇は追いつめられた私を逃がさないように、体を大きく広げ通路を塞いでいる。そして、窮地におちいった私を煽っているのか、口を広げ舌を揺らしていた。


「いや……やだ……やめて」

 怖い。手足が震えて力が入らない。涙目になりながら必死に壁へ身を寄せる。しかし、震える足が濡れた岩で滑り、体勢を崩してしまった。

「きゃっ!」

 私は尻餅をついてしまう。すると、蛇はその口を大きく広げ私に喰らいついてきた。


『今よ』

「いやぁっ!」

 意味がないのは分かっているが、とっさに振り払うように腕を振るう。


 鈍い音を立ててつぶれたのは、蛇の頭だった。




 鱗は何の抵抗もなく割れた。

 皮と肉はスイカのようにはじけた。

 骨はガラスのように砕けた。

 蛇の頭が半分の大きさになった。

 血と肉片がシャワーのように私に降り注いだ。

 蛇の体が音を立てて倒れた。




「はぁ……はぁ……はぁ……」

 状況が飲みこめず頭が混乱している。

 私の手が、蛇の頭を、つぶした?

 なんで? どうして? いったい何が起きたの?


『落ち着いて』

 ……?

 何とか頭が落ち着いた。状況を少しずつ確認しよう。とりあえず体にかかった血が気持ち悪……あれっ? 気持ち悪くない。

 自分の体をよく見れば、あれだけかかっていた血も肉片もない。

 血に濡れたはずの服もきれいに乾いている。しかし、地面にはまだ血が乾かず残っている。


 なぜ? この血は本物? 幻覚?

 試しに指に血を付けてじっと見る。すると、血は砂にしみ込むように指から消えてしまった。そして少し苦い……苦い?

 ひょっとして……恐る恐る肉片を拾って手のひらに載せてみる。肉片は沈むように私の手の中に消えていった。この味はなんだろう。鶏肉? いやそれよりもまさか。


 食べてる……間違いない。私は体にかかった蛇の血を飲んで、肉片を食べたのだ。待てよ、なんで服もきれいになった?


 今度はワイシャツの袖に血につけてみる。血を吸いこんだ袖は、すぐに先ほどの指と同じようきれいになってしまった。そして、確かに苦みを感じている。

 まさかと思い、シャツの袖をつまんで思いっきり引っ張ってみる。袖は音を立てて簡単にちぎれた。

 ちぎれた袖は、しばらくするとプルプルした肌色の何かに変わる。それを恐る恐る袖に戻すと、切り口にくっつき布に戻った。切った跡も見当たらず、色も元通りだ。

 さっきの頬と同じだ。まさか、この服も私の体の一部なのか?


 寒気がする。私の体はどうなってるんだ? これじゃまるで化け物じゃないか。

 蛇に目を向ければ無残につぶれた頭が見える。あの力はなんだ? 私はいったい何になったんだ?


 私はまだ血を流している蛇を見つめている。すると、ある欲求が浮かんできた。いや、そんなはずはない。しかし、私は「ゴクリ」と唾を飲み込んだ。


 ……お腹がすいた。

『食べなさい』

 違う。これは食べ物なんかじゃない。

 そう思っているはずなのに、私の体は意思に反してフラフラと立ち上がると、蛇の近くにしゃがんで鱗に手を載せる。


 指が触れた鱗はひんやりして固い。そこに力を込めると、鱗は氷の幕のように簡単に割れた。ゴムのような皮にはまるで粘土のように指が沈み、そのまま肉を引きちぎる。

 蛇の血が私の手を汚す。手につかまれた肉は沈むように手の中に消えていく。血に汚れた手も見る見るうちにきれいになる。

 不味い、吐き気がする。なんで私は蛇なんか食べているんだ?


 今度は蛇に顔を近づけて口を開ける。いや、やだ、待って、こんなの嫌だ。しかし、私の口は止まらず蛇にかぶりつく。

 おぞましい感触と共に血と肉が口の中に流れ込み、鼻の奥まで血の臭いが駆け巡る。気持ち悪い、吐き出したい。でも、その前に肉は口の中で消える。


 左手で肉をちぎる。肉は手の中に消える。口でかじる、右手でちぎる、左手でちぎる、口で、右手で、左手で、口、右、左、口……

 まどろっこしい。そうだ、私は体全体で食べられるんだ。

 ぬいぐるみを抱きしめるように、蛇の頭を抱きしめる。触れたところから私の体に沈んでいく。


 頭をすべて飲み込んだ時に変化が起きた。

 苦い、これは不安だ。甘い、これは喜びだ。辛い、これは怒りだ。

 そうか、「こいつ」も気づけば知らない場所にいた不安を感じていたのか。


 そうだ、そしてやっと見つけた獲物を、「私は」食べられなかったんだ。

 その怒りでまたお腹が空いてきた。幸いまだ食料は十分にある。この体を作った時も肉が足りなくて不安定だったんだ。私は蛇の胴体に抱きつき、その体を喰らっていった。


 血も、肉も、鱗も、骨も、何もかも飲み込んで、ついに蛇はその姿を消した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 描写が正確で細かすぎる。 よほど特殊な生まれ・育ち方をしない限り、「冷たいものが右の頬に」とか「薄く開いた目から」なんて考え方は絶対にしない。布団がないぞ、と思うことはあっても、布団がないこ…
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