第9話 浅野ユキと萩刀夜
浅野 ユキ。俺が高校生の1年の頃に出会った性同一性障害を抱えた男子だった。
見た目も女の子らしく、身長は160cm程。目がくりっとしていて大きく、痩せ型でストレートヘアーだ。
その見た目と性同一性障害から男子からも女子からも避けられてしまうという悲しい性を背負った奴だった。
その特徴は今では大きく変わってしまった。まず目が黒く瞳が赤い。そしてこめかみに角が生えていた。
明らかに人間とは違う。あいつが死んでいることは俺が確認している。考えられるのは……。
「異世界転生か」
「そうだよ。日本で死んだ僕は異世界転生で生まれ変わったんだよ。魔人にね」
魔人……? それは魔物と何が違うのだろうか?
「悪魔に魅入られた人間か」
「知ってんのか?」
おっさんは知っているようだ。魔人ってのは普通の魔物とはやはり違うようだ。
「魔物に落ちた人間のことだ。普通の魔物より知性がある上にその力も絶大。魔法の域を出た能力を使うらしい」
「その通りだよ」
浅野は柔和な笑みを浮かべる。しかし何故だろう。凍えそうな程に冷たい何かを感じる。
以前の浅野はもっと暗かったイメージがあった。滅多に笑わないような。環境が環境なだけにそうなるのも仕方なかったのかもしれないが。
「相変わらず萩くんは聡明だね。変わってないようで良かったよ」
「お前は随分変わったな。はっきり言って異質だ」
「遠慮がないのよ相変わらずだね。でもそうやって年上関係なく自分の意見を言えるのは凄いと思ったよ」
こいつは昔話がしたいのか? いや、絶対にそういうことじゃないはずだ。
俺がいるのを知っても驚きもしなかった。それは噂で聞いていたのか、それとも事前に知っていたのか。
そもそも偶然会った、という感じではないのだ。状況から察するにこいつが俺達を覗いていたのはまず間違いない。気配という折り紙付きで。
「で、そのお前が何故俺の前に姿を現した」
「決まってるでしょ? せっかくの異世界、萩くんと一緒にいたいからだよ」
日本は俺も、そして浅野もどうしても合わなかった。だからこの世界でやり直したいというのは理解出来なくはない。俺も出来ることならやり直したい。
しかしだ。こいつはまだ何かあるはず。何かを隠している。
「俺も一緒にいることは嫌じゃない……。が、信用出来ないな」
「…………そんなこと言わないでよ」
浅野は悲しそうな表情を浮かべる。嘘……は付いていないと思う。
「でもそうだね。嫌な予感をしてるなら当たりだよ」
自分から認めた浅野はにっこりと笑みを浮かべる。
「僕と一緒に魔物側へ来ない?」
「魔物側?」
まるで魔物が統率されているかのような言い方だ。もしかして魔王が復活したとかそういう話か?
「正確には魔人側、かな。まだ3人しかいないけどとても良い人達だよ」
「悪いが俺は誰かの勢力の味方になる気はない。俺は仲間の味方だ。種族関係なく敵しか相手にしていない」
「…………差別もなく接するのはキミの良い所だけどね。そこに僕は惚れているわけだし」
そう、俺はこいつに告白されている。だからなんだという話だがそれでも未だにその想いは消えていないらしい。
「でもキミの実力じゃ僕には勝てない。それどころか吸血鬼にすら勝てない始末だよ。だから僕が直接手を下した。この意味が分かるよね?」
やはりこいつが俺達を観察していたらしい。その上で吸血鬼の方が上だと判断して殺したのだろう。
村人や町人が消えた理由や門番の数の少なさや弱さ。それらは全てこいつの仕業なのかもしれない。
理由は単純に俺の力を確認する為。だったそれだけの為に何人もの命を犠牲にしたようだ。
こいつらしからぬ行動。それに加えて以前とは違って禍々しい気がする。性格もかなり変わってしまっている。
「俺の力を試したいなら無関係の奴らを巻き込む理由はなかったはずだ。何故そうした」
「驚かせたかったんだ。でも人間なんてその程度の価値しかないでしょ?」
こいつは本気でこんなことを言ってるのか。それだけで易々と命を奪えるくらいに変わってしまったようだ。
「お前の心はもう既に死んでいる。俺と何も変わらない。人を殺しても何も感じないくらいに」
「萩くんと同じなら嬉しい限りだよ」
その言葉が本心なのか偽りなのか分からない。俺にはもうこいつを理解することはないのかもしれない。それくらいこいつの変貌に俺は付いていけていない。
「萩くんが来ないなら無理やり連れて行くだけだよ。でも安心していい。ここにいる誰も殺したりはしないよ。萩くんが悲しむからね」
まるでいつでも殺せるという感じだった。その言葉に冷や汗が出る。
仲間達は真っ青な顔をしている。この異常な空気、異常な威圧感。加えて凍えるような浅野の雰囲気に誰1人として言葉が出ないようだ。
「ライジンだよね。多用出来るのには何か秘密があるんだろうけど」
「なっ!?」
瞬間浅野の姿が消えた。瞬きすらしていない。していないというのに見失った。
常にライジンは使用して反射速度を上げていたはずなのにまるで認識出来なかった。
「ほらね。いつでも殺せちゃう」
肩を掴まれる。いつのまにか浅野は俺達のすぐそばにいた。誰1人としてそれを認識出来た奴はいない。
「ねぇ。この人達じゃなくて僕を選んでよ」
頬に手を添わされて強制的に浅野の方を向かさせられた。悠然な笑みを浮かべる浅野だがやはりその力は異常だ。
まだ話は通じる。こいつは危険過ぎる。複合魔法を覚えてどうのこうのというレベルじゃない。
人の身でこいつに勝てるのか? そう思わせるくらいに全てがかけ離れている気がした。
「…………悪いがどうあっても俺はこいつらを見捨てる気はない」
それでも俺にも引けないものがある。例えそれが命と引き換えだろうとも。
「この世界で大切な人を見つけたんだね」
「…………あぁ」
俺の幸せをこいつは願ってくれていた。それが分かっているからこそ喜んでくれるのだろう。
しかし、そこに妙な寒気がする殺意を感じた。殺す気はなくとも殺したいという思いはあるのかもしれない。
「…………キミの仲間に手を出せば僕は一生キミに手が届かない。でもこのままでもキミは僕を好いてはくれないんだね」
「…………」
どうしようもないような気がしてきた。俺がこいつを受け入れることはまた別問題だから。
「やっぱり無理やり連れて行くしかないね」
「素直に応じると思うか?」
「思わないよ」
俺は魔力装備生成魔法で刀を作り出すと同時に浅野に斬り掛かる。分断されるわけにはいかないから。
浅野はやはり一瞬にして姿を消した。やはりそれは認識すら出来ない。
「ご、ご主人様」
「…………」
既に戦意喪失していた。分かっているさ、俺が異常であることくらい。
この空気の中俺が戦意喪失しないのはやはり心が死んでいるからだろう。だがこいつらは違うのだ。
俺は転移魔法陣を展開すると全員を中に入れる。そして俺は外に出た。
「と、刀夜くん!?」
「…………あいつの能力は未知数だが確実に追い詰められる。なら俺が残るしかないだろ」
狙いは俺なのだ。こいつらまで巻き込むことはない。
「…………お前も来い刀夜。まずは体勢を立て直した方が良い」
いつものふざけはなく真剣に俺を見つめてくるミケラ。しかし俺はそれに応じなかった。
ミケラの言葉を無視して全員に背を向ける。
「ご主人様!」
軽く片手を上げて見送ると全員の気配がその場から消えた。これで俺と浅野だけになったわけだが。
「仲間に嘘を付いて僕と2人きりに、なんて雰囲気じゃなさそうだね」
「…………」
俺は負けるだろう。でも俺はそれを認めない。俺は最強だからな。
「最後に1つ聞かせろ」
「何かな?」
「…………お前、こっちの世界に来て幸せか?」
俺はこの世界に来れて大切なものが、大切な人が出来た。しかしこいつは俺よりも先にこの世界に来ていたはずだ。
今現在幸せと呼べる環境にいるのか。それが心配だった。
「幸せじゃないよ。普通かな。でも日本に比べれば全然マシだよ。僕をいじめていた連中も今じゃ楽に殺せそうなくらいだよ」
確かにその通りだろう。気にしていないと言っていたこいつだがそんなはずがない。
「それにいじめを受けていて悲しいことだけじゃなかったよ。おかげでキミに会えたしね」
「死のうとしていたお前に声を掛けたのは後悔してねぇよ。お前のことは知っていたからな」
別に話を長引かせてその間に対策を、というわけではない。残念ながら認識も出来ない以上俺には既に勝ち目がない。
こいつが何をしているのか。単に見えない速度で走っているのか。はたまた別の、これがこいつの能力なのか。もう何も分からない。
ミケラが言う通り規格外だ。魔法の域を超えた力があるのだろう。
「でも……お前は俺の敵だ。容赦はしない」
俺の仲間を殺そうとしたのだ。行動に出ていなくてもその思いがある以上は摘んでおくべきだろう。
それに加えてこいつは俺だけを連れ去ろうとしている。抵抗もせずにあっさりとついて行くわけにはいかない。
「昔からそう……キミは人の意見にあまり耳を傾けない」
「俺は俺の信じるものがある。そこに他者が介入したところで無駄なだけだ」
ライジンを使用して一気に駆け抜ける。軽く跳躍しながら刀を思い切り振り下ろした。
刀は浅野を斬り裂こうとしたその瞬間、見えない壁に阻まれて通らない。それどころか刀の方がへし折れた。
「空間の制御。それがお前の能力か」
「正解だよ。やっぱり凄いね」
一瞬で移動するのもそういう理由か。そしてこいつ自身のスペックの高さから人間の追い付けない速度で能力を使用しているのだろう。
この力があれば村や町を崩壊させることも簡単だ。しかも可能な限り無傷で。
「それじゃあ萩くん。一緒に来てもらうよ」
浅野の今度はギリギリ見える速度での拳が俺の腹部をめり込んだ。
今まで感じたどの痛みよりも強烈で。俺の意識はすぐに飛んでいった。
これが俺が浅野を救えなったことの……助けられなかったことの罰なら仕方ないのかもしれない。
「ご……め……みんな……」
最後に無意識謝罪をしていたのは浅野にはどう聞こえたのだろうか?
「ごめんね萩くん」
謝られた気がしたが俺にはもうそれに反応する術を持ち合わせていなかった。




