第5話 見た目と中身は比例しない、渋くてもおっさんはおっさんである
翌日、流石に頭の良いリルフェンでも1日で魔法を覚えられるとは思っていない。俺はこっそりと外に出ていた。
家の中にいても邪魔になるだけだ。それに今はいいアイデアも思い浮かばず鍛冶場ですることもない。
コウハとマオ辺りは気付いているだろう。なら声を掛けなくても大丈夫なはずだ。
「やぁ」
「ん? あぁ、ムイか」
どうやらムイも俺の家に向かっていたようだ。たまたま会ってしまう。
「俺達に何か用だったか?」
事前にリルフェンの教育をすることは伝えてある。今日が休みになることはこいつも知ってるはずだが。
「ううん。何となく向かってただけだよ。何か手伝えることもあるかもしれないからね」
「お前本当に良い奴だな……」
そりゃあ良い彼女も出来ることだろう。
「でもルナが必死に教えてるから心配しなくてもいいぞ?」
「必死なのかい?」
「あぁ。今現在魔法の基礎段階だからな。ルナに任せてりゃあと2日くらいで魔法の本題には入れるはずだ」
まぁそこから魔法陣に関してやら属性に関してやらが入ってきてややこしくなるのだが。こりゃしばらくは動けそうにないな。
「それまでは暇なんだね。何か別の依頼でも受けようかな」
「何なら手伝うぞ? どうせ俺も暇だしな」
「本当かい? いつもみたいに鍛冶をしないのかい?」
「アイデアがないんだよな……」
本当に残念なことに。色々とギミックを作るにしろまずは設計図が必要だ。それがこの世界にはないのだから自分で考えるしかない。
部屋の中で考えていてもあいつらとイチャイチャするだけになっちまうしな。だから外に出てきたわけだが。
2人で並んでとりあえずギルドへ向かう。依頼といってもめぼしいものがあるかどうかも分からない。
「ん? と、刀夜くん! あれ!」
何かを見つけたムイが慌て始めた。俺もそっちの方向へと視線を向けると路地裏でおっさんが倒れていた。
確かに緊急事態かもしれないな。急いで向かう。
「大丈夫か?」
そのおっさんはいかにもな渋い雰囲気を醸し出していた。顔のシワさえも渋格好良い。将来はこういう大人になりたいものだ。金色の短髪でガタイの大きいおっさんだ。
「おう…………」
「何かあったのか?」
「昨日の酒がちょっとな……」
あ、ただの二日酔いだこいつ。渋い顔してるのに何で残念な場面を見つけてしまったのだろう。
「刀夜くんの表情が心配から蔑みに変わるのが目に見えて分かるよ……」
「こんなの放っておいて良いんじゃないか?」
「おいおい、ひでーな」
おっさんは頭をかきながらゆっくりと立ち上がる。やはり大きい。身長2m近くあるんじゃないか? ガタイも大きいしな。
「おっ? 俺を見ても驚かねーってことは冒険者か?」
「そうだね」
こいつも冒険者なんだろう。何というか、ただならぬ気配を感じるというか。
「ムイ・シクウは流石に知ってるさ。そっちのドSなにいちゃんは?」
「誰がドSだ。萩 刀夜だ」
「ほう?」
何やら興味深そうな反応を示したおっさん。まぁ俺の名前も有名っちゃ有名になってきたからな。
「がっはっはっ! こりゃすげー組み合わせだ。ついでに飲みに行こうぜ!」
「え、ちょ」
「あ、これは断れないパターンかな」
強引に肩を組まれ、そのまま居酒屋へと連れられる。俺はあんまり酒は得意じゃないんだがな。
「いらっしゃいませ」
「ビール3つ!」
おい、人の注文も聞かずに勝手に何してくれてんだこいつ。
「はぁ…………」
「キミもそういう諦めが早いよね」
「逃がしてくれなさそうだしな……」
こうなったらもう飲むしか選択肢はないんだろう。このパワハラ、日本ならアウトだぞ。強引だし。
席に案内されておっさんを真ん中に両隣に座らされる。こんなはずじゃなかったんだが、残念ながらもう遅い。
「どうぞ」
店員が真っ先にビールを持ってくる。地球のものと同じく黄色でしゅわしゅわと泡が出ている。
「サンキュー! さてさて、酒のつまみはっと」
というかこいつ二日酔いだったよな? もう顔色戻ってやがる。どんだけ酒好きなんだよ。
メニューを開くおっさんを尻目にビールに口を付ける。やはりあまり美味しくはないな。それに日本のそれとほとんど変わらないのか。
ちらりとムイを見るとムイも口を付けていた。こいつは普通に飲めるっぽい。
「スカイビーンズの豆とモーモーバイトの肉、それにビールもう一丁!」
「飲むの早っ……」
いつの間に飲んだんだ。もう空になってやがった。
「というかお前の名前は? 俺達だけ名乗らせてお前だけ名乗らないのは不公平だろ」
「おー、俺はミケラ・ソーサリーだ」
「ミケラ!? あの世界一の魔法使いの!?」
どうやら有名なおっさんだったらしい。世界一の魔法使いか。うん、ルナの方が強いだろ。
「世界初の属性魔法の混合を編み出した本当に最強の魔法使いだよ」
「っ!」
属性魔法の混合? あの獣人殺しがしていたようなあれのことなんだろうな。
「マジか!」
「う、うん。刀夜くん興奮し過ぎだよ」
確かに只者ではないと思っていたが、この酔っ払いのおっさんが……。世の中分からないものだ。
「がっはっはっ! どうだどうだー? 見直したかー?」
「あぁ! 凄い奴だったんだな! ただの酔っ払いのおっさんかと思ってたぞ!」
「うん……随分と失礼だね」
この人との繋がりを持てたのは大きいかもしれない。こういう人は酒を勧めてもっと良い気分になってもらおう。うっかり色々喋ってくれそうだ。
「混合魔法ってかなり難易度高いんだよな? それを出来るってことはかなり頭が良いんだな」
「おうおう。ほら見てみな!」
おっさんは手の平に小さな魔法陣を2種類展開してみせる。赤と緑。炎魔法と風魔法は相性がいいのかもしれない。
2つの魔法陣は二重に重なり、風魔法により発生した小規模の竜巻に炎が巻き付く。
「おぉー!」
ルナがいれば間違いなく興奮することだろう。俺がこれを覚えてルナに教えれば完璧。ルナの評価もうなぎのぼりなわけだ。
「確かに凄い……」
「お客さん、こんな所で魔法はやめてください」
おっと、怒られてしまった。確かに店内では魔法は禁止だったな。
「がっはっはっ! 若いってのはいいなぁー! でもそうやって何にでも首を突っ込むのは危ねーぜ?」
確かにそうかもしれんが目の前に強くなる為の、何よりも俺の嫁が大好きな技術があるわけだ。引くわけにはいかない。
しかしこのおっさんにルナが直接教わるのは避けたい。だってこのおっさんに見た目に反してチャラいからな! 俺の嫁には触れさせん!
「真面目な話をするとだな。力ってのは使い方によって良くも悪くも人生を大きく影響させちまう」
「え、あ、おう?」
いきなり真剣な表情を浮かべるおっさん。ちょっといきなり過ぎて戸惑ってしまう。
「それが他者の人生に干渉してみろ。憧れだけじゃない。恨みや憎しみなんてものにも発展しちまいかねない」
確かにその通りだろう。人は力あるから争う。力がなければそもそも争いなんて起きないのだ。
「俺の技術にしてもそうだ。これは力だ。お前らが教わりたそうにしているのは分かるが俺は半端な奴に教える気はねーな」
チャラく見えてちゃんも考えているらしい。それでも引けないな。
「半端な奴じゃなきゃいいのか?」
「お、なんだなんだー? ここまで言われてまだ引っ込まないかー?」
「当たり前だ。俺は俺の目的の為にも強くならなきゃいけないからな」
ここで簡単に引き下がってたまるか。こいつの言い分も理解出来るがそれにはまだ続きがあるのだから。
「…………理由、聞かせてくれや」
「俺の仲間は全員何かを抱えて生きている。いや、仲間だけでなく全ての人間がそうかもしれないが……。だから……」
俺は真っ直ぐにおっさんの目を見つめる。
「俺の仲間には絶対にもうこれ以上悲しい思いをさせたくない」
「仲間を守る為の強さってか。がっはっはっ! 若いってのに真っ直ぐで良い子じゃねーか!」
「ちょ……!」
乱雑に頭を撫でられて髪がボサボサになる。
「お前な……」
「がっはっはっ! わりーわりー! でもどうすっかなー」
こいつさては教える気ないな? この野郎……人をコケにしやがって。
などとくだらないことは考えるだけ無駄か。こういう相手は本当にやりにくいから困る。
のらりくらりとこちらの話を躱してくる。何か興味があるような話題はないものか。ここでコミュニケーション能力を問われるわけだが。
「…………」
無理だな! 高いなら俺ぼっちじゃなかったもんな!
「よし、俺の試験に合格すりゃ考えてやろう!」
「試験?」
そんな条件を出されるとは意外だ。何をすればいいのやら。
「俺の攻撃を5分間避ける! どうだー? やるかー?」
すごく破格の条件だ。今はライジン装備が無いので若干不利な気がするが。
でもそれさえこなせれば複合魔法を教えてもらえる。悪い条件じゃないんだから受けるべきだ。冒険者らしいし。
「防いだりするのは?」
「有りだ!」
「斬ったりするのは?」
「ん? 斬る? ま、まぁ有りだ!」
とりあえずこれはおっさんに危害を加えないという条件以外何でもありなんだろうな。そう考えるとちょっと楽な気がしてきた。
「で、お前が勝ったらどうする?」
「ん?」
「いや、俺達が勝てば魔法を教えてもらえるんだろ? ならお前が勝った場合はどうするんだ?」
この条件ならこいつからは相当なものを頼まれると思った方がいい。冒険者の、それも特に有名なムイがいるんじゃそういう話にもなるだろう。
「俺が勝ったら一晩飲むのに付き合ってもらう!」
「え、お、おう……」
なんだその条件。こいつ本当に酒好きだな。
奢るくらいすればいいのか。なんて破格な条件だ。
「ふぃ〜……ちょっくら運動するとしますか!」
ふらふらと立ち上がると店の外に向かって歩き出す。金払わねぇのかよ。
「はぁ……俺が出しとくから先行っててくれ」
「いいの?」
「仕方ないからな……」
ビールを一気に喉に押し込むように飲み干す。きっつ。しかも吐きそうになったし。しかしこの程度で酔うほど酒は弱くはない。もし弱かったらまともに勝負なんて出来なかったな。
「良い飲みっぷりだね。僕も……」
ムイは余裕そうに酒を飲むとそのまま走っておっさんを追い掛けて行った。
「幾らだ?」
俺は金を払うとすぐにおっさんを追い掛けて駆け出した。




